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21話 泣きながら、死んでいけ

 



 再び森の奥へと向かっている。一人ではない。タチミツさん達がいる。


 エリア攻略に向けて駆けていく。彼等に合わせなくちゃならないから、進行は遅い。

 敵の襲撃はタチミツさん達が処理してくれている。ボス戦まで俺を護衛してくれると言うのだから、これは素晴らしい待遇だ。


 横取り。そう捉えられても仕方ない俺の申し出は、幾つかの条件を添えた上でタチミツさんと彼等の了承を得た。

 ボス戦での共闘、若しくは観戦。後者を選ぶなら、初撃破報酬の開示。ボスへの所感と、考えられる攻略法の伝達。さらには彼等と俺自身による動画撮影も。


 まあ、無難だと思う。共闘は当然ながら拒否し、観戦は好きにしてもらう。あとは妥協する。


 あんた、本当に大丈夫なの? そう言って一人の女の子が並走してくる。まだ10代だろう。彼女を一言で表現するのなら、“魔女っ娘”になる。

 全身の衣装は全て黒で、頭には大きなとんがり帽子。全身を隠す厚手のローブと、手には大きな杖。誰が見たって同じ表現をするだろう。

 大きく勝ち気な目が彼女の人間性を表している。小柄な体の中に強い意思を感じさせる。


「大丈夫かは分かりませんねぇ。ダメでも死に戻るだけですし」

「痛覚マックスなんでしょ? 狂った人が何人も居るらしいわ。あんた、よく耐えられるわね。大きなダメージを受ける瞬間だけオフにするとか?」


 なるほどな、と。そういった発想はなかったな、と。


「無理ですね。他のゲームならまだしも、瞬間的に動き続けるこのゲームでは」


 大きな一撃を予知し、メニューを開き、痛覚設定を操作する? うん、無理だ。


「あんたなら出来るかなって思ったのよ」


 とんだ買い被りである。それに、必要でもない。痛みがあるから戦う意志が生まれるのだ。


 超人ってわけじゃないのねと言う彼女に、俺は馬鹿なだけですよ。そのうちすぐに行き詰まりますと返す。

 そうかしら、と魔女っ娘さん。口調や態度とは違い、なかなか素敵なお嬢さんだ。

 仲間への気配りを忘れず、常に何かを探してる。エリアボスを横取りしようとしている俺を気遣ってもくれる。さすがタチミツさんに見染められしプレイヤーだ。


「あ、俺、ヘラです。宜しくお願いします」

「……ポイよ。よろしく」


 ぽい? ポイ、かな。

 良い出会いになると嬉しい。そうなるように、何をすべきかは分からないけれど。


「それでも……」

「はい?」

「もし、この先で行き詰まるとしても、私はあんたを尊敬する。いくらダイレクトに動けるって言っても私には無理。もし100パーなら、ダメージが入る瞬間に全てを捨てて設定を変えるわ」


 よく耐えられるわね、と。再び言う彼女は、とても悔しげに見えた。辛い思いでもしたのだろうか。


「耐えるとか、そんなんじゃないんです」

「じゃあ何よ」

「勿体ない、って話です。せっかく自由に操れる身体があるんだから」

「だからダメージ受ける前にだけ設定を変えれば良いじゃない」

「無理ですね、俺には。それに、それもやっぱり勿体ない」


 何言ってんだ、こいつ。そんな表情を見せるポイさん。こうして観察すると表情が豊かだ。直情的とも言えるが、きっと情が厚い人なんだろう。


「ちょっと。何が勿体ないのよ」


 ああ、ほら、設定を変える時間と思考がと言って続けていく。その瞬間を使って敵を殺せる、かもしれない。刹那の判断や行動を、敵を殺す為に注がないのは勿体ないって事です。

