20話 エリアボス、貰っても良いですか?
森を駆ける。周囲には闇ばかりがあり、もしも存在として認知するのなら、静寂も、在る。
数日前に感じていた女性の癒しはどこにもなく、快活にして凛と響く声もない。
このように感じる自分を意外に思いながら、楽しかった遣り取りの数々を想う。
森を駆ける。既に五日が過ぎていた。思考はあてのない道筋を歩いて、着地点に辿り着けないままだった。
反して、行動は明確な理由でもって能動的に作業を繰り返していた。つまりは自身の確認であり、それは敵を殺すことでもあった。
試行と、確認と、把握を重ねていく。向上した能力と、新たに手に入れた力と、それ等によって発生した変化を捉えていく。
夢の中を彷徨うような思考は淀んだままであった。
意識が共闘に偏っている。痛快な連携を求めていた。
うん。このくらいで良いか。
意識を切り替える。その為に、敢えて、ぐだぐだと何のプラスにもならない後向きでいたのだ。
記憶を彩るほどの素晴らしい体験は、しかしその後に大きな喪失感を生み出したりもする。これに引き摺られては心が前進できず、下手をすれば大変な失敗を招いたりもする。
脱するために過去へ浸るのは有効だ。浸れるだけ浸って、飽きるほどに浸る。
ソロの自分へ戻る。単身での戦いを挑む。それが本来の俺なのだから。
五日も掛かったのは、ルナさんと過ごした時間が楽しかった証拠であり、能力の成長が著しい証拠でもあった。
アサナギへは二人で、か。
いつになるかは分からないが、そう遠い未来でもない筈だ。
強くなっておかないとな。再会した時に恥ずかしくないように。だって、大きな成長を遂げているルナさんが簡単に思い描けるもの。
さて。五日も“常闇の森”を走り続けていた理由はそれだけではない。森の全容を知るという目的の為でもあった。
何故なら、“マッピング”を取得したからである。
このスキルにはレベルが設けられていない。視界が届く範囲のマップが色付き、確かな情報となって記されていく。
この先を考えるならば必須と言えるスキルだ。
進むべき方向が分からないフィールドばかりであろうし、一度のアタックで突破できるフィールドなど限られているだろう。
だからこの能力は、攻略においても楽しむにしても必要なのだ。
森のマップは4割以上が埋められている。全てを埋めるにはかなりの時間が必要になる。残りの灰色表示のどこかにエリアボスが居るのだろう。
「ん」
メールの着信音。相手はタチミツさんで、内容は“首刈り山の古都”に関するものであった。
「掲示板に晒されたか」
攻略した事実と情報を開示するべきだ。それがタチミツさんとオチョキンさんの意見であり、つまりは他プレイヤーへの情報提供と言って良い。
1万を越すプレイヤーへの開示方法など限られている。そう、掲示板に書き込むのだ。トラップは元より、モンスターハウスに出現する敵数、敵の詳細、マップの展開、ボスのステータス。そうした、経験した者にしか分からない情報と攻略法を。
まあ、ルナさんが撮影した動画をアップすれば大体は完了だけれど。
何故そんな事が必要かと言えば、俺とルナさんの身を守るためである。タチミツさんとオチョキンさんの言葉を借りるなら、“情報の秘匿は敵を作ることに繋がる”からだ。
秘匿の意思があるかないかに関わらず、また、この場合の敵とはプレイヤーを指す。
今は非常時だからなぁ。幽閉されてなきゃ秘匿は当然の権利なのだけれど。
簡潔に言えば、攻略組への協力だ。さらに言うなれば、攻略組であるタチミツさんとオチョキンさんの望みだろう。
彼等は現状の打破を目的とし、幽閉状態からの解放を目指している。運営が言うところのゲームクリアのために動いているのだ。
そんな彼らに情報の秘匿が知られれば、“どうして協力しないのか”、となる。そこまで極端な感覚に至らずとも、人生がかかっている以上は独占を良く思うプレイヤーはいない。
疑いや妬みは、いつしか敵意に成る。それは、とてもとてもよく分かる話で。
だからこそ、情報は積極的に開示していくべきなのだ、と、大人な二人は言っていた。
どちらでも構わない。そんな感想であった。
「荒れてんなぁ」
スレは様々な反応に溢れていた。ルナさんが撮影しているから俺の顔まで分かってしまう。
やはり、ここに参加する気にはなれない。嫌いというわけではなく、嫌悪を抱くわけでもなく、こうした事が苦手なのだ。
「まあ良いさ」
うん。考えるべき事ではない。
と、そうした人間関係のゴタゴタに思いを巡らせつつ、敵を殺しつつ、気付けば夜明けを迎えようとしている。
