表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/130

98話 竜人特化の在り方




 暗闇の中で音が鳴っていた。心地よい音だ。硬い何かを擦るような音。


 ――研ぎの?


 かんな砥石(といし)が奏でる音色。かつてはこれを日に何度も聞いた。


 ――良い音だ。


 研ぐ者が達者であると証明している。平面と刃先を意識し、砥石全体を使っている。見ずとも分かるほど、その作業を繰り返して来た。


 この音が好きだった。刃と砥石を削るという消費行動に反して、何かを生み出すための音。


 良い思い出ばかりじゃない。単純に作業として辛いのだ、研ぎは。冬は指が悴み、下手なうちは指先が削れることもある。時間に追われる中で、しかし刃物が万全でなければ家具は仕上がらない。それが拘りだった。


 ――懐かしいな。


 研ぎは続けられ、音は断続的に鳴っている。耳を傾け、意識を預ける。


 ――あれ?


 ふと、耳が何かを拾い上げる。心地よく流れる音の隙間に、不快な何かが差し込まれる。それは異音だった。

 生々しく、嫌悪感が走る音。研ぎとは真逆の、何かを終わらせる悍ましい音色。


 ――これは、刃物で生き物を斬るときの。


 肉を裂き、骨を断ち、生命を刈り取る。それらはまるで、俺に寄り添うような距離で鳴っている。今いる世界が壊れていく。

 俺らしいではないか。破壊に塗れ、殺意に溺れ、己の欲に呑みこまれて。そうやって終わるのだ。

光のないこの世界は、俺そのものだ。


『お前はなにを望む?』


 いつの間に現れたのか、闇の中に瞳が浮かんでいた。瞳孔は縦に割れ、どうしてか光のない此処で異様にギラついている。


『身を委ねてしまえ、衝動に』


 瞳は言った。俺は終わらせる者だと。生み出す者とは対極の存在なのだと。


『見ろ。これが、お前だ』


 見せられたのは、殺戮だった。よく知る人たちを、狂った俺が斬り殺していく。プレイヤーも、NPCも、全てを終わらせていく。


 ラーさん、なんで⁉︎


 最後に残ったルナさんが叫ぶ。蒼色の目からは大粒の涙が溢れていて、周囲には夥しい数の魔法を展開して。


 彼女はそれを、射出させた。


 眩いエフェクトの中を走り、衝撃を潜り抜け、その先にある体を二つに切り分ける。


 おれは、ルナさんを、ころしたのだ。


『それがお前だ』


 瞳は嗤った。さも愉しいと言わんばかりに。


 呑まれるな。これは、夢だ。現実へと戻れ。


『何処であってもお前はお前だよ。いつか必ず、その手で大切な者たちを殺すさ』


 言ってろ、クソ野郎。俺は俺だ。どう在るかは俺が決めるんだ。お前はこの暗闇で、ずっとそうしていやがれ。


『楽しみにしているさ。お前が、()()なるのを。はは、はははっ!』


 笑い声を聞きながら、肉体が少しずつ浮いていくのが分かる。瞳は見えなくなり、現実への帰還を肌が感じ取る。

 さっさと覚めちまえ、こんな夢。痛みに狂ったのかVRシンドロームかは分からないが、我ながら随分と悪趣味な夢だ。


 でも、じゃあ、どうして、こんなに焦っているんだ?


「う、――ぁ?」


 パチパチと何かが弾ける音が聴こえる。それは焚き火であった。目はまだ開けていないが、“空間掌握”を始めとする感知スキルがそうだと告げている。

瞳の存在はどこにもなく、研ぎの音も聴こえない。当然、悍ましい光景も。


 何はともあれ現実に戻って来られたらしい。


 ――現実? それは何処を指すんだっけ?


 ここは……ゲームだ。そうさ。俺はゲームに入っていて、閉じ込められている。俺にとっての現実は、人のしがらみが絡まったあの世界だ。この世界じゃない。


 いや、だとしたら。


 現実(あちら)現実(こちら)の境界線は、誰が決めてくれるんだ?


