95話 旅立ち
「記憶は残っていますか? 途切れているとしたら、最後に覚えていることは?」
「朧げにですが……助けて頂き、ありがとうございます」
狂乱化した天使を気絶させ都市へ連れ帰る。ザゲンさんとそんな事をやっている。
あれから半月が経過していた。やるべき事がいくつか。まず最初に謝罪に迫られるのが何とも自分らしい。
二ヶ月以上もこちらの連絡を無視するとか、そちらから連絡がないとか、相棒って言えるのでしょうか?
ルナさんはそれだけ言って通話を切断した。今回ばかりは許して貰えないかもしれない。冷たい声だったし、なぜか敬語だったし。
彼女はどうやらパーティーを組んでいるらしく、メンバーはちーころさんとアンドロ子さんだ。超攻撃的な組み合わせであり、三人ともがトッププレイヤーでもある。当然ながら快進撃を繰り返しており、北はセブンスエリアの攻略が目前なのだとか。
ザゲンさんとの鍛錬中に起こったアップデートは彼女達によるものが殆どで、中にはシークレットエリアも含まれている。とんでもない女性達だ。
ルナさんの現状を教えてくれたのはちーころさんだった。ヘラっちさー、もう少し周りの気持ちを考えるとかしないわけ? という小言のオマケ付きだったが。
あんた無神経すぎるじゃん、とはアンドロ子さんの言葉である。きみもね、とは思うが、彼女の意見は何も間違っていないので沈黙せざるを得ない。
二ヶ月以上もの期間があれば、プレイヤーの状況は一変して当然だ。彼女達三人のパーティー結成はそれなりに大きな騒ぎになったようだが、他にも色々とニュースはあるわけで。
その一つは『神討ち隊』だ。彼等彼女等もまた快進撃を始めている。東を進んでおり、おそらくは俺を追っかけているのだろうと辰辰さんは言っていた。元より高かった個々の能力に加えてクリッツさんの指揮による強固な統率力が進撃速度を加速させている。今では攻略最先鋭のギルドなのだとか。
相変わらず快活に攻略を進めているのだろう。ケンカすら楽しみ、笑いながら強敵へと挑みかかっているのだろう。少しの疑いもなくそう確信できる。
ちなみに僕も東に進んでる。辰辰さんはそう言い、さらにこう付け加えた。
ヘラさんを一人にしたくないんだよ、皆んなね。
俺なんかにはもったいないほど良い仲間を持ったな。そんな感想だった。
個人的に一番のビッグニュースは、オチョキンさんが『ヘーエルピス』を脱退したことだ。これには驚きもしたし心配もした。通話した彼女の言葉がそれを加速させた。
私の目的は、全プレイヤーを無事に帰還させることよ。今回は目指すべきものに彼等と隔たりがありすぎるわ。
彼女はその言葉にどんな意思を込めたのだろう。また、『彼等』とはギルド『へーエルピス』を指すのか、それとも近藤正国を指すのか。それによってタチミツさんとの付き合い方が変わってくる。
ヘーエルピスを脱退した彼女は新たなギルドを発足した。『Smith』と言う名前から連想する通り、生産職による連合だ。俺の装備はここに依頼することになる。
さっそく新たな二刀の製作に取り掛かってくれており、今回のそれは超大作になるらしい。
そう言うわけで、ヘラさん、パトロンになって。
彼女はそんな事をあっさりと言ってのけ、とんでもない金額を要求して来た。それも小さな国の年度予算に匹敵するほどの額をだ。
新しい刀が要らないわけ? 残念ね、スゴい作品になりそうなのにと言って通話を切断するあたり、彼女は相変わらず強引な駆け引きを仕掛けてくる。これではパトロンではなくカモである。まあ、援助するのだが。まさか自分が兆などという単位の金額を扱うとは考えたこともなかった。
他にも小規模イベントだったりプレイヤーによるお祭りだったり、彼等なりに楽しんでいるらしかった。
