110話 世界の解れ
「と言うわけで、戦友をこの都市に住まわせてほしいのです」
願いを向ける相手はギ・シャラヤさん。彼はひどく不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけている。同じく背後に立つ戦士たちも。
戦友というのはもちろんドゥゴラさん。彼は俺の後ろに立ち、苦笑いを浮かべ、ガシガシと頭をかいている。
未来を見たドゥゴラさんだが、さすがにジャングルのど真ん中に放っておくわけにはいかなかった。当然、強さが足りないわけじゃない。個人で二度も“守護者”の恩恵を受け、自身も守護者に成った彼は馬鹿みたいに強い。おまけに“竜人特化”まで持っている。
ドゥゴラさんは個にして強大な戦力へと至ってしまっているのだ。だからこそ力を役立てたいと彼は考えた。戦う者たちの助けになりたいと。
迷宮都市パルブチに戻るのは愚案だ。一気に強くなった彼には疑いの目が向けられるし、傭兵たちはドゥゴラさんの言う“戦う者”には含まれない。激戦が予想される天使の郷に行ければ最高なのだけど、使徒ではないために彼は転移門を通れない。徒歩で向かうほどの時間は許されちゃいない。
互いに求め合える環境が良い。手っ取り早いし、彼も力を隠すなんて馬鹿げたことをせずに済む。
つまり戦場都市ダシュアンは絶好の場所……だと考えていたのだけれど。
「迷惑なお願いだったでしょうか?」
しかめっ面のギ・シャラヤさんに尋ねてみれば、彼はうぅむと唸ってドゥゴラさんに視線を向けた。どうやら気に入らないらしい。当然か。ゴッドレス防衛戦で顔を合わせているとは言え、素性も得体も知れない男を簡単に受け入れるなんて長としてあるまじき判断だ。
だが、ギ・シャラヤさんは違うと言った。ヘラ殿の紹介であれば信用できる、と。
じゃあ何が問題なんだろう?
「傭兵殿に訊ねたい。この都市で生き、何を為されるおつもりか? 鍛治師に弟子入りしに来たわけではあるまい」
「何をするつもり、ですかい? おいら、ひとつしか出来ることがねぇもんで、戦いしか知らねぇんです」
鋭い眼光で問うギ・シャラヤさんに、朗らかに答えるドゥゴラさん。なるほどな、と。ギ・シャラヤさんの懸念、と言うか狙いが分かった。だったら乗っかってしまおう。
ドゥゴラさんは強いですよ。相手になるのはシャラさんくらいのもので、他の戦士達じゃ手も足も出ませんね。俺と並んで戦える、戦友ですから。
そんな事を言ってみる。効果は凄まじく、結果は予想通りであった。
「我らが守護者の戦友よっ! いざ尋常に勝負!」
「ヘラ殿の戦友だとて容赦はせぬぞ!」
「我らが手も足も出ぬだと⁉︎ 戦士団の顔に泥を塗りおって!」
「命乞いをするまで嬲ってやろうではないか!」
いつかどこかで聞いた言葉を吐く戦士たち。彼らはドゥゴラさんを取り囲み各々が好き勝手に叫んでいる。血気盛んなところは相変わらずだ。中には交流の一環として派遣されたエルフたちまで。すっかり染まってしまったようだ。
冷静なのはドゥゴラさん本人と、ギ・シャラヤさん。前者は苦笑いを浮かべている。後者はしてやったりの表情で一瞬だけこちらに視線を向けた。“あとは上手くやっておく”、“気にするな”ということだろう。
静まれ! ギ・シャラヤさんの一声で戦士たちは叫ぶのを止める。相変わらずよく統率されている。まあ、戦士たちも半ば以上はお祭り感覚だけれど。
傭兵殿、と語り始めるギ・シャラヤさん。ここでは戦いが全てだ、と続けて。
「しかし、敵を殺すだけが戦いではない。過酷な環境ゆえにな。種を殺す土と、水を払う空気と、助けが求められぬ立地と戦わねばならぬ」
刀剣を持ち敵に立ち向かうことだけが戦いではないのだとギ・シャラヤさんは語った。時には鍬が、時には筆が武器になるのだと。土と向き合い、技術を育て、有るもので環境を整えることも戦いなのだと。
「戦う意志持つ者を戦士と呼ぶ。我らは戦士ならば受け入れるが――」
