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18話 全部、視えてる

 



 簡潔に語るなら、彼女との共闘は楽しかった。

 付け足すのなら、彼女との戦闘スタイルは対極であった。

 さらに言えば、彼女との相性は最高だった。


「前方に10体のスケルトン」

「見えてまぁす」


 進行は速い。彼女が暗闇の中で視認できることが嬉しい誤算だ。


「フラッシュ」

「フラッシュ!」


 始まりはお互いに“神聖魔術”のフラッシュである。

 此処はアンデッド系のモンスターばかりだから、この魔術はひどく有用なわけで。フラッシュ自体がダメージソースとなるからだ。正直に言って予想外だったけれど。

 アンデッドだから聖なる光でダメージを受けるのは当然、とルナリアスさんに教えてもらった。

 まあ、確かに納得ではある。あるのだが、早く知りたかったというのが本音だ。もっと楽に突破できたじゃんね、モンスターハウス。目がないから無駄だと決め付けていた。


「突っ込みます」

「はい! ファイヤーボールッ、エナジーボールッ、アイススピアッ、シャドウスピア!」


 スケルトンの集団を襲う弾幕。様々な色のエフェクトが走り、朦々と煙が立ち込める。

 その中へと、突っ込んでいく。当然ながら視界はゼロに近く、しかし俺にとっては必要じゃない。


 一閃を繋げて、届く範囲の宝珠を斬り裂いて、止まらずに駆け抜ける。さらにそのまま前進。


「オーケー!」

「ホーリーランスッ、ストーンランスッ、ファイヤランス!」


 再び魔術の弾幕が襲い掛かり、煙の中からルナリアスさんが飛び出して来る。

 彼女の背後には、崩れた、または砕けた骨の残骸。それに視線を向けもせず彼女が追走して来る。


 二人ともが一度も止まらず戦闘を終える。そのままに次の戦闘へ。だから、進行速度はとても速い。

 通常であれば、集団ばかりの敵を無力化するにはそれなりの時間が必要だろう。彼女と俺は違う。


 これは、良いな。とても良い。


 景観も素晴らしい。古都という名に恥じない造りが目と心を喜ばせる。

 通路の壁は古めかしくも細部まで凝った造りで、様々な意匠が楽しませてくれる。

 等距離で大きな部屋に出るのだが、これは一部屋ごとに様相が違っていて、壁に彫られた意匠は何かの歴史を語っているようであった。


 こうでなくては。こうでなければ。現実では目にできない遺物と出会える感動は、この世界でしか味わえないだろう。


「次、8です。内4は死体」

「視認オッケーです」


 敵の陣容が時折り変化する。ゾンビである。

 そう聞けば感染やアポカリプスを連想するが、毒もなければスケルトンとの差もあまりない。実際には移動速度が速いくらいのもので、我がパーティにとっては問題にならないレベルである。


 武器はやはり刃物で、だからこそ“刃神の奥伝”の恩恵が受けられる。有り難い。

 さらに言えば、敵が数的優位のため“獅子奮迅”のプラス補正も働いている。このスキルは、敵が格上、または敵が多勢、若しくは両方の場合に身体能力が向上する。“常勝”も似たようなものだ。


