112話 今から斬るよ
様々なことを考えながら、夜の闇にのまれた不可視の階段を登っていく。体感としてはかなり早く天使の郷についていた。正確には、郷の入り口にあたる巨大な雲のもとに。
「……どうやって入るんだっけ?」
前回はナギさんに運んでもらった。そしてこの先に足場はない。誰かが出てくるのを待つしかない。逼迫した状況なのに、ここまで来て待ちぼうけとは俺らしい。
「天使たち、喜んでくれると良いのだけれど」
お土産もたくさんあるしね。
天使を待ちつつ、手を伸ばせば届きそうな星々を眺めつつ、自分について色々と確認していく。把握と言う方が正しいか。なにせ、あまりにも急激に強くなり過ぎた。
単純に力の強さだったり、成長したスキルの使い勝手だったり、増加した魔力量や神気力だったり。
最も変わったのは“神技”だ。
まずは“断ち剣”。剣を召喚した瞬間に強烈な白光を放つようになり、本数が十三本に増えていた。降り注ぐ時に発生していた青白い炎の威力が増し、そこに金色の雷が混ざるようになった。
次に増えた“神技”について。と言うか“薄刃伸刀”について。元々は特殊スキルだった“薄刃伸刀”が“神技”に組み込まれているのだ。スキル欄から消えていた時は焦ったが、試しに詠唱してみればこれまでと同じく発動してくれた。
だが、神気でなければ発動しないのだ。魔力を受け付けなくなってしまったのだ。これについては諦めるしかないのだろう。“神技”に取り込まれた理由も、神気を注いで発動したからだと思われる。
にしてもなぜ“魔闘”は取り込まれなかったのだろうか。あれも神気で発動していたのだが。
一番の問題は全身に刻み込まれた紋様だ。神気を使用すると光るのだ。青白いこれがあまりにも目立つ。意識すれば消せるのだがひどく面倒である。
面倒と言えば、短刀【哮薙】である。こいつの検証をした結果、幾つかの特性に気付いた。
まず、この短刀は何一つ傷つけられない。斬る、突く、叩き斬る、殴る、投げる、ぶん殴る、ぶん投げる、その全てにおいてダメージが入らない。その数値が示す通り、こいつの攻撃力はゼロなのだ。
海に投げ捨ててやろうかとも考えたが、ダメ元で一つ試してみた。“薄刃伸刀”の付与である。結果は満点とはいかないがギリギリ及第点と言ったところだ。神気との親和性が異常に高く、注げば注ぐだけ吸収する。それはもう呆れるくらいに。
と言っても何も傷つけられないことに変わりはなくって。まあ、短刀なんて使う予定もない。しかしオチョキンさんから新たな腰巻きが転送され、こいつがバックルの位置に固定できるようになっている。とりあえず海の藻屑にするのは先送りにする。
と、自分に関する色々を確認しつつ時間を潰していれば辺りは明るくなっており、すぐ横から六つの呻き声が聞こえてくる。お土産たちが目を覚ましたらしい。まあ、天使たちなのだけど。一度に六人もの狂乱化した天使に会うという事は、どうやら神隠しは加速しているようだ。
朝陽を浴びる六人は恐る恐る周囲を見回しながら上体を起こし、こちらも恐る恐る彼等を覗き込む。ひどい怪我を負わせてしまったから後遺症があったら大変だ。“癒やし火”で治癒したものの、正直なところ本人たちが知れば顔を青ざめさせること間違いなしの大怪我だった。力のコントロール、難しいのです。
「ヘラ様?」
一人の天使がこちらを凝視する。食い入るように。釣られて他の五人も。おっといけない。“鬼顔の面被り”を装着しているから分からないのか。
「と、考えていたんだけどなぁ」
何故だか並んで土下座されているわけだが。しかも一言も喋らないのだが。
「あの、説明して頂けますか?」
そう言っても視線すら向けてくれない。嫌われたのかな。だとしたらひどく悲しい。
もしかして郷に取り返しのつかない何かが起きたのだろうか? だとしても俺に謝る必要はないのだけれど。
「……恐れながら、発言の許可を頂きたく……」
「か、勝手に発言するな! 申し訳ございません! この者は気が動転しているのです!」
「お許しを! 何とぞ、何とぞ!」
なんだよそれ。土下座じゃなくて平伏してたのか。俺ってそんなに偉かったっけ?
