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101話 異分子の排除法



 竜って奴は馬鹿じゃない。ここまで散々に叩きのめして来たが、接近が死に繋がることを理解した。俺達は矮小な人間などではなく、殺すべき敵だと認めた。

 奴らが選択したのは機動力を活かしての遠距離攻撃。つまりは炎の息吹だ。そこまで警戒すべきものではない。“先見の眼”が安全な退路を教えてくれるし、“薄刃伸刀”なら切り裂ける。しかも炎のブレスは禁術扱いだから“竜紋”の力で軽減される。最悪、“竜咆”にスタミナを食わせれば凌げるだろう。


 ただし、数発なら。こりゃ、無理だ。耐えられないなぁ。


 全方位から熱を感じる。既に“空間掌握”はその感知能力をショートさせていた。それだけのエネルギーとなると“竜紋”で軽減したとしても数秒保てば良いところだろう。


 眩いばかりの炎が空気を焼いていく。それが一斉に射出されたのと同時、“先見の眼”が与えた幻痛は激烈であった。

 焼かれる痛みってのは、どうしてこうも痛いのか。なぜこうも苦しいのか。


 幻痛への反射を抑え込むのに必死になる。じゃなきゃ、俺を押し留めようとする竜達に殺されてしまう。


「ゔゔ、ああああ!」


 殺せ。一体でも多く道連れに。どうせ死ぬなら、思い知らせてやる!


――まだ諦めるには早いぜ?


 そうかよ。何が出来るってんだ? こんな状況で。


――未来は、何を()()()()


