6.
襲撃後の朝になると、前日からの疲労で体も重たく感じる。
G・コマンダーも自律帰宅モードに切り替えており、自分は寝転んだ状態でダンジョンの画面表示をながめる。
G・コマンダーの視界は地面に近い分、頻繁に変化する。
ゴキブリの大きさからしてみれば、そこらの小石も巨大で、小物の隣を通り過ぎるだけでも冒険している気分になる。
とはいえ、地面の小さな凹凸で体は傾く。枯れ葉一枚を乗り越える動作でも、遠目でなければ画面酔いしかねない。
G・コマンダーの広い視角なら、空の方向を表示させるだけに留めるべきだろう。
昨夜の襲撃は頑張った方だ。
ゴキブリを誘導するために長時間画面に集中していた。今後も似たような行動が求められると思うと、疲労は増えるばかりかもしれない。
操れる点は強力だが、視界共有には難があるようだ。
やはり、ゴキブリと人間の相性が悪い。
飲食不要になったところでゴキブリ生活に慣れるわけでもない。
当然の話だ。
使役するなら鳥類の方が視界の揺れも少なかったはずだ。地上を歩く鳥には、視界の揺れを首で補正する種族もいる。
正直に言えば、自分に近い生物を操作できた方が確実に楽だろう。
ゴキブリの視界を借りるより、別画面にある見下ろし型の地図表示を頼るべきらしい。戦闘に不便でも、拡大表示は移動に便利だ。
一度通った道を帰るだけなので、ゴキブリたちが迷う心配もない。
行きの際に付近の草を食い荒らしており、植物の失せた一本道ができている。ところどころに見える謎の黒小豆は無視する。
そんなことを意識する内に、背後から物音が聞こえてきた。
「ふわぁ」
どうやら同居者が目覚めたらしい。
「おはよ。……襲撃、どうだった?」
「一応、成果は出たぞ」
「そうなのね!」
背中に飛びついてきたバグロリは、次に画面を操作する。
増えたDPを確認したかったらしい。
「本当に倒せたんだ……」
「あの数に襲われて生き残る方が難しいだろ」
たしかに、人間とゴキブリとでは数十数百もの体格差がある。
通常なら手で叩かれるだけでもゴキブリは死亡だ。
とはいえ、睡眠中の無防備状態では結果も変わる。
生存に不可欠な呼吸を奪うだけならゴキブリでも十分なのだ。
急に喉が詰まるなんて状況には、適切な対処も考えられない。
餅に粘りがあるというなら、ゴキブリは脚のトゲが喉に引っかかる。口内をうごめき、奥に入り込もうとするのを冷静に取り出すなんて難しいだろう。
指揮官型であるG・コマンダーの性能も関係している。
多くを誘導するためフェロモンを霧状に噴射できる。通常個体のように糞にフェロモンを含ませるなら、十分な数が突入する前に相手が目覚めてしまう可能性もあっただろう。
どのみち、生き埋めされる量のゴキブリとなると、人間ひとりではどうにもならない。
一人は確殺できるという想定は正しかった。
「初回報酬だから、たくさんDPが増えてる!」
今回の成果に隣のバグロリは大喜びである。
いつしか画面表示はバグロリ専用の家具一覧となっており、鼻歌を歌いながら全身を揺らしている。
初回報酬とは、いやな響きだ。
よく言えば、次回への投資。
悪く言えば、今回の報酬は今後の生活設計の参考にならない。
今だけお買い得なんて言葉と似て、よくある商法だ。
同じ成果のままであれば、次回の報酬は必然的に少なくなる。安い家具を選べる内は良いが、いずれDPの不足に悩まされる。
ダンジョンは拡張を望んでいるのだろう。
快適を得るためには、使役するゴキブリを増やして、より多く生物を殺す必要がでてくる。
バグロリは気付いているだろうか。
自分たちも危うい。睡眠中を狙えば人間も殺せるということは、自分たちの寝入りを狙われる危険もあるのだ。
食料を抱えたまま寝た日には、翌朝にゴキブリを抱いているかもしれない。
G・コマンダーのフェロモン操作も絶対ではない。
集合と分散の二種。
大量のゴキブリを誘導する中では、集団から離れていく個体もいる。同じように、分散フェロモンで遠ざけようと侵入してくるゴキブリは出てくる。
ゴキブリが大量になるほど数も増える。
不快な出来事を避けるには隔離が必要だろう。
バグロリから目を放して、G・コマンダーの視界に戻る。
進行方向の逆では、黒い群れが続いている。
往復中でも食欲を忘れない。
進路上にある草は倒れた後には姿を消す。
獣道と見られてしまうくらいに、あからさまだ。
取り込んだ栄養は、もちろん卵に変わる。
寄り道する個体がまき散らす卵から順調にゴキブリが増殖している。
特に集落付近はひどい。
地図上の集落は、染めたように大量の点が密集している。
住民を混乱させるために分散させた結果、畑や備蓄など、豊富な食料の誘われて散らばった。
一部のゴキブリは帰還時に回収されないまま現地で増殖したのだ。
もう、連れ戻したくない。
大部分を出動させたはずの拠点付近でも、既に数を取り戻そうとしている。
数を安定させるなら外に出すべきではなかったのだ。
近いうちに過密を超えて食糧難になるだろう。
そして外に向かう個体が数を増やしていく。
パンドラの箱だ。
既に開けてしまい、箱の底にも卵しか残されていなかった。
制御不能でも使役するしかない。自分の周囲が埋め尽くされより先に、消費先を見つけなければならない。
森を映すG・コマンダーの視界に、ゴキブリの群れを引き裂く草を見つける。
通り過ぎる中、その植物の付近にはゴキブリが寄らない。
密集により横に隙間がないゴキブリが隣の上に積み重なる。行きに食い荒らされたはず場所でも姿を保っており、木の表面さえ黒塗りされる事態でも、わずかな緑を残している。
「あの植物は知っているか?」
「えっと、どれ?」
遅れて画面を見たバグロリは見逃したらしい。
とはいえ、ゴキブリに食われず残るため、次を発見するのも難しくない。
「ほら、アレだ。外を出歩く間に見なかったか?」
「あー、私も見たことがある!」
進路先の草を指で示すと、葉の形状が見えてきた頃には答えが返ってきた。
「……でも、美味しくないから食べない方がいいよ」
「いや、そうじゃないだろ」
望まない答えだ。
自信満々に振り向かれても困る。
「ゴキブリが避けている気がしないか?」
「まあ、美味しくないから……」
食料探しじゃない。
飲食不必要とは何だったのか。
とはいえ、バグロリは優れている。
持ち帰る食料は、どれも食べられる味だ。
舌は優れている。
バグロリは、今後の食生活の頼りになるだろう。
「もしかすると、ゴキブリの侵入を防げるかもしれない……」
「確かに! 近くに植えれば、寄り付かなくなるかな?」
「ああ、試すためにも集めにいくぞ!」
「うん!」
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「ねぇ……。これ、かじられた跡があるんだけど」
「きっと違う生物が食べたんだ、気にするな」
「そうよね」
「……」
「あれ? これ卵がある」
「……」