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7.



 爽やかな香りを放つ植物に、ゴキブリは寄り付かない。

 葉を潰せば臭いは強まり、小石に塗って放置すると、付近を動き回っていた姿も次第に遠ざかっていく。


 集落との往復時に点々と自然が残された原因は、虫除け効果のある草にあったらしい。


 餌になったのは小さな草や落ち葉であり、樹木や硬い実は無傷のままである。

 ゴキブリを解き放って間もない現状、森の食料は余りある。移動した範囲も森の全域に遠くおよばず、単なる味の選り好みかもしれない。


 とはいえ、その植物が群生する部分では特に自然が残っていた。食い尽くされない程度には、ゴキブリが嫌う何らかの性質があるだろう。


「……というわけだ。引っ越しするぞ!」

「へ?」

「言っていなかったか……」


 バグロリはホウキを動かす手を止めた。

 横穴の入口に草の汁を塗ってあり、今日はゴキブリの侵入もない。追い払う作業が不要となれば掃除も楽だろう。


「でも、どうして引っ越しするの?」

「せっかく、DPが溜まったんだ。この機会に生活環境を新調したい。床を地面から離すだけでも虫の侵入は減らせるだろ?」

「そっか、たしかに掃除も面倒よね」


 毎日掃除しても、翌朝には空間の隅にゴキブリの糞が落ちているのだ。

 ベッドもない低い目線は、地面の付着物に気付いてしまう。


「小部屋を作るぐらいはあるんだよな?」

「大丈夫、今の横穴を倍に広げるくらいは余裕よ」


 ゴキブリは既に強化限界にあり、数が増やすには食料だけ与えればいい。


 貯めたDPは全て生活設備に投資できる。

 食事好きのバグロリが前から欲しがっていた畑を作るのも悪くない。どうせ時間が余るなら、趣味も用意しておくべきだろう。


「……畑を作るにも囲いは必要になるからな」

「覚えてくれていたんだ!」

「集落の畑が全滅だったからな」


 本当なら集落の畑からもらう予定であったが、住民の排除を優先して、畑や倉庫の確認は忘れてしまった。

 結果として、朝にG・コマンダーを向かわせてみると、畑の作物は荒らされた後で、ゴキブリに埋め尽くされた地面が広がっていた。


 食料は生存に必要なものだ。

 日頃から森の生物に奪われないよう、倉庫の方は厳重に作られているはず。

 住民の家にしても壺なんかで保管されていれば虫の侵入も少ない。探せば食料や種子も見つかるだろう。


 実際に集落を訪れたいところだが、まだ、森の安全は確保できていない。

 ダンジョンを無人にするのもバグロリは嫌うようなので、難しい問題だ。


 とにかく、横穴で育つ食材も少ないだろう。

 陽を浴びて、雨を含んだ土が欲しいとなると屋外の畑は必須だろう。


「よし、そうと決まれば、さっそく動くぞ!」

「おー」


 立ち上がり、床に設置されている発光する箱を蹴る。


 ダンジョンとやらの本体は小さく、持ち運べる程度の立方体なのだ。

 緊急時に持ち出せるよう設計されているのだろう。


 頑丈に接着されていたようが、何度か蹴ると床から外れた。


「ぎゃあああ、あたしの本体ぃ!!!」

「……はぁ」


 転がった立方体にバグロリが飛びつく。震える両腕でダンジョン本体を掴むと、こちらから遠ざける形で隠した。


「何すんのよ!」

「……いや、持ち運ぶために、床から外しただけだぞ」

「何も力づくでなくてもいいじゃない。壊れたらどうするの!」

「それは、悪かった」


 怒りを示すようにバグロリは顔を背ける。


「これは私が持つ」

「……わかった。そうしてくれ」


 要求に頷く。

 バグロリは立ち上がる前に、立方体と床を繋ぐ紐を生み出した。


「紐なんか繋げて、どうするんだ?」

「せっかく作った部屋なのに、捨てたらもったいないでしょ」


 紐で繋げておけばダンジョンの機能が残るようで、今の部屋はゴキブリ専用の空間にできるらしい。


 今後の不安要素が一つ減る。

 正直、ゴキブリを生活範囲から遠ざけられるなら何でもいい。