 そんなふうに言ってみれば、生き延びるため、じゃなくて? と返される。


「ん? ああ、まあ、そうですね。たとえ死ぬ事になっても、敵を殺せれば勝ちかなって」


 自分で言いながら、心の奥にストンと落ちた。俺は、負けるのが嫌なのだと。まるで子供だ。大人になれないわけである。


「なんとなく、あんたがトッププレイヤーでいられる理由が分かったわ」


 理由か。運と、あとは巡り合わせだ。彼女が考えているような理由ではない。何よりも、まだ始まったばかりだ。


 それにしても、と。

 彼等は種族が偏っている。魔人が7人もいる。ポイさんもそうだし。


「ああ、魔人は優遇職なのよ」


 どうやら説明してくれるらしい。親切だ。良いお嫁さんになるだろうな。

 で、彼女の説明によると。

 魔人は身体能力が高く、魔術への適性も高い。暗所での目も効く。β版を経験したプレイヤーの多くが選択する種族らしい。


「ふぅん?」

「なによ」


 食って掛かるような態度。しかし、赤い瞳には興味の色が乗せられている。損な人だ。


「いや、それだけの好条件だと色々ありそうだなって思ったんですよ」


 ポイさんが視線で先を促す。どうやら俺との会話に退屈してはいないらしい。嬉しいのです。


「このゲームは簡単じゃない。表があれば必ず裏もある。スキルや称号が良い例ですね。強い力にはデメリットが存在し、強力であるほどそれが大きい」

「確かにそうね」

「だからこう考えてしまうのです。全ての物事には容量がある、と」


 容量? と呟くポイさんは、やはり黙ったまま勝ち気な視線を向けてくる。長い黒髪が汗に濡れ、なのに良い香りがして、なんだかズルいなと思わなくもない。

 他のメンバーも聞き耳を立ている。“空間認識”がそう言っている。


 そう、容量。これの最大値は決まっていて、そうだな、仮に10だとしましょう。能力としての効果が低いもの、例えば心得系なんかはプラス補正だけで数字内に収まる。

 けれども、より高い効果を得るためには20や30という数字が必要になって、その不足分……超過と言った方が適切か? うん、超過分をマイナス補正やデメリットで帳消しにするのです。二次スキルや三次スキルであれば、その限りではない可能性もありますが。


 そこまで話してポイさんの反応をうかがう。

 ちょっと、急に思考のギア上げないでよと言い、彼女は彼女の考えを語り始める。あんたの言う事には一理あるかもだけど、ゲームなんてそんなもんでしょ? メリットとデメリットがなきゃ簡単に強くなっちゃうんだから。ただのテキストに容量もクソもないわよ、と。


 なるほど。とてもゲーム的な思考で、俺の問いに対する当然の答えでもある。


 ふん? テキスト? なるほど、確かに。では何故、アイテムのトレード時にフリーズなんて現象が起こるのでしょう? そう問いかけると、起きるの? と問いかけてくる。

 頭が柔らかいようで大変結構である。疑問に思えるということは、自らの考えを否定できるということだ。素晴らしい。


「大量のアイテムを送るとフリーズしますね」

「それこそ容量でしょ。よく分からないけど、サーバーとか通信とかの」

「あり得ません」


 これだけ精密に創りこまれた世界で、同じクオリティのフィールドが幾つも存在し、プレイヤーやエネミー、NPCまで居る。そして、エネミーやNPCは独立したAIが搭載されている。

 定かではないが、そう思わせるだけの反応を示すのだ。

 なのにアイテムトレードでフリーズ? 起こる筈がない。


 だって、フルダイブしてるんだぞ? そんな技術を見せておいて、テキストの書き込みでフリーズ?


 だから、二つの意味であり得ないのだ。


 疑問顔の彼女と、いつの間にか俺を囲む集団に向けて、一本ずつ指を立てて説明する。

 まず、アイテムがテキストのみの表現なんて事はあり得ない。これだけの規模と世界観を誇るゲームでフリーズするのだから。

 そして、仮にテキストによる表示なのだとしたら、尚さらフリーズなど起こり得ない。


 これら二つの考察から、トレード時のアイテムは実体を持ち、実際にアイテムボックスに入れられ、そして、驚くべきことに、真の意味で送られているという仮説が立てられるのだ。