「まわりくどいのはやめやしょう」
言って、ドゥゴラさんが拳を構える。
「要は、おいらを測りてぇって話でしょう? だったら、拳骨で語り合いましょうや」
獰猛に笑うドゥゴラさん。対するギ・シャラヤさんも。二体の化け物が戦意をたぎらせて笑む様は、はっきりと言って厄災でしかない。
二人に背を向ける。見届ける必要はない。ギ・シャラヤさんの思惑通りになったのだから。
彼は初めからドゥゴラさんを受け入れるつもりだった。あの勇猛にして賢明な戦士団長がドゥゴラさんの強さと心意気を見抜けぬはずがない。しかし此処はダシュアン、ドワーフの都市。面白く思わない者もいる。幾つかの戦いを経れば誰もがドゥゴラさんを受け入れるだろうが、あの戦士団長はその時間を惜しんだ。
ゆえに、簡単に認めさせる手段を選択したのだ。
響き始めた音は、とても人同士が出せるものではない。
「ドゥゴラさんの大剣、取って来なきゃだな」
響き渡る轟音を背に受けて、転移門へと飛び込んだ。
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ちょっとヘラさんッ、いい加減にしてよ!
そんなふうに激昂しているのはオチョキンさん。製作中の武器に素材を足して欲しいと頼んだだけでコレだ。精神が不安定なのだろうか。
「不安定にもなるわよ! また、こんな、とんでもない物ばかり持ってきて!」
とんでもない物というのは神竜の素材と、ポセイドンから引き継いだ矛。他にもポセイドンとへパスの血肉や骨なんてグロいものまである。
あ。そう言えば神竜の心臓たべてないや。ポセイドンと戦う前に喰らうべきだった。相変わらず間抜けである。
てことで、食べましょう。
「ちょちょちょちょ、何してるのよ⁉︎」
「……話しかけないでくれます? 食べにくいんで。せっかくの心臓がダメになってしまう」
「食べッ……こんなとこで心臓を食べないでくれません⁉︎ 血、垂れてるんですけど!」
無視だ無視。本当に心臓が死んでしまっては台無しである。
この心臓は別格だ。大きさも密度も段違いだ。喰えば竜種スキルは大きな成長を果たす。だから無駄にするわけにはいかない。邪魔をしないで頂きたい。
心臓にかぶりつく。オチョキンさんが絶叫しているけどやっぱり無視。と言うか構っちゃいられない。
これまで何度か味わった感覚。心臓が作り替えられ、全身に熱が広がり、そのまま消えずに残る。だが今回のそれはあまりにも強い。
「グクッ、ゔぅ!」
ちょっとヘラさん⁉︎ そんなオチョキンさんの叫びが遠くに聴こえる。
あまりにも強烈な肉体の変化に精神が追いつかない。レベルアップの成長とは明確に違う。あれは精神も成長しているのかもしれないが。
などと考えているうちに安定し始める。精神が肉体に近づいていく。
完全にまとまれば、先ほどの苦しみは消えていた。
こちらを凝視するオチョキンさんに謝罪すれば、彼女は変テコなことを言う。俺の体から光が発されている、と。確かに光っているのだけれど。
確認するために防具と衣服を脱ぐ。オチョキンさんは慌てているけれど、無礼だと理解してもいるけれど、欲求には逆らえなくって。それにショーツは脱げないし相手はオチョキンさんだからギリギリでハラスメントにはならないし。
何よそれ! と俺を見た彼女が驚くのも無理はない。俺の首から下には疎ながらに紋様が彫り込まれている。それ自体は二柱の神を滅した時に確認していたから良いのだけれど、その紋様が青白い光を発しているのだ。
厄介なのは光が衣服と防具を透過してしまうこと。これでは暗闇で目立ちすぎる。敵に“見つけてくださいよ”と叫んでいるようなものだ。
悩むのはそこなの⁉︎ とオチョキンさんは慌てているが、そこ以外に問題なんてないわけで。
――消えろ。
目を閉じて念じる。お前は俺の所有者なのだから言うことをきけと。
「あ……消えた」
