13話 飢餓の渇望
『おめでとうございます! 試験域“ペンタ”のボス、ペンタの討伐が確認されました!』
『初撃破報酬、ならびにソロ撃破報酬を獲得……一時的に報酬を凍結。対応を検討』
戦闘を終えて、現在、絶不調である。
原因は無理に動き続けたことによる酸欠で、激しい目眩が発生している。低血糖か低血圧か、よく分からないがひどい状態だ。
苦しい。呼吸すら覚束ない。手足の先端が冷えながら固着していく。吐き気も酷い。
しかし堪える。勝者が嘔吐するなんてカッコ悪いもの。
「――げぇええ!」
吐くんですけどね。
グルグルと回る視界でペンタを見る。当然、死んでいる。でも消え方が違っていて。
肉体の端々が燃えていく。青白い炎を上げて、消えていく。まるでプレイヤーが死に戻るように。
「あれ?」
なんか忘れてる。なんだっけ?
『プレイヤー・ヘラに警告。“飢餓の渇望”が使用不可となるまで残り1分』
「――あっ!」
こりゃマズい! 使えなくなる! と言うかペンタの肉体が消えかけてる!
「使うにはっ、ええと?」
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独自スキル:【飢餓の渇望】
殺した敵のスキル、または特異性を一つ奪える能力。敵の死体に触れながらスキル名を唱えることで発動する。取得できる“力”は無作為に選ばれる。
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アナウンスしてくれて助かった。でも残り1分というのはどうだろうか。悪意を感じる。
それよりも急がなければ。燃える彼に右手を添えて。
「貰うよ、ペンタ」
たくさんのスキルを所持していたけれど、嫌がらせでネタスキルを渡してくるとかヤメてよね。
「……飢餓の渇望」
ペンタの亡骸が強い白光を放つ。中心に煌びやかな輝きが生まれ、それが俺の右手へと集まり、流れ込んでくる。
全身に熱が広がり、胸へと集約していく。鼓動が激しくなり、心臓とは別のナニカが脈動している。
それ等が、突然に消失した。
「終わり?」
終わりだろう。さすがに凝った演出だ。
で、何を貰えたかな?
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ヘラ:人間Lv.8:開拓者Lv.7/捻じ曲げる者Lv.3
スキル:【刃物の心得Lv.9】【空間認識Lv.10】
【肉体操作Lv.10】【洞察Lv.6】【暗視Lv.6】
【二刀の心得Lv.8】【常勝Lv.3】【強脚Lv.6】
【神聖魔術Lv.6】【魔力操作Lv.3】
称号:【闇に生きる者】【逸脱者】【残忍なる者】
先天:【竜の因子】
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なんだろう。やっぱり悪意を感じるなぁ、と。だってレベルが上がってないんだもの。かなりの強敵を相手にしてきたのにも関わらず、だ。
三体のグリフォン、そしてペンタ。本来なら大きくレベルアップしている筈である。
なのにアイテムは手に入っている。ペンタまで長剣や色々をドロップしたのだから、有り難くはあるが意味不明だ。
「何か言われていたような?」
あれはどのタイミングだったか。確か、コカトリスの毒に喘いでいた時だった。
ウイルスとして感知だの、対応だの、とにかく嬉しくない内容だった。よくは覚えてないけれど。と言うか、ちゃんと聞こえてなかったけれど。
「ここ、どんな領域なんだ?」
踏み入ってはいけない場所、だったのだろう。そこに飛び込んだからペナルティーを課せられた、と。
なんとなく、納得できる。あれだけの猛者揃いだ。初期のエリアにしちゃ無理ゲーにもほどがある。
いや、だったらキチンと封鎖しておけよと。
文句を言っても仕方ないのだが。力もちゃんと貰えたしね。“竜の因子”か。どういった能力なのかな?
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先天:【竜の因子】
竜の根源を受け継ぎし者。一度目の竜合によって能力が解放される。さらなる竜合によって能力が強化される。
解放済能力:【竜合】
未解放能力:【???】【???】【???】
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「……は?」
いや、は?
「悪意全開かよ」
どこからツッコミを入れるべきだろうか?