ゴッドブレス復興支援の一環として使徒による闘技大会も開かれたようで、決勝戦はティータンさんとルナさんが素晴らしい戦いを演じたのだとか。
戦いと言うかぁ、アレは虐待って言ったほうが適切でしょーよぉ、とティータンさんは言っていたが、彼もさぞかし高く積んでいる事だろう。再会が楽しみである。
とまぁ色々な情報を一気に仕入れた結果、ややパンク状態になってしまった。少しばかり発散する必要がある。つまり、戦闘能力の錬磨である。
「んで、こうやって天使族を虐めて楽しんでんのか」
ザゲンさんは楽しげにカラカラと笑い、目の前で狂ったように暴れる天使に拳を打ち込んだ。
「人聞きの悪い言い方はやめてください」
俺はため息を吐きつつ、迫り来る光線を躱し、元凶である狂乱化した天使の背後にまわり、首を締め上げた。
おまえ、めちゃくちゃ強ぇじゃねーか! スキルと称号の力を解放した俺を見て、ザゲンさんはひどく喜びながらそう言った。
それ以来、何かと行動を共にすることが多い。鍛錬はもちろんのこと、狂乱化した天使を連れ戻す時も一緒に動く。
めちゃくちゃ強いじゃんと言いたいのはこちらであった。刀技だけじゃないのだ、ザゲンさんは。種族魔法の威力は高く、種類も他の天使より多い。絵に描いたようなパーフェクトオールランダーである。
「つってもな、力を向けるのが同族だと虚しいばかりだ」
神隠し。ナギさんがそう呼ぶ不可思議な現象は、解決するどころか悪化する一方だ。突然に消える天使は増加の一途をたどり、その全員が例外なく狂乱化する。
早い段階で発見し気絶させれば元に戻るが、発見に時間が掛かると狂乱化が進行し手遅れになる。長はこれを“堕天使化”と名付けた。堕天使となれば戻す方法はない。これもまた長により伝えられている。
都市には冷静な前向きさがある。漠然とした不安や悲しみに襲われてもおかしくはないのだが、そもそも彼等は己の命よりも使命を優先させる。つまるところ、この世界の管理である。
管理とは言っても我々が強引に捻じ曲げるわけではありません。導くだけなのです。そう言った長は誇らしげに微笑んでいた。
尊敬に値する種族だ。俺には想像もつかないほどの長い時をそうして来たのだ。たとえ滅びることになろうとも、最後の一人になろうとも、使命のために戦う彼等が眩しく感じるのだ。
一助になれるのであれば力を貸したいと思う。結局は強さが必要って話なのだ。それに、天使族にとってはマク・ンバルが。
だが彼女の解放には至っていない。ザゲンさんから太鼓判を押された刀技だが、かの結晶の前では無力であった。理由は幾つかある、と言うか、ザゲンさんが教えてくれた。
俺が教えたのは刀技だ。破壊じゃねぇ。
言われてみればもっともだ。俺が至ったのは確かに一つの境地であるが、それは対人戦におけるものである。結晶を斬るとなれば、なるほど、破壊という言葉がしっくりくる。
そもそも、マク・ンバルを解放して良いのかも分からない。彼女を解放すれば不可視の壁も消失する可能性が高いからだ。そうなれば閉じ込められた化け物が這い出て来ることになる。
天使族全体の底上げが必要です。これはナギさんの提案であり、彼女は真っ直ぐに実行している。天使達をまとめ上げ、来たる戦いに向けて準備を重ねているのだ。
だから、俺は俺のやるべきことを。結晶を斬り、マク・ンバルを解放する。
もはや当初の目的とは大きく逸れているが、今は彼等を優先したい。その生き様と在り方が好きなのだ。俺にはできない生き方をどうしようもなく尊敬してしまうのだ。
早急に破壊力を増す必要がある。当然ながらスキルや称号の力に頼らず、だ。