 なんだか、ジャイアントキラーに特化してきたな、と。


「フラッシュ」

「フラッシュ!」


 もはや作業になりつつあった。同じ手順。同じ方法。同じ連携。嫌っていた筈のこれが、痛快で、楽しい。

 ルナリアスさんが放つ魔術を掻い潜り、集団に肉迫。殺せるだけ殺して、あとはお任せする。


 駆け抜ければ背後に様々な魔術が降り注ぎ、それでも討ち漏らした個体は彼女が槍で仕留める。


 我ながら、素晴らしい連携の完成度ではないだろうか。


 こうまで順調な要因として大きいのはルナリアスさんだ。俺、ただ突っ込んでるだけですし。

 彼女は魔術士よりの戦士である。“魔法戦士”という職業の特性は、その名前から受ける印象とは違っている。魔術も使える戦士ではなく、近接戦闘もこなす魔術士なのだ。

 だからなのか、彼女は殆どの属性魔術を取得しているらしい。色とりどりのエフェクトからもそれが窺える。


 非効率なところまで似ている。必要経験値は重いだろう。

 しかし彼女は強い。単純に実力が高い。ソロにしてエリアボスまであと一歩だったというのも頷ける強さだ。


「ん」

「あれ?」


 快走を続けて行けば、突如として景色が変化する。

 祭壇のようなそこは、どうにも空気感が違う。敵は見当たらず、けれども行き止まりで。


 深い闇が蠢く。強烈な存在感が奔る。敵だ。


「来ます」


 彼女に警告。既に槍を構え、様々な魔術を待機させている。頼もしい。


「ですね。なんか強敵の予感」

「そういったスキルを持ってるんですか?」

「ですです。格上は肌に感じます」


 おそらくは“洞察”だろう。ソロプレイにおいて必須なのかもな。


 と、そんな事を考える間に闇が集約し、人型を形成していく。なかなかに大きい。2メートルを越えている。

 骸骨武者、と言うと少し違うか。西洋式の甲冑を見にまとったスケルトンだ。眼窩に灯る青い焔が妖しく揺らめいている。大きな剣を握る骨だけの腕は、しかしなぜか逞しさを感じさせる


 やはり、胸には宝珠。これも他のスケルトンやゾンビより大きい。


 素晴らしいじゃないか。いつまでだって見ていられる。



──────


ダークレブナント/魔物Lv.10

フィールドリーダー/首刈り山の古都/???

スキル:???/???

独自スキル:???