まず、ひどく腹立たしいことに、“竜の因子”はこれ一つでは何の意味も成さない。
新たに設けられた先天という文字は、なるほど、確かにここに記された能力自体が力を持たない事を示している。
先天とは才能であり、天稟であり、天分である。つまりはそれをどう活かすかということであり、下手をすれば宝の持ち腐れになるわけだ。
初期設定で選ぶ先天的才能との違いは何なのか。考えたところで答えは出ないだろう。
なら、考えない。無駄なことはしない主義である。
「で、竜合」
これを使えば才能を基にした能力が解放される。納得できると言えばそれまでだが、しかしどこにも無いのだ、竜合についての説明が。
だから、いつ、どこで、どうやって、何に使うのか分からず、なのにコレを使わなければ始まらない。
「説明が足りないのですが?」
そもそも始まりからおかしいのだ。何だよ、竜の根源を受け継ぎし者って。それは称号じゃないのか?
いやいや、そもそもの話をするのなら先天って何だよ。これはペンタから喰らった力だぞ? 俺の才能じゃないだろうに。
『おめでとうございます!』
「――ああ?」
『当世界において初となる独自スキルの使用が確認されました! 残る独自スキルは38個となります!』
「うるせぇよ」
無視だ無視。と、言いたいところだけど。
残り38個? 元々50個あった筈だぜ? 俺が世界初なんだろ? いや、それは使用か。すでに獲得してるプレイヤーがいる? なら、良い。
けれども、もしも、取得可能な時間に制限があるとしたら?
――最大で、すでに11個もの独自スキルが消えている。
あの時から違和感があった。“飢餓の渇望”を得た時からだ。
72時間という縛りは、スキル獲得からではなくサービス開始からと書かれていた。あれだけの能力だ。通常の獲得条件は不明だが、厳しいものである事は簡単に予想できる。
独自スキルはどれも強力だと、横一列の力を持っていると考えていた。
でもそれは間違いなのかもしれない。だとしたら、俺は大きなアタリを引いたことになる。
「まあ良いか」
うん、良いのです。今は“竜の因子”の考察だ。
とは言っても、出来るのは予想だけ。無駄ってことだ。
竜合を使わなきゃ始まらない。それだけ分かっていれば良いさ。
「で、扉が二つあるわけですが」
目の前にね。
一つはステンドグラス製で、記憶にない文字が並んでいる。
もう一つは今にも朽ちそうな木製扉で、なのに大きな南京錠がぶら下がっている。
いや、意味ないじゃんね。
ドアノブにぶら下がるだけの南京錠は、なんだか悲しげに映る。意味を成しているとはとても考えられない。壁なり柱なり用意すれば良いだろうに。
「どちらかに入れと?」
「はい」
「――あん?」
「ですが、できればこちらを。新たな拠点となる都市に繋がっています」
背後から聴こえた女性の声は、福音のようにして響いた。この空間を埋め尽くすだけの気高さと、澄み渡たる鐘の音色と、けれどもどこか不安定な儚さ。それ等が混在した心地よい声だった。
何よりも、明確に聴き覚えのある声だ。
「ヘスさん?」
「……違います」
「……嘘が下手ですね」
振り返った先に、人型の炎。ステンドグラス製の扉に腕らしき箇所を添え、めらめらと燃えている。
「……ヘスさん?」
「……違います」
「なんだ、やっぱりヘスさんじゃないですか」
彼女は肩を跳ね上げ、下を見つめ、そうしてから俺を眺める。
「何故、でしょう?」
「はい?」
「何故、私だと分かったのですか? “やっぱりヘスさん”、と」
「ああ。カマをかけたんですよ」
「な、なんと」
本当は声で分かっていたけれど。言わないですけどね。からかうのって楽しいし。
「それで、そちらの扉を勧める理由はなんでしょう?」
「まずは、謝罪を。説明いたします」
彼女の説明内容はひどく身勝手だった。身勝手でいて、呆れるものだった。
簡潔に言えば運営側のミスであり、そのせいで俺はペナルティーを受け、一時はアカウントの削除まで検討されていた。
さらに言えば、この領域は現段階において未解放のフィールドであり、解放の予定すらない。そこに踏み入った俺が攻略してしまったからヘスさんが派遣された。
今の状況でアカウントが削除されたらどうなるのだろうか? 脳死とか勘弁して欲しい。肉体に続けて脳まで死んだら、もう何なんだよと。
ちゃんと封鎖しておきなさいと言いたい。
「あの暗闇で動けるプレイヤーは居ないと、敵を打破できるプレイヤーは居ないと、そう考えていたようです」