 つまりは――


 転送。転移だと表現しても良い。それってどんな技術なのでしょう? 分からないけれど、故に、大量のアイテムを一度に送るとフリーズする。

 だからこそ考えるのだ。容量があるのだと。決められた数値や範囲があるのだと。魔人が優遇職? 確かにそうかもしれない。けど、今話した仮説を基に考察すれば、それ相応の対価やデメリットが存在していてもおかしくはないだろう。


 なんだかんだと、これだけ話して言い切っておきながらも。


「まあ、これは予想と予測をもとにした自論であり、良く言ったところで、推測をもとにした持論にしかすぎませんが」


 と、付け加える。

 喋ったなぁ、たくさん。楽しかった。ポイさんも楽しんでくれただろうか?



──────


────


──



 森の奥。位置的には、俺が誤って侵入した非解放エリアよりもやや北側。


 そこに、目的の敵がいる。


「さて、行って来ます」

「ちょっと待ちなさいよあんた!」


 ポイさんに呼び止められ、腕を掴まれ、背中を叩かれる。どうして慌てているのだろうか。


「あんた、アイツの情報を聞かずに戦うつもり⁉︎」

「え、はい。聞いてしまったら意味がありませんから」


 俺は感動を求めてこのゲームをプレイしているのだ。驚きだってその内の一つだし、恐怖だってそうだ。

 事前情報は心の動きを鈍らせてしまう。それに、“未知への挑戦”が効果を失う可能性だってある。


「だから、このまま行きます」

「おいおい、旦那」


 声をかけて来たのは大きな体をした魔人の男性だ。背中には太刀。腰には短刀。どことなく親近感がわく。

 年齢は俺よりも上で、四十歳というところか。オールバックで鷲鼻をトレードマークとする彼は謹厳そうな印象を持ち、しかし大変にフレンドリーな方である。無精髭が似合うダンディズム溢れるオジサマキャラだ。


 そんな彼に“旦那”と呼ばれるのは違和感ばかりあるが、まあ、あれこれ言うべきことでもない。


黒羽(くろは)さん、でしたよね?」


 おう、と頷く仕草と声が渋い。羨ましいなぁ。


「で、なにか?」

「いやよぉ、旦那のプレイスタイルにケチをつける気はねぇが、このまま戦っちまったんじゃ対等な取引きじゃなくなるだろぉ?」


 対等な、取引き。ああ、エリアボスを譲って貰う条件のことか。


「俺、何かを反故にしましたかね」

「逆だぁ。俺たちの支払いが終わってねぇ」

「ふん? ボスへの挑戦権はまだ頂けていないと?」

「……旦那、天才の割には抜けてやがるなぁ」


 天才? 俺が? まあそれは良い。

 黒羽さんは音が立つほど頭を掻き毟ると、小さな溜め息と共に大きな苦笑いを浮かべた。


「旦那はボスへ挑戦する。俺たちゃ観戦させて貰い、情報も頂き、その代わりにボスの知ってる情報を旦那に渡す」


 これが取引きだろ、と。


 そんなこと言っていたか?


「頼むぜ。俺たちを恥知らずにするな」


 筋を通す人だな。少し苦手なタイプだ。そして、今はひどく面倒だった。


「あー、では、話してください」

「良いんだな?」

「はい。聴こえないようにしますから」

「……意味ねぇだろ、それじゃぁよ」


 困ったな。正直なところ、もう黒羽さんなんか見えちゃいない。俺の目に映るのは、木々の向こうにいる敵だけだ。



──────


双頭大蛇(おろち)/???

エリアボス/北ガザン大森林/常闇の森・奥地/???

スキル:???/???

独自スキル:???/???


