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9話 領域システムキー

 



 草原とは雰囲気がまるで違う。それが“常闇の森”に対する第一印象だった。

 殺伐としていて、おどろおどろしい。何かを間違えれば、何かを見逃せば、恐ろしいほど呆気なく死ぬ。ここにはそう思わせるだけの空気感と敵が存在している。



──────


モンスターウルフ:魔物Lv.3

???/???/???/???

スキル:???/???


──────



 草原から続けての狼だ。しかし魔物だ。さらには奇襲を仕掛けてくる。レベルは低いが、生物としての根本が違う。身体もキラーファングより二回りほど大きい。

 それぞれの脚には一本だけ長い爪がある。妖しくも不気味な形状。よく切れそうだ。


「ガァ!」

「んっ」


 襲い来る牙を瀬戸際で躱す。危ないったらありゃしない。

 速度、膂力、強度、全てが草原の狼よりも上。“空間認識”が無ければ容易く詰んでいただろう。

 なんせフィールド条件が最悪だ。夜の森は本当に真っ暗で、“暗視”をもってしても視界の確保はほぼ不可能。だから簡単に奇襲される。しかも足元は起伏があり、おまけに木の根が浮き出ている。


 これは難しい。そして素晴らしい。単純に、鍛える場所として最高だ。


 これまで五体の魔狼と戦った。彼らのレベルはどれも1。動きの基本は草原の狼と同じで、単純に速く強くなっただけ。なら勝てるさ、単体であれば。

 ただし、今相対してるコイツは少し違う。レベルが3であり、ステータス欄の表示に加えて所持スキルも多い。動きの質だって洗練されている。


 そして、嫌な予感がする。ワーウルフを思い起こさせるような、そんな圧迫感。もしや強敵か?


 ま、どうせ会敵するのは格上ばかりだ。やるべき事は変わらない。


「魔狼くん、行くぜ?」


 前へ。真正面から迫る。


 左を薙ぐ。そこからさらに踏み込んで右の突き。


「ギャン⁉︎」


 左目を抉る。さすがに一撃で殺すのは難しい。でも、中る。杞憂だったかな?


 盲した側へと前進。左を掬い上げる。

 腹から色々飛び出す。見えないから分からないが、失って良いモノではないだろう。良いね、新しい刀。

 それらをグチャリと踏み潰し、魔狼くんにとどめを刺すべく右を振るう。


 待っていたかのようなタイミングで迫る前脚。意識の隙間を縫うような美しい攻撃。惚れ惚れとしちゃうね。


「ガァアアッ!」

「――いっ、てえ!」


 頬に長い爪が食い込む。さらに引き摺り倒される。視界が明滅し、呼吸が止まる。痛みに対する防衛反射だ。


「ぐむぅ!」


 口内に侵入してくる爪を強く噛む。引き裂かれちゃ堪らない。


「うゔゔぅ!」


 ドシリ、と腹に感じる重量。乗られた。ついでに長い爪が食い込んで来る。中身を掻き混ぜるようにして乱される。

 HPゲージが見る見る減っていく。こりゃまずい。


 くそっ、野郎。


 前脚に向かってガムシャラに刀を振るう。骨に弾かれる。振り方が不様に過ぎる。

 焦るな。慌てるな。まだ死んだわけじゃない。


 今を受け容れろ。そうすればほら、活路が見えてくる。


 ――良い位置にあるじゃねえか!


 眼前にさらけ出された魔狼の首。そこに二刀を交差させて添える。

 集中。一旦、痛みを意識の外に追いやれ。そうしたら、あとは丁寧に。


「――ぅぐ!」


 反対側へと吊り出した両腕を鋭く、しなやかに、迅速に引き戻す。筋肉の粘りをイメージし、弓を模す。


「――カッ――」


 ゴロリ、と。魔狼の顔が落ちてくる。

 開かれたままの目。赤い瞳。血が滴る牙。垂れ下がった舌。


 その奥にチロチロと照る赤い炎――攻撃だ!


「くっ、そ!」


 魔狼の胴体が邪魔をして動けない。いや、血を失い過ぎたのか。

 退けないなら進めば良い。窮地にこそ前進だ。


「おおっ!」


 今にも炎を吐き出さんとする口内へ二刀を突き込む。あとは運任せ。


 ボボン、と爆炎が上がる。顔の皮膚が焼けていく感覚。おまけに眼球も。


「――ッ、――ッ!」


 さすがに、痛い。とても、痛い。


 よし、落ち着こう。やるべき事をやれ。死ぬのはそれからだ。

 アイテムボックスから回復薬を選択。手当たり次第に使用していく。残数を確認する余裕なんて少しもない。


 焼けながら、癒えていく。溶けながら、治っていく。

 傷を負った皮膚がめりめりと剥がされる。その下から新たな皮膚が盛り上がってくる。これが、痛い。本当に、痛い。いっそのこと殺して欲しいくらいに。


 皮膚でこれだ。眼球はどうなる?