 未来? “先見の眼”か? 役立たずだ。このスキルが教えてくれるのは地獄の苦しみの中で死ぬってことだけ。


――そうかな? ほら、そこ。


 声が示す場所を見る。おかしな表現だ。しかし分かる。

 重なり合う竜の死骸。その中心に、腹をかち割られ、今にも息絶えんとする個体がいる。声は、その腹に潜れと言っているのだ。

 見た瞬間に理解した。そこが唯一の助かる場所だと。飛び込むべく意識を傾ければ、“先見の眼”から与えられる幻痛が明確に衰える。


「ドゥゴラさん、竜の腹に入れ!」

「がは、がはは! しねぇええ!」


 炎が迫る。もはや考える余裕はなかった。退避する暇も。

 髪が燃え、防具が溶け、皮膚が焼ける。視界まで奪われる前に動かなければ。


 ぎゃぁあああ! と、ドゥゴラさんの絶叫。聞こえる先は、炎が渦巻く中心。そこへむしゃぶりつくようにして竜が集う。


「――竜人特化、薄刃伸刀!」


 “迅雷”も追加で発動して駆ける。魔力の刃で炎を斬り裂き、ドゥゴラさんの元へ。

 彼は踊り狂っていた。殺意に支配され、皮膚を爛れさせ、痛みに叫び、必死に大剣を振るっている。 俺もそう変わらないか。


「来やがれ!」


 引っ掴む。100キロを優に越す大男と装備類。その重さを苦もなく引きずっていく。目指すは当然ながら竜の腹の中。

 切れ目をさらに裂いて飛び込む。竜は絶叫した。炎に焼かれ腹を切り裂かれ異物が侵入したのだ。当たり前のことだった。


 治癒魔法を使い、ありったけの薬草を取り出す。このままではドゥゴラさんが死んでしまう。


「やめろ、やめやがれ! 死なせろ! 殺させろ!」


 傷が癒えても精神までは癒せない。だから、竜の腹の中を進む。

 刀で肉を切り開き、さらに進む。目指すは心臓。


「ぐくっ、ゔう!」


 息ができない。酸欠か何かも分からない息苦しさ。それを無視して手を伸ばす。摘んだのは心臓だ。


「もら、うぞ」


 必要なのだ、ドゥゴラさんを正気に戻す為には。そして彼の力が無ければこのステージはクリアできない。何よりも死なせないと決めている。

 彼の口に心臓を突っ込む。瞳から少しだけ狂気の色が薄れるが、もっと数が必要そうだ。


「とっておきだけど、あんたにやるよ」

「や、やめ、ろ」


 アイテムボックスから心臓を取り出し、押し込むようにして詰め込む。否定の言葉とは裏腹に彼は貪った。これはこれで恐ろしい光景だ。


「お、おお……」

「レベルアップおめでとう」


 実験は成功だ。新鮮なままの心臓はアイテムボックスに入れても()()()()()になっている。時が止まっているのか、状態保存の魔法でも働いているのか。


 さて。行動を。炎の嵐も止んでいる。外は灼熱だろうけど、吹く風が洗い流してくれる筈だ。

 俺達の死を確認するためなのか、十体が地に降り立ち周囲を探っている。そこからは戦意や闘争心なんてものは感じない。ただの作業だ。


「出るぞ、ドゥゴラさん」

「……まだ戦えってんですか」


 彼は投げやりさを隠しもせず吐き捨てるように言った。“竜人特化”に呑まれた自分を責めているのか。

 違う。死に場所と死に時を探していたんだ、彼は。かつての俺と同じく、その為に生きてきたのだ。武装してふたをした筈の心が剥がれ落ちている。それもまた“竜人特化”の反動だろう。


「行くんでしょ、墓参り」


 答えは虚ろなままの視線。まあ良いさ。


「俺は出る。此処にいたってそのうち気付かれるし、やられっぱなしは性に合わない。……俺達のような戦士は、最後まで戦うものだろ? ――竜人特化」


 言って、飛び出す。地を這う十体の竜。そこは既に殺傷範囲内だ。当然、俺の。

 迂闊だぜ。あれだけ潰してやったのに学習しきってないらしい。強者の傲慢か、集団ゆえの侮りか。


 良いさ。驕りのままに死ね。


「うははっ!」


 ドロリと遅れた世界。熱された空気。その中を進む。狙うべきは奴らの命と心臓だ。

 背中を向ける個体、振り向こうとする個体、空を見上げるだけの個体。どれも平等に、同じように、心臓を抉り出す。


 世界がよく視える。より広く、細緻に。


 処理すべきタスクを脳内に展開する。判断は素早く。行動は迅速に。

 炎を溜めんとする個体、突進せんとする個体、尾を振り上げんとする個体。これ等は無視。背後、飛び立とうとする個体。こいつを最優先に。その後に各々を斬り裂き、行動を抑制してから心臓を抉り出していく。


「ぬるいぜ」


 逃げ腰の十体くらい敵じゃあない。


 空気を震わせる咆哮。竜が塊となって攻め寄せる。その陣形は槍型であった。特に大型の個体を先頭にしての突貫だ。

 脳が蠢めく。意志が閃めく。勝ち切ろうなどという考えは既になく、殺すことだけに精神を集約させる。


「ひひひ」


 殺せ、殺せ。この場を死で埋め尽くせ。

 殺意に呑まれたわけじゃない。俺が俺らしく在るために、この手を死で染めろ。


「うははっ!」


 前進。濁流のごとく迫り来る竜の群れ。先頭の首を裂き、後続の翼を捥ぎ、胸を穿つ。

 遅行した世界を頼りに前へ前へ。刀がすぐに駄目になるが予備はいくらでもある。


 堕ちた竜が大岩を砕き、吐かれた炎が仲間をすら焼く。血の臭い、ベタつく肉片、漂う死の気配。

 口角が吊り上がる。

 竜はがむしゃらだった。好き勝手荒らされた大地をさらに荒れさせて。正しく狂気に取り憑かれていて。粉々になった山頂付近はもはや自然には整わないとこまで来ている。こうして後の世に語り継がれるのだろうか。


「伝承か。それも良いねッ!」


 システムアナウンスがひっきりなしに流れていた。内容は、スキル取得の条件を満たしただの、称号を獲得できるだの、まあそんなところだ。

 その中に響く通知音。オチョキンさんからで、アイテムが転送されている。添えられているのは簡素な激励と、刀の能力。


――前回試作した大太刀のプロトよ。思い切り暴れて来なさい。一本しかないから大事にね。


 相変わらず良いタイミングだぜ。



──────


竜断ち・試作/等級17

攻撃300/重量102/耐久3000

特殊:炎の加護

特殊:竜属への斬性アップ

特殊:竜属から得られる経験値上昇

特殊:斬性向上スキルの効果を15%上乗せ

特殊:一定値以上の筋力で重撃判定が入る


“煉獄の香炉”によって鍛えられた、竜を殺すために生み出された大太刀の試作モデル。

該当するスキルレベル、または技術が足りない者が使用すると全ての攻撃が打撃判定になる。

様々な試行を考慮して耐久性を高めてある。


──────



 それは説明文の通り大太刀であった。白の半透明の刀身は90センチを越えている。刃だけが重厚な輝きを携え、あとは鉱石を削り出したような無骨さ。性能は前回よりも大きく成長しており破格と言える。