──────



 死骸ではなく魔物なのか。しかもフィールドリーダー。良いね。強そうだ。


「うひゃー。見た目がムリ!」


 はっきりきっぱりと発言するのが信条なのだろうか。顔を顰めるルナリアスさんは、けれどもやる気満々といった空気を放っている。本当、頼りになるなぁ。


「ラーさんラーさん。早くやっつけましょう。じゃないと保ちませんよ、主に私の精神力が!」


 アハハと明るく笑う相棒は速攻を御所望のようだ。


「んじゃ、突っ込みます。タゲ取り任せます」

「任されました! 動画撮っておきますね。気をつけてください!」


 目は、閉じない。脚に力を込めて前傾姿勢。そうして。


「フラッシュ」

「フラッシュ!」


 前へ。甲冑スケルトンが吠える。心地良いな。


「ファイヤーボールッ、エナジーボールッ、アイススピアッ、シャドウスピア!」


 射出される魔術を追うようにして前進。前方で着弾。


「ホーリーランスッ、ストーンランスッ、ファイヤランス!」


 さらに追加で魔術が奔る。視界を彩る様々な色と形状のエフェクト。煌びやかにして儚さを感じるそこへ、飛び込む。

 ああ、と。思わず心が潤む。こうして感動させられるのは何度目だろうか。


 此処は、良い。とても、良い。目を閉じてしまうのがもったいない。


 幻想的な景色は刹那的でもあり、それは奏でられる音も同じである。あまりにも大きな神秘を放ち、それでいて溢れんばかりの楽しさで。

 発動主であるルナリアスさんらしい。彼女にとても似合っている。


 その中で、ダークレブナントが踠いている。迫り来る様々な魔術に向かって剣を振るい、己を守らんとガムシャラな抵抗を演じている。


 馬鹿らしいほどの隙じゃんね。


「ズバン」


 駆け抜け様に宝珠へ一閃。僅かな抵抗。遅れて硬質な破壊音。


 美しくも悍しいダークレブナントは、その全身を青白い炎に焼かれ、しかし骨が朽ちる様を早送りにして消えていった。


 快勝でしょう、これは。


「ラーさんラーさん!」


 背後から駆け寄るルナリアスさんは、暗闇の中で輝いて見えた。そう幻視するほど、彼女の前向きな笑顔は素敵だった。


「もしかして、私たちって――」


 ああ、彼女が何を言わんとするのかが分かる。だって、俺も同じ気持ちなのだから。


「――最強のコンビじゃないです? いや、最高かな?」

「ええ、そうかもしれません」


 彼女の直向きさと素直な人間性に癒されている。

 何となくではあるが、このまま突破出来そうであった。



──────


────


──



 さて。この“首刈り山の古都”は、“常闇の森”を越える難易度である。単独での攻略は無理だったろう。

 ()の正規ルートがどれ程かは知らないが、草原をやっと攻略したくらいのプレイヤーでは即死に戻り確定だ。


 とても嫌らしいと、そう思う。裏ルートを攻略するには、全容の把握と大量の物資が必要になるだろう。

 つまりは一度での攻略は難易度が高く、再挑戦するにはモンスターハウスを生き延びなければならい。それを踏まえた準備が不可欠なのだ。平たく言えば、全てを見通した上で完璧な準備をしなさいよ、と。


 初見での突破は不可能に近い。


 そこを何の準備もなく快走しているのだから、とても気持ちが良いのです。

 そもそもの話、“暗視”を持ってなきゃ歩く事もままならないのだが。


「ホーリーランスッ、ホーリーウィップス!」


 こうして前進できるのは、やはりルナリアスさんのおかげだ。

 彼女の魔術はさらに向上し、使用可能な術が増えている。これだけ殺して来たのだから、レベルの上昇は著しいだろう。


 で、俺の“神聖魔術”は何も増えていない。今だにフラッシュのみである。悲しいのですけど?