──────



 その名の通り、二つの頭を持った蛇である。とぐろを巻いているから定かではないが、全長は二十メートル以上ありそうだ。

 口から覗く牙は大きく、チロチロと這い出る舌は毒々しい。胴体は全長に比べやや太めで、三角を形どる頭から受ける印象としてはマムシが近いだろうか。


「ピット器官もある、か」


 あれは強敵だ。“洞察”によれば大髑髏よりは弱いが、それでも苦戦は必至だと考えるべきだろう。


「旦那、聞いてっか?」

「黒羽、諦めよう。ヘラくんの意識は既に戦いへと向かっているよ」


 さすがタチミツさん、分かってらっしゃる。


「て事で、行ってきます」

「ああ、頑張って。我々は此処より先には踏み込めない。共闘と見なされるからね」

「線でも――」


 見えるのですか? と尋ねかけてやめる。だって、今は、どうでも良い。


「……気をつけなさいよ、ヘラ」

「ポイさん、ありがと」

「かっこ悪いところなんか見せないでよね」

「お任せください、姫」


 らしくない事を言って、前へ。


 背後からたくさんの声援が送られ、それが背中に激突し、身体を前へと押し出してくれる。


 ああ、俺はなんという幸せ者なのだろう。これだけの人に応援されるなんて。

 いや、俺はずっと幸せ者だったのだろう。あれだけの人に応援されていたのだから。


 気付かないフリをして、現実に蓋をして、そんな情けない奴が、いったいどこまで逃げられるというのか。逃げる場所がどこにあるというのか。


 此処なんだ。逃げるための場所ではなく、俺が俺であれる救いなのだ。

 此処では、どんな痛みにも耐えられる。どんな努力も重ねられる。


 ――もう一度、もしも現実に戻れたら、戦ってみようか?


「うははっ!」


 木々の向こう。()()が動きを見せる。目視もせずに俺を捉えたのか、こちらへ目掛けて大地を這ってくる。

 速い。木々の隙間を縫うその速度は、俺の全速力をゆうに超えている。ウネウネと波打つ長い肉体が、その不気味な動きでもって進行方向を悟らせない。

 脳が予測できない初見の動き。“空間認識”ですら混乱している。


 これは、良くないな。


「フラッシュ」

「ギャアア⁉︎」


 ほぉん、光は有効か。水晶体を持つ以上は当然だが。しかしピット器官を持つのだから熱感知にて捕捉されている筈だ。


 逃げます。光くらいでは止まらない。あの巨体だ。巻き付かれたら終わってしまう。


 上へ。枝に立ち、彼を観察する。と、そんな余裕はなくって。


 衝撃。彼が木に激突したのだ。

 ミシリと鳴る音が危険を知らせる。直径3メートルはあろうかという大木が、根ごと掘り起こされる。

 倒れゆく幹にて足もとを整え、二刀を抜く。恐ろしい力だな。それでもこの大木はすぐに倒したりはしない。大地に張る根が粘りを生み、ゆっくり地面に近付いていく。まるでシーソーしてる気分――


「うおッ!」


 そこを、大蛇が這って来る。幹を走る姿を見れば、湧き立つ嫌悪感。二つの頭は持ち上げられ、四つの目が見つめているのは、俺。

 右の首が伸びる。当たれば、良くても瀕死に陥る。躱したい。躱さなければ。しかし、足場と体勢が悪すぎる。彼が乗ってきたせいで揺れもひどい。


 仕方なく上へと跳躍。我ながら悪手である。だって――。


「シャアアア!」


 左が大口を開きつつ迫って来る。

 俺は空中じゃ身動きできない。彼の首は自在。こうなる事は分かっていた。きっと、彼も分かっている。


 本当に身動きできないなら、だけれども。


 ホーリーランスを、乱発。大蛇と、俺に向けて。


「ぎっ!」

「ギャアア!」


 買って良かった“魔術の心得”さん。取得できて良かった“魔力耐性”くん。どちらも無きゃ死んでたぜ。

 まあ、ボロボロだけど。


「ヒール、ヒール、ヒール」


 からのMPポーションがぶ飲み。相変わらずの物量押しである。


 でも、距離があいたぜ?


