表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/130

118話 勇壮な死に顔



 ――行け、行け


 意識が疾る。五感が蠢めく。全身が躍動する。

 躱して、切って、ひたすらに舞い続ける。


 ――戦え、戦え


 世界が遅い。雲も、風も、金剛樹も。その中で俺と意思だけが迸る。

 肉体が解る。筋肉も、骨も、関節も、神経も、細胞に至るまで。だからこそ全身が連動する。


「うはは!」


 どこもかしこもボロボロだ。けれども脅威を覚えない。いつまでだって凌いでいられる。ずっと舞っていられる。そう感じる。

 眼が燃えそうだ。脳が焼けそうだ。それすらも戦意に変えて。


「うははは!」


 猛る。荒ぶる。どうしようも無く。

 枝を、葉を、根を、凡ゆるものを二刀が斬り裂く。


 ――キィやあァァ


 苛烈だ、金剛樹は。より多く、より厚く、攻め手を増やして接近を拒絶する。

 視界を埋め尽くす枝葉。行き場を断つ根。足元を絡め取ろうとする捲れ上がった土。


 それを凌いで。それを越えて。前へ。


 見えてきた。金剛樹の癖と明らかな反応。俺が前へ進むほどに暴れる。拒絶するように、怯えるように。それ等は一つの事実を物語っている。

 幹。若しくは根元。そこが金剛樹の生命だ。あそこを両断すれば、コイツはきっと終わる。


 ――キァあああ


 けれども当然、簡単には接近させてくれない。

 なによりも、俺も無傷ではいられない。徐々に損傷が増え、痛みが全身を支配する。その度にスキルが強制的に解除され、途端に窮地に陥る。竜人化を解くタイミングを間違えるとすぐに殺される。とは言え“断ち剣”は必須で、その詠唱ですら命懸け。だからアイテムと“癒やし火”を使う隙間がない。“伴冴”だって何セットも駄目にしている。予備はあと2セット。


 一進一退。膠着状態。それを繰り返して。延々と続けて。


「お、おおっ!」


 葉を叩く。根を刈り取る。枝を断ち切る。何度も何度も何度も。その度に二刀が輝きを薄れさせていく。その都度、俺の肉体が傷つき失われていく。


 “断ち剣”を追加する。吐血が酷い。目眩と脱力感も増している。


 ――キャアアァァ!


 悲鳴。狂ったように、怯えるように。

 そうだよな、金剛樹。お前は疲弊しているから。失う未来がはっきりと見えるんだろ?

 残された葉は百枚ほど。枝は四本が動くのみで、根にいたっては萎びてしまい動いてすらいない。


 退路はある。攻撃も疎らだ。どうにかなる。


 そう思いたいけれど。


「――コシュ、ゔエッ!」


 疲弊しているのは俺も同じだ。吐き気が止まらない。呼吸が満足に出来ない。視界に入る肌が焼け爛れている。髪の毛は存在感を失っている。耳はさっき吹き飛んだのを感じた。鼻は……随分前から見えもしない。何処かに落として来ちゃったかな。自慢の高い鼻だったのに。

 “竜咆”の回復が追いつかない。正確には、耳や鼻に構う余裕がない。重要な器官を癒やすだけで手一杯だ。


 喉が、ひどく、渇いている。舌で唇を湿らせる……ああ、そこも無いのか。


「ぶは、は! 男前ニッ、なっじマッだ!」


 有利であることは間違いない。だってあるもの、今ならさらに集中する余白が。さらに進める可能性が。加速した思考がそれを成している。減少した攻撃がそれを成させる。


 そろそろ発動させよう、切り札を。その為に肉体を犠牲にして、金剛樹の手札を削いで来たんだ。


 意識を向けるべきは、神気を注ぐべきは、“魔闘”、否、“鬼神化”だ。

 

 強さを寄越せ、俺をもっと昇らせろ。そう念じれば、力が漲る。意識がさらに奔る。煌めきが全身を包み込み、俺の全てを大きく強化する。


 さあ、ここからが本当の闘いだ。残された時間は多くない。


――キッ、カァアアア!