「あの……普通にしてもらえません?」
と言ってみても返答はない。なんだよマジで。
「あ。発言してください」
「……普通、とはどういった態度でしょうか?」
平伏したまま喋るのをやめる事だよ。分かれよ、マジメすぎなんだよ天使って。メンドくさいな。
「以前と同じように接して頂きたいのです。寂しいじゃありませんか。俺はこれでいて、皆さんを仲間だと思っているのですが」
この発言を後悔するまでに十秒も掛からなかった。六人は体を震わせながら嗚咽を漏らし、感謝の言葉を呪詛のように吐き出している。
運んでくれませんかと言えば歓喜する六人。三人が慎重に俺を抱え上げ、別の三人が先に都市へと向かう。どうやら俺のことを知らせに行ったらしい。
いや、本当に、俺っていつからこんなに偉くなったんだ?
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郷に入ればすぐに天使たちが集まって来た。先頭にはナギさん。とりあえず彼女と話したいのだけれど。
「あの、マジでやめて欲しいのですが、それ」
見渡すかぎりに天使たちがいて、全員が同じ装備で同じように平伏している。壮観な都市の情景と相まって神秘的ではあるのだが、それが自分に向けられていると思うと精神が保たない。
ナギさんに至ってはカチューシャのような冠をめり込ませるほどに平伏している。彼女ならと期待した自分が馬鹿だった。
長とザゲンさんは何をしているのか。彼等が居てくれたらすぐに解決しそうなのに。
「ナギさん、平伏する理由を教えてください」
そう言ってみても無言である。ああ、そうか。許可しないと喋ってくれないんだった。
「ナギさん、話して良いですよ」
「……発言の許可をくださりありがとうございます」
それっきりまた黙り込む。もう一回質問し直せってことか?
「めんどくせぇな」
「今、なんと?」
そこには反応するのかよ。マジでめんどくせぇ。
「だから、平伏する理由を教えてください」
「勇者様、いえ、ヘラ様が神へと至ったからでございます」
……なるほど。種族“亜神”のことを言っているのか。けど亜神だぞ? 本物の神からは劣る。
「いいえ。ヘラ様から立ち昇るのは紛うことなく神気。神へ至った証でございます。ガ・セラリィですら届かなかった場所へ至ったのです」
よし、よく分かった、これは八方塞がりだ。神だと判断される基準が種族ではなく神気の所持となればどうしようもない。彼等の基準が明確な以上、神認定を覆えすことは不可能だ。と言うか神格を得たってアナウンスを聴いたっけ。
とは言えこのままは嫌だし、命令するのはもっと嫌だ。だから、お願いを。
「以前のように接してくれませんか? どうか命令として受けるのではなく友人のお願いとして聞き届けて欲しい」
「ですが……」
頑固である。厄介でもある。俺にできることは真摯に言葉を向けるだけだ。
あなた方は天使だ。そのしきたりや規律、信仰は理解できます。しかし、俺は神でも英雄でもない。皆さんに憧れるただの男です。肩を並べて戦おうとする友です。それでも皆さんが俺を神だと捉え、平伏すべき対象と見なし、俺のお願いを命令として受け取るのなら――。
そこまで言って、天使たちと同じ姿勢を取る。
「俺はこのまま、ここを動きません」
「ヘラ様ッ、なりません!」
ナギさんを筆頭に数人の天使が悲鳴を上げながら駆け寄って来る。立ち上がってくれと必死に懇願するが無視。その内にグイグイと引っ張られるが無視。今の俺、身体能力めちゃくちゃ高いですし。余裕で引っ張り返せますし。おまけに神気を注いだ“魔闘”を発動してますし。なんなら“竜人特化”も使ってやろうか。
「ヘラ、あんまりいじめてやるなよ」
「ヘラ殿、戯れはそこまでに」
ザゲンさんと長が現れて、都市はさらに騒然とした。と言うか見てただろ。もっと早く止めに来いよ。楽しんでやがったな? だったらこちらも動きませんけどね。
と、意地を張っていたら二人にあっさりと引き起こされて担ぎ上げられる。そうして荷物のようにして運ばれていく。馬鹿力め。いったいどんな身体能力してやがるんだ。これはこれで望んだ形とは違うというか、あまりにも情けないというか。
まあ、あの場は切り抜けられたし良いかな。
「俺、神じゃないですからね。神扱いも嫌ですからね」