「フラッシュ、ホーリーランス、ホーリーランス」


 そうして、突貫。だけど真っ正面からは突っ込まない。

 一撃で殺される頭が二つもあるんだ。しかし、頭しかないんだ。


 跳ねる、跳ねる、跳ねる。魔術を撃つ、魔術を撃つ、魔術を撃つ。“強脚”と“肉体操作”を駆使し、着地の度に“体術の心得”を使用して。

 なかなかに俺向きの環境だ。これだけ木があれば自在に跳べる。距離も近すぎない。


「ズバン!」

「ギャ!」


 鱗が薄いであろう腹を斬る。新たな刀は素晴らしい斬れ味を誇っている。長さが足りていれば胴体ごと断ち切れそうだ。首ならいけるか。

 傷口から溢れ出す緑色の、血? 持ってないのか、赤血球。ヘモすら無いのかもな。


「不思議っ、生物だなっ!」

「ゴァアアアッ!」


 ああ。またこうやって目を開ける。無駄だ。やめろよ。


 斬れるだけ斬って、また跳ねて、魔術を撃つ。

 的は絞らせない。俺には可能とする機動力と、今では遠距離からの攻撃手段まである。おまけにスタミナの枯渇を心配する必要はないと来てる。

 継戦能力じゃトップだろう。


「シャアアア!」


 大蛇が馬鹿みたいに双頭を振る。できもしないのに追従しようと躍起になる。

 お前じゃ俺についてこれないよ。小回りという点じゃ、天と地の差がある。


 とは言え、このまま勝てる、などと考えほど能天気ではなくて。


 ぷくり、と。彼の喉が膨らむ。何か来るね。


 開かれる大口。蛇特有の顎関節がそれを可能にし、その奥から赤いナニカが伸びてくる。

 俺の動体視力では捉えきれない速度で、しかし“空間認識”は明確にそれの正体を捉えていた。


 舌が来る!


「――ぅお!」


 巻き付く。抜け出せない。逃げられない。引き込まれる。


 その先に、大きな口。


 退くなよ、攻めろ。


「おおっ!」


 舌を斬る。口内に向けて魔術を撃ち込む。

 お前、痛覚設定はあるかい?


「ゴァアアア!」


 痛いよなぁ、分かるよ。

 ついでだ。その舌を貰っておこうか。


「――ああ?」


 舌を断ち切る。と同時に腹に舌が巻き付いている。あるもんな、頭がもう一つ。

 器用に舌を使うなぁ。お前、蛇だろ? 実は蛙なのか?


「うおっ」


 視界が流れていく。何をされているかと言えば、ブンブンと振り回されている。恐ろしく高速で、だ。“空間認識”がなきゃ何も分からなかっただろう。


 ただ、厄介なことに、分かったところで何も出来ない。


 木と地面に連続でぶつけられる。

 骨が折れ、肉が飛び出し、内臓が破れる。損傷の痛みと、回復薬で生み出される痛み。確かにこれは、気が狂いそうだ。


 飛びかける意識を繋ぎ止め、狂いかける心を平坦にし、二刀を落としてしまわないように強く握りしめる。出来るのはそれだけで、それだけなのに精一杯。

 巧くて、嫌らしい。巻き付く位置を変え、輪の中で俺を回転させ、伸ばされた舌を斬らせない。


 でも、残念ながら俺はそんなにヤワじゃない。


 行くぜ?


「ゔうううっ!」


 巻きついた舌ごと、自らの腹を、斬る。痛い、痛い、痛い。狂いそうなほど、ただ、痛い。


「うああああッ!」

「ギャアア!」


 切断。落下。

 回復薬を手当たり次第に使っていく。それでも乱れた三半規管は復調せず、魔術を発動する余裕もない。


「――ぎっ⁉︎」


 横から衝撃。飛翔。衝突。遅れて再びの激痛。

 回る視界。不確かな足腰。燃えるような痛み。

 吐く。血か胃液かも分からないものを、吐けるだけ。


 ――行けっ!


