表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/130

14話 リアルとアンリアルの狭間

 



「……は?」


 いや、またもやの、は? である。


「おい、運営」


 無理じゃんね。扉を抜けた瞬間に食われるとか。どう対応しろと言うのか。

 ジャングル? なんで? 聞いてた話と違うではないか。油断全開だったんだぞ。


 ヘスさんは街だと言っていたのになぁ。彼女は嘘を言うような人には思えないけれど。


「管理者か」


 俺への嫌がらせだろう。どうでも良いけれど。


 で、ここは?


「お目覚めですか?」


 知らない部屋に寝かされていて、知らない人に声をかけられた。

 男で、神官服を身にまとった小人? いや、ホビット? どんな種族か分からないが、彼の話を要約すると、こうなる。


 ここは“使徒”を甦らせる祭壇であり、ゴッドレスの地下にある。“使徒”とはプレイヤーの事であり、この世界を導く存在である。“使徒”は死を超越し、超常の力を持っており、また、違う世界にて生まれ、神の要請によってこの世界へと降り立たった。

 甦る場所は任意に設定でき、それは各拠点に設けられた神殿から選ぶことが可能。


 とまぁ、ゲームの設定を説明されたわけですが。


「……誰も居ないじゃんね」


 街には活気があり、それはNPCが放つものだった。けれどもプレイヤーが一人も居ない。

 こういう時、ひどく困る。ひどく困り、途方に暮れる。だって殆ど知らないし、このゲームのこと。だから現状への考察など出来るはずもなく。


 とりあえず、と言った曖昧さで武具店ジャミジャミへと向かう。そこしか知った場所はなく、彼女しか所在地の見当がつかない。


「あ、フレンド機能」


 連絡を取れると考えメニューを開こうとするのだが。


「……開けないや」


 正確には、ない。メニュー画面がどこにも。

 なのに“空間認識”をはじめとするスキルは使用できていて。ついでに身体能力にもスキル補正が働いている。

 しかし、全身がひどく重たかった。発動型スキルの多数使用とも、スタミナ枯渇のペナルティとも違う、重い重い倦怠感。


 なんだ、これ?


「お邪魔します」


 やはりと言うべきか、オチョキンさんは居なかった。


 一人で途方に暮れながら、ただ待っていた。のんびりとした時間は、遠くの音すら響く静けさは、一人だからなのか全く楽しくない。

 孤独を感じてしまう。

 暗い病室。呼吸器の作動音。感覚のない全身。同情する妻の視線。怯える娘たちの雰囲気。無への恐怖。希望の見えない現実。諦めと怒りが支配した心。平常を保てない精神。殺してくれとすら発することの出来ない喉。殺してくれなんて言えない周囲の懸命さ。待ち詫びる死の瞬間。


 絶望。


「……殺してくれよ」


 もう、良いんだ。あんな身体になってまで生きる意味はなんだ? あんな自分が生きる理由があるか?

 重荷だろ? 負担だろ? 苦しいだろ?


 だから、もう、良いから、死なせて欲しいんだよ。


「……俺は、此処に居る」


 この世界が、俺の居場所だ。逃避だとしても、逃避だとは理解していても、此処でしか俺は生きられない。

 現実での俺は、終わってる。あそこでの俺は止まってる。


 でも。


 もしも叶うなら。


「もう一度だけで良いから、会いたいなぁ」


 会って、謝りたい。会って、感謝したい。会って、抱きしめたい。


「秋ちゃん、苦労ばかりかけてごめん。このゲームを与えてくれてありがとう。幸せにしてあげられなくてごめん。穂波、澪、心から愛してる。何もしてやれなくてごめん。父親でいられなくてごめん。守ってやれなくて、ごめんなぁ」


 ずっとそばに居たかった。ずっと成長を見ていたかった。


 でも、無理だから。


「良いんだよ、もう死なせてくれても。俺がそう望んでる。本当に、本当に、よく頑張ってくれたよ。俺は幸せ者だ」


 俺だけが、幸せなのだ。


 俺だけが、立ち向かわなかったのだ。


 俺は、クソったれだ。


『――ちゃん!』


 ん?


『たいちゃん!』


 え。


『たいちゃん、聞こえる⁉︎』


 その、声。その、呼び方。


「――秋ちゃん?」

『たいちゃん! はな、した! 話した!』


 これは、なんだ? 夢か? 幻聴か?