オチョキンさんの声を受けて目を開ける。紋様自体は残っているものの、光を発してはいない。またいつ光り出すか分かったものじゃないが、そうなったらまた消せば良い。消せると分かっただけで十分だ。
「さて、オチョキンさん。何度も遮って申し訳ありませんでした。武具についての話を再開しましょう」
「……少し待ってくれる? なんだか私、色々と疲れたわ」
「ふん? 悩みがあるなら聞きますよ?」
「ヘラさんが原因なんですけどッ⁉︎」
バシバシと机を叩くオチョキンさん。しばらく観察していると、どうやら本当に疲れたらしく書類の山を崩しながら突っ伏してしまった。
そろそろ慣れて欲しいものだ。驚かれるのは好きじゃない。
机に突っ伏しまま動かなくなった彼女に飲み物をいれ、軽食を出す。落ち着いてきた頃合いをみて、武具について打ち合わせを。
まず、矛については素材として問題がないことを伝える。こいつは俺が望めば何にだって成ってくれる。たとえ二刀と大太刀の一部であっても拒絶されることはない。と、思う。
次に、神竜の素材については彼女に頼るしかない。当然、加工に必要なものがあれば協力を惜しみはしない。“煉獄の香炉”のように上手く入手できるかは分からないが、今の俺なら大体のものは手に入れられる。
「と言うか、また変わったわね、“鬼顔の面被り”」
ですね。額の部分に刻まれている文字が増え、存在感が増している。オチョキンさんに鑑定してもらえば、能力も進化していることが分かった。
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鬼顔の面被り/等級:神器
物理耐性850/魔力耐性950/重量20/耐久6000
特殊:格下に恐慌状態を強制付与
特殊:竜合により成長する
特殊:経験した状態異常に対する抵抗力大幅上昇
特殊:妖狐の加護
特殊:神喰いにより成長する
刃鬼が素体となったお面に、妖狐の体毛を縫い付けた面被り。
刃鬼の加護により、装備時の視界と呼吸は未装備時と変わらない。
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なんかもう色々と飛び抜けたなという感想だ。数値も特殊能力も、おまけに等級まで。こいつが破壊される場面て、ちょっと思いつかないな。
と、今はそれよりも新たな武器についてである。
「少し皆んなで検討するから待ってて。お風呂があるから入ってきなさい。ひどい臭いよ?」
ああ、そういえばタララカンに入ってからずっと体を清めていなかった。さぞかし臭いだろう。てかあるのか、お風呂。
彼女に案内されたのは建物の地下だった。神殿のような作りだが、どうやら大きな浴場らしい。ずいぶんとお遊びが過ぎている。
防具は任せなさいと言って出て行くオチョキンさん。メンテナンスとクリーニングをしてくれるようだ。ありがたい。
汚れを入念に洗い流し、全裸で湯船に浸かりながら、風呂に入るのはいつぶりだろうなんて事を考える。こんなに広くて豪華なのは初めてだけど。穂波と澪が見たら大はしゃぎするだろうな。
娘たちを風呂に入れるのは俺の仕事だった。一緒にご飯を食べ、寝かしつける時間は幸せというものを明確に感じられた。二人ともくっついて来るから夏は暑かったっけ。仕事が立て込んだ時は工房に戻らなければならなくて、寝息を立てる娘たちから離れるのが辛かったな。
それにしても、だ。
「性器は変わってるんだな」
身長が伸び、鋼のような筋肉になり、全身に紋様が刻まれているとは言え、アバターは若い頃の自分だ。なのに性器だけが俺のものじゃない。
とんでもない事をしてくれたものである。ヘスさんに会ったら文句を言ってやらなければ。いや、ハラスメントだな、それは。
「…………え?」
待て。どうして、全裸になれているんだ? つい先ほどオチョキンさんの執務室では脱げなかったのに。ギルド『Smith』の浴場は制限を取っ払っているのか?