「お目覚めですかい」


 それは重々しい声だった。俺が知る彼の明るさは少しもなかった。

 確かめるべく目を開ければ、彼は焚き火を見つめていて、その表情はどこか憮然としていた。


「……ドゥゴラさん」

「使徒ヘラ。今日は良い夜ですぜ」


 焚き火を見つめたままで上を指差すドゥゴラさん。周囲の明るさと彼の言葉から察するに、満点の星空なのだろう。確か、新月だったな。

 なんとなく、見てはいけない気がした。今、美しいものを見たら、終わってしまう気がする。


 まず、やるべき事をやる。

 ドゥゴラさんに謝罪を。俺のせいで必要のない戦いに巻き込んでしまった。頭を下げれば、視界に入る岩の地面が寒々しく、けれども何故か安心してしまう。

 彼は怒っているだろう。自ら危険に飛び込む客など、ガイドにしてみれば面倒この上ない。


 だが彼は柔らかい声で、ありゃあ仕方ねぇ、と言った。なのに、表情は硬いままだ。

 おいらが間違えたんでさぁ、と、ため息混じりに続けて。


「あの状況。駆け抜けるには無理がありやした。おいらの判断が間違ってたんだ。使徒ヘラに救われちまった」

「いえ……」


 上手く言葉が出てこない。と言うより、考えがまとまらないでいた。


 ――何故、俺は突っ込んだんだ?


 必要のない事だった。ドゥゴラさんの言うように無理だった可能性は高いが、それにしたってやり方ってものがある。単身ならまだしも、甦りができない彼を危険にさらしてしまった。


 静けさが舞い降りる。ひどくぎこちない沈黙だった。

 地面へと視線を向け、しかし何かを見ることもなく、そうしてただ息苦しさに耐える。

 静かだった。風の音も竜の咆哮もない。それが、異様に辛い。


「使徒ヘラの技は危うい」


 刀技の話です、と。沈黙を破った彼は炎を見つめたままで語る。心がそれに飛び付く。彼の語りに意識を注いで、色々をごまかしてしまおう。


「危うい、ですか」

「活かす技じゃねぇ。殺す技だ」


 敵を殺すために修めてきたのだ。当然だと考えられるけれど。


「なんつぅか、そうだなぁ」


 そう切り出した彼は、縦長の瞳孔をギラリと光らせた。見たわけではないが、何となく感じる。

 その瞳で、彼はこう言った。

 使徒ヘラは背後に仲間がいても敵を殺すことを第一に考える。そんな印象を受けちまうんでぇ。あいや、生意気言ってすいやせん。


 ガツリ、と頭を殴られたような感覚だった。だってドゥゴラさんにこう言われたのだ。俺は、敵を殺すためなら味方を見殺しにする、と。

 あの、夢。殺しに取り憑かれた自分。友人を、大切な人を、嬉々として手にかける俺は、まさに殺すことを最上に考えていた。それさえあれば良いのだと。


 現にノナとの戦闘ではルナさんを見殺しにしている。彼女を癒やすことより敵を殺すことを優先させ、そのためだけに二刀を振るい続けた。


 濁った思考はあてもなく漂い、着地点を見つけられない。俺は、何を求めているんだっけ?