 気楽になったこちらと違い、バグロリの警戒は薄めてくれない。立地選びが終わるまで、ダンジョン本体はバグロリに抱えられたままだった。


 横穴を出たところで、森の地面を走り回るゴキブリを見てしまう。


 G・コマンダーが誘導すれば一斉に集まってくるのだ。液体のように地面に広がる光景を思うと、少なくとも地面より高い位置で暮らしたい。

 結局、新しい拠点は、横穴のあった高台から大きく離れなかった。


 畑を作れるように、それなりの広さがある平地を選んだ。


 言い訳だが、建築家ではない。

 まともな建物が作れるはずもなく、バグロリが主導で作り上げたのは、豆腐とも呼ぶべき四角い建物だった。


 緑や土色の多い中、ポツンと白い箱がある。

 地面から離れるよう、足柱で浮かせたのがさらに異物感を強めた。


 仕方がない。

 次があれば改善すればいいのだ。


 今は木々に占有されている周囲の土地も、いずれ伐採する。低い木なら見下せる高さがあるため、見晴らしは良くなるだろう。

 横穴と違って風通しも良い。


 豆腐ハウスの扉を開けると、数々の家具が目に入る。

 小棚と寝台があり、居間の中央にはダンジョン本体を取り付けてある。


 水の設備は室内の流し台に加えて、外の手洗い場も用意した。

 ダンジョンの力は有限なので、資源の消費は最低限に抑えたい。畑作業の後に手を洗うことを想定して、外の手洗い場に関しては雨水の回収も考えている。


 虫除け草を家の周囲に植えたバグロリも、すでに居間で寝転んでいる。どこからで拾ってきた木の実を頭上に持ち上げ、ニンマリ笑う。

 今後の生活に期待しているらしい。


「畑も考えないとな」

「でも、育てるような食べ物が見つかるかな?」

「森のものは早いうちに確保しないとな」


 ゴキブリを森に解き放ってしまったため、時間が経つほど食料の入手も難しくなる。気軽に育てられるような植物は、早いうちに食い尽くされてしまうだろう。


 とはいえ、森歩きは危険なはず。

 野生生物に襲われると大変だ。飲食不必要でゴキブリを誘導できるとしても、筋力は人間並みである。


 畑の準備は早い方がいい。

 近辺を歩き回るだけでも成果は多い。ゴキブリが食い尽くした後には他の生物も寄り付かなくなるなんて、本末転倒な結果になりかねないのだ。


「大丈夫だ。……きっと、大きな集落がある」


 集落には鉄の道具もあった。


 金属を扱うには調理用の火では足りない。専用の炉が集落に存在しないというなら、少なくとも別の場所にあるはずなのだ。


 集落に待機させたG・コマンダーからは住民の帰還を確認できていない。


 おそらく住民たちは、集落より発展した場所に逃げた可能性がある。虫の大量発生という異常事態の対処に、助力を求めたのかもしれない。


「多くの集落と交流があるなら、色々な物資も出回っているはずだ。農家が売るような作物もあるさ」

「そっか! 美味しい食べ物がいいな~」


 バグロリは想像が甘い。


 美味しい食べ物が売られていても買う手段がない。

 物々交換なら襲った集落から物を回収してくればいいが、ゴキブリ任せの現状では、たどり着く頃に無人の場所になる。


 そもそも言葉も通じないような気がする。

 こちらも野盗じみた略奪しかしていない。


 近くの集落をゴキブリの餌にしてしまっている。


「まあ、まだ先の話だ。今は森を探しにいこう」

「高いところにある木の実は取れなかったし、次は長棒を持って行かないとね」


 そういえば、

 ……最近、野鳥の鳴き声が遠ざかった気がする。


 鳥はゴキブリを食べてくれるはずなのに、おかしいな。

 エビのような味がするという話が本当なら、食べられないこともないだろう。ここらの野鳥は海産物の味に慣れていないのだろうか。




~~~




「焼いて食べたのは初めてかも」

「生ばかりで忘れていたな」

「木の実もいいけど、肉や芋もいいよね」

「ああ。……そういえば、虫も食べれるんだったな」

「採ってきた方がいい?」

「いや、遠慮する」



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