長の家に入った瞬間に釘を刺す。相手は長とナギさん。ザゲンさんに関しては心配していない。
ナギさんはひどく困った様子で、美しい顔には悲しみが見て取れる。神を迎えることは天使にとって歓びなのかもしれないが、神扱いされる俺からしたら地獄である。そんな事を望んじゃいないと言っても聞き入れてくれないのは、それだけ彼女の想いが深い証明ではあるのだが。
「嫌なものは嫌なのです」
「ヘラ様、あの」
「その呼ばれ方も好きじゃない。俺に否定する権利はないけれど、呼び名は妥協するとしても、ナギさん、もう少し仲良くしてくれても良いんじゃないですか?」
そんな事を言ってみる。我ながら幼稚ではある。何をそんなにムキになる必要があるのだと疑問にも思う。しかし、こう、天使たちに対して隠しきれない親近感が湧くのだ。この都市の皆んなとは対等でいたいのだ。特に、ナギさんとは絶対に。
「少しずつで良いから、友人として接してくれませんか?」
「そのようなっ、恐れ多い――」
「他の皆さんに関しては諦めます。今は、ですけど。しかしナギさんとだけは楽な関係でいたいのです」
「私だけ、ですか」
「貴女が対等に接してくれれば皆んなも少しずつ改めてくれそうですし」
「……私には、できません」
「あの時は抱擁してくれたのになぁ」
「あ、あれはっ!」
困らせちゃってるな。俺も困ってるんだけど。
そんな俺たちを見てザゲンさんはくつくつと笑い、長も微笑ましいと言わんばかりの眼差しを送って来る。いや、お前たちからも何とか言えよ。
「ナギ、お前はヘラを困らせてぇのか?」
「そんなつもりはッ……しかし我々にとって神にお仕えすることこそが――」
「守護隊長。神自身がそれを望んでおられぬのだ。だとすれば何とする?」
「……私は……」
ナギさんは俯いて黙ってしまった。表情の変化が乏しい彼女が苦痛に顔を歪めている。そんな彼女を見ると、もう神扱いされても良いか、などと考えてしまうのだから恐ろしい。
とは言えこのまま放っておくわけにもいかなくて。
「分かりました。ナギさんにも譲れない想いがある」
そう言ってみれば花のような笑顔をこちらに向けてくる。挫けそうになるよ、まったく。
「ですが、俺にも譲れないものがある」
そう言ってみれば再び俯いて苦痛に歪んだ表情を見せる。なんだか面白くなってきた。
「なので、お互いに半歩ずつ譲りましょう」
「半歩ずつ、ですか?」
「俺は他の皆んなと同じように接して欲しい。ナギさんはどうしても俺を敬いたい。だったら間をとって、勇者くらいにはなっても良いかなと」
パッ、とナギさんの表情に花が咲いた。それを見て理解する。彼女が敬いたいたいのは俺だけではなく、マク・ンバルも含まれているのだと。マク・ンバルの預言をこそ信仰しているのだと。まるで雛鳥のように無垢にして純粋にマク・ンバルを信頼しているのだと。
これはこれで根深い問題に思えてしまう。
「分かりました。では勇者様、と以前のようにお呼びさせて――」
「様はなし。絶対に。それが条件です」
「……では、なんとお呼びすれば……」
「ヘラ、と呼び捨てにして欲しいですが無理なのは分かります。だからせめて、様という敬称以外でお願いします」
ナギさんはうんうんと唸り、長い時間をかけて考え、やっと顔を上げたと思えばまた唸り、そうして、意を決したようにこちらを見つめた。
「で、では、こうお呼びします。――勇者さん、と」
なんだその可愛い響きは。なんだそのはにかんだ笑顔は。なんだそのピンク色の頬は。俺を殺す気か。
ザゲンさんが羨ましい。俺も成長した娘からこんな表情を向けられたい。なんなら今すぐにナギさんを娘にしたい。だって彼女から向けられる愛情は親に対するそれだ。俺に父親を見ているのだ。ザゲンさんに殺されるな。いや、彼が悪いんだ。この子は父性を欲しているぞ。なのにあんたが与えないから俺が娘にするんだ。いや、ナギさんが俺を父親にするんだ。まずい。キャラが崩壊しかけている。ナギさん恐るべしである。
「分かりました、それなら良いです」
では、今から勇者としての務めを果たして来ます。そう宣言すれば三人はガラリと雰囲気を変えた。
ナギさんは守護隊の指揮を執るべく走り出し、長も同じく家を出て行く。そうして、ザゲンさんは戦意を激らせて俺を先導する。
都市が一気に慌ただしくなる。当然だ。マク・ンバルの解放は化け物を解放することにも繋がる。その化け物を迎え撃つためにナギさんと長を筆頭に、天使たちが戦いの準備を進めていたのだ。
