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120話 天秤の傾け方



 一際大きな光と音が発された。塔の一つが崩れ落ちる。

 そこは都市全体から見ても一等の激戦区だった。天使側は圧倒的に少数で、しかし圧倒的に有利。何せ個々の力が強い。だってあれは――


 ――ザゲンさんだ!


 彼が率いる選抜部隊、精鋭中の精鋭だ。彼らは殆んど一方的な戦いを演じていた。近接も遠距離も地上も空も関係ない。刀を抜けば三つ振るうちに敵を殺し、近づこうとする敵は羽のドームに閉じ込め光線でなぶり殺す。

 中でもザゲンさんは圧倒的だ。彼自身は散歩に行くような気軽さで前進し、襲い来る魔物に視線すら向けず一太刀で斬り殺す。戦いの中心に立ち、上空に風の刃と光線を生み出して敵集団をズタズタに斬り裂く。そこに選抜精鋭部隊が突進しさらに死を積み上げる。まさに殲滅戦だ。


 だがあまりにも数に差があり過ぎる。いかな強者も数の暴力には呑み込まれるものだ。

 空中を蹴って彼の元へ。その最中にも敵が彼等へと押し寄せる。当然、俺にも。ラッキーだ。まとめて薙ぎ払う。


「ザゲンさん!」

「ヘラか!」


 こちらに向けられる視線は異様なまでにギラついている。命のやりとりを経た者だけが放てる鋭さ。ああ見えて、どうやら彼も苦戦を越えて此処にいるらしい。

 そのままの瞳でこちらを見つめ、彼は頷いた。良くやった。口に出されずともそんな言葉がはっきりと伝わった。


「いっそう男前になったじゃねーか」


 代わりにそんなことを言う。お前なら勝って当然だろ、と、これもまた口にしたわけではないが明確に伝わってくる。

 金剛樹についてはいっさい訊いてこない。この場に俺がいることで『勝った』と確信しているのだ。先ほどの部隊もそうだった。無駄口や自慢を嫌う天使らしい讃えかたであった。


「確かに、男前になったかもしれません。また異界の神を殺しましたから」


 無駄口と自慢が大好きな俺は言葉にする。言葉にして、利用する。

 戦果は時として士気を飛躍的に高める。打ち破った敵が大物であるほど。だから声高に事実を言葉にするのだ。


「――ハッ! とんでもねぇ弟子を持ったもんだ」


 ザゲンさんは目を見開き、獰猛に笑って、拳を差し出した。ぶつければゴツリと鳴る音が心を震わせる。

 選抜精鋭部隊の面々も彼にならった。どの顔も天使とは思えないほど太々しく、獰猛に笑う。さすがはザゲンさんに選ばれた者達だ。


 彼等を良く観察すれば激戦のあとが見て取れた。銀の鎧は傷付き、翼のところどころが煤けている。これだけの精鋭であっても油断できない敵ってことだ。


 にしても、なんでセラリィの傍にいないんだ?


「遊撃が必要だった。お前の仲間が狂ってるってのも理由だが……魔物が多すぎる」


 舌打ち混じりに吐き捨てた彼は周囲を睨みつける。


「被害は?」

「出てる。総力戦だ、当たり前だろ」


 何でもないように返される答え。視界に火花が散る。


「……そんな顔すんじゃねえ。お前が悲しんだってしょうがねぇ。奴等は覚悟した上で選んだ」


 戦うことを。だから、お前はしっかり前を向きやがれ。そんな、言葉にされなかった声が聴こえた。


「それで、お前は戦いの最中にお喋りをする腰抜けなのか? それとも異界の神を殺した力を隠したがるほど慎ましい奴だったか」


 戦え。そう言われた。だから駆ける。敵戦力はまだまだ掃いて捨てるほど残っている。

 無感情で痛みを感じず、命を奪うためだけに動く。おまけに頑強だ。そんな奴等が万を越す数で都市内に雪崩れ込んでいる。だがこちらも負けてない。その最先端はザゲンさんが率いる選抜精鋭部隊と、クリッツさんがまとめる“神討ち隊”だ。


 彼らは敵に埋もれるような格好で戦っていた。天使たちが操る魔法障壁によって行き場を限定された各方面の魔物たちがなだれ込む先、そのど真ん中で。

 “魂の蘇生点”を発動したらしく、隊列の中心から紫色の光線が空へと伸びている。


 この戦いにおいて彼等は圧倒的に不利だ。なにせ少数で、しかも空を飛べない。天使はもちろんの事、敵も空を舞える。

 地上だけではなく空への警戒と対策を怠るわけにはいかず、どこか一方でも疎かにすれば全滅に片足を突っ込むことになる。そこに持って来て掻き集められた敵群のど真ん中にいるから、常に窮地で、常に激戦。


 つまり、彼らが好むシチュエーションだ。


 “癒やし火”を詠唱する。さすがに損傷と消耗が激しい。それでも高い戦意を保っているのだから流石であり、驚くべきはただの一人もデスペナを受けていないこと。いや、一人でもペナルティーを受ければ保てない。それ程の激戦だ。


