116話 もう一人じゃない
考えていたほどの時間は許されちゃいない。敵が這い出てくるであろう大穴を見てそう判断する。肌が敵意を感じ取っているし、“空間掌握”もそうだと言っている。もう、間もなくやって来る。
読み間違えたか? いや、予定を早めたのか。神である“ジ”の縛りから解き放たれ自由を得たから。だとしたら俺が戦うべき相手は二つになる。
そしてやはり、敵は大群だ。シークレットボスだけであれば楽だったがそうもいかないらしい。三百年前の焼き直し。厄介な特性がなければ良いが。
「セラリィ、いつ来るか見える?」
「んー、だめ。やっぱり見えないよ。見えてたらこの前だって最初から何とかできたからね」
この前? もしかして、三百年前のことを言ってるのか? そういえば、ナギさんも似たようなことを言ってたな。少し前までは世界を管理していたと。あれも三百年前のことだよな。
こちらの感覚とズレがありすぎて呆れてしまう。それはきっと時間だけじゃないだろう。戦いといった非日常の中では特に感じやすいかもしれない。注意しておかなければ。
「きみは分かる? 時間はありそうかい?」
「いいや、もうないみたい。ごめん。さっきのは間違いだった」
さっきのって、あんなの今だよと言わないあたり、天使って種族はバランス感覚が良い。いや、悪いのか?
「いいよいいよ。来ると分かってるだけで十分さ。きみってやっぱりすごい!」
「……それ、もういいから」
「んー? なんでー?」
そうやって顔を近づけるのもやめて欲しい。ついでに“魅了”をかけるのも。
「褒められるのは慣れてないんだよ」
「へぇ? そうなんだ。また一つきみについて知っちゃったね!」
いや、ほんと、誰かコイツどうにかしろよ。
「今からは激戦になる。分かってるの?」
「だからきみを適度に癒やしてるんじゃないか。こんなの、きみにしかしないんだぞー?」
そんな事を、また顔を近づけて言う。大胆なくせに、はにかんだ表情を見せるから拒絶しにくい。
どうしようかとセラリィを見ていれば、背後から怒気が立ち昇った。正確には“神討ち隊”の女性メンバーたちから。
隊長サイテー、とか。浮気でしょこれ、とか。ルナリアスさんに報告します、とか。ひどい言われようである。俺は何も悪くないし浮気もしていない。ついでにルナさんとはそういった関係じゃないから報告もクソもない。
「ルナリアスさんに報告しますから」
それは聞いたよ、千聖ちゃん。そして俺とルナさんはそんな関係じゃないんだってば。
「けどよー、お前その天使には甘いよな。口調も穏やかだしよ」
クリッツさんが余計なことを言ってくる。セラリィはますます恥ずかしげに照れるし、女性メンバーの怒気は大きく強くなる。その内に男性メンバーもはしゃぎだして収拾がつかなくなる。
そんな空気を打ち破ったのはセラリィだった。
「私は良いよー?」
言って、至近距離でにこりと微笑んで。
「ルナリアスさんってひとの次でも。第二夫人? っやつでもさ!」
とんでもない爆弾を放り投げて来る。さらに騒ぎ始める男達。さらに怒気を膨らませる女性たち。
その内にセラリィは女性たちの元へ行きアレコレと話し出す。途端に彼女たちから笑い声が発されて、男たちまで笑い始める。どうやら“神討ち隊”の前でも素を出せるらしい。
「きみの仲間たちだからね! うーん、て言うか、きみの前ではなるべく自分でいたいんだよ」
はにかみながらの発言にメンバー達はさらに盛り上がる。短い間に女性メンバーも取り込まれたらしく、なぜか応援やアドバイスを送りはじめた。
ああ、今になってやっと気付いた。“神討ち隊”とセラリィを会わせるべきじゃないって事に。いつでもお祭り騒ぎで明るいバトルジャンキーと誇り高くも天真爛漫な天使。互いの相性としては最高で、俺にとっては最悪だ。
「ガ・セラリィ、全部隊の配置が完了しました」
洞窟に入ってきたジンさんを見て胸を撫で下ろす。彼はやはり素晴らしい長だ。放つ空気感で場を引き締める。彼のようになりたいものだ。
「分かりました」
「可能であれば激励に」
「当然です」
女神バージョンに変身したセラリィがこちらに手を伸ばす。一緒に見回れと言うことだろう。来いと言われれば行くが、一つ確認を。