 振れ。技と理で以って。肉体を使いきり、荒れた大地の力を借り、美々しくも猛々しく。


「おおっ!」


 迫る竜の首を次々に斬る。連続で、一振りを繋げて。


「――え?」


 あまりにも軽い手応えだった。抵抗というものを感じなかった。どの首も容易く切断せしめた。


「最っ高!」


 竜を殺す。隊列を守ったままお行儀よく殺されに来る間抜けを一体残らず。

 だがこのままいける筈もない。物量に対抗するには手数が足りないし、そろそろ“竜人特化”も強制解除される。


「ゔぇええ!」


 ほらね。さあ、ここからだ。


『異分子ヘラ』

「……あ?」


 男の声が天に轟いた。意思を縛り上げ、自由を奪っていく。大きな力を感じさせる粘ついた声だった。


『私はお前の存在を認めない』


 ここで、へパスの野朗がちょっかいを掛けてくるのかよ。


『滅べ、その魂ごと』


 どこにいやがる? ……上かっ!


『――“真なる炎”』


 前回と同じ青い炎。あれはダメだ。


「――ヒールヒールヒールヒール」


 飛び退き、回復を施す。ごお、と。炎が天から一直線に降り注ぐ。それは一瞬で駆け抜けた。俺の半身を焼き、竜を燃やし、岩の大地に見えないほどの深い穴を開け、すぐに奴の存在ごと消えていた。


「――ハ、こひゅ、――ぁ、ァァ」


 肉体が炭化していた。左腕が消えていた。自分ですら生きている事が信じられなかった。そして、全てのスキルが強制的に解除されていた。

 失くしたものは多い。視界、筋力、四肢の一部、そして、ここまで頼ってきたスキル“神聖魔法”。


 ポーションを、ありったけ使う。中毒のせいで回復が遅い。炎にはやはり継続ダメージがあり、重なったそれに視界が奪われ、戻り、また失われる。

 空気を震わせる咆哮。竜が来る。その羽ばたきは小石を巻き上げ、空気を乱し、すぐさま接近してくる。ポーションじゃ回復が間に合わない。


 肉体の一部を失い、回復と遠距離攻撃の手段すら失った。勝てる筈がない。たとえこの瞬間を生き延びたとしても、またあの炎が来たら? あれはスキルを強制解除する。しかも、やはり奪っていく。次に奪われるのが“竜人特化”だったら? 本当に死んでしまったら?


 今、此処で、死に戻った方が利口だ。此処にいたら、本当に殺されるかもしれない。

 けど、大太刀は無事で、心臓も脈打っている。


 だったら。


「ゔゔぅ、ぁあああ!」


 戦え! 指一本でも動かせるのなら!


「竜人特化ぁああ!」


 すぐ横を風が吹き抜けて行った。否、竜人と化したドゥゴラさんが押し寄せる竜へと突貫した。


 ヒーローって奴は、やっぱり遅れて来るらしい。


 “空間掌握”が彼の意思を伝えている。


――来い!


 俺を呼んでいた。反動を克服した彼が。仲間と呼べる偉大な戦士が。


 なら、行かねば。


 ポーションを浴び、“竜咆”にて治癒し、再生した左腕に大太刀を握って。


「りゅ、コヒュ、――りゅうじんん、特化ぁあああ!」


 行け、戦いの最前へ。肉体も精神も魂すら燃やし尽くて。


 たとえ死のうとも、もう逃げるな!


