119話 世界からの祝福
抗いようのない快楽に満たされた。
早く都市に戻らなければと思うのに、濃密な快楽をより強く感じたくて、目を閉じながら座っていた。
しばらく動かないまま、押し寄せる快楽に溺れていた。
今回の成長はあまりにも大きい。当然だ。シークレットボスの一体と、ポセイドンに並ぶ神をほとんど同時に殺したのだから。得られた経験値が大き過ぎる。
とは言え、このまま止まっているわけにもいかない。行かねば。“神討ち隊”が戦ってる。天使たちが待っている。
押し寄せる快楽を振り切って、前へ。
“竜人特化”を発動し、諸々の回復と成長を感じながら駆けていく。身体能力は元より、神気の量は著しく増えている。回復力も凄まじく、膨大なはずの三種のゲージは見る間に全快した。
アップデートはないらしい。ひとまず、魂に対する考察は否定せずに済んだ。喜ぶべきかは微妙なところだ。
さて、走りながら“哮薙”についての考察を。とは言ってもシークレットボス専用の武器だというのは疑いようがない。知りたいのは効果というかカラクリというか、こいつの能力だ。
金剛樹は全てが0と1で形成されていた。つまりは魂そのものなのだ。データを魂に変換してこの世界に定着させ存在可能としていたのだ。
じゃあ、それを魂に、データに戻せば?
金剛樹は終わる。この世界から消える。それが“魂化”だ。棘は腹を穿ったのではなく、哮薙に消されていたのだ。
いや、いやいや、正確じゃない。
哮薙はシークレットボスの魂を吸収するのだ。そうして自らを成長させるのだ。元々よりも存在感が大きくなった理由はそれだ。だから金剛樹の存在感が小さくなったのだ。
「お前、使える武器だったんだな」
そんな事を呟いて前方を確認。
行きよりも早く洞窟の入り口にたどり着いた。周囲をうろつくのは漆黒の魔物たち。二十体も居ないが、今の俺には武器がないわけで。
「断ち剣」
“竜人特化”を解除し、武骨な剣を召喚する。十六本に増えたそれが上空に顕現し、神速で地上に降り立つ。そうして、紅蓮の炎と輝く雷が放たれる。
だが硬い。今の“断ち剣”でも殺せないほど魔力耐性が高いのだ。なら、連続で。
肉が焼ける臭い。命が終わる音。それを感じながら大穴へと飛び込む。
洞窟は静かだった。“戦禍の泉”にも闘争の気配はない。戦線はすでに都市内へと移行しているらしい。押し込まれて当然だ。敵は数万の魔物なんだから。
ピコン、と電子音。オチョキンさんだ。内容は転送された新たな二刀の能力説明と、彼女らしいクレーム。“ずっと通信が繋がらないんだけど⁉︎”の一文から察するに、大穴の向こう側は別の世界で確定らしい。
で、新たな二刀について。
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霊刀『飄凛』/等級36
攻撃324/重量46/耐久1363
攻撃292/重量40/耐久1580
特殊:炎の加護
特殊:魔竜の加護
特殊:神竜の加護
特殊:竜属への斬性大幅アップ
特殊:刃物を持つ相手に対する斬性大幅アップ
特殊:斬性向上スキルの効果を20%上乗せ
特殊:スキル『生気切断』付与
特殊:神気旺盛
魔竜と神竜“ガ・ルドラ”の角、“神の血肉”を素材として生み出された二刀。
該当するスキルレベル、または技術が足りない者が使用すると特殊効果が発動されない。
魔竜の血が敵の生命力を削る。
刀身に練り込まれた“ΗΦΑΙΣΤΟΣ”の血肉によって神気との親和性が高くなっている。
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鞘に収まったままでも分かる。見た目からして幅広の刀だろう。刃厚もある。柄の幅だって広い。
刀身と柄はカーボン繊維を思わせる質感で、柄頭だけ黒鉄色の金属らしき物になっている。そこから感じる大きな力こそが“神気旺盛”なのだろう。
求める武器だ。これなら今の全力にも耐えられる。最高なのは神気がひどく馴染みやすいこと。“薄刃伸刀”は当然として、“断ち剣”の吸収にも効果が発揮される筈だ。
試し切りには困らない。斬るべき敵は幾らでもいる。急げ。
「え……」
洞窟から飛び出せば、夜空から射し込む光線に迎え入れられた。それは闇を溶かして一直線にこちらを照らしている。この瞬間にも命が奪われかけているというのに、その光を祝福だと感じた。
ああ、きっと間違いじゃない。俺は祝福されたのだ。周囲に群れる精霊達も歓喜している。
「はははっ!」
堪らなく嬉しかった。だって、この世界が俺を認めてくれたのだ。
――行くぞ!
駆ける。しんしんと降り注ぐ星々の光を受けて。遠くから聴こえる怒号と破壊音に向かって。
魔物はどこにでもいる。地上を走るヤツ。空を舞うヤツ。奪うべき命を求めてさまよっている。
新たな二刀を頭上に掲げ、戦意を音高く打ち鳴らし、都市へと攻め入る魔物を――滅ぼせ!