「クリッツさん、“魂の蘇生点”は発動してありますか?」
「ギリギリまで待つぜ。効果が長く保たねーからな」
“魂の蘇生点”とは、再会した時に千聖ちゃんが教えてくれたアイテムのことである。最大三十人の死に戻りポイントを自由に設定できるというものだ。
条件は二つ。入手時に入手者と同じパーティーだったメンバー、もしくはギルドメンバーにしか適応されず、効果を発揮するのは発動から三十六時間後まで。
三十六時間もあれば十分だろう。しかしクリッツさんは足りないかもしれないと考えている。それだけ長時間の戦闘を覚悟しているのだ。さすがだな、と。
「アップデートはあると思うか?」
彼が懸念しているのは、俺がシークレットボスを倒した後のこと。もしもアップデートがあれば、彼らは戦いの最中に消えることになる。俺は残れるだろうが、彼らほどの戦力をカバーするのは辛い。
「消えるんなら、場所も大事になるな。お前がボスを殺す瞬間とタイミングを合わせらりゃ良いんだが」
「そんな余裕はないかと。それに、十中八九はアップデートしませんよ」
魂に対する俺の考察が正しいとすればアップデートはありえない。シークレットボスが死のうと異界の神々を殺そうと、この世界には関係ないからだ。
もしもアップデートされるなら、俺の考察は全くの的外れという事になる。大規模イベントであれば別なのかもしれないが。ドワーフとエルフが関わった“勝利の鍵を握る者”、ゴッドレス防衛戦“神喪いし都の行く末”の終わりにはアップデートが起きた。今回の戦いが終わったあとは、さて、どうなるか。
クリッツさんと諸々の確認を終えて、都市を巡る。
精霊達がざわついている。不安な様子で周囲をうろつき、何かを訴えている。やはり戦いは近いらしい。
星達はこちらの覚悟など知った事かと目に眩しいほどの瞬きを発している。なのに夜空はどこまでも静かだった。
星は良い。特に此処から見る星は。空間の奥行きを感じる夜空なんて他じゃ見られない。
対照的に都市は慌ただしい。何処もかしこも、誰も彼も同じだった。激戦を確信し、ほんの僅かにも手を抜かずに整えていく。
至るところで魔法具のようなものから障壁が張られ、塔が淡く発行し、それ等が周囲の闇を切り裂く光源となっている。魔力を練り上げる者や装備の確認をする者、戦意を激らせた天使達が慣れた様子で戦いへの備えを重ねていく。
美しい都市はその要素を変えていた。戦場特有の張り詰めた空気、飛び交う怒号、ギラつく視線達。
都市破壊を厭わない歪な防衛線だった。彼等にとって優先すべきは二つ。敵を都市の外へ出さない事と、聖樹の守護だ。
敵を都市内に押し留められるかは相手の特性によるので何とも言えない。が、聖樹の破壊だけは防がなければならない。焼き払われたりしようものなら天使という種族は途絶えてしまう。
都市は築き直せば良い。今を生きる自分達が死ぬのも構わない。だが未来だけは護りきる。そんな想いが伝わってくる。
天使たちはセラリィと俺を待ち構えていたらしく、祈りと抱擁でもって敬意を示してくる。何処へ行ってもだ。
高い戦意を内に留め、それを言葉に乗せてくる。託します。我らの魂はガ・セラリィとガ・ヘラと共に。そう言って祈りと抱擁を捧げて立ち去れば、次の天使が同じように。
時おり、武具を両手いっぱいに抱えて夜空を舞う天使と出会す。彼等はこちらに気付くと祈りを捧げ、また飛んで行く。生まれ落ちてまだ間もない若い天使たちだろうか。彼等の未来を想い、知らずの内に拳を握る。
都市の中心部。ザゲンさんが屈強な天使達を従えて待っていた。ナギさんを先頭にした守護隊と“神討ち隊”も。
「ヘラ」
「ザゲンさん」
彼が拳を差し出して来る。俺も同じく。ぶつければごつりと音が鳴り、そこから熱が広がっていく。
「勇者さん」
「ナギさん」
彼女が抱擁してくる。俺も同じく。防具越しに柔らかな温もりを感じ、それが心を落ち着かせる。
これから始まる激戦で、彼らは様々なものを多くを失うだろう。そうなる覚悟はとうの昔に決めているのだろう。