この美しい都市は戦場になる。以前は傷の一つもつけられなかった化け物との総力戦。天使たちはできる限りの事を、それ以上の事をひたすらにやり続けて来た。恐ろしいほど純粋に。
誰も彼もが武器を持ち配置へと走って行く。俺に対して頭を下げながら。ガ・セラリィ様を宜しくお願いしますと言いながら。
天使たちは、俺がマク・ンバルを救い出せると信じ切っているのだ。
「随分と信頼されちまったなぁ、ってか? 今さらになって後悔してんじゃねーのか? えらく重いもんを背負っちまったってよ」
前を歩くザゲンさんがくつくつと笑ってそんな事を言う。
「天使って奴らはな、嘘を見破れるし嘘をつくこともできねぇ。だからなのか、相手の本質を見抜くことに関しちゃ神がかってやがる」
だから信頼されるお前が悪いのさ。そう言ってまたも笑う彼はひどく誇らしそうだ。それが同族に対してなのか弟子である俺に対してなのかは分からないけれど。
「ザゲンさんには疑われましたが?」
「それが俺の役目だ。馬鹿みてぇに信じるだけの集団じゃ、いつか馬鹿みてぇな目に遭って滅んじまう」
鋭い眼光と共に吐かれた言葉の裏にあるのは憎悪だ。三百年前から続いた戦いと、多くの命を奪った化け物と、原因を生み出した邪神を睨み付け、失った仲間達を想い、止められなかった己の弱さを憎んでいる。
彼は仲間想いで、心根が優しい人だから。だからきっと次に化け物が這い出て来たら全てを振り絞る。未来も命もかなぐり捨てて、未来と命で己を燃やして、彼は死ぬ瞬間まで最前線に立ち続ける。
彼も死んで欲しくない一人なんだけどなぁ。
“戦禍の泉”へと到着した時、入り口にはナギさんを筆頭とした守護隊の精鋭が立っていた。彼等は覚悟を灯した瞳で、しかし静かに待っていた。
「ナギさん、行ってくるよ」
「宜しくお願いします、勇者さん」
応えなければ。それこそが俺にとっての義務だ。
強い視線を感じてそちらを見れば長がいた。ナギさんはともかく、彼は離れていて欲しいのだけれど。
「真っ先に死ぬのは私であるべきだ。そうでしょう、勇者殿」
戯けながらそんな事を言う。死を覚悟した者だけが放てる特有の匂い。本気ってことだ。まったく。つくづく天使って種族が好きだ。
「使徒に協力を仰いでいます。待ちますか?」
「戦力としての見積は?」
ザゲンさんに問われ、黙る。分からないからだ。どれだけ集まるのかも、誰が来てくれるのかも。
「ならばガ・セラリィの解放を最優先に。今この時も同胞が堕ちている」
長は少しの迷いも見せずに言い切った。
狂乱化する天使は増える一方だ。未知数の戦力より確信できる旗頭を。その選択は正しいのだろう。
「んで、やれんのか?」
ザゲンさんにそう問われ、ええ、おそらくと返す。彼はこちらを眺め、後ろ腰で視線を止めた。
「大太刀か。研鑽のほどは?」
「それなりに」
「戦果は?」
「竜を数百体と神竜を一体。あとは――邪神を二柱」
言って、洞窟に入っていく。全てのスキルと称号が解除され、かわりに意識が研ぎ澄まされていく。
長とザゲンさんが何かを叫んでいるが構ってはいられない。だって今、最高に燃えている。驚くほど集中できている。天使たちがそうさせてくれたのだ。俺には、やらなければならない事が、ある。
――義務を果たせ。
いつもの声がそう叫んでいた。
今になってやっと気付いた。これは心の声だ。俺自身の声だ。
だからいつものように、俺は全力でやり切る。
「今から斬るよ」
宣言した先に、クリスタルに似た大きな結晶。淡い青に光るその中に彼女がいる。
洞窟の入り口に背を向け、正面の大穴に向かって両手を広げ、まるでこちらを護るような立ち姿は何一つ変わらない。見惚れてしまうのも、感じる凄みも。
正面にまわり、その顔を見る。閉じられた瞳に何を宿しているのか。
何処からか声が聴こえた。ナギさん、ザゲンさん、長、他の天使たち。皆んなの声と想いが心に火を灯し、活力となって肉体の端から端までを駆け巡った。
大太刀を構え、溜め込んだ戦意を解き放つ。全身に刻まれた紋様が異様な熱を放ち、行け行けと心を突き動かす。
「行くぜ、マク・ンバル」
そう言ってみれば、彼女は薄く微笑んだ、ように思う。
何を想う、今この時に。何を映している、未来を見通すその目に。
