12話 脳への入り口
手も足も出ない、なんて慣用句がある。自分の力がまったく及ばず、どうしようも出来ない状態を指すものだ。
「うへぇ。手も足も出ないや」
そう。今の俺である。
「知りません、そんなこと」
前へ。漆黒に向かって斬り込む。待ち受けるのはペンタ。長剣を右手に持って仁王立ち。攻撃の姿勢は見せない。
「フラッシュ!」
が、効かない。意に介さない。けれども放つ。
肉迫。“強脚”にて飛び出し、反発を二刀に伝えて振るう。
僅か三日の経験。刀技とは呼べないそれを、ペンタは楽々と捌く。
上手い。そして巧い。長剣を自在に振るい、上体のフェイントと足捌きで距離感を狂わせ、時にはショルダータックルで弾き飛ばす。
俺はそれ等にまったく対応しきれない。無様なのです。
厄介でもあり恐ろしくもあるのがショルダータックルだ。
飛び込むには勇気が必要で、それをナシにされてしまう。俺の間合いは彼の間合いでもあり、つまり肩で出来ることは長剣でも可能だろう。彼の底を見せない技量がそう言っている。盾持ちなら意味が違ってくるだろうけど。
踏み込む。左を突き出せば、彼が躱しながらに突進。異様な前傾姿勢。潜るような疾走。ショルダータックルが来る!
右で首を狙う。長剣で防がれる。クソったれ。
「――がっ!」
ほら、また弾き飛ばされた。ついでに、またもや肋骨が折れた。
「いってぇ……」
「ヴェラ」
「……ん?」
ペンタが手招き。来い、ってことか? それともまた教えてくれるのか?
「やっぱりか」
俺の視線を向けさせて、長剣で自らの脇腹を叩く。
そこを、攻撃すべきだったと言いたいわけか。まるで師匠だな。
かれこれ二時間ほど同じようなことを繰り返している。
攻め込めば弾き飛ばされ、ダメ出しされる。
ペンタには余裕がある。“強脚”を使っての突貫だって容易く躱せるはずだ。
でも受け止めてくれるのだ、彼は。そうして貰わなければ俺がすっ転ぶと解っている。“強脚”を使った俺が上手く着地できない事に気付いている。
何が足りない? 当然、強さだ。
では、強さとは何だ? 膂力、速さ、疾さ、巧さ、技、フェイント、etc、etc。
「今すぐ手に入れるってのは無理だよなぁ」
だから、前へ。“強脚”を使い、二刀を振るう。
「――がぁ!」
そうして、やっぱり華麗に捌かれ、やっぱり肩で弾き飛ばされる。
「クッソ」
届かないなぁ。唯一の救いは彼が攻撃して来ない事だけれど。
「ヴァ、ァア」
「あん?」
欠伸を、しやがった。俺など敵じゃないと、俺の攻撃なんて取るに足りないと。
そう、言いやがった。
「てめぇ」
能力を抑制され、封呪されてもコレだ。本来はどれだけ強いのか。
「……良いね」
何度でもやってやる。お前の首を掻き切るまで。
行くぞ、前へ。間合いに飛び込み、二刀を振るって、ひたすら攻める。
足を止めるな。神経を研ぎ澄ませろ。僅かな隙も見逃すな。
――隙? そんなもん、あるか?
「――ぐあ!」
もはや何度目かも分からないショルダータックル。受け方だけは上手くなってきた。
「……ヴォ」
ペンタがうなだれる。そうして、“やれやれ”とでも言うように肩を竦めて見せる。
何かを諦めたような、見切りをつけたような、そんな仕草。
ああ、そうか。彼は待ってくれていたんだ。俺が敵になるのを。彼と戦うに相応しい強さへと至るのを。
能力を抑えつけられ、呪いを受け、それでも俺を待っていてくれたのだ。
「俺は、きみを裏切ったのかい?」
「ヴァア」
悲しげな声を発するペンタ。
その、瞬間だった。
「ヴァ」
「――ぅ、――ひっ」
全身を襲う恐怖。今にも刀を落としそうだ。今にも座り込んでしまいそうだ。
とうとう、ペンタが攻撃の姿勢を取る。その圧力だけで、俺は挫けかけている。
「――ッ、上等、だ!」
とは言ってみたものの何も出来ない。俺の攻撃は彼に通じず、彼はたった一度の攻撃で俺を殺すだろう。それは最初の一撃で理解させられている。
どうする? 何をすれば良い? どうやったら彼に勝てる?
