16話 デスペナ中にやるべき事
オチョキンさんに仕事を依頼し、防具を購入させてもらい、ゴッドレスを出る。
そうして、ブラブラと遊んでいた。明確な行き先を設定せずに走っていた。
デスペナを受けた状態での動きや、新たな称号の効果など、確認すべき事が幾つか。
敵は何にしようかと、そう悩んでいた俺にオチョキンさんは冷たく言った。デスペナ中に戦闘なんかしても良い事ないですよ、と。攻略最前線としての自覚を持つべきです、と。
そうは言っても今しか体感できない異常状態であり、今でしか把握できない肉体感覚である。
デスペナ中に戦闘を強いられる状況だってあるかもしれない。全てを試して把握する絶好の機会だ。
さて。行くべきは第五の拠点『戦場都市ダシュアン』だろう。しかしデスペナを受けた状態での戦闘を経験しておきたく、また、欲を言えば“常闇の森”をきちんと走破しておきたいが、やはりこの状態では難しい。
だから、手頃な敵を探して北へと進んでいる。オチョキンさんから“西と同じく低い難易度”だと聞かされたからだ。状態把握にはうってつけである。
実際に南と西の草原をまわって見たが、南は攻略組が本格的に進軍しており、西は戦いに慣れていないプレイヤーの狩り場となっていた。どちらも遠からず攻略されるだろう。
「にしても、きみたち弱いな」
──────
マッドラット/動物Lv.2
哺乳類/無属性/陸棲
スキル:噛みつき
──────
マッドラット/動物Lv.3
哺乳類/無属性/陸棲
スキル:噛みつき
──────
マッドラット/動物Lv.4
哺乳類/無属性/陸棲
スキル:噛みつき
──────
目を血走らせた大きな鼠。それが、三体。本当に弱い。これに殺される自分が予測できない。デスペナを受けていても楽勝で、ひどく退屈だ。
ゴッドレスの北は、やはりと言うべきか草原であり、しかし様相が違っている。
弱い敵。足に絡むしなびた草。東から比べると同じ街を囲む草原だとは思えない。どういった環境設定なのかな。
現在は午後3時であり、まだ多くのプレイヤーが鼠狩りに勤しんでいた。彼等を追い抜き、駆けつつ鼠を殺し、もう二時間になる。
「いってえな」
疾走しながら齧られた腕を撫でる。今までで最小のダメージ。取るに足りない損傷。しかし痛いものは痛い。痛覚設定マックスなのだから当然だ。
気にするほどじゃない、と。そう考えてしまうのは“刃神の奥伝”による影響を受けているからだろう。鼠を侮るのも、退屈だと感じるのも、きっとそうだ。
プレイヤー達に対する感情も同じだ。嫌悪感、と呼べるものだった。
北の草原では集団戦とすら評せない泥沼の戦いが繰り広げられている。こんな雑魚に手こずる彼等は、しかし懸命に武器を振るい、必死に味方を鼓舞し、大鼠に向かって勇敢に立ち向かっていく。
これは、駄目だな。彼等を侮る理由などない。あってはいけない。鼠も同じだ。
まだ四日目だから弱くて当たり前だとか、初期フィールドでも低難易度だからとか、そういった情心からではなく。
生命への尊敬と畏敬を失ってしまえば、人間とは別のモノになってしまう。
ペンタも、昔は人間だったのかな?
まあ良いさ。今は前へ。
北の草原には一つの特徴がある。モンスターは必ず群れで現れるのだ。
弱いから群れるのか、群れるだけの数が居るから弱いままで良いのか。そんな馬鹿な考えを暇つぶしに充てる。
止まらずに、とにかく一撃で殺していく。
プレイヤーから向けられる多くの視線と、時折は声もかけられる。
前者への対応は分からないので無視し、後者には軽く手を振っておく。閉じ込められた仲間として、最低限の社交性は示しておくべきだろう。
そんな事を続けていれば。
──────
キラーラットマン/妖怪Lv.8
フィールドリーダー/地縛り草原/???
スキル:???