光が射し込む森は、その見た目からして豊かだ。
樹木は生命の鼓動をはっきりと伝え、朝露に濡れる葉が色を灯す。鳥や虫が声を上げ、一日の始まりを告げてくれる。
この景色を見るために、この情動を感じる為に。プレイしているんだよなぁ、と。今さらながらそんな事を考える。
狼や狐や虎を殺し、血に塗れ、それでも感動を求めるのだ。俺らしくて、良いね。
なんとなく、殺しというものに慣れてきた。殺すことに対する忌避感が薄れたとか、嫌悪感との向き合い方に整理がついたとか、そういった事ではなく。殺し方が、解るようになってきた。そう言える。
駆けながら、跳ねながら、背後を振り向けば、死骸の道がある。
特技、殺し。なんだか、自分らしいと思えるのです。
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ヘラ:人間Lv.15:開拓者Lv.14/捻じ曲げる者Lv.6
スキル:【刃物の心得Lv.16】【二刀の心得Lv.17】
【刃技Lv.6】【空間認識Lv.17】【肉体操作Lv.17】
【体術の心得Lv.13】【洞察Lv.14】【暗視Lv.14】
【神聖魔術Lv.11】【魔力操作Lv.6】【常勝Lv.7】
【強脚Lv.16】【獅子奮迅Lv.4】【マッピング】
【未知への挑戦Lv.1】【魔力耐性Lv.1】【急襲Lv.9】
【魔術の心得Lv.3】
称号:【闇に生きる者】【逸脱者】【残忍なる者】
【刃神の奥伝】
先天:【竜の因子】
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今の自分を確認する。“マッピング”以外にも新たなスキルを追加していた。“魔術の心得”である。
ルナさんから教えられたスキルショップにて二つを購入したのだ。合わせて500万。早くも金銭感覚は麻痺しつつある。それだけ消費しても同じだけの金が残っているのだから仕方ない。
で、どうして自分を確認したのかと言うと。
「……面白い動きをするな」
前方。三体のフォレストタイガーを囲むプレイヤーの集団。数は六。パーティーとして認知される最大人数だ。
彼等の連携は完成されていた。俺とルナさんが行っていた感覚のリンクによる連携ではなく、組織的かつ緻密な計算と訓練によって練り上げられている。
それぞれに役割があり、それを完璧にこなす。それが崩れるような想定外を排除すべく、敵の動きをコントロールする。
素晴らしいな。まさに小さな軍団だ。
でも、あれだけの連携をこの短期間で? 頭と体に叩き込むのにどれだけの訓練と時間が必要になるだろうか。
三体のフォレストタイガーがあっけなく殺される。圧勝と評すべき戦いだった。
そんな彼等の強さを測るべく自分のステータスを確認したのだけれど。
負けはしない、かな?
個々の能力に特筆すべき点はない。しかし一人一人がしっかりと強い。プレイヤースキルが高い。プレイヤースキルとはどういうものかを体現している。
俺の無茶な戦い方や、ルナさんのような現実の能力を活かした戦闘スタイルではなく、ゲームとしての攻略を行なっている。
俺には出来ない。おそらくは、ルナさんにも。
おっと。彼等が移動を開始する。向かう方向は森の入り口だ。
少し悩む。行動の選択についてだ。
第一希望としては、第五の拠点“戦場都市ダシュアン”と新エリア“古代の遺森”への進出。
これを選択するのならゴッドレスに戻る必要がある。転移ゲートを使用しなければならないからだ。
若しくはこのまま“常闇の森”通常ルートを攻略する。これならばゴッドレスへ戻る必要もなく、そのまま新拠点と新エリアに進出できる。
そうなのだ。現状、俺が使用可能な転移ゲートは、ゴッドレスか“首刈り山の古都”にしかないのだ。
第五の拠点へ行く為には、ゴッドレスに戻るか、先を切り拓くために通常ルートを攻略するか。
「或いは、彼等に話しかけるか」
それが第二希望だ。
第一希望に対してアクションが小さすぎるとか、そもそも比べる対象としておかしいだとか、そんな自らのツッコミは置いておく。
だって緊張するんだもの、知らない人と話すのって。
敵の攻略法とか、戦闘スタイルとか、そういった話を聞きたいだけなんだれど。そうした会話が弾んで、その上で楽しめればな、と。
でもなぁ。相手が集団だと、こう、怯えてしまうのです。
と言い訳しつつも彼等を追う。音と気配をなるだけ消し、木々を隠れ蓑にする。
これじゃストーカーである。完全に話しかける機会を失った。
――お、あれは?