「ラーさんて、“魔術の心得”もってないんです?」


 ルナリアスさんに言われて今更ながらに気付いた。システム上において、俺には魔術の素養性がないと判断されているのだ。才能なしと言い換えても良いな。

 ここに来てスキルの影響が出ている。どうにかして手に入れたいな、“魔術の心得”。難しいだろうなぁ。


 と、考えていたんだけれど。


「ゴッドレスのスキルショップに売ってますよ? お金、200万くらいするから買える人いないですけど」

「……なんと?」

「……売ってますよ?」

「あるんですか、スキルショップ」

「そこからですか。ラーさんて……なんかごめんなさい」


 謝られてしまった。これはこれで楽しいな。

 馬鹿騒ぎ、とは言わないが、会話が弾めば気持ちも弾む。


 快走とは言えども、休憩はどうしたって必要になる。ルナリアスさんのスタミナが保たないからだ。

 俺は相変わらずで、ゲージの見た目がゼロになっても重いペナルティーはない。やはり先天的才能の影響だろう。彼女も同じ答えに行き着いたようだ。


「ラーさん、スタミナに関係する先天的才能を選びました?」


 返答に困る。困るのだが、事実を言ってみる。


「えっ。あるんですね、そんなこと」

「あるんですねぇ。ついでにアバターも設定出来ずで」

「ええー」


 ルナリアスさんが羨ましいですよ。と言えば、私も髪と目の色しか変えられなくて、と返って来る。


「ふん? システムエラー?」

「えと、ある人との約束なんです。私だと分かる容姿にする、って」


 初めて見せる暗い表情。訳ありか。踏み込むべきじゃないだろう。そういうの、苦手ですし。


「俺も銀髪にしてみたかった」

「あはは。じゃあアレです? ラーさんは実際の見た目そのまま?」


 さて、これも返答に困る。マナー違反のような気もする。まあ、マナーなど一つも知らないんですけどね。


「昔の自分?」

「はい。どうしてかは分かりませんが」

「……おかしいですね」


 ピン、と人差し指を立てるルナリアスさん。なんだか、こう、行動とリアクションが一世代前なんだよなぁ。妙に安心してしまう。


「ブレサンて、見た目の年齢は実年齢が反映されちゃってイジれないじゃないですか」


 ふぅん? またもや新情報だ。そろそろ驚き疲れてきたのだが、彼女の話を要約するとこうなる。

 このゲームのアバターは年齢設定が出来ない。実年齢が四十歳であれば、それ相応の外見年齢になる。

 ただし、エルフなどの長命種であれば話が変わってくる。つまるところ、現実の年齢が、選択した種族の外見年齢になる、というわけだ。


 やはりタチミツさんは同年代。オチョキンさんは謎。ルナリアスさんの実年齢は二十代の半ば程と予想できる。


「三十二歳っ⁉︎」

「ええ」

「二人のお子さん⁉︎」

「はい」


 こうして身の上話をするのは何年振りだろうか。良いか悪いかは別として、とても感慨深いなぁと。


「頭の良い生意気な歳下だと思ってました」


 あまり良い印象では無かったらしい。


「少しは変わりましたかね」

「はい。賢くてステキなお兄さんに」


 年齢って大切なのです。


「ラーさん、頑張って攻略しましょうね。奥さんとお子さんへの冒険譚をたくさん作って!」


 疑いもなく信じてくれるのが彼女の美徳であり、危うさでもある。変わらずにいて欲しい。娘を見守る父親の気分だ。そこまで歳の差はないけれど。


 と、会話しつつ、騒ぎつつ、暗闇を走っていく。


 景色に大きな変化はない。敵種も同じく。だが、強くなっている。

 レベルの上昇と共に体力と耐力が上がり、しかし何の影響もない。心臓であろう宝珠が曝されているからだ。そこを斬るだけで良いのだから簡単だ。


「ですかね? 狭い骨の隙間を狙うのって難しいですよぉ。敵も動いてるし。私は無理だなぁ。出来そうな人も知ら――、ラーさん、前です!」


 難しい、か。あいつは、こんなものじゃなかった。一振りが必殺で、閃きでもって煌めいていた。

 ルナリアスさんにそう言われてしまえば、確かにそうなのかもしれないが。


 脳内でペンタとの戦いを引き摺っている。あの時の感動と興奮は、きっと簡単に味わえるものではなく、味わうべきものでもない。

 思考、刹那の判断。一振り、数ミリの誤差なく。肉体、筋繊維を躍動させて。


 あれが、欲しい。あの域に、ずっといたい。


「ラーさんっ、止まってください!」

「――ん」


 真っ暗な空間、前方に敵。真っ赤な瞳、吸い寄せられる。視界、赤に染まる。

 敵。強敵だ。大きくて、強い。あれは、良い。


「ラーさん?」

「く、ふふ」


 行こう、目を閉じて。

 広さが素晴らしい。狭くもなく、けれども“強脚”の連続使用に向いている。


 殺そう。そうして、登ろう。あの感覚を、味わいに。コイツなら、きっと――


「ラーさん!」

「――ぅぐ?」


 甘い香りに優しく触れられた。背中から強く抱き締められていて、防具越しに伝わる熱が心地良い。

 心が洗われる。殺意が和らぐ。そうして、視界が色を取り戻す。


 あれ? 俺って?


「ラーさん、戻って来ました?」

「ん。俺、どうにかなってました?」

「なってましたなってました。状態異常ですね」


 ほぉ、と前方を眺める。そこには、この空間に不釣り合いな、馬鹿みたいに大きな骸骨。



──────


大髑髏/???

エリアボス/北ガザン大山脈/首刈り山の古都/???

スキル:???/???

独自スキル:???/???