──────
初見ですね、種族“妖怪”。
「フィールドリーダーは場所を選ばないのか」
ここは草原の中央あたりだろう。つまり次のエリアにはまだ遠く、景色にも変化はない。
「きみって何か変だ」
鼠顔の亜人、と、そう評すべき姿形であった。見た目の肉体は人間とそう変わりなく、身長は俺より低い。革鎧を防具とし、剣とナイフを武器にしている。こんな生き物がいるなんて、やっぱりファンタジーだよなぁ。
いきなりの人型。レベルだって突然の上昇と言える。激変である。マッドラットに手こずるプレイヤーじゃ戦いにもならない。
とは言え周囲には多くのプレイヤーが居て、おそらくは彼を観察していたのだろう。
良いな、と。攻略は進んでいく。俺が気負う必要など無いのだ。
で、変わった事は他にもあって。
「ふん? 湧いて来ますね、闘争心」
彼はギリギリ格上ってことだ。おまけに刃物を武器とする。
──────
称号【刃神の奥伝】
刃神より皆伝を得た者。
刃物に関するスキルの経験値取得率アップ。
強敵に対する闘争心が向上する。強敵との戦闘において身体能力が向上する。
格下に対する闘争心が大きく低下する。格下への攻撃力が大きく低下する。格下との戦闘において身体能力が低下する。
刃物を持つ敵から得る経験値アップ。刃物を持つ敵との戦闘において身体能力が向上する。
──────
上手く働いてるね、“刃神の奥伝”。
けれども格上だとは感じない。これはシステムとしてではなく、俺自身の肌で感じている事実だ。
だから、行こう。加勢が必要かと尋ねてくるプレイヤー達を押し留め、目を閉じて、“空間認識”を展開。
前へ。
「キィイイ!」
「うるせぇ」
肉迫。互いの間合いへ入る一歩手前で“強脚”を使用して、横へ。
着地の瞬間。反発力と瞬発力を均等にし、前へ。
あ。抜刀してないや。なら、今。
「キッ⁉︎ ァ――」
「お、上手くいった」
首の半分以上を断ち、つまりは頸髄も断っている。彼が見たままの直立二足歩行生物なら、これで終わりだ。
『おめでとうございます! フィールドリーダーの撃破を確認しました! 新たなるフィールド【首刈り山の地下空洞】への進行権利を付与します!』
終わったね。システムにおいては格上でも、実戦となればこうも呆気ない。
呆気ないのに格上とは、つまるところそれは“人間”と“妖怪”の格差でもある。“人間”は弱いのだ。なのに簡単に勝ててしまう。
『それはそうよ。だってヘラさんのスキル数、ほら、多すぎだもの。しかも特攻向きの構成。戦闘スタイルと相性が良いのよ』
そんなふうに言っていたオチョキンさんを思い出す。
スキル数が俺の強さを支えている。多才だからこそ格上に打ち勝てる。なるほど、合理的かつ現実的な意見だ。その通りだろうとも思う。
──────
ヘラ:人間Lv.10:開拓者Lv.9/捻じ曲げる者Lv.4
スキル:【刃物の心得Lv.11】【二刀の心得Lv.11】
【刃技Lv.2】【空間認識Lv.12】【肉体操作Lv.12】
【体術の心得Lv.3】【洞察Lv.8】【暗視Lv.8】
【神聖魔術Lv.6】【魔力操作Lv.3】【常勝Lv.3】
【強脚Lv.8】【急襲Lv.3】
称号:【闇に生きる者】【逸脱者】【残忍なる者】
【刃神の奥伝】
先天:【竜の因子】
──────
増えすぎたスキルは大きな成長率低下を招いているはずで、しかし不要なものは一つだってない。良いスキルがあればこの先も迷うことなく取得するだろう。
良い仕事してるね、新しいスキル達。
気になるのは“刃技”である。刃物を使った攻撃にプラス補正が働く。逆に鈍器を使った攻撃や盾を持った時には大きなマイナス補正が入る。
実にシンプルであり、有用であり、俺を押し上げる力である。
「あの、すみません」
「――ん」
声の方へと振り向けば、恐る恐るといった様子で近寄る男女混合の四人組。誰もが若く、パーティーなのだろう。
周囲には他にもプレイヤーが居て、俺を見て何やら話し込んでいる。目立つのは好きじゃないのだが。
「えっと、その」
「何かな?」
「ちょっと、言わなきゃいけない事があって」
もじもじとする女の子は、三人に背中を押されて意を決したように頭を下げる。
「ごめんなさい!」
若いなぁ、と。見た目と同じく十五歳か、そこいらだろう。話し方から受ける印象としても大きく外れてはいなさそうだ。
このゲームをプレイできるギリギリの年齢。未来ある若者である。
「ふん? 何か謝られることがあったかい?」
逆なら分かる。冷静に考えてみれば、俺は彼等の獲物を横取りしたかもしれないのだから。
「実は、今の戦いを撮影してしまって……」
ああ、そういう。と言うか出来るのか、動画撮影。タチミツさんが言っていたような記憶もあるけど。
「確かに、マナー違反ではあるか、な?」
「ごめ、ごめんなさい」
「すんませんね」
背の高い男の子が、頭を下げる女の子を庇うように前へと。堂々とした立ち姿と話し方からスポーツマンといった印象を受ける。……偏見かな。で、この男の子がリーダーか。
「俺が言ったんですよ。お兄さんの戦いを参考にするぞ、しっかり記憶しようって」