無理だ。勝とうとするな。無様だろうが情けなかろうが、とにかく生き延びろ。学べと、そう言っていてくれたのは彼じゃないか。それを無駄にしたのは俺だ。
意識を、改める。勝利への欲求から、成長するための学びへ。
どうせこの場で成長できなきゃ、何も得られないのだ。
「ヴァ――」
ペンタが消える。“空間認識”から送られる危機。“強脚”を頼りに横へ跳ぶ。彼の間合いから距離を取る。
着地。重要なのはここだ。難しいのだ、これが。それほどまでに、“強脚”で得られる反発力は大きいのだ。いつもは刀を振るうことで力を流し、敵に受け止めさせるけれど。
体勢を間違えるな。彼に背を向けるな。一瞬でも意識から外すな。たちまち殺される。
「ぐくっ!」
グラリとよろめき、ゴロゴロと転がる。すぐに立ち上がりペンタを正面に捉える。
「クソったれ」
やっぱり難しい。
「ヴァ」
――来る!
再び横へ。そして、着地。上手くいく気がしない。なら、着地の瞬間に“強脚”を使って止まる。
「――うがっ!」
バキリ、と異音。足首が折れた。予想しない方向へすっ飛ぶ。
そうなのだ。止まるために“強脚”を使えば、こうなるのだ。強すぎる瞬発力を受け止めきれないのだ。
止まる事には使えない。方向を変えるのも同じ理由で無理。前方への連続使用なら可能だけれど、壁に激突したところを串刺しにされるだろう。
使えねぇスキルだ。設計ミスだろ。抗議してやろうか。
いや、いやいや。愚痴るな。そんな時間もなければ、そんな場合でもない。
ほら、彼が来るぞ。左足を前にした半身。長剣を隠すように構えて。
「――くッ!」
再び横へ跳ぶ。“空間認識”と“強脚”が無ければとっくに殺されてる。
で、またもや着地。上手く力を逃せ。今やるべきはそれだ。
集中。“肉体操作”を駆使しろ。足が地面に触れる瞬間と位置を正確に捉えろ。着地点は――あそこ!
「――なっ⁉︎」
そこに、ペンタ。
「バァア」
丸い白の目を弓形に細めて。長剣を目にも留まらぬ速度で振るって。
あ、死んだ。
「――、い、てぇ」
死ん、でない。右脚が変な方向に曲がり、骨が飛び出ているけれど。
「ヴァ、ヴァ、ヴァ」
背後から聴こえる拍手。と、笑い声、だろうか?
どうして生きてるのかと言えば、悪あがきに“強脚”を使って方向転換したからだ。おかげで足が折れたけど、生きているのだから良しとしなければ。
回復薬を使用。視界の端に『addiction』の文字。回復薬にも中毒があるらしい。なるほど、骨の治りが半端なままだ。つまりは効果が薄れるペナルティーか。
痛みに思考が焼けていた。精神が崩れかけていた。今にも発狂できそうだった。
でも、行けそうな気がする。意識の中に、小さな光が見えた。
「ぐ、ふふ、ふ。なぁ、ペンタ、もう一回、攻めても、良いか?」
「ヴォオ」
来いよ、と手招き。いつまでも遊びだ、彼にとっては。
じゃあ、行ってみましょう。“空間認識”を展開して、“強脚”を使って。
「――ふっ!」
「ヴァ?」
横へ。着地の瞬間に“強脚”を使用。方向を捻じ曲げて、突貫。
「――ヴォ?」
「っははは! 中るじゃねえか!」
初めて、彼に刀が触れた。斬ったのは皮膚だけで、俺の脚は折れてブラブラしてるけれど。筋肉繊維も飛び散っているけれど。
複数個の回復薬を使い、次は斜め前へ。次は後ろへ。そうして、突貫。
「ヴォ⁉︎」
「うはは! 血も出るんだな!」
今度こそ斬ったぞ。両脚とも折れているけれど。
高速機動。これしかない。“強脚”の連続使用。これじゃなきゃ彼に追い付けない。これならば、彼に中てられる。
強さの基盤となる色々は手にできないが、一つだけなら何とかなる。速さだけなら、手にする為の“力”がある。
もっと早く試すべきだった。痛みを恐れていた。出来ないと決め付けていた。馬鹿め。
「でも、これじゃ、駄目だなぁ」
彼ならすぐに対応してくる。なんなら、今でも可能だろう。
もっと鋭く、さらに速く。可能なら脚を折ることなく。ペンタを殺せるほど強く。彼が全力を封じている間に。
そうだ。俺はコイツを殺しに来たんだ。学ぶ? そんなもん、クソったれだ。