彼等に近づく別の集団。数は五人。動きからは、追っていたパーティーよりも強いことが窺える。
その中に知った顔があって。
なるほど、タチミツさんのギルドメンバーか。
十人の中心に、彼はいる。ゴッドレスで見る彼とは全く違う真剣な表情だ。
かっこ良いな、タチミツさん。まさに頼れるリーダーという感じで。
攻略組か。良かった、話しかけなくて。フィールドでのんびり会話しようものなら、ひどく怒られそうだ。
で、どうしてか武器を向けられているのだけれど。こちらの存在がバレたらしい。感知系のスキル所持者がいるんだろう。
出ていくしかないか。彼等もそう叫んでいるし。他にも何か言っているけれど。
両手を上げて、彼等の視界に入る。向けられる敵意が心地良い。
「出たっす」
「あれ、どんなモンスターだぁ?」
「漆黒の、オーガ、かしら? こんな初期のエリアに?」
「警戒して! あれ、ものすごく強いわよ!」
「あー、そうっすね。“洞察”が振りきれてるっす」
ひどい言われようである。ほとんどは“鬼顔の面被り”が原因だろうけど。
「皆んな、落ち着け。彼はオーガでもなければモンスターでもない。プレイヤーだよ」
そう言ってくれたのは我が情報提供者のタチミツさんだ。
さてさて。予想外に怪しい登場となってしまった。これじゃあ、会話を楽しむなんて無理だよなぁ。
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ヘラさんっ、スキル何個もってるんですか? もしかして称号めちゃ持ち⁉︎
ソロだと何に重きを置いてる? 多数に囲まれたらどう戦うかね?
魔術も使えるのよね? 何の属性か教えなさいよ。
想像してたのと違うなあ? もっとこう、顔面凶器の大男かと思ってたぜぇ。大した男前じゃねえか。
あー、二刀流のコツとかあるっすか? 自分、今は斧を使ってるんすけど、ナイフも持とうかと思って。
騒がしくてごめんなさいね。ヘラさんて時の人だから。あ、これお茶よ。冷たい飲み物の方が良いかしら?
攻略組とは言え、本来はゲームを楽しむべくプレイし始めた人達である。考えていた殺伐とした空気感はなく、どちらかと言えば歓迎ムードだ。
タチミツさんだけが少し離れた位置で誰かと何かを話してる。システム通話ってヤツだ。お相手はオチョキンさんだろうか。
「あんた、シークレットを攻略したんでしょ? 動画見たわよ」
「あー、やばかったっす」
「動画の感じだと、俺達じゃまだ無理だなぁ」
「ヘラさん、お茶のおかわり要るかしら?」
圧倒されている、というのが本音だった。10人が生み出す熱量というやつは、人との関わりから遠ざかっていた俺の想像を超えていた。
当然ではあった。なにせ、10人全員が真剣に強くなろうしているプレイヤーだ。“ちょっとお話しを”なんていう軽い考えの俺とは違い、成長へのヒントに対して貪欲で、交流というものへの導入はとてもスムーズであった。
見習いたいな。無理だけど。
想定外の質問攻めに遭いつつ、襲い来る敵を殺していく。この森では立ち話するのも命がけだ。
「どうかな、ヘラくん」
タチミツさんが聞いているのは、彼らの戦いについてだろう。
素晴らしい、というのが本音だった。2パーティーによるレイドを構築しているものの、フォレストタイガーの群れをものともしない。
やはり役割が明確なのだ。特にタチミツさんのパーティーは個々の質も高い。
手斧を持った青年が敵を掻き乱し、タチミツさんが指揮を執りつつ盾で押さえ込み、太刀を握る中年男性と魔法少女がとどめを刺していく。傷付けば女性が回復する。
絵に描いたような理想のパーティーだ。
負けることは無さそうだが。
「エリアボスから撤退を?」
「ああ。キープレイヤーが死に戻りしてしまってね」
メンバーに欠員が出た。それも戦闘における最重要プレイヤーが。
仕切り直すよ、と。タチミツさんは悔しげに言う。
彼の気概が、正規ルート攻略が近いことを知らせていた。
「そのキープレイヤーって、バフ士みたいな役割の人ですよね? 確かに重要だ」
そう言ってみれば、全ての視線がこちらに向けられる。正直に言って怖いのです。ただの話題作りだったのだけれど。
「……話したことがあったかな?」
「いいえ? ただ、各々の役割と戦闘スタイルから予測しました」
「違う、と言えば信じるかい?」
「んー、どうでしょう。十中八九は当たっているかと。今のままでは、うん、少しばかり決定力に欠ける。ボスに対しては、ですが」
後悔先に立たず。ただの話題作りから、彼等に対する所感と、向上に必要な考察を語るはめになってしまった。
熱心だ。やはり正規ルートの攻略は近いだろう。
俺の出る幕じゃあない。大人しく第五の拠点へと向かおうか。
『おめでとうございます! 独自スキルの使用が確認されました! これで残る独自スキルは37個となります!』
突然のアナウンス。その終わりと同時にメールが届く。
差出人はルナさんであり、内容は予想通りのものだった。
やったぜ! という一文と共にスクリーンショットしたステータスの一部が添付されている。
独自スキルを取得したか。“魔の大器”という名前から察するに、彼女にとって大きな強化になっただろう。
「おおっ! 誰かやりやがったな!」
「あー、羨ましいっす。自分もどっかで手に入らないすかね」
「手に入るのを待つんじゃなくて、手に入れなさいよ」
「慌てず行けば良いじゃないの。一歩ずつ進む事は大切なのよ?」
おめでとうございます、と返信。負けませんよ、と心の中で追記する。
「タチミツさん」
「何かな?」
だから、この発言は自然と口から出ており、我ながら呆れてしまうものだった。
「エリアボス、俺が貰っても良いですか?」