やれる事は多くない。裏を返せば単純で、肉体を強くする、若しくは武器を更新するという二点に絞られる。武器はオチョキンさんに任せるしかなく、つまり俺がやるべきは一つになる。
選択肢は幾つかある。種族を覚醒させるとか転生するとか、進化させてみるとか。レベルを上げるって方法も良い。
「というわけで、しばらく都市を離れようかなと」
天使達との鍛錬中にそう告げれば、誰もが一様に表情を曇らせる。
「そうですか……寂しくなります」
そんな事を言うナギさんを筆頭に、多くの天使達が自らを鍛え抜いている。苛烈にだ。生傷は耐えず、一歩間違えば取り返しのつかない怪我を負う者もいる。
ダシュアン・ドワーフですら日常鍛錬ではこうまで追い込まない。まあ、天使族の先生が無茶苦茶な人だから。
「ザゲンさん、留守の間よろしくお願いします」
そう言ってみれば、彼は鼻を鳴らして肩をすくめて見せた。
孤独を好む我が師は、天使族のなかでも恐れられており、畏怖の感情でもって見られている。“筆頭”、と呼ばれているので悪いことではないのだが。
筆頭か。確かにザゲンさんの強さはそう呼ばれるに相応しい。彼がいれば多くの竜が攻めて来ても負けはしないだろう。
それに実のところ他人を想う優しさがある。
「ヘラが居ねーんじゃ無茶な鍛錬はできねぇな。今日から一人ずつ斬り飛ばしてやろーと考えていたんだが」
周囲の天使達は顔を青くしているけれど、ほらな、優しいだろ。回復役のあるなしで鍛錬法を変えてくれるのだから。
彼のおかげで大きく底上げがなされているのは確かだ。説明は上手いし個々の見極めも優れている。誰に何が必要かを把握し、大人数の情報を管理できる賢さもある。それ等に加えて彼自身が最も強いのだから、指導者として優秀すぎるのだ。
都市から離れる時には多くの天使達が見送りに来てくれた。別れを惜しみ、帰りを待っているとまで言ってくれる。
懸命に鍛錬し、食事をし、語り合う。そんな濃密かつ危険な日々を過ごしていれば通じ合えるものだ。短い時間であったが、仲間、と呼べるのではなかろうか。恥ずかしいから口にはしないけれど。
天使は嘘をつけない。そういう生き物として定められているからだ。そんな皆んなの寂しさを感じることができてとても嬉しかった。
一人一人の名前は覚えていない。と言うか知らない。天使達は互いに役職名や肩書きで呼び合うからだ。長はそのまま、ザゲンさんは筆頭、ナギさんは守護隊長と呼ばれている。
「じゃあ、行って来るよ」
言葉を向けたのは戯れてくる精霊たち。相変わらず不確かな存在感で、しかし日に日に明確に感じ取れるようになって来た。
彼等はなぜか俺に懐いているらしく、最近では声のようなものが聴こえてくる。こうして別れの挨拶をすれば悲しんでもくれる。
で、面倒なことがある。天使の郷には転移ポータルが無いのだ。あの階段を降りていくのは、正直なところだるい。
もっとこう、簡単な移動手段はないだろうか。せめて下まででも良いから。
などと考えていたところ、運搬を申し出てくれた天使がいる。
「すみませんね、運んでもらって」
上から聞こえる羽ばたきの音に負けないよう、声に力を込めて言ってみる。
「どうかお気になさらずに、勇者様」
「ナギさん、その勇者様って呼ぶのやめて貰えません?」
彼女に抱きかかえられて飛ぶのは二度目の経験だが、あまり気持ちの良いものではない。今では彼女を信頼しているから多少はマシだけれど。
「勇者様は勇者様です」
だったら要望を聞き入れてくれよと思うのだが。
頑固なのではなく無垢。それがナギさんである。子供のように純粋で、精神には一点の曇りもない。マク・ンバルの預言を無邪気に信じており、それは長やザゲンさんに対しても同じである。
そんな彼女は突然、ありがとうございます、と言った。何に対して、だろう?