けど、諦められない奴だっている。甘いとは思う。本人だって分かっている。けど、どうしても願ってしまうんだ。だから自らを封じるという手段を選んだのだ。
「全ての翼人よ、戦いの時です。この戦いこそが、世界を守る一歩目になるのです」
セラリィが言葉を紡いでいく。全ての者に届けられるそれが福音のようにして鳴り響いた。
彼女の声は戦いを予感させるのと同時に、どこか安心させる響きがあった。
「異界の勇者達。あなた方に感謝を。そして祝福を。我々翼人は、決してあなた方の献身を忘れません。たとえ、滅びようとも」
天使達から祈りの言葉が捧げられる。四千にも及ぶ全ての天使達からだ。都市を包む神聖な空気の全てが彼等に向けられていた。
“神討ち隊”はそれに気圧されるようなヘボじゃない。応えられない腰抜けでも。
ほら見ろ。誰もが獰猛に笑い、戦意を激らせて。クリッツさんが一歩前に出て、ドシリと地面を踏み鳴らして。
「神討ち隊ぃイイッ!」
『おおっ!』
「アイテムはあるか? HPとMPは満タンか? 装備も良いな?」
地面を踏み鳴らすことで答えとするメンバーたち。誰も彼もが挑発的な笑みを浮かべて。
「よし。んじゃ、この都市を守り抜く覚悟はどうだ?」
『おおおおおっ!』
たった二十八人のプレイヤーが放つ喊声。それが都市を揺らし、隅々まで駆け抜けていく。
「……これが、ひとときの戯れで初めて武器を握った者達だと……最近まで戦いを知らなかった者達が放てる戦意だと、そう仰るのか?」
ジンさんは笑っていた。冗談だろう? 馬鹿を言うな。そんな笑みだった。
「彼等は特別です。それも飛びっきり」
ガ・ヘラ。セラリィが俺を呼ぶ。何か言え。そんな表情だった。クリッツさんもこちらを睨んでる。
まったく。俺はこういうの好きじゃないのだが。
「あなた方はこれまで、幾多の戦いを越え、数多の敵に打ち勝ってきた」
そう切り出して目を閉じる。その方が全員を把握できる。
「敵は強大で、膨大だ。疲弊し、傷つき、心が折れそうになるかもしれない。その時は思い出してください」
死ぬな。一人もだ。そう願う。
「俺が最前線にいる。俺がそこで戦ってる。化け物は、俺に任せろ」
『職業【守護者】のレベルが上がります。翼人にさらなる加護が付与されます』
『翼人の身体能力、各技量が上昇します。翼人の特性が強化されます』
湧き上がる喊声をかき消すようにして、脳内にアナウンスが聴こえた。感謝するぜ、セントラルAI。
さて、あとは彼等だ。
「神討ち隊っ」
『おおっ!』
「常に最前線で戦え。互いに離れず、敵を引きつける脅威であれ。何度死に戻ろうとも、武器を振るい続けろ!」
『おおっ!』
「俺たちが使徒の最先鋭! その意気地をッ、強さをッ、敵と天使達に見せつけてやれッ!」
『おおおおおっ!』
勇ましい咆哮を受けて駆け始める。同じく“神討ち隊”も。
「クリッツさん、先に行くぞ!」
「行って来いや! こっちは任せやがれ!」
目指すはセラリィが自らを封じていた洞窟、その大穴。敵はそこから来る。
飛び込め。化け物を都市に行かせないために。化け物を押し留めるために。
ゴッドレス防衛イベントで入手したピアスを左耳に突き刺す。“超越者への断裁”。シークレットボスに対して大きなアドバンテージを手にできるアクセサリー。敵を殺すための力。
そうだ、俺の仕事はただ一つ。ボスを殺す。それだけだ。
だがもしも。もしも異界の神が姿を現したら。
「勝つしかないよな」
ポセイドンとへパスに勝てたのは守護域で戦ったからだ。今回は違う。そして、俺は二度と死に戻りができない。
だがそんな事は気にするだけ無駄だ。奴らをこちら側に引きずり下ろすことが大事なんだ。いつ、何処で仕掛けるかを選べるのは奴らなのだから。
本来なら別の機会に戦いたかった。聖域ボスには触らず、異界の神を封じさせておきたかった。
そうできないのは、戦いの最中にも天使が狂乱化させられる可能性があるからだ。もしも加速度的に増えれば手がつけられない。そして奴らは、絶好のタイミングを逃すような間抜けじゃない。
奴等に対して全くの無策というわけでもない。スキルと称号に加わった“神殺し”は必ず効果を発揮する。
ガ・ヘラ! ガ・ヘラ!