「遅れてすみません!」

「おいらこそ! 情けねぇとこをお見せしちまいやした!」


 互いの存在を混ぜ合わせるようにして駆ける。間合に入った竜から殺していく。

 前進と後退を繰り返す。退避は素早く、反撃は苛烈に。武器を振るう余裕がなければ拳を打ち込み、蹴り付け、僅かな隙も見せない。


「おいらが誘い込む! 使徒ヘラはその隙を突いてくだせぇ!」

「危険な賭けだ!」


 でたらめな提案だった。その身一つで囮になろうと言うのだ。得られる結果など良いところで十体を殺せるかどうか。

 それでもやらないよりは良い。小さな積み重ねの先に勝利がある。ニヒルに笑う彼を、そのままの表情で突っ込む彼を見送って、手近な竜の心臓を抉り出す。


 そんな、無茶とすら呼べない馬鹿げた行為を何度も繰り返す。“竜人特化”のゲージは底が見えていた。可能な限り喰らってはいるがどうしたって限界がある。

 なのに彼は囮役を何度も買って出る。痛みも死も恐れない。目の前に戦いがある限り決して背を向けない。彼の全身から発される気配がそう言っている。


 これほどの戦士を死なせるわけにはいかない。そう、強く想った。



『職業【守護者】のレベルが上がります。対象にドゥゴラウス・バルファムトが追加されました』


『ドゥゴラウス・バルファムトの身体能力、各技量が上昇します』



 これまた最高のタイミングだ。ドゥゴラさんは突然に跳ね上がった己の能力に一瞬の驚きを示し、しかしすぐさま笑いながら竜の群れに突貫していく。向上したとは言え違和感には違いない。が、使えるものは何でも使う。そういう事だろう。彼ならすぐに己の力にする。

 けれども、それだけで切り抜けられるような状況ではない。


「ぐぅ、の、呑まれそうでやんす!」

「心臓を喰らってください、時間は稼ぐ!」


 もはや彼も心臓を喰うことを躊躇ったりはしなかった。当然、俺も。相棒がそうする為の隙間を、身を挺して作り出す。

 意志が冴える。肉体が飛躍する。この窮地の中で、あらゆるものが研ぎ澄まされていく。“先見の眼”に至っては致死ダメージを完璧に予見してくれる。元から悪い確率ではなかったが、今では大ダメージにまで反応している。

 とは言え窮地はどうしたって訪れる。竜人化できる時間は限られていて、解除されてしまえばすぐ横に死が迫る。


 遠距離攻撃が必要だった。それに、離れたドゥゴラさんを癒やす手段も。


「クソったれめ」


 “神聖魔法”を奪いやがって。唯一の魔法を、彼女との繋がりを、チートじみた方法で一方的に!


「……奪い返せば良いんじゃね?」


 そうだ。なんなら、奴の能力ごと強奪しちまえ。異分子? それは奴だ。排除するのは俺だ。


「ドゥゴラさん……ドゥゴラさん!」

「何でぇ⁉︎ 行儀良くお話する余裕はねぇ筈だが⁉︎」

「六十秒、俺を守ってくれ」

「はあ?」


 必要なんだ、集中するための時間が。探り、潜り、奪い取るための環境が。


「……よく分からねぇが」

「ドゥゴラさん!」

「あいや、承知した! おいらにそのお命を預けなせぇ!」

「おう」


 己を見つめる。正確には、奴の炎による継続ダメージを受けている部分を。そこに、奴の存在が残っている。奴に繋がる情報がある。


「データだ、所詮は」


 0と1で創られた世界。それを読み解き、奴を辿れ。


 潜れ、潜れ、潜れ。臨め、臨め、臨め。自分と奴に。この世界を構築するデータとプログラムそのものに。それ等の全てを()()


 コンピュータ言語さ、全ては。奴が残していったこの傷だって。アバターである俺すらも。


「……ああ、そういうことか」


 アイテムボックスからフラッシュメモリを取り出す。それを、ズブリと、左手の甲に防具の上から突き刺す。

 冷えたナニカが流れ込んだ瞬間、引き抜く。これ以上は駄目だと感覚が告げていた。


「充分さ」


 視界が、変わる。継続ダメージを受けている箇所で0と1が蠢いている。


「使うぜ、岩谷さん、魚見さん」


 さあ。逆襲開始だぜ。



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