ああ、突然やってきた闇か。あれは“暗視”も効かなかったから。それでいてコカトリスは馬鹿みたいに強いし。
「で、こちらの扉は何もなく、開ければ即死に戻りすると」
「……はい」
「で、お詫びとして次のエリアへ繋がる扉を用意したと」
「……はい」
つまり、ステンドグラス製の扉に入れば次のエリアに行ける。それは嬉しい。嬉しいのだが。
「ミス、多くないっすか?」
「……すみません」
しょぼん。そんな擬音語が似合う肩の落ち具合だった。可愛いな、ヘスさん。炎だけれど。
「まあ、2回目なんですけどね」
「……すみ、ません」
大げさだった、気にしないでと言ったつもりだったのだが。どうやら彼女には“二回もミスをしやがって”と伝わったらしい。難しいな、コミュニケーション。もっと謙虚な態度で言えば伝わったのだろうか。
「あの、もう一つ、お詫びを」
「それは、別件として詫びる事があるという意味なのか、新エリアへと繋がる扉とは別に詫び品を用意したということなのか。どちらなのでしょう?」
「後者です」
「当然、形あるもの、ですよね? いや、もしかしてアレかな? 本来なら受け取れた筈の経験値とか、称号とか」
俺は、がめついのだ。謙虚さなんてものは事故の時に吹き飛んだ。もしかしたら母の腹に置いて来たかもしれない。
「すみません」
形あるものでも経験値でも称号でもない、と。
「では、必要ありません」
「そんな」
「ああ、怒っているわけではないのです。警告を無視したのは俺ですから」
警告されていた事すら気付いてなかったけど。ヘスさんから説明を受けなきゃ知らないままだった。
「ヘスさん、俺は嬉しいのですよ」
「嬉しい、ですか」
「はい。嬉しいですねぇ」
だって新しい景色が待ってるんだろう? そこへ通じる扉を用意してくれたんだろう?
「新しいエリアに行けることが嬉しいと?」
「それもですが、ヘスさん達が努力してくれた事が」
簡単ではない筈だ。本来のプログラムを書き換え、実行するというのは。詳しくないから分からないが。
「ありがとうございます。迷子になった俺を新しい場所へと連れて行ってくれて」
「ですが、それでは! この領域を踏破した見返りが――」
「もう、貰っているのですよ。大きな御褒美を」
俺自身の成長という、大きな大きな見返りを。くれたのはペンタであり、機会を与えてくれたのはヘスさんだ。
「止めてくれたのでしょう? アカウントの削除」
「私は、管理者として当然の仕事を……」
「だからこそ、感謝するのです。貴女のおかげでペンタと出逢え、彼から色々を受け継ぐことができた。ありがとう、ヘスさん」
無くても良いのだ、経験値や称号なんてものは。先に行ける最低限の力さえあれば。先を切り開けるだけの強さがあれば。
ヘスさんと見つめ合う。心を見透かすような視線。不思議な女性だ。炎だから視線なんて分からないんだけど。
「なるほど。貴方は旅をするために此処へ来たのでしたね」
何かを納得して、ヘスさんが扉へと顔を向ける。開け、ということだろう。
「また会えますかね?」
「もう、謝罪するのは嫌です」
拗ねている、と。何故かそう感じる。随分と人間味が出てきたな。
「では、次は笑顔で会いましょう」
言って、扉を開く。
真っ白な光。どこか暖かいそれを全身に浴びて、踏み出す。
しまった。ログアウト禁止について尋ね忘れた。答えてくれるかは分からないが。まあ良いか。
さあ、新たなエリアだ。どんな景色が待っている? どんな強敵と出会える? どんな自分になれる?
楽しい。とてもとても、楽しい。
「ん、ジャング――」
ジャングル、と言いたかったんだけど。
全身に走る激痛。視界が半分消え失せる。残された左目が捉えたのは、冗談みたいに流れ出る血と、ティラノサウルスに似た恐竜。
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ラシャン・シン/???
???/???/???
スキル:???/???
──────
「――ぁ」
視界が暗転する。意識が肉体から離れて行く。その最中に。
『おめでとうございます! “東ガザン大森林エリア”が攻略されました!』
『これにより新たなるエリアが解放されます! 第五の拠点、“戦場都市ダシュアン”のポータル、並びに転移ゲートが使用可能になります!』
『これよりアップデートを行い――』
機械に無理くり感嘆させたような声を聴きながら、俺が消えて行く。クソったれだなぁ。