 跳ぶ。跳ねる。視界なんて必要ない。淀んだ意識なんか捨てちまえ。全てを“空間認識”に任せて、連続で。


 そこに、居るな? 馬鹿みたいデカいから助かるよ。


「ふんっ!」

「ギャアア!」


 跳ねて、斬って、跳ねて、斬って、また跳ねる。

 無理な挙動が乱れた三半規管をさらに追い込む。吐く。喉が焼ける。気にしない。


 声を出す余裕くらいは戻ってきた。


「フラッシュッ、ホーリーランスッ、ホーリーウィップス!」


 魔術をありったけ撃ち込む。MPが底をつくまで撃ち続ける。


 そうして。


「ゔぅっ!」


 跳ねる。自らの魔術が飛び交う中へ。

 ルナさんのそれとは違い、ひどく乱雑で汚い景色。その中を、行く。


 狙うは首。


 前進。跳ねながら一閃。首を捻って躱されるが半分近くは切れた。


 木を蹴り付けて反転。そうして再び二刀を振り抜けば、またもや首を捻って躱される。それでもやはり、しっかりと刀に手応えがある。


 地響きを立てて右の首が倒れ伏す。しかし依然として繋がってはいる。死んではいるらしく活力のようなものが消えている。

 それを感じながら、大木の幹に立ち、狙いを定め、跳躍。地に落ちた首の真ん中を目掛けて。


「んんっ!」


 首を、断つ。血を、浴びる。


「――ああ?」


 皮膚が焼ける。中身が朽ちていく。血を吐く。

 毒か。それも強力な。クソ野郎。本当に厄介だ。無駄な追撃で最悪のカウンターを貰ったな。


 痛みが苦しみに変わり始めていた。耳鳴りか何かも分からないものが聴こえていて、心をガサガサに逆立てる。


 ――要らない。


 音は、必要じゃない。視界も、なくて良い。


 戦うために必要なものは自分の中にある。


「キュ、あ、ポイ、ずん」


 少し、楽になる。動ける分だけ、毒が消える。

 回復薬を使用する。これでいくらかは動きやすくなった。魔術だって使える。


 なら、行ける。


「フラッシュ、ホーリーランス、ホーリーウィップス」


 もう、何度も跳ねる力は残っちゃいない。解毒の魔術を重ね掛けしても毒の進行を止める事だってできない。


 だから、今度こそ真っ正面から行く。


「行くぜ、クソ野郎」


 前へ。


 身体が重い。上手く動かない。呆れるほどに遅い。

 でも、一度だけ、ほんの数秒だけ、取り戻せれば良い。


 残った首を断つ。その為に全てを振り絞れ。


 ――此処だ。


 前へと倒れ込む。地面が近づく。顔が触れる――その瞬間に“強脚”を発動。


「く、ひひ」


 笑えるぜ。大蛇くん、お前が今なにをしてるか俺は知らない。そんな事は考えもしなかったし、考える余裕もなかった。

 でも、痛みに喘いでいるんじゃないか? 首を失くした現実を受け止めきれずに絶望してるんじゃないか?

 だって、攻撃が来ないもの。俺を殺す絶好の機会に、お前は停滞していたんだ。だから、その分だけ俺が踏み込めた。


「ぐっ、ゔふふ! ナァ、おろち、くん。この、二刀、ふりきったら、どうナルかな?」


 ほら。首の真ん中に二刀が入った。

 感じているか? 俺の殺意を。

 理解しているか? 外側に向けた刃の意味を。

 予測できているか? このまま腕を外に振り切った結果を。


 まあ良いさ。そうやって泣きながら、死んでいけ。





『おめでとうございます! 双頭大蛇の討伐が確認されました! “東ガザン大森林”エリアの攻略が確認されました!』


『“東ガザン大深林”に設置された転移ゲートの使用権を獲得しました!』


『初撃破報酬、ならびにソロ撃破報酬を獲得しました!』


『おめでとうございます! 称号【森の覇者】を獲得しました!』


『……、……、おめでとうございます! カーズドナイトの討伐が確認されました! “北ガザン大山脈”エリアの攻略が確認されました!』


『これにより新たなるエリアが解放されます! 第四の拠点、“魔法都市ショーイカ”のポータル、並びに転移ゲートが使用可能になります!』


『これよりアップデートを行います』




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