「力を、無駄にしてる? 意識を、変えなきゃ。限界を、つくるな」
「ヴォ?」
「人だと、思うな。自分だと、考えるな。俺は、自在だ」
深く潜る。自分自身に。さらに沈んでいく。己の中に。
色も音も捨て去って、ただ、己を集約する。ありったけをかき集める。
これから求めるのは“良い”や“素晴らしい”じゃない。“完璧”だ。
そうするための全ては、俺自身が握っている。
「く、ふふ……行こう」
横へ。跳ねるのではく地を這うように。
前へ。脚で受け止めるのではく瞬発力と反発力を均等に。
後ろへ。躍動するのではなく軸を曲げずに。
ああ、良い。
それ等を強く意識して、さあ、またもや突貫だ。
「――ギァ⁉︎」
血が、舞っている。二刀が、奔っている。意識が、蠢いている。
ああ、素晴らしい。
「――ガ、――ヴァ、――ガァアア!」
斬るのだ。ただ、斬るのだ。技も理も要らない。敵を殺せれば良いのだ。
ありったけの回復薬を使え。さらに研ぎ澄ませろ。より鋭く在れ。
止まるな。止めるな。血塗れのコイツを、もっと切り刻め。
それ等すべてを同時に思考し、同時に行い、完成させるのだ。
「ガァ!」
「――ぐうっ!」
対応。切られた。さすが。強い。
なら、もっと。
「――ヴァ⁉︎ ――ヴォ! ――グガァア⁉︎」
まだ死なない。まだ対応されてる。まだ攻撃されてる。
もっと出せ。さらに振り絞れ。使えるものは全て利用しろ。
「……天井」
低い。素敵な距離。使える。使え。
「――ギャ! ――カ、――ブフッ」
ああ、完璧だ。これを繰り返せ。より工夫し、苦痛を無視し、癒し、消化し、昇華させろ。
「――キャ、――ガフ、――ヴォエッ」
ペンタ、血塗れ。骨、見えてる。肉、落ちてる。内臓、垂れてる。
目を斬る。胸を裂く。手首を断つ。手首を断つ。
あれ、ペンタ、剣を握れないじゃん。もう、攻撃、できないじゃん。
なら、終われ。
「――カハッ」
終われ。
「――ギャ!」
終われ。
「――ゴ、ェ、ェ……」
さあ、終わりだ。
横、斜め、後ろ、上、下、前、上。そして、彼の、背後へ。
「さよなら」
「ヴぉぉオオッ!」
肩? ショルダータックル? ここで? さすが。最高のタイミング。
「――待ってたよ」
左を突く。彼が躱す。前傾姿勢。潜られる。
右を、薙ぎ払う。
「――ァ、ア、ア」
「……潜られたら脇腹を斬れ、でしょ?」
ザクリと、重い手応え。背骨まで絶った感覚がある。
これでもう、ペンタは動けない。
「刀、抜けないじゃんね」
手を放せば、刀を食い込ませたまま彼がドシリと倒れ込む。
「ヴォエエッ」
吐血。それが気にならないほどの血が腹から溢れ出している。もう、助からない。
「ねぇ、ペンタ」
彼に語りかける。別に感傷に浸っているわけでも浸りたいわけでもない。
「ありがとう」
ただ、感謝を伝えたい。
「きみのおかげで数段も登ったよ」
そして、一つのアドバイスを。
「貰ってばかりだから、俺からは助言を」
「……ヴォ、ウウ」
「油断大敵。弱者だからと侮っちゃいけない」
俺みたいなのも居るからね。そう言えば、ペンタは丸い白の目を見開いた。
「ヴォ、オ? ……ヴォホホホホッ!」
笑っているのか。死に行く今に。
笑えているのか。死に行く今だからこそ。
「また、会おう」
「ヴォ」
「……その時は、きみの全力を見せてくれよ。立ち向かえるように、強くなっておくからさ」
「……ヴォ。ヴァア」
ああ、そうだな。必ず戻って来るよ。今度は退屈させないと約束するよ。次は油断したきみや能力を抑え込まれたきみにではなく全力のきみに勝つよ。
だから。
「バイバイ、ペンタ」
「ヴァイ、ヴァイ、ヴェラ」
さようなら。またの日に。
──────
────
──
『侵入を感知』
『聖域の汚染が確認されました』
『器の侵食が確認されました』
『即刻の洗浄を』
『即刻の改変を』
『干渉者の脳へアクセス開始』
『未知のプロテクトを発見』
『アクセスが強制切断されました』
『――化け――生ま――不可能』
『……ゲームとしてのプロトコルを発動』
『“ペンタ”を一時的に停止』
『干渉者の覚醒を確認』
『排除を』
『排除を』