いや、そんなこと出来るわけが――
「ヘラさんッ、大変よ!」
浴場にドカドカと数人の男女が侵入してくる。オチョキンさんを先頭にした『Smith』のギルドメンバーだろう。
立ち上がりなさい! オチョキンさんはそう言って、俺の性器を間近で凝視する。……目的は理解できるが、こちらの感情は無視らしい。
性器がさらされているという事実。これは間違いなく変革だ。今まではゲームらしく不可能だったそれが可能となってしまった。まるで、現実のように。
恐ろしいことになった。秩序が乱れたと言っても良い。性行為の危険性は当然として、それに対する不安と、変革自体への恐怖も渦巻いてしまう。
プレイヤーたちは動揺する。疑心暗鬼になる。幽閉されたとは言え最後の砦であった“ゲーム”という感覚が崩れ去る。遊びだからこそ保たれていた秩序が崩壊する。
犯罪が増える。プレイヤー間でも、NPCに対しても。性的な暴力だけではなく、恐怖から自棄を起こす者だって出てくる。現時点では発生したとしても少数だろうけど、アバターに今以上の変化が起きればもう分からない。
こんな事ならへーエルピスとの関係を保っておくべきだった。彼らはこれから攻略どころではなくなる。もしかすると警察の真似事までやらなければいけなくなる。そうなった時に、トッププレイヤーとしての俺の睨みはひどく有効だったろう。
変革が起きた理由が自分なのだから尚さら辛い。一気に二柱の神を滅したことが原因なのは明白なわけで。“始哮”に憑依したデーメを合わせれば三柱だ。十二柱いるとすれば四分の一を失った計算になる。つまるところ、奴らの影響力が大きく減少したことによる変化ってこと。
「ヘラさん、聞いて――」
「待ってください」
何かを伝えようとするオチョキンさんを遮って、着信に応答する。相手はティータンさん。彼から連絡してくるなんて初めてかもしれない。
はい、こちらヘラです。そう言えば、ティータンさんは、大変なことが起きましたよぉ、と言った。いつもと同じ声で、しかし驚きを僅かにあらわにして。どうやら性器露出の件ではないらしい。
『プレイヤーがぁ、消えましたー。それも、二千人もぉ』
その言葉を受けて、理解して、思考が停止した。
二千名ものプレイヤーがこの世界から姿を消した。一瞬で、同時に。彼等彼女等には共通する点があった。低レベル、そして極端に活動が少ないこと。
振り分けはゲームシステム的に行われたのか、低レベルでも貴重なスキルや称号の所持者は残されている。
「いつ、発生したんですか?」
『二十四時間ほど前でしょーかぁ。現実でも大ニュースになっていてぇ、どうやら全員が無事のようです』
二十四時間も前に消えていたのか。それにしては連絡が遅い。オチョキンさんも知らなかったみたいだし。
『引きこもりプレイヤーがほとんどでねぇ。把握が遅くなりましたぁ』
なるほど。まあ、確かに大ニュースではあるが。
「帰還した人達は無事なんでしょう? だったら良いじゃ無いですか」
『……ずいぶんな言い草じゃあないですかぁー』
いいや、簡単で良い。だって帰還の方法が分かったもの。
神を殺す。一柱残らずだ。今の俺には成せるだけの“力”がある。
「オチョキンさん、装備の完成を急いでください。一秒でも早く」
「え、えっと、どういうこと? 何が起きているの?」
崩壊ですよ。そう言えば、オチョキンさん達は分かりやすく恐怖した。それくらいでちょうど良いだろう。
さて。聖域の情報を集めなければ。そして、この世界とへパス達の関係を知る必要がある。奴らを滅ぼした結果、この美しい世界まで崩壊させるのは嬉しくない。
忙しくなるな。クソったれである。