 感じ取ったか、金剛樹。ああ、そうだぜ。()()はお前を殺し得る“力”だ。お前を消滅させる暴威だ。

 だから残った四本の枝を唸らせて。たった百枚の葉を舞い散らせて。全戦力を必死になって総動員するんだな。


 だったら、超えるだけだ。


「ゔっ、ゔぉぉおお!」


 遠くで舞う葉を叩く。迫り来る枝を断ち切る。“伴冴”が砕け散る。それを繰り返して。


「ざあ、ごんごうジュ! はダか、だゼ!」


 最後の“伴冴”を引き抜き、幹を残すだけとなった金剛樹へと疾走。空白を利用して“断ち剣”を追加。武骨な剣が飛来……しない。神気が底をついた。完全なガス欠だ。構わない。

 けど、ここからじゃ断ち切れない。刀身の長さは金剛樹の直径と同じほどだろう。だったら。


「――ゔぅ!」


 前進、肉迫、二刀を握り込む――その最中。


「――っ!」


 太い太い幹から突き出る鋭い槍。いや、俺の胴ほどもある、棘、か。あるよな、それが。


 反応が遅れた。体勢が悪い。前屈みになり過ぎている。


 なら、そのまま、さらに前へ。


「ぐっ、おっ!」


 全身を捻る。ブチブチと筋肉が断裂する。気にしない。棘に二刀を振るう。カチ当てる。


 ――かあァァァ


 まだ切れない。もう一度斬る。


 棘が砕ける。さらに前へ。


 さあ残すは幹だけだ、終われ!


「ゔっ、おお!」


 幹に目がけて二刀を力の限り、けれども理を乗せて、全てを込めて、ただ、振るう。振り絞る。振り絞れ。


 終われ、終われ、終われ!


「おば、レェええ!」


 硬質な音が鳴り響いた。漆黒の輝きが奔り、俺の両腕は振り切られている。掌に伝わる感覚は、とても軽い。


 ――キャ、ああァァァ


 パリン、とか。カラン、とか。そんな軽い音を立てて落ち行くモノを眺める。それが在った筈の根元を見つめる。


「ゔは、ばはっ――」


 それは薄くて、鋭くて、細い。いつも見ているモノ。


「――とド、かネぇ」


 音を発したのは、二刀“伴冴”。


「――チク、ジョウ――」


 あるべき場所に刀身がない。輝きを放ったままのそれは、土に触れずして空中で止まっている。

 延びた不可視の刃が土に突き立っているんだろう。まだ力を残しているってことだが、まあ、もはや意味はない。


 終わったのは、俺だった。


 ――カァぁあああァァ!


 ああ、棘が来る。ゆっくりと流れる世界の中で、その瞬間が見えている。

 躱さないと。けど、体が動かない。呼吸が出来ない。脚に力が入らない。


 棘が来た。腹を目掛けて真っ直ぐに。俺を終わらせる為に。


「――ぐぇ!」


 腹に棘が中る。革鎧が消し飛ぶ。先端が刺さる。太い棘が腹の中に埋れて行く。後方へ吹き飛ぶ。景色が流れていく。血を吐く。転がる。転がる。転がる。


 視界が、黒く染まる。


 クソ。クソっ。


 あと一歩だったのに。ほんの少しだったのに。届かなかった。


 ごめん、ルナさん。約束守れない。

 ごめん、セラリィ。また孤独にしてしまう。

 ごめん、ザゲンさん。嘘ついちまった。

 ごめん、“神討ち隊”のみんな、天使のみんな――


 俺……死んだ――、――、――






「――ごっ、フッ」


 あれ? ……聴こえるぞ、心臓の鼓動が。まだ脈打ってる? 生きてるのか? 俺は。


「――ゴフッ!」


 生きてる、俺。でも、なんで?