「竜人特化」


 ドゥゴラさんの言葉に、思わず視線が彼へと向く。罪悪感が広がるのは何故なのか。


「使徒ヘラも使えやすね?」

「……はい。その仰りようですと、ドゥゴラさんも使えるのですね」


 あの時、彼のそのスキル名を叫んでいた。遅行した時間に溺れていなかった。巨人を駆逐した時も発動させていたのだろう。


 隠してたわけじゃねえが……。そう、ばつが悪そうに言う彼に、良いのです、何となく気付いていましたからと返す。

 そうして、またもや静けさが訪れる。沈黙を破ったのはドゥゴラさんであった。


「どこで修めたのかは問いやせん。方法も。どうせ碌でもねぇ……あの光景からも大方の予想はつく」


 彼は怒りを滲ませて言った。俺に対するものではない。“竜人特化”そのものか、修得する方法なのか、それは分からないが。

 あの光景とは、おそらく幼竜の心臓を喰らったことを指すのだろう。彼もそうして得たのだろうか。


 ただ、一つ言っておきてぇ。そう前置きして、彼は重い声で続けた。


 使徒ヘラ、そいつぁ、呪いですぜ。


 吐き捨てるように。憎むように。縦長の瞳を光らせて。


 使えば使うほど自分を失っちまう。おいら達の精神力じゃあ、竜の力は扱いきれねぇ。奴等の衝動に呑みこまれちまう。


 そう言った彼は、彼の表情は、余りにも醜悪だった。


「……詳しくお聞かせ願いたいのですが」

「知りてぇ? こんな糞みてぇな力のことを?」


 明確に俺へと敵意をぶつけてくるんだな、今回は。この力の何がそうさせるのか。


「良いですかい、使徒ヘラ」


 彼の語り口は重々しく、憎しみに溢れていた。そうして語られたのは、ある一族に伝わる力の継承の話であった。


 一族の名は“竜狩りバルファムト”。住するのはタララカン。この、竜峰タララカンである。世界にたった二つしか存在しない竜が産まれる場所の、その内の一つ。

 バルファムトは屈強で、血に滾り、勇敢だ。竜を憎み、狩る事を至上とし、同じだけ信奉している。

 そんな一族だから、いつからか恐ろしいものに手を出した。バルファムトの祖先にあたる種族の真似事をして……呪いだとも知らずに。


 それが、竜の心臓を喰らって得る竜人特化というわけだ。


 選ばれた戦士だけが取得を許される。選ばれし者は一族を守るために力を振るう。超常の能力はそれを可能とするのだ。たとえ、たった一人だとしても。

 戦士達は力を得るために殺し合う。生き残った者だけが権利を与えられる。生きた竜の心臓を喰らう権利だ。


「けども、力を得た瞬間に終わってんですよ、人として。使えば使うほど壊れていきやがる。力に酔い、悪夢に追われ、破壊に塗れ、殺しに溺れる。そいつぁ、いつか自分で奪っちまうんだ。大切な存在を」

「やはり、竜人特化の……」

「つーことは使徒ヘラも侵されてんですね? やめときなせぇ。その手で大切なお人を殺めちまう前に」


 あまりにも生々しい語りであった。彼自身の経験によるものだと確信するほどに。大切な人を自らの手で殺してしまえば、それが溺れた力に呑み込まれてとなれば尚さら、平常な精神を保つことは無理だろう。

 俺もそうなるのか。第四のゲージは底をつき、心理状態と経験から得た予測は彼の言葉と合致している。


 いや? とっくに壊れていたのかもな。この世界に降り立った時から。さらに言えば、寝たきりになった瞬間から。


 だが、呑まれるのは本意じゃない。それに、あの洞窟で気付いた心を無駄にしたくない。


「俺が殺意に取り憑かれるのは竜人特化の?」

「それだけじゃねぇ。歴代の使い手にゃ取り憑かれない戦士もいやした。清廉で高潔な奴」


 だがそんな奴は稀だと彼は言う。戦いに身を置く者はどこかしら壊れているのだと。命を奪い、奪われそうになる度に少しずつ壊れていくのだと。

 確かに俺は元から持っていた。己と他人を怨み、全てが終われば良いと考えていた。


 そんな弱さにつけ込まれた。何のことはない。自らが招いた苦しみだ。

 そしてゲージがゼロの状態で使用したが故に、この瞬間にも精神を蝕まれてれいる。


 疑問ばかりがあった。俺は異世界の……このゲームの外側から来た。固有スキルなんて大層なものを身につけ、その内の一つが“竜人特化”だ。竜狩りバルファムトなんて一族の出ではない。