俺を呼ぶ声がする。都市全体から鳴り響くそれが背中を押し、前へ前へと進ませる。
結果で応えろ。敵を討ち滅ぼせ。俺が得意なのは戦意高揚なんてものじゃあない。殺しだ。
「セラリィ!」
「うん。ここにいる」
背後を飛翔する彼女の翼に触れる。なるだけ優しく。伝われと念じながら。
自らを犠牲にして護ってきた都市が再び戦場に変わる。自らを犠牲にして遠ざけた戦いに天使達が直面する。今の彼女は、どんな気持ちだろう。
彼女の封印を解いたのは俺だ。この戦いを再開させたのも。だから。
「俺が殺してやるッ、化け物を!」
「うん! 信じてる!」
「だから天使たちを死なせるな! 俺の仲間をこき使え! あいつ等は筋金入りの戦闘狂だっ、必ず応える!」
そして、セラリィ、きみも。
かつてはたった一人で戦うことを選んだ。仲間が頼りにならないと見切ったからじゃない。可能とするのが自分だけだった。だから彼女は選択した。天真爛漫な彼女がそれを選ぶ時、どれ程の苦痛を感じただろうか。
「もう一人じゃない! 二度と孤独にはしない! だから、セラリィ、死ぬな!」
『職業【守護者】のレベルが上がります。対象にナーガ・セラリィが追加されました』
『ナーガ・セラリィの身体能力、各技量が上昇します。ナーガ・セラリィの特性が強化されます。ナーガ・セラリィが神格を得ました』
「――うんっ!」
彼女は笑った。そのはにかんだ笑顔に魅了された。
さあ行くぞ。背負った全てを進むための力に換えて――大穴に、飛び込め!
「へえ?」
視界は全方位が開けている。草原だ、ここ。自然そのものだ。
終わりは見えず、空まである。むせ返るほどに濃い緑の匂い。それを運ぶ風も流れているし、太陽だって浮かんでる。
当然、敵も。
周囲に蠢めくモノがいる。黒い全身は光をいっさい反射せず、顔にはあるはずのものが何もない。ズルリと長い手足を揺らす様がひどく不気味だ。
極端なまでの猫背で、半数ほどは翼を持っている。握られるのは漆黒の大剣。なかなかに厄介そうだ。そして予想よりも多い。
二万。それが敵の数だ。さらに集まって来る。奴らのステータスは見えない。この世界の生き物じゃないって事か?
上等だ。お前たちを待ち構えている相手は、お前たちじゃ想像できないくらい強くて恐ろしいぜ?