 とうとう狂ったか。とうとう狂ったな。でも、だとしても、良いではないか。だって、俺にはやるべき事がある。


『なんでっ、どうしてっ、私のせいで!」


 ああ、秋ちゃん。相変わらずだなぁ、いつもそうやって自分を責めるんだから。


「ありがとねぇ、秋ちゃん。俺は、今、とっても幸せだぁ。このゲームの中じゃ自在に動けるんだよ。こんな感覚は久しぶりさ。秋ちゃんのおかげだね」

『わた、私はっ、私がこんなゲームを勧めたから!』

「だからさぁ、違うって。俺は本当に感謝しているよ。此処はね、とても楽しいんだ」


 俺だけ楽しんでごめんね。そう言えば、妻の嗚咽がひどくなる。


 間違えちゃったな、言葉の選択。いつも、間違えて来たよなぁ。


 でも、今だけは。


「ごめんね、秋ちゃん。ずっと苦労ばかりかけて。ありがとね、秋ちゃん。俺と一緒になってくれて、寝たきりの俺を看病してくれて。俺ばっかり幸せを貰って」


 とうとう、妻は叫んだ。


 どうしていつもこうなるのか。笑って欲しいのに。笑顔にしたいのに。泣かせてばっかりだ。

 だから、別の男性を愛したのだろう。


『たいちゃん――』

「離婚届、ちゃんとサインしたよ。立ち会いもしてもらったから。やっと、できたよ。口で書いたから変な字だけどね」


 昔は綺麗な字が自慢の一つだったのになぁ。


『私っ、ごめん、ごめんなさい!』

「良いんだよ。俺のほうこそごめんよ。もっと早く、解放してあげるべきだった」


 そう、良いのだ。妻を縛り付ける俺など、本当は俺だって見たくない。だから、良いのだ。


『お父さん?』

『とーちゃん!』


 穂波? 澪?


「いるのか、そこに」


 どちらも俺に似ちゃって。秋ちゃんに似たら美人さんだったのになぁ。


「穂波、澪、聞きなさい」

『はいっ』

『はいっ』


 泣くなよ、今だけは。

 父親らしく在れ、今だからこそ。

 そんな事を考えれば、娘たちの泣き声が聴こえてくる。父親失格だな。


「泣くな。泣いていても、誰も、助けてはくれないんだ。いつも言っていただろ?」


 12歳と10歳かぁ。大きくなったなぁ。

 この数年は、父親らしい事をしてやれなかった。せめて最後くらいは父親でいたい。


「泣いているだけじゃ、何もできん。親も、……いつ居なくなるか分からん」

『はい』

『はいっ』

「自分の力で、考えて、動いてみな。なるだけ、自分でやってみるんだ。でも、それでも出来ない時は。足りない時は。泣かずに、自分からちゃんと助けを求めると良い。どうして助けが必要かを話し、相手に頼んでみな」

『はい!』

『はい!』

「穂波、澪。元気に、我が儘に、奔放に育て。色々を見て、色々に触れて、大きく育てっ」


 でもなぁ、と。つい甘やかしたくなってしまう。もう、出来ないんだなぁ。


「疲れた時は休めば良い。無理だと思う前にサボれば良い。時には、泣いて良い。完璧なんて求めるな。分からないのが当たり前で、出来ないのが当然だ。学校なんて狭い場所に囚われるな。周りに否定されても、前だけを見ろ。辛いのは、ずっとは続かない。あんま悩むな、死ぬわけじゃない。……幸せに、なりなさい」


 三人の声が、すぐそこにあった。でもそれは、少しずつ少しずつ遠くなっていった。


 今度こそ、お別れなのだろうか。だとしても、やるべき事はやった。悔いはない。


 いや、いやいや。


「秋ちゃん、好きに生きて。負い目なんて感じる必要はない。彼と、幸せになって。穂波、愛してるよ。何事にも真剣に向き合うお前が大好きだ。澪、愛してるよ。いつでも自由なお前が大好きだ」


 俺を呼ぶ声が、夫を、父を呼ぶ言葉が、離れていく。


 そうして、消えてしまった。


 何を言えば良かったのか。俺には分からない。分からないから、言いたいことを、思ったままに言った。

 伝わっただろうか。伝わって欲しい。結局のところ、俺って奴は自分のことばかり考えてる。


「悪い奴に、なるべきだったなぁ」


 離れられて清々した、と、そう思わせるべきだった。


「これで、さよならだ」


 でも、もしも、いつかまた会えるなら。


「直接、言わなくっちゃなぁ」


 その為にも全力で生きなければ。全力で向き合わなければ。

 そうしなきゃ、合わせる顔がない。


 だから楽しもう。本当の死が訪れる瞬間まで。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