「――ッ!」
小さく息を吐き、前へ。以前とは比較にならない鋭さと速さで。以前より研ぎ澄ませた技と理で。
これは勝負だ。全てを懸けて己を封じたマク・ンバルと、これまでの全てを乗せた俺との。
斬れる、という確信があった。こいつに預言されたからじゃない。今まで積み重ねた全てに、自信があるからだ。
「おおおっ!」
大太刀が結晶を斬る感覚はなかった。通り過ぎたという感覚だった。
だが、斬ったことには変わりない。俺の勝ちだ。
「だろ、マク・ンバル」
「……見事」
透き通るような美しい声だった。その声が聴こえた瞬間、結晶が一瞬で消えた。残ったのは淡い青色の燐光と、強大な力をまとう女性の天使。
燐光が彼女に吸い込まれていく。そうして彼女の力はさらに増していく。
「感謝します、勇者よ」
確かに、ザゲンさんの言う通り、彼女はマク・ンバルとは別人かもしれない。放たれる気配は清らかで、比べ物にならないほどに強く、見た目も違う。防具は天使たちと同じ物、同じ色で、それはキルトを思わせるスカートと冠も一緒だ。
マク・ンバルはもっと禍々しかった。まぶたは赤い糸で縫い結ばれていたし、防具は黒色の革鎧だった。それに、ここまで強くなかった。
彼女はあまりにも美しい。あれだけ美しかったマク・ンバルよりも更に。何よりも凄みが違う。古来より世界を守ってきた自負が、彼女の恐ろしいまでの美しさと計り知れない凄みをより強くさせている。
いったい、マク・ンバルとは何だったのか。
金色に輝く瞳がこちらを見る。その瞳もまた美しい。
「そのあたりはまた後でね」
「――ぇ」
雰囲気をガラリと変え、イタズラめいた表情で片目をつぶり、彼女は大きく息を吸い込んだ。生きてるって良いよねー。そんな青くさいことを言って大穴を見つめる。
「来るかな? きみはどう思う?」
「……来るだろうね」
見えるんじゃないの、未来。そう尋ねれば、彼女は困ったような笑い声を上げた。
「それがさー、分からないんだよね。あいつの事はなーんにも」
シークレットボス故に、だろうか。この世界の外から来る存在のことは分からない? だとしたら異界の神々は? 俺についての預言はどうやったんだ?
と、それよりも。
「ごめんね、セラリィ。きみの意志が分からないまま解放してしまって」
「こっちこそごめんだよ。苦労させちゃったみたいで」
朗らかに笑うんだな、と彼女を見て思う。こちらの気分まで晴れ晴れとする笑顔だ。
彼女は笑顔を消すと、大穴を見つめて、拳を握った。その思いが痛いほど分かる。孤独は嫌だよな。
「……しばらくは来ないよ」
「あれ? きみも未来が見えるの?」
「いいや。けど、分かる」
ヒリつく危機感も突き刺す敵意もありはしない。化け物はお休み中か、それとも攻めるタイミングを計っているのか。
いっぱい来るよね、と彼女が言う。いっぱい来るね、と俺は言う。当然だ。前回もそうだったように、這い出てくるのがシークレットボスだけの筈がない。
「少し時間がありそうだ。天使たちに顔を見せてやったらどう? 命を懸けて心配してる。それに休ませてやった方が良い」
「アハハ、だよねー」
照れ笑いを浮かべる彼女はまるで乙女のようだ。ナギさんとは別種の純粋さがある。端的に言えば、太古から生きてきた超常の存在だとは思えない。もっと堅っ苦しくて、取っ付きにくくて、凛とした女性をイメージしていた。
実際の彼女は愛嬌満点の人懐っこい女性で、適度な距離感を取りつつも壁は作らない。そんな印象だ。
よく分からない人だな、と見つめていると、なになにー? と顔を寄せて来る。一つ訂正。距離感は近いらしい。
「早く行ってやんなよ。長くしすぎた首が抜け落ちてしまう。あなたが主役なんだから」
「だねだね。けどさー」
外に向かって歩き始めた彼女は、その足を止めてこちらへと振り向く。満面の笑みで、こちらを魅了する笑顔で。俺は、無意識のうちに惹き寄せられていた。
「だったらきみも行かないとだね」
「……俺はここで敵を監視してる」
ありがと、きみってまじめだね。そんなふうに笑って、こちらへと歩み寄って。
「けど、やっぱり行かないと。救われた女神と救った勇者が揃うから物語は美しいのさ!」
彼女は、セラリィは、アハハと笑った。底抜けに眩しい笑顔で。
スキルと称号が発動し始めるのを感知しながら、気付けば外へと足を進ませていた。