 そう考えていれば。


「――う、ぁ?」


 眼球の奥。何かが生まれ、作られ、前へ前へとせり出てくる。


「う、ぅぅ、ゔあぁああああ!」


 叫んだのは意図的な選択だった。じゃなきゃ狂ってしまうと直感した。戻れなくなるという予感があった。

 全てがどうでも良くなるほど、ただただ痛かった。


 なるほど。これを知っている。絶望ってやつだ。


 でも、この絶望は終わるんだろ? 僅かな間だけの感覚だろ?

 じゃあ耐えられる。永遠に続く麻痺と比べれば、終わりの見えない無力感と比較すれば、ひどく生温く思える。


「があっ、あああっ、ぐううう」


 ほら、もう終わりが見えて来た。希望を感じるってのは素晴らしい。


「ふっ、ゔふッ、ぐ、く……くふふ」


 涎と、胃液と、血。混ざり合ったそれ等にまみれた顔面を撫でる。吊り上がった口角に指を這わせ、迫り上がる感情を押さえ込む。


「くくっ、くくく、あははははッ!」


 無理でした。だってそうだろ? 無理に決まってるさ、この先を想像すれば絶対に。


「早くっ、行かねぇと!」


 もっともっと、さらに味わいに。生きた実感を。生きている歓びを。


「フラッシュ、使うべきだったかな?」


 やっぱり俺は馬鹿だな、と。“常闇の森”に入ってからフラッシュを使っていない。

 深淵とも言えるこの森での使用を躊躇ったのは事実である。光に向かって狼が群がる様がありありと想像できたからだ。

 しかしそれは決めつけであり、さらに言うなら危機的状況下では柔軟に対応すべきだ。もう少し楽に勝てたよなぁ、と。


 最もひどい決めつけはこの世界に対する“死”への概念であり、魔狼という種に対す侮りである。首を刎ねれば死ぬという考えが甘いのだ。同じ種だからと言って全てが同じだなんて考えるのはひどく浅はかだ。

 強い疑念を抱くべきだった。特殊な能力やスキルといった未知の力を所持していると。なんせステータスの表示欄が多かったのだから。


 防具が無ければ死んでだ。オチョキンさんに感謝である。このままじゃ、いけないなぁ。

 高価な回復薬も湯水のように使ってしまった。念のために残りを確認しておこうか。上手いプレイヤー達はそういった管理に手を抜かない筈だ。


「ん、なんだこれ?」


 アイテムボックスに知らない名前を発見。



──────


領域システムキー 1/7


──────



 突然、ストレートにゲーム風な単語の選択である。いつの間に入手したのかと言えば、分からない。分からないが、思い当たる出来事はあるわけで。


「たった今、手に入れたんじゃね?」


 あのモンスターウルフのドロップ品。そうである可能性が高い。不思議なアイテムを落とすだけの強さと、謎の表記があった。

 並び順もそうなっている。オチョキンさんから買ったアイテムに紛れていた可能性もあるにはあるが。


『領域システムキー? なんでしょう、それ』


 メールに表示された一文を見て、どうしてか興奮した。

 今、何か、ひどく大切なことに触れている気がする。


「一つ目、か」


 分数表記ではあるが、単純に7個中の1個を所持していると読み解けば良いのだろう。つまりあと6個で揃うわけだ。

 何が起きる、または入手できるのかは分からないが。


「にしても、気付くのが遅くないですかね?」


 俺って奴はすぐに調子に乗って失敗する。情報の大切さを実感しているくせに調べもせず、入手アイテムにすら無頓着である。

 さっきの戦闘にも同じことが言える。変異種だとすぐに気付くべきだった。


「後悔はなし。反省をするだけして、進むぞ」


 もっと慎重になれ。自惚れは捨てろ。じゃなきゃ何も得られず容易く死ぬ。

 それを強く意識して、さあ、奥へ進もうか。


 とは言っても、性格を基盤とする行動原理はなかなか変えられないもので。



──────


モンスターウルフ:魔物Lv.2

???/???/???

スキル:???


──────


モンスターウルフ:魔物Lv.2

???/???/???

スキル:???


──────


モンスターウルフ:魔物Lv.2

???/???/???

スキル:???