──────


 名前から連想した通りの化け物である。餓者髑髏のようなものだろう。でもあれは明確な創作だし別枠か。


「大髑髏、ね」


 見えるのは腰から上だけで、下半身は地面に潜っているのか。上半身だけで20メートルはありそうだ。天井が低いから這うような姿勢で、それが不気味さを加速させる。

 両腕に握られるのは大きな鎌だ。宝珠はどこにもなく、代わりに、目に灯った赤い焔が主張している。それを見つめると――


「――ん。あれ、駄目だ」

「ですね。私は“ブレイブ”使ってるから大丈夫ですけど」


 ブレイブ。イメージとしては、精神に対する状態異常を跳ね除ける魔術だ。にしてはとても大きな力を感じたが。

 で、なるほど。俺は彼に呑まれていたのか。腹が立つなぁ。


 ルナリアスさんが引き戻してくれたんだな。攻略する為とは言え、俺なんかに抱きついてまで。あの感覚は、ブレイブの。効果を俺に及ぼすために密着したのか。


 この借りは大きいね。


「ルナさん、敵のステータス見えます? 俺は見えない。レベルも、種属も」

「見えません。名前と、ここのボスということしか。あ、動画撮ってますから」


 種属すら見えない格上か。良いね。

 化け物は攻撃の姿勢を見せない。遥か格下だと感じ取っているのだろう。その余裕も腹が立つ。


 ふと頬を流れるナニカを感じる。汗だ。冷や汗だ。強敵だものなぁ。“洞察”も激しく警笛を鳴らしている。


「ラーさん、そろそろ行きましょう」

「ん?」

「カンストしました。気持ち悪さと、ウザさが」


 腹が立っているのは彼女も同じで。


「じゃ、これまでと同じく」

「はい、これまでと同じで」


 ああ、目を閉じよう。ルナさんが創り出す幻想的な世界を目にできないのは残念だけれど、どうせあの美しさを楽しむ余裕はない。


 そうして、さあ、今までと同じく突貫だ。


「フラッシュ」

「フラッシュ! アースバインドッ、セイントウォーカー!」


 魔術が巨体を縛り上げる。迫り上がった岩が纏わりつき、白に輝く人型が抱き付く。伝わってくるのは化け物の驚愕だ。

 さらに様々な魔術が降り注ぎ、突き出し、空間を震わせる。


 化け物に弱点らしい箇所は見当たらない。刀が役に立つかどうか。

 でも、漲っている。格上で、劣勢で、刃物を持っている。なら、行ける。


「んっ」


 様々な魔術を“空間認識”で捉え、“強脚”にて加速する。狙うは、首。


「――かってぇ」


 斬れない。でも傷付けることは出来る。


「んぅ?」


 全身に走る危機感。“空間認識”が巨体の動きを捉える。

 前後から、大鎌っ!


「――あ、ぶね」


 邪魔で厄介。あの大鎌は危険だ。あれのせいで接近するにも大きなリスクが伴う。

 じゃあ、まずは肘から先を貰おうか。


「ラーさん!」


 ルナさんから発される警笛の声。大丈夫、感じてる。

 化け物が腕を振り上げる。振り下ろす。床に大穴ができる。飛礫が襲い来る。


 うわぁ、と。思わず声が漏れてしまった。あんなの掠っただけで死ねる。


 中らないですけどね。


「魔術がレジストされてます! ほとんどダメージ入りません!」


 ふぅん? 物理耐性だけじゃなく、魔術耐性も高いのか。本当に厄介な化け物だ。


 まあ、やる事は変わらない。やれる事は変えられない。


 連続で“強脚”を使用する。彼の周囲を跳び周る。下半身が埋まってるんだ。方向転換など不可能だろう。


 再びルナさんから多様な魔術が撃ち出される。それを隠れ蓑にして、突貫。

 連続で跳ねる。おそらくは立ち込めているであろう煙の中を駆ける。二刀を振るう。

 狙いは右肘。どうして繋がっているのかも、どのように繋げているのかも分からない関節。そこだけに攻撃していく。

 寸分の狂いもなく。僅かな誤差もなく。ただ、跳ねて、ただ、斬っていく。


「来ます!」


 化け物の攻撃。でも、上?