「――あ……あぁ?」


 腹に、何かがめり込んでる? 30センチ程の刀身を持った短刀。バックルの位置に下げていた、哮薙(こうなぎ)

 どうしてか以前よりも存在感が大きい。

 反対に金剛樹はほんの少し存在感を小さくしている。


 おかしいな。棘が腹の中に埋れて行くのを確かに見たと思ったのだが。


 ――キャアアアア!


 悲鳴。それは……金剛樹か。棘を半ばまで消して。何かを拒絶するように悲哀の叫びを上げている。


「……ぇ?」


 棘が消えてる? なぜだ?


「――ぁ」


 あの説明。哮薙の特性欄に書かれていた一文。


 “こんか”を可能とする。


 意味の分からない言葉だと思ってた。いや。今の今まで分からなかった。けど、そうか。“魂化を可能とする”と読めば。


 ――俺達がデザインしたモンスターにもかなりヤバいのがいる。


 ――攻略法があるから見つけてくれよ。弱点だとか専用の武器だとか。


 これは岩谷さんが言っていた武器だ。この短刀は、シークレットボスを滅ぼすためだけに存在するんだ!


「――ぶばは! まダ、ただがエるじゃ、ネぇか!」


 丸裸だもんな、金剛樹。残された手札は棘だけだろ?


「おレは?」


 神気は底をついている。これ以上、神技は使えない。


 けれども。


 “鬼神化”はまだ発動してる。“竜人特化”も。哮薙が守ってくれたからだ。

 身体の奥底が燃えたぎり、世界が緩やかに進んでいる。時間は残されてるって事だ。


 なら、行こう。


「ぶっ、ぐぅ、ぐゔぅ!」


 脚に力を込める。意思に火を灯す。腹にめり込んだ哮薙を引き摺り出して。震える両手で握り締めて。


 そうして、さあ、突貫だ。


「ゔ、ォォォ!」


 フラフラだ。走れてすらいない。致死の損傷だもんな。それでも動けるのは、“鬼神化”と“竜咆”のおかげだろう。


「ぐくっ、お、ぉぉおおおおっ!」


 ――キィアぁぁアアアっ!


 接近。ギリギリまで密着。俺の胴ほどもある棘が生える。感覚を失くした両腕を振り上げ、哮薙を棘の斜線上へ。


「ぐゔゔぅぅ!」


 両脚に力を入れられるだけ入れて、歯を食いしばる。棘が迫る。哮薙を突き出して備える。


 激突。


「がぁ、あああ!」


 ――カァアアア!


 棘が消えていく。否、哮薙に吸い込まれていく。幹が徐々に細くなる。哮薙が蒼色の光を放つ。


 けれども。


「ぐくっ、ゔゔぅ!」


 少しずつ吸収する量が減っていき、かわりに押し込まれる力が増してくる。そうして遂に、一定の位置から吸い取れなくなる。

 容量の限界? まあ、あるよな、哮薙にだって。当然、俺の肉体にも。


「――ぁ、――ぅ」


 脚の感覚が失くなってきた。全身の痺れも酷い。酸欠か、虚血か、低血糖か、脱水か、それとも全部か。何にせよ、ああ、身体が根本から壊れ始めた。


 どうする?


 どうする?


 どうすれば良い?


「――ぁ」


 コレは……輝きを放って両隣に浮いているのは、伴冴か!

 根元から折れた刀身だ。浮いているんじゃなくて、伸びた不可視の刃が地面に突き立っているんだっ。まだ、“力”を残しているんだ!


 ――じゃあ、どうする?


 吸収しよう、哮薙で。“薄刃伸刀”と“断ち剣”の力を。だってこの短刀は、神気との親和性が異常に高いんだ。それはもう呆れるくらいに。


 ――じゃあ、どうやって?