──────



「囲まれたなぁ」


 通常種で、スキルも一つしかない。しかし初の他多数戦。それも三体だ。

 キラーファングとも経験したけれど、あれは奇襲であり騙し討ちだった。敵に有利な状況、もしくは真っ正面からとなれば初めての経験となる。


「突然すぎるだろぉ」


 単純に、奥へと踏み込み過ぎたのだろう。ゲームとは言え大自然そのものだ。境界線なんてものはなく、親切なナビゲーションシステムがあるわけでもない。

 あるのは現実めいた事象と、残酷なまでの事実である。


 もうすぐ夜明けだ。そうなればペースアップできるだろう。忘れかけるが、俺の目的は“飢餓の渇望”を使用するにふさわしい敵との戦闘である。

 明るいうちになるだけ奥へ進みたい。この鬱蒼とした森でどこまで可能かは分からないけれど。


「グルルゥ」

「ガァアア!」

「ヴァウッ!」


 まずは生き残らなければ。


「フラッシュ!」

「ギャン⁉︎」


 さあ、戦闘を始めよう。一体ずつか、それとも平均的に削っていくか。

 木々を利用しながら単体と相対するよう誘導して。持ってて良かったなぁ、“空間認識”。


「グルルル」

「ガルァアアアッ!」

「――はぁ?」


 その“空間認識”が新手を捉える。背後を振り向いて、思わず笑ってしまった。



──────


モンスターウルフ:魔物Lv.3

???/???/???/???

スキル:???/???


──────


モンスターウルフ:魔物Lv.3

???/???/???/???

スキル:???/???


──────



「おいおい……」


 鍵持ち、このタイミングで来るかねぇ? おまけに二体だぞ?

 まあ、文句を言っても始まりやしない。これくらいを踏み越える力がなきゃ、この森の奥へなんか進めねぇんだ。


 だったら、やってやるさ。



──────


────


──



「無理じゃね?」


 魔狼の群れを何とか殺し尽くし、大木に背を預けて座り込む。全身が血塗れで、HPは二割をきっている。

 回復薬がなきゃ死んでいた。三時間に及ぶ戦闘だ。生き残ったのは奇跡と言える。


 数というのは厄介だ。純粋な暴力でもある。一体に手間取れば二体目が。離脱に失敗すると三体目もやってきて包囲が完成する。さらに二体の鍵持ちが突っ込んで来ると、もはや戦闘という形を維持するだけで精一杯だ。

 そうならないように立ち回ることが肝要であり、今回はそれとの戦いでもあった。


 全体を俯瞰する力。これは経験でしか学べない。スキルであっさりと解決するかもしれないが。


「ほんと、しんどいなぁ」


 一つでも手順を間違えれば簡単に殺されてしまう。一歩でも踏み間違えればすぐに死んでしまう。

 戦いというものに慣れなければ。まだまだ初心者ってことだ。


 難しいゲームだよな。文句はない。最高だ。


 で、収穫もあったわけで。



──────


領域システムキー 3/7


──────



 これで実証されたね。謎の鍵はあの魔狼から得られるのだと。

 揃えた時に何が起こるのか楽しみで仕方ない。


「明るいなぁ」


 やがて朝だ。回復薬を摂取。口を通して飲み込めるというのは素敵だ。


「ん。これは?」


 視界に違和感あり。HPとMPに並び、もう一つゲージがある。空っぽを示すように真っ黒で、ゲーム的な思考をすれば何かが失われているのだろう。


「チュートリアル、流したからなぁ」


 仕方なく読み返し、愕然とする。ああ、俺は本当に本当に馬鹿だ。


「スタミナ、あったのか」


 俺はわるくない。だってこれ、夜だと見えないぞ? もう少し照度を上げて欲しいものだ。


 さて。説明文によれば、スタミナとは疲労や空腹を示すものらしい。休息や飲食にて回復し、ゼロになると頭痛や倦怠感が発生し、最悪は動けなくなるとのこと。


「空腹? 俺が?」


 いや、当然なんだけれど。発動型スキルと言い、スタミナと言い、俺はどうやらバッドステータスに蝕まれているようだ。

 デバフだと考えれば、まあ、“そんなものか”という感想になる。


「何か食べないと」


 根拠のない予想だが、今すぐに倒れそうという感じはしない。


「やっぱりゲームなんだなぁ」


 現実ならとっくに倒れてる。命の危機に瀕しているかもしれない。


「やっぱり、ゲームなんだよなぁ」


 あまり理解したくない事実だった。まぁ、当たり前の事ではあるのだが。


「走ろう」


 落ち込んだ時は運動にかぎる。何か忘れている気がするけれど、それはいつもの事だ。




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