 なのに()()を手にした。そして固有だと記されている。ペンタの能力だと考えていたが、それも間違いなのかもしれない。


「ドゥゴラさんは、竜咆や竜紋も使えるのですか?」

「そいつぁ、それこそ伝承の類だ。御伽噺ってやつですぜ。バルファムトのじゃない。誰もが羨む“夢の力”ってやつでさぁ」


 俺は持っている。確かに身の内に存在している。


 疑問は尽きない。別に今すぐ解く必要はないが、今すぐやるべき事はある。


「方法はありますか?」

「あん?」

「呪いから解き放たれる、または打ち勝つ術は?」

「……ありやす」


 言い切る言葉とは裏腹に、彼の表情はひどく曇っている。まともな方法ではないという事だ。


「二度と使わねぇか、竜を狩り心臓を喰い続けるか」


 やはり吐き捨てるように言う。使わない選択肢はないけれど、その言葉は確かに大きなヒントであった。具体的なことは分からないままだ。しかもあれだけの心臓を喰らったにも関わらず第四のゲージは真っ黒なままで変化は見られない。幼竜と言えども全くの無意味というわけじゃないだろうに。


 とにかく、“竜人特化”に関しては道が決まった。竜を喰らう。なんと単純で気楽なのか。こんな方法で色々が解決するのなら楽で良い。スキルの説明文とも合致している。


「てことで、ドゥゴラさん、竜を狩ります」

「……あんた……分かってんですかい。そいつぁ危険な賭けになる。奴らを甘く見ちゃいけねぇ」

「ええ、もちろん」


 竜を狩るとはつまり、命を賭す必要がある。時には己を蝕む“竜人特化”に頼るシチュエーションもあるだろう。

 だが俺は使徒だ。死に戻りを可能とする超常の存在だ。故に選択肢は一つしかない。


 竜の心臓を喰って、前に進む。力に怯えるのは真っ平ごめんだ。


「……そうやって……あんたみてぇに考えて何人が死んだことか」

「俺は使徒だ。死にませんよ」

「だから最悪なんだ。死なねぇあんたが狂ったら、仲間や大切なお方を殺すことになる。この力を使ったあんたは止めらんねぇ」


 死にませんよ、彼等は。そうドゥゴラさんに宣言する。彼等なら俺くらい簡単に無力化してくれるだろう。

 これまで出会った人達。彼等が力を合わせれば、策も実力もそれに足る。だから俺は自由に生きるさ。


「丸投げですかい? そいつぁ、ちっと無責任すぎやしませんか?」


 そう言われても今のところはゲームだからなぁ。


「こんなものですよ、俺なんて。勝手気ままに生きて来ました。これからも変わらない」

「だとしても痛ぇ思いをするでしょうに」


 痛みくらいなら気にしません。そう再び宣言すれば、ドゥゴラさんは大きなため息をついた。


 どのみち竜峰を進もうというのだ。嫌でも竜と戦うことになる。勝てば心臓を喰らい、負ければ終わるだけ。


「ただ殺すだけじゃねぇ。生きたまま心臓を取り出して喰わなきゃなんねぇ。奴等は死ぬ瞬間まで戦うことをやめやせんぜ」


 簡単じゃない事は理解している。だがやらなければならない。


 とは言え死に戻るわけにもいかないのだけれど。なにせ食料その他はアイテムボックスの中にある。つまりはドゥゴラさんの分も。おまけに彼の予備武具まで。彼をタララカンに置いて行くわけにはいかない。

 ついでに言えば攻略情報も知っておかなければならない。アップデートで飛ばされてしまったら、やはりドゥゴラさんが一人になる。


「だからまぁ、死なないように上手く殺します」

「……相手は竜ですぜ。上手く、なんて無理だと思いやすがね」


 いつしか彼の怒りは消えていた。今じゃ呆れに変わっている。色んな人に呆れられてきたから、その感情を向けられるのにも慣れた頃合いだ。


「では証明しましょう」

「あん?」

「竜が来ます。なかなか強そうだ」


 闇の向こう。大きな影が星明かりを背負って羽ばたいている。俺の視力でやっと見える程度だ。ドゥゴラさんには見える筈もない。



──────


セレスウ・ウロボ/竜Lv.6

竜峰の尖兵/???/???

スキル:???/???/???

独自スキル:???


──────



「門番よりかなり強そうだ」

「……そいつぁ嬉しい情報でござんす」


 ああ、とってもね。


 結局のところやる事は変わらない。喰えるだけ喰らって、“竜峰タララカン”を墜としてやるさ。


 駆け登って、引っ掴んで、手に入れようじゃないか。強さってやつを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