「ザゲン様のことです。勇者様があのお方と皆んなを繋げてくださいました」
この目で見ているから分かってはいたが、ザゲンさんは天使族の中で孤立していたらしい。とっつき難い雰囲気だし、常に鍛錬している。口調も荒い。だが戦いになると先頭に立って単身で斬り込んで行く。
そんな男だから、まあ、仕方ないと思う。彼自身も周囲と距離を置いているし。
「ガ・セラリィと長、それにザゲン様は原初の一翼ですから」
彼の気質に加えてその事実により、周囲は畏敬の念を向ける。なるほど。孤立するわけだ。
「ザゲン様はずっと待ち望んでいたのです。あのお方と並んで戦える戦士を。背中を預け合える者を」
勇者様がその望みを叶えてくださったのです。そう言ったナギさんからは悲しみを感じた。自分がそう在れないことに忸怩たる想いがあるのだろう。
確かにザゲンさんとなら託し合える。互いに嫌と言うほど切り結んだから癖も性質も間合いも呼吸も把握している。何よりも不思議と連携が図りやすい。こんなのはルナさん以外では初めての感覚だ。
ともかく、彼は必要以上に敬われ畏れられているのだろう。
だがナギさんだけは彼との距離感が近いように感じる。“筆頭”ではなく名前で呼んでいるし。
「彼は育ての親の一翼と言うか、かつては共に暮らしていましたから」
ナギさんは天使の中でも強く、信頼されている。ザゲンさんとマク・ンバルに育てられた事も理由の一つだが、彼女は未来の長候補なのだとか。
育ての親とは言うが、天使は生まれた時から完成されている。子供の天使はいない。妊娠という種族としてのシステムがないからだ。さらに言えば性行為もしない。彼等彼女等の愛は平等に世界中へと向けられ、故に新たな天使は世界が産み落とすのだ。マク・ンバルだけに固執するザゲンさんが特殊なのだろう。
完成した状態で産まれると言え、世界や使命について教える必要があり、ナギさんにとってはザゲンさんとマク・ンバルがそれにあたる。だから、想いが強いのは当然のことなのだとか。
愛情の線引きが曖昧だ。世界中を平等に愛すると言いながらも、ナギさんはザゲンさんやマク・ンバルに強い愛を抱いている。
堕天使化と言い、使命を優先させる精神性と言い、興味が尽きない種族である。
そんなことを考えているうちに地上に到着していた。
正面に立ったナギさんは思い悩むような表情を浮かべ、決意の表情に変え、恐る恐るといったふうに抱擁をしてきた。予想外の行動に、こちらとしても困惑するばかりだ。
相変わらず表情の変化は小さいものの、この世の美を集結させたような彼女が恥じらって見せるのだから、異性のみならず同性にとっても破壊力抜群だろう。
「申し訳ありません勇者様……困らせてしまいましたか?」
しかもうつむき加減の上目遣いと来れば、その筋の人間ならば悶死ものだ。
「はい、困りました」
まあ俺はその筋でもなければ彼女に異性的な魅力も感じないのだけれど。
何故こんなことを? そう尋ねれば、人族の習慣に倣いました、と返される。
「別れを惜しみ、再会を願う時、このようにすると……」
「ああ、それで。しかしこの行為には親愛を示したり、異性としての情愛を込めたりもします」
あまり軽々しく行うものではありませんよ、と忠告する。天使ってやつは自分の魅力に気付いていないから、相手を間違えると大変なことになる。
ナギさんほどの美貌だと、良からぬ方法で我が物にしたがるクソったれがどれだけいる事か。そうした自覚と相手を選ぶ節度くらいは身につけた方が良い。
「では問題ありません」
「……いや、話、聞いてました?」
ええ、と言いつつ薄く微笑んで、ナギさんは表情と雰囲気をがらりと変えた。あまりにも美しく艶やかな笑顔だった。
「なにも問題ありません。私は勇者様をお慕い申し上げまておりますから」
その笑顔に思わず見惚れてしまった。
天使族は嘘をつけない、か。まいったな。けど彼女が俺に向ける感情は異性に対するものではない。とても残念だ。
お帰りをお待ちしております。その折にもまたこうさせてください。彼女はそう言って、再びの抱擁をした。