「それを私が“記録”って聞き間違えちゃって」
すみませんでした、と。四人が揃って頭を下げる。
なんだか、良いな。青春を感じてしまう。そして、若々しい逞しさと前向きなエネルギーも。
ホームシックだろうに。
「……あの、何か言ってもらえませんか。不安になるっす」
「ん?」
「フィールドリーダーを一撃で殺す人に黙られると、怖いっす」
そう言ったのはリーダー格の男の子で、言葉とは違い凛とした態度であった。物怖じしない性格なのだろう。
これはいけない。若者に気を遣わせるのは本意じゃない。
撮影の件は気にする必要ないよ、と伝える。でもマナー違反だし、動画を削除するとこ、お兄さんに見てて欲しいんすけど、と返される。
しっかりしてるなぁ。俺も見習わないと。
「見ても良いの?」
「そりゃまあ、本人に消すとこ見て貰わねぇと」
「いや、そうじゃなくて」
伝わないか。伝わらないよな。
「俺が言いたいのは、録画したデータを見ても良いかってことだよ」
「あぁー、えっと?」
「復習さ。自分の動きや戦い方を客観的かつ第三者視線で見てみたいんだ」
良いかな? と問えば、若者達は不気味さを隠しもせずに半歩退がった。
傷つくなぁ。これこそ関わり合いの醍醐味だ。素晴らしい。
──────
────
──
不気味かつ不思議な動き。それが第三者視線で見た自らの動きに対する印象だった。
リーダー格の少年に言わせれば“あり得ねぇ”であり、撮影した女の子の言葉では“高速”となる。高速か。シンプルで、素敵だな。
つまり、このまま成長していけば良い、と。
とは言え、100点どころか30点すらあげられない動きであり、無駄の多さは否めないわけで。
スキルに頼る部分が大きすぎるのだろう。肉体を十全に使いこなせていないのだろう。
などと考察している場合ではなくって。
「これは登れないなぁ」
上から射し込む光を見て、そんな事を言ってみる。
周囲を見て、登ることを諦める。
回復薬を飲み、折れた脚を治療しつつ、状況の把握に努める。
「進むしかないか」
途方に暮れつつも奥へ。数歩進むと着信が入る。メニュー画面に表示される名前はオチョキンさん。
「はい、ヘラで――」
『ちょっとヘラさんっ、何処にいるの⁉︎』
いきなりのお怒りボイスである。母親のような立ち位置になりつつあるなぁ、と。そんな事を考えていれば、さらに不在着信が入る。これはタチミツさんであった。
『聞いてます⁉︎ 今っ、何処っ⁉︎』
「聞いてます。今、“首刈り山の地下空洞”ですね」
『ちか? ちょ、地下っ⁉︎ 首刈り山⁉︎ 何でフィールド越えてるんですか!』
デスペナ中ですよ、てな事を言われている。オチョキンさんを適当にあしらいつつ、タチミツさんから入ったメールを確認。
一つの文章と、一つの添付ファイル。とても簡潔で、しかし全てを把握できる内容である。
――きみ、何をしている?
そこに貼られていたのはつい一時間ほど前に見せて貰った動画であり、リンク先はこのゲーム内のスレッドだった。
これが掲示板か。若い四人組から聞かされていたが、賑わっているようだ。
『聞こえてますか⁉︎』
「ああ、はい。動画の件ですね?」
『少しだけデスペナの自分を確認するって言ってたのに! それに、この動画は』
「掲示板への書き込みは俺が許可しました。参考になればな、と」
オチョキンさんと通話しつつ、タチミツさんにも同じ内容を返信しつつ、薄暗いフィールドを把握し、敵を斬っていく。
忙しい。忙しくて、良いな。
──────
スケルトン/死骸Lv.10
不死族/闇属性/???
スキル:???
──────
スケルトン/死骸Lv.10
不死族/闇属性/???
スキル:???
──────
スケルトン/死骸Lv.10
不死族/闇属性/???
スキル:???
──────
スケルトン/死骸Lv.8
不死族/闇属性/???
スキル:剣術の心得
──────
スケルトン/死骸Lv.8
不死族/闇属性/???
スキル:槍術の心得
──────
出たな、定番のアンデッド。でも名ばかりだ。骸骨だから“死”という概念を取っ払ってはいるが、超越しているわけではない。だって動かなくなるもの、胸にある赤い宝珠を断ち切れば――
「とう」
カタカタガラガラと骸骨が崩れていく。サンプリングにはまだ足りないが、胸の宝珠が弱点であり心臓だと考えて良いだろう。
にしても種族が“死骸”とは面白い。
『ヘラさん、何してるんですか!』
「なにって、骸骨と戦ってますよ。今は十体――あ、また増えたから、十二体と」
『はあっ⁉︎』
美しい女性が出して良い声じゃない。とは言わないでおく。
『すぐに戻ってください! デスペナが切れるまで四時間はありますよ!』
実際にはあと二時間もない。それに、この状態に慣れてきた。そして、今のところ問題もない。
さて。戻って来いと言われたからには何かしら答えなくてはならないわけで。ただ、心配してくれる彼女には申し訳ないのだが答えは一つしか用意できない。
つまり、戻るのは無理であると。簡潔に言えば、こうなる。
「トラップに掛かりました。落とし穴、ですねぇ」
さて。どうやら2回目の死に戻りは近そうだ。