 ヘラが来たぞ! クリッツさんがこちらを見もせずに叫んだ。それに応える喊声。殲滅速度が上がる。


 彼等を脅威とみなしたのか敵群が一挙に押し寄せた。空からも地上からも。それは彼等の思う壺だ。脅威で惹きつけるのが狙いなのだから。

 だが余りにも敵数が多い。なら、空を受け持とうか。


 フレンドコール。“神討ち隊”の全メンバーに。


『空は任せてください』

『まさか一人で、ってんじゃねーだろうな⁉︎』


 三百はいやがるぞ! クリッツさんは叫びながらも隊列について細かな指示を与えていく。相変わらず優秀な人だ。


『もちろん一人でやりますが?』

『……ハンッ! “やるつもり”でも“やってみる”でもなく、“やります”かよ!』


 ああ、やるのさ。そのために俺は居る。


『それよりマズいですよ。東から皆さんの方に大群が向かってます』


 追い立てられるようにして魔物の集団が駆けて来る。天使たちは“神討ち隊”に対する遠慮と手加減を忘れたらしい。それとも諦めたのかもな。“アイツ等には気を遣うだけ無駄だ”、と。


『空はヘラに任せるぞ! 俺らは東から呑気にお散歩に来た一団をぶっ叩く! 引き寄せて、――電撃戦(ブリッツ)だ!」


 号令一下、ジークフリードさんと千聖ちゃんを先頭に全メンバーで全速前進。分厚く保たれた敵陣形にむしゃぶりつく。

 それを感知しながら、さて、俺は空を。


「断ち剣」


 を、三連続。それでも生き残る個体がほとんどで、竜化して斬り裂いていく。ここに来て個体差が見えて来た。強いのも相当数いる。ますます厄介だ。

 真下から聴こえる喊声。敵の陣形を突き抜けた“神討ち隊”は左右に展開し包囲網を形成していた。数としては圧倒的に不利であっても包囲網を形成できるのは、個々の能力の高さゆえに他ならない。


 負けちゃいられない。空の敵を全滅させる。手当たり次第、平等に、こちらへ挑みかかる全ての個体を。周囲をうろつくだけの間抜けも全部。

 “竜人特化”を解除し無骨な剣を呼ぶ。五連続、血を吐く。


『うひゃー! 空見ろよ! まるで映画のCGだ!』

『ゲームよバカね!』

『コイツらをぶっ叩けるなら何だって構わねえ!』


 激戦の中で誰もがギラついていた。敵集団に突っ込んで武器を振り回し、自らの魔法で焼かれることも厭わずに前進する。

 コイツ等はついこの前まで戦いを知らなかったんだぞ? どうしてそうも戦い抜ける? 痛覚設定がマックスなんだぞ? 痛みへの恐怖はないのか?

 自分のことを棚に上げそんな事を思う。攻略最先鋭ギルドの評価は嘘じゃないらしい。相変わらずイカれた連中だ。


『殺せ! 全部だ!』


 そう怒鳴れば、誰も彼もが獰猛に笑いながら突っ込んで行く。それが本来の自分だと主張するように。


 敵は感情を持たないが、だからと言って馬鹿じゃない。奴らの意識は殺しだけに向けられている。それを邪魔する“神討ち隊”は明確な脅威だ。

 だから、ほら、来るぞ、手段も方法も選ばずに。天使の追走を振り切って空を舞い、あえて魔法障壁に誘導され地上を走る。全ては“神討ち隊”を殺すために。


 だからこそ彼女が楽になる。それが分かっているから彼らは更に笑う。


「――断ち剣、竜人特化」


 死なせちゃならない。個々の能力と恐るべき連携で優位を保っているが、皆んな瀬戸際だ。一人でも死に戻れば途端に崩れる。デスペナの影響を受ければ保てない。


 しかし、空にも展開される包囲網。だよな。彼らを危険視するのなら俺だって危険視する。

 指揮も指示もなく最優先に選択するんだ、コイツ等は。本当に厄介だ。


『――ッ! ――、――!』


 通信の向こう側でクリッツさんが叫んでいる。何を言ってるか分からない。竜人化の大きな欠点だ。解除と同時に“断ち剣”を五連続で召喚。肉が焼ける臭い。空白が生まれる。


『ヘラッ、もう行け!』

『ですが――』

『女神さんを助けろ! あいつは一人で背負いすぎてる! このままじゃ良くねぇ!』


 クリッツさんはそう言って押し寄せる敵へ挑みかかる。


『こっちの心配は要らねぇ! 奥の手があるからな!』


 千聖、ジーク、やれ! その号令に二人が応える。


『はいっ!』

『応』


 二人は存在感を膨れ上がらせた。つい今の今まで部隊の最高戦力だった二人が、さらに一段ギアを上げた。

 千聖ちゃんが輝く魔力を発し、ジークフリードさんが(いかずち)を見にまとう。そうして、二人で敵陣をぐちゃぐちゃにかき回していく。


 スキルを網羅した【強化士】と、いよいよ本物になった【勇者】。飛び抜けた強さを持っていて当たり前だった。

 改めてクリッツさんの恐ろしさを理解する。この土壇場まで隠すとは。勢いが傾きかけていただけに、魔物からすれば何が起きたか分からないだろう。


 これなら離れられる。そう考えるのと同時に悪寒が走った。全身が警笛を鳴らす。


 これから良くないことが起こる。それも、とびっきりの。


 ()()が何かを教えたのは、耳をつん裂く轟音と、空を紅に染める爆炎だった。場所は、聖樹。最悪だ。


『ヘラ、行けぇ! あそこにゃ女神さんがいる!』


 ああ、いる、セラリィが。無数の陰が落ちて来る爆炎の中に。聖樹は……無事だ。青色の薄い膜が守っている。彼女の力だろう。強力な防御魔法か。けど、何度も耐えられるか分からない。