 棘をいったん弾く。やり方は、“始哮”との戦いで習得している。


 ――行け、戦え!


 正面から伝わる力。その奔流を打ち消すのではなく転換する。方向は、真上だ。


「ゔ、ぁあああああっ!」


 棘を跳ね上げる。バシリと破断した音が聴こえる。棘か俺の肉体か分かったものじゃないけれど。


「ぶフゥ、コヒュッ!」


 哮薙を振るいながら回転。左右にある刀身を斬り付ける。硬質な音を響かせて二本の刀身が飛んでいく。そうして、哮薙から蒼色の煌めきが放たれる。


 確信がある。いや、いやいや。絶対的な事実が見えるんだ。


 今の哮薙は、金剛樹を両断できる!


 睨めっ、奴の命を! 射抜けっ、奴の魂を!


「ぐ、うぅ?」


 クソ、力が込めきれない。あまりにも遅い一振りになっちまう。こんなんで本当に両断できるか?


 ――なってねぇな、全部がよ。


 そう、聴こえた。師と呼べる唯一の人の声で。


 ――目線の置き場がなってねぇ。間合いがなってねぇ。


 視線を緩める。何処を見るでもなく、全体を()()

 半歩退がる。距離を確認し、踏み込みの位置を定める。


 ――呼吸がなってねぇ。重心がなってねぇ。


 息を細く吐き、軽く吸う。

 “竜咆”に許される限りのステータスを喰わせ重心を整える。


 ――一番なってねぇのは、感覚が鈍いところだ。


 研ぎ澄ます。意識と全身を。心の奥底まで。


 そうして、さあ、持てる全ての力を注ぎ込んで――振り切れ!


 スルリスルリと刀身が通っていく。蒼に輝く哮薙が金剛樹を七色に照らしていく。それはあまりにも美しく、心を洗い流す光景だった。

 そうやって見惚れている内に、気付けば腕が振り切られていた。


「さい、こうだ」


 ああ、確かに最高の一振りかもしれないな。

 だって、金剛樹が根元から両断されてる。大地に残された切り株も、断たれて横たわる幹も、全てが焼かれていく。


 前のめりに倒れ込めば竜人化が解除された。消えゆく金剛樹をぼんやりと眺めて、それでもまだ確信がなくって。


 勝ったのか、俺が。義務を果たせたのか、俺は。


 ああ、そうだ。俺は勝ったのだ。だって見ろよ、一人の女性が這いつくばってる。口から血を吐き、腰から下を失って。それでもギラつく瞳でこちらへと這いずってくる。

 へーラーだ。金剛樹は死んだが、彼女はギリギリのところで生きていたのだ。既に死が目の前にありながら、それでも戦おうとしているのだ。


 壮絶な有り様であった。早く終わらせてやらないと。


 哮薙で弾き飛ばした刀身を握りしめる。各種ポーションをガブ飲みし、可能な限り整えて彼女の元へ。


「うご、くのか……ばけ、ものめ」

「あんたもね。で、質問に答える気はある?」


 念のためにそう問うと、彼女は獰猛な笑みを向けてくる。


「な、い。……やつ、らも、そうだった、であろ?」

「ああ、そうだな。凄い奴らだったぜ」

「で、あろう、な」

「何か言い残すことはあるかい?」

「……み、ごと。ころ、せ」

「あんたも見事だった――薄刃伸刀」


 刀身を振り上げれば、刃を強く握った手のひらから血が噴き出した。それがバタバタと落ちていき、へーラーの顔に降り注ぐ。

 血に濡れた彼女の顔を見て息を呑む。彼女は笑っていた。あまりにも美しい笑みだった。こちらを見つめる瞳には一点の曇りもなく、どこまでも透き通っている。


 彼女の表情は、これから死にゆく者とは思えないほどに勇壮だった。


 そのままの表情で、切断した首が転がっていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