「断ち剣」
夜空に顕現した瞬間に、紅蓮の炎と輝く雷を放つ。上空を舞う魔物たちが焼かれていく。
前へ。照らされた魔物と空に自らの存在を主張して。
――俺は此処にいるぞ!
セラリィの元へ。彼女はきっと聖樹の近くにいる。“天地掌握”もそう言っている。けど、そう簡単に進める筈などない。
前方にて戦闘の気配あり。地上と空に分かれて繰り広げられる集団戦だ。
天使達が劣勢。特に地上部隊が。数の暴威に確かな抵抗を演じつつ、しかし少しずつ押し込まれている。空戦での不利が地上部隊を苦しめている。包囲されれば蹂躙が始まるだろう。
厄介だな、魔物たち。恐れを知らず、痛みに無関心。目の前の命を終わらせることしか考えちゃいない。声も表情もなく無感情に突き進み殺しに向かう。だが、故に、周囲への警戒があまりにもお粗末だ。
「薄刃伸刀」
完成しつつある包囲網へ飛び込む。魔物たちは無抵抗に切断されていく。背後から襲撃されるなどとは予想もしていなかったのだろう。
死ぬ瞬間でも無感情なんだな、と。そんな事を考えながら敵の厄介さを理解する。物理耐性と回復力が異常に高い。高密度のゴムを思わせる皮膚が刃を受け止め、肉体が欠損しても即座に癒える。
「ガ・ヘラが来たぞ!」
天使たちから喊声が上がる。途端に活力を湧かせ包囲網を破りにかかる。さすがだ。戦う者としての純度が超一級だ。
俺は俺のやるべき事を。
「癒やし火、竜人特化」
突っ込む。癒せるだけ癒し、斬れるだけ斬って、殺せるだけ殺して。
「おおおおっ!」
叫ぶ。魔物どもの意識を惹きつけるために。感情がなくとも脅威に対して警戒くらいはするだろう?
迫る敵を斬り殺し、倒れる敵を踏み潰し、ひたすら殺しを積み上げていく。密集してるから助かる。神気の刃を振るだけで一気に数を減らせるから。
さて。地上はもう大丈夫。あとは空だ。
跳躍。空へと駆けて。
――もっと力を寄越せ!
心に強く念じれば、輝く神気が身にまとわりつき鬼神と化す。そのまま空へと飛び出して、周囲を舞う魔物を斬り殺していく。
縦横無尽に駆け回る。翼持つ者達が繰り広げる空戦のど真ん中を切り裂いていく。速度も機動力もこちらが遥かに上。だから数なんか気にもならない。
辺りの魔物を殺し尽くした時、天使たちの息を呑む気配に気付いた。恐怖されたかもな。
「セラリィは⁉︎」
そう問えば一人の天使が指を指す。
「あそこです! ガ・セラリィは聖樹のそば、猛攻の真っ只中に!」
空高く燐光が溢れている。いるのか、セラリィ。傷つく仲間を想い、美しい瞳で敵を睨みつけて。
「我々はこのまま聖樹の防衛にまわります! ガ・ヘラは⁉︎」
「俺もセラリィのもとへ!」
「どうか、ガ・セラリィをお助けください!」
当然だろ。頼まれなくたって彼女は死なせない。
「任せろよ」
空を行く。こちらに迫る魔物の一団を“断ち剣”で焼き殺し、討ち漏らしを斬り殺していく。
ガ・ヘラ! 背後から聴こえるのは先ほどの天使の叫び。そちらを向けば天使たちが空中で跪いていて。
「どうか御武運を! 助けて頂いた命、必ずお役に立てます!」
そんな事を言う。馬鹿野郎どもめ。
「だったら酒を注いでもらう! 戦いを終えた後の祝杯でだ! だから、生き抜け!」
言って、駆ける。都市にはどこもかしこも破壊の爪痕がある。いや、この瞬間にも破壊されていく。至るところから光と音が発され、戦いの場から退場する者が燃えていく。
破裂音と共に輝く夜空。落ちる無数の影。
絶叫と共に激突が繰り返される地上。倒れる人型。
そのどれもが天使に見え、魔物にも見える。
激戦だ。あれが敵でも味方でも不思議じゃない。あの中に天使がいないと考えるのは虫が良すぎるだろう。だが、知っておく必要がある。
“天地掌握”に意識を傾け、友軍の反応を細緻に確認していく。得られた結果に愕然とし、セラリィを強く想う。
――背負いすぎるな。半分は俺が持つ。
彼女は自分にできる戦いを全うしている。負けちゃいられない。何よりも孤独にさせるわけにはいかない。
一人で戦って来た。俺とは違って自ら望んだわけではなく、それしか手段が無かったからだ。本来の自分を隠し、旗頭に相応しい己を演じ、皆を安心させて。
そんなもの、きっと皆んな気づいてる。だから誰もが彼女を慕い、力になるべく必死になっている。
「……うはは。どいつもこいつもバカやろうだ」
だが、尊敬すべき人たちだ。だから、俺が勝利を贈ってやる。