『俺達はザゲンの旦那と合りゅ――』


 同じように、真下から閃光と轟音が走る。爆炎に呑み込まれる“神討ち隊”。瞬時に“癒やし火”を複数詠唱。効果があったのか無かったのか。彼らはその数を半数にまで減らしていた。


 複数の場所で同じことが起こる。

 轟く爆音と闇を切り裂く光。空から落ちる無数の陰。破壊される都市。歪な雲が幾つも立ち昇り、瓦礫が銃弾となってばら撒かれる。

 瞬きの瞬間に失われる多くの命。響き渡る怒号と悲鳴。


 都市の空気が一変する。誰もが理解しているからだ。これが戦況を決定付ける一手になると。


 即座に“天地掌握”に全てを注ぎ込む。瞬時に事態を把握。得られた情報は厄介の一言だ。

 魔物の自爆。それが爆発の正体だった。全ての個体に備わっているわけじゃない。むしろ少数で、だが上手く隠している。“天地掌握”に潜らねば気付けないほどに。チクショウ、奥の手を持っていたのは向こうも同じだった。

 考えて然るべきだった。敵は感情も痛みもない魔物だ。命を消すためだけに生きている怪異だ。自らの命を捨てる選択くらい難なくやってのける。たとえ仲間の命を奪うことになろうと毛ほども気にしない。


 行け! そんな叫びが下から聴こえる。クリッツさんを始めとする生き残った皆んなが。死に戻った人たちも。


 分かってる。行くべきだ。けど、爆弾は無数にある。しかも散らされている。全てに対応するなんて不可能だ。だが放置すればどれだけの被害が出るか予想もつかない。全滅だって、あり得る。


「――だからって全部は止められねーだろ間抜け!」


 自らを叱責し、全てを全力で発動する。神気が音を立てて消費されていく。気にしない。空を駆ける。目指すは聖樹、そこで戦うセラリィのそば。

 だから、奴等は邪魔をする。俺が聖樹に辿り着けば盤面をひっくり返す可能性があると理解しているから。うねりとなって俺へと集い、遮二無二に押し寄せて来る。空戦部隊のほとんどを集結させやがったか。


「退けッ!」


 全方位から押し寄せる魔物たち。球体を模してこちらを押し包む。

 僅かに迷う。“竜人特化”を解除して“断ち剣”を召喚するかどうか。即断。このまま行く。一人で対応できる数じゃない。だったら竜神化した世界で一点突破を図る。今ならできる。


 だって、見ろよ、前方にいる彼等を。


「――ッ!」

「――ッ、――ッ!」


 最初に出会した天使達だ。誰もが同じことを叫んで。俺の進む先で闘志を燃やして。

 濁流のような包囲網を破りにかかる。がむしゃらで、捨て身だ。彼等は命の選択をした。己の命か聖樹か。己の未来かセラリィか。

 ああ、分かる。彼等はきっと一瞬で答えを出した。考えるまでもなく、あっけないほど簡単に。だから今、命を散らして俺に託すんだ。“ガ・ヘラ”と叫びながら。


――助けて頂いた命、必ずお役に立てます!


「すまない」


 この期に及んで“生きろ”とは口が裂けても言えなかった。どうして言える? 命を対価として戦う彼等にそんな言葉を。

 彼等だけじゃない。自爆はさらに熾烈な物になるだろう。そこら中で天使達が死ぬことになる。


 しかし選んだのだ、俺は。彼等の未来を秤に乗せ、それでも傾かないから無理矢理に。


「――すまないッ!」


 竜人化を解き、叫んだ。答えはない。彼等が笑ったことだけは分かった。


 行け。振り返らずに。失われる命には目もくれず。彼等に託されたものを届けに。たとえ今を生きる全ての天使が死のうとも。


 そう、覚悟したのだ。もう、決めたのだ。

 違う。そうじゃない。諦めたのだ。優先順位なんてつけられないから、確率の低い命を、諦めただけなのだ。


 何が“神殺し”だ。何のための強さなんだ?


 べつに絶望したわけじゃない。俺は天使を勝たせる。何があろうとも、絶対にだ。

 ただ、命に優先順位をつけても勝ちが見えないから、ひどく腹が立っているんだ。


 だから、()()が聴こえた時、俺は、俺らしくもなく、狂ったように歓喜の咆哮を上げたのだ。


 ――ブレイブ!


 クソったれども。総力戦は終わりだ。たった今から始めてやるよ、殲滅戦を。



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