 激しい揺れと共に天井が降ってくる。

 なるほど。狭さは巨体にとっての不利ではなく、利用するべきエレメントってわけだ。


 それ、俺も同じだよ。


 縦横無尽。そう在るべく“強脚”に意識を注いでいく。

 落ちてくる瓦礫が厄介だ。高速で当たれば当然ながらダメージを受けるし、直線的な動きでは躱すのも困難。

 だからと言って離脱はしない。目的は化け物の打破。逃げ回ることじゃないのだ。


 しかし、思うように攻撃できない。

 瓦礫が邪魔。暴れる化け物の速度を捉えきれない。大鎌の風圧にですら体勢が乱される。


 痛いなぁ。厳しいなぁ。挫けそうだなぁ。


「ぐっ、ぐぁ」


 化け物が駄々をこねるように暴れまくる。

 瓦礫が飛礫となって襲い来る。血が出る。骨が折れる。既に回復薬を多用していて、中毒症状が現れていた。

 迷うな。退くな。俺が倒れてしまえばルナさんが狙われる。

 脅威で在れ。驚異を与えろ。だからこそ活路が見出せる。


 もっと空間を認識しろ。腕の動きの先を読め。

 もっと高速で移動しろ。化け物の意識を掻い潜れ。


「ヒールッ、ヒールッ、ヒールッ!」


 破壊音の中に響く凛とした声。ルナさんだ。

 ここでの回復魔術は有り難いなぁ。さらには攻撃魔術まで。


 ――行け。


 応えなければ。ずっと逃げて来たんだ、()()から。

 戦わなければ。一人じゃない事の重みは知っている筈だ。


 期待から逃げ、人を避けて、ずっと孤独に潜っていた。

 でも今は、相棒がいる。仲間と呼べる女性がいる。彼女が俺を信じてる。


 だから。


「ラーさんっ、行けぇー!」

「おう」


 前へ。


 肘を斬る。


 肩への着地と同時に上へ跳ねる。


 肘を斬る。


 下へ。横へ。


 肘を斬る。


 背後。真下。


 肘を斬る。


 肘を斬る。


 肘を斬る。


「――おおっ!」


 肘を、切断する。


 轟音と共に化け物の上腕が落下する。煙が朦々と立ち込める。


「ゔッ、ゔえぇ!」


 まだきれるなよ、スタミナ。たったの腕一本を切っただけだ。


「うえっ、く――くふふ」


 でも、どうだ化け物。無様じゃないか。音にならない悲鳴を上げて。亡くした腕を抱え込んで。

 戦意なんかあったもんじゃない。痛みへの敗北。絶望からの逃避。腰抜けのそれだ。


 今が、畳み掛けるべき勝機。


「隙を作れっ!」


 背後へ叫べば。


「がってん!」


 一世代前の頷き。良いね。


 跳ねて、斬って、跳ねて、斬って。

 それを馬鹿みたいに繰り返す。


 ルナさんからは相変わらず的確なタイミングと位置に様々な魔術が放たれていて、彼女によって生み出される幻想的な世界に飛び込んでいく。

 ああ、やっぱり此処は最高だ。彼女を感じる此処が好きだ。この中で死ねるのなら、痛みだってそう悪いものじゃない。


 口角が吊り上がる。笑いが漏れる。

 だって、この美しさを楽しめる。目を開ける余裕がある。


「腕一本ってのは、デカいよなぁ」


 だろ? 化け物くん。


 このゲームにおける腕の欠損は、すなわち死への大きな一歩だ。ペンタですらそうだったのだから、名ばかりのアンデッドなら尚更。

 何よりも、俺自身の調子が良い。自分に潜った分だけ意識が奔る。深みを臨む分だけ肉体が躍動する。


 だから、もう一本の腕だって、こうやって断ち切れる。


「ゔぇエエッ、ゔ、ゔははっ!」


 吐いた胃液に血が混ざっている。まあ、どうでも良い。


「ラーさん!」

「構、うなっ! 有りったけ叩き込め!」

「でもっ、ラーさんにッ――」

「絶対に当たらねぇ!」


 今、絶好調だ。今、確実に強くなっている。

 この先に何が待ってる? 此処を超えれば何に成れる?

 何も無くても、何にも成れなくても。


「勝つぞ!」

「ッ、はい!」


 ほら、もう見えてるぜ? 化け物くんの消えかけた生命が。


 ほら、もう聴こえてるぜ? 声なき悲鳴が。


 ああそうさ。全部、()()()()


 だからこれは、勝てる。




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