「――竜人特化!」
駆け抜ける。俺の相手はコイツ等ではない。この先の連戦を思えば神気の無駄遣いは許されない。
大穴に飛び込んでいく大群から視線を切り、前を睨む。
どちらに進むべきかは分かる。“洞察”を取り込んだ“先見の眼”が教えてくれる。
前方になだらかな丘。あの先に、敵がいる。
全速で駆ける。草原と丘を駆け抜ける。惜しみなく全身をフル稼働かせ、前へ前へ。加減はなしだ。これくらいじゃ息切れ一つしやしない。
そうやって駆け続け丘の上に立つ。下は広大な湿原だ。フィールド条件としちゃ最悪に近い。
湿原の中心。陽の光を浴びて輝く大樹が立っている。いや、樹と表現しても良いのかも分からない。だって透明で、ここから見たら巨大な宝石のように見える。
薄い薄い七色に輝く様はシンボルのようでもあり、何処かへの入り口のようでもある。不思議と視線を吸い取られる。そんな謎めいた雰囲気を持つ大きな樹だ。
悪寒が首筋を支配する。それが背中を這って全身に広がり、四肢の先端を冷やして行く。
オチョキンさんから武器が送られて来るのを待つか? そんな時間が残されているのか?
「行ってみましょう」
言葉に出して、意志を固める。感じるのだ、激戦と死闘の予感を。想像できないのだ、その先を生き延びる自分が。
「今さらだ」
死の覚悟? そんなものはとっくに決めている。だが今の俺はそれ以上に死なない覚悟を決めている。
行くのだ、どんな場所にでも。戦うのだ、どんな相手とでも。俺には果たさねばならぬ責務があるのだから。
行こう。戦意高く笑いながら斜面を駆け下りて。そのままの勢いで湿原に飛び込んで。
さあ、何が出る?
『待っていたぞ』
女性の声が聴こえた。セントラルAIじゃない。
無機質でありながら、けれどもデーメやへパスよりも圧倒的な“力”を感じさせる。
覚えがあるぞ、その威容。放っていた大男はとんでもなく強い戦士だった。
この、タイミング。シークレットボスと共闘しようってか? だったらさっさと来やがれ。お前の“力”を奪ってやる。
『我は第二の神。そなたを撃滅する者なり』
またもや大物が釣れたな。神話で言うところの、へーラーだ。
『我には触れさせず、一方的に滅してやろう。《金剛樹》と共に』
とても危険なことを言う。構うものか。一人で語ってろ、馬鹿が。
前へ。宝石のような、作り物めいた大樹のもとへ。大きく、立派だ。やはり透明で、光の加減によって薄い七色に輝いている。幹も枝も、葉までもが。本当に宝石のようだ。
質感は見るからに強硬で、表面は艶やか。幹の太さは直計で10メートルはある。高さは倍以上。
間違いない。こいつがシークレットボスだ。今は鼓動を感じないが、奥深くに在る大きな力を感じる。
「で、来ないのか?」
何もない。何も現れない。大樹は静けさを携えたまま。
では、今のうちにフィールドの確認を。
周囲の草は低く、膝よりも下にある。水分を含んだ土は粘つくけれど、あまり気にならない。
うん。動く上での支障はない。さあ来いよ、来い。
「――うおっ」
湿原が揺れる。青空が裂ける。割れ目から覗くのは紅の光。それが一直線に降ってくる。否、あれは女だ、へーラーだ。向かう先は、目の前で静かに佇む透明な大樹。
「――竜人特化!」
フラッシュメモリを左手に突き刺す。視界に0と1が映り込む。俺と、大樹の全てと、へーラーの胸の一部に数字が視える。意識を向けるべきはへーラーだ。
彼女は竜人化した世界でも圧倒的に速かった。このままじゃ、――間に合わない!
へーラーが大樹へと吸い込まれていく。奪えたのはごく僅かな神気のみ。魂を護ることはできた、と思うが。
陽の光を透過する幹が紅に染まる。それも一瞬のことで、すぐさま元の透明に。けれども。
「うはは……嘘だろ?」
大樹が動きだす。大地の振動と共鳴するように。しかし明確な敵意を示して。
それは良い。どうせ倒さなきゃならないシークレットボスなのだから。
だが、神と融合するのは予想外だった。大きさも成長している。
確かにな、と。その手があったな、と。俺の前に姿を現さなければ“力”を奪われることも俺が強くなることもない。
融合が出来ることはデーメに教えられただろうに、馬鹿め。
「融合するなら牝牛か孔雀だろ、クソったれ」
これは想定以上の激戦になりそうだ。




