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4.



 G・コマンダーを先頭に、大群を進行させる。

 前日までに地図の範囲を広げて、集落までの道のりは万全にしてある。


 表示された地図上には、大量の黒点が動いている。

 今日までダンジョンに存在したゴキブリを全て投入した。


 百を越えて千に届く数だったが、地図で見ると小さい。

 元々、今の横穴に収まる数なのだから、大した量ではない。


 だが、G・コマンダーの視点では地獄の光景がある。

 水平360度の視点が後方の、森を映す。


 低い視点でも小石や倒木に乗り上げた際に遠くを見渡せる。


 細かく動く真っ黒な塊で、森の地面が染まる。

 生乾きのペンキのような表面で大量の凹凸が動いている。

 天然由来の艶やかな反射は、正直気持ち悪い。

 操作画面はできるだけ見ないようにする。


 初めて大群を動かしてみると、フェロモン操作の問題が見えてきた。


 フェロモンのやり取りはバグローチ自身も利用しており、群の中でフェロモン情報が乱立して行進に乱れが生じる。

 前進は揃わず、小回りする個体が現れる。一部が群れから外れたり、途中で一点だけ取り残されたりする。


 個体それぞれが勝手に動く、誘導されようと従うかは別なのだ。前方に障害物があっても迂回してくれるだけマシなのだろう。

 全員を届ける必要は無い。一体一体は簡単に死ぬような生物なのだから。


 遅れぎみの小集団を見る。

 停止した状態だったが、中央にあった黒点が消失すると移動が再開された。


 バグローチは着々と森を進む。

 先頭集団は、多少の速度差を生み出しつつ、後続に適切な移動経路を伝える。

 昼過ぎから夕暮れになる移動でも、時間が経過したわりに一群を保つなど、行進の練度には期待できる。


 途中に遭遇した原生生物も、こちらを視認すると静止したものだ。


 小さな個体も集まれば脅威に見えるのか、横切るバグローチたちを遠目に観察する。予備のG・コマンダーを接近させても気付かないくらい集中していた。


 少なくとも、近隣で似たような規模と習性を持つ生物は見つかっていない。

 背丈を持つ動物でも自身より大きな影を見れば驚く。地面を広がる群体に抵抗感があるというのも、いかにも本能的だだろう。


 なんて警戒も、あくまで一時なものである。

 標的にされないと知った後には、最後尾の数体を蹴散らして去っていく。警戒が肩透かしになった不満を晴らすためか、あるいは今後の対処を学ぶためか、敵対の有無を試すようだ。

 初回から食用と考えないだけ用心している。


 そうして初めての遠征を楽しむ内に、夜には人間の集落へ到着した。


 日が落ちて、闇一色となった森に留まる。


 集落の少ない明かりでは、地面に広がる虫を照らせない。閉じた門も囲む柵も、木材を粗雑に加工したもので、小動物の自由を防げない。


 夜番の足元さえ避ければ、平然と集落の中を移動できるだろう。


 夜襲に支障はない。

 屋内の住人が就寝するまで、少し待つだけだ。


 G・コマンダーに待機を命じて、手動操作を打ち切る。


「大丈夫だった?」


 固まった姿勢をほぐして、室内を見回す。

 操作画面から目を外してしまえば、家具の一つもない平坦な床が広がる。


 置物は数少ない。

 部屋中央の小箱と、話しかけてきたバグロリだけである。


「とりあえず。集落の手前まで着いた」

「これから、襲撃するんだよね?」

「ああ、休憩の後には動く」


 人間を殺せば、生活環境が改善される。

 バグロリの操作でダンジョンに家具が増える。

 優先事項だ。


「大勢の人間に勝てるかな? 私でも潰せる……、のに」


 足を持ち上げたバグロリが、小さい悲鳴を出す。

 靴底を汚した以前の出来事を思い出したらしい。


「大丈夫だ。今はいない」


 そう。

 大半の戦力を差し向けた。


 今の室内に、ゴキブリの姿は見当たらない。


 疑似ゴキブリの黒衣装を見ても、怖くない。

 服の隙間から落ちてくるような事も無い。


「これだけ掃除してくれたんだ。避けなくてもいい」

「うん! 綺麗になったでしょ」


 身を縮めていたバグロリが、そばに来る。


 こちらがゴキブリを誘導する間に、バグロリは部屋の掃除をしていたのだ。

 壁の黒ずみも洗われ、足音も聞こえてこない。


「どうにか今の環境を保ちたいな」

「頑張りましょ」


 今の平穏も、一時的なものだ。


 いずれ外に放置した卵鞘から、大量のゴキブリが生まれてくる。近場の食料を味わった後には、横穴にも入り込んでくるだろう。

 わずか数十体も次の産卵では数百、千にも届く数になる。


 襲撃に向かわせている分も生還するかもしれない。

 室内に留めていた頃は、共食いで個体数を抑えられていた。


 一部が森へ出歩くようになり、バグロリも食料を持ち込んだ。


 ダンジョンが表示する周辺地図には、さまよう黒点が各所に散らばっている。

 今後も数は増えるばかりだろう。


 次の派遣先も、早く考えておかなければ、逃げ場がなくなる。


「人間相手でも何とかなる。方法はひとつじゃない」


 踏み潰せるといっても、体力には限界がある。

 数百が同時に襲ってくるなら、処理も追いつかなくなる。

 靴に貼り付かれて服の中に潜られて、動きも鈍るはずだ。


「そうよね。戦う前から諦めていたら駄目よね」

「幸い、数を増やすには苦労しない。一人殺せるだけでも成果になる」


 脆弱なバグローチが勝つために、襲撃時間も選んだ。

 襲撃側というだけでも有利はある。


「その……、負けた時は、一緒に食料集めしてくれる?」

「当然だ。次は戸付きの食料棚も必須だな」


 バグロリが座り込む。


「隣で眺めてもいい?」

「ああ。操作に集中するから、時々、地図の情報を伝えてくれるか?」

「わかったわ」




~~~



「ねぇ。森にいっぱい散らばっていない?」

「すまん。……全部は誘導しきれなかった」

「あ! 謝らなくていいの、……私も扱いきれないし」



「ただ。その……、増えてない?」

「……やっぱり、そう思うよな」




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