3.
目が覚めると、床の上にゴキブリがいた。
息を吹きかけると遠くに逃げた。
黒を追って視線は部屋の隅に向かう。
残してあった果実にバグローチが群がっていた。
「おい、起きろ!」
隣で寝ていたバグロリを引きはがす。
「んぁ。……なぁに?」
「食料が喰われてる」
肩を揺らして、寝ぼけを止める。
「へ? ああー!」
上半身を起こしたバグロリが、食料に群がるバグローチに驚く。
「それ私の。 やーめーてー!」
食料へと走ったバグロリが、近くの床を叩く。
「おい。暴れるのは、よせ!」
素手で叩こうとするなんて、正気じゃない。
潰れた後の処理が面倒だと、気づけ。
「……中身が飛び散ったら、どうする」
「いぎゃああー」
「落ち着けよ」
床を叩く音が増す。
直接叩かないだけましだが、解決にならない。
「ほうきだ! ほうきを出せ」
「わかったわ」
具体的に指示すると、いったん戻ってきた。
バグロリの操作でほうきを生み出した後は、逃げ残ったゴキブリを床の無い場所まで追い出した。
「食料……、早い内に食べよっか」
「え。嫌だが?」
ゴキブリの食いかけなんて、嫌だ。
今も果物の山には、隙間に隠れるゴキブリが見えている。
触れることも拒否する。
「今度からは箱を作って、守るんだな」
「そうよね。忘れてたわ」
いずれ、このあたりの対策は必要だろう。
飲食が不必要となり、娯楽として楽しむ分、環境を選びたいものだ。
食材に虫食いがあるくらいは許すが、ゴキブリと並んで食事をするのは断る。いくらDPが得られるといっても、食事風景も見たくない。
発見した人間の集落も笑えないな。
拾った果実を片腕に抱えていくバグロリ。
あの光景を見ても、食欲が失せないらしい。
ゴキブリを嫌うわりに、果実があると勇ましく立ち向かえるようだ。
物欲は見習うべきだろう。
こいつ。食べかけを食いやがった。
……見習わないでおこう。
「着実に増えているな……」
「ほふね」
隣のそしゃく音を考えないようにして、部屋の端を見回す。
一夜二夜と、眠るたびに個体数が増えている。
勝手に外出していることは知っている。帰ってこない個体も時にはいるはずなのだ。
こちらが操作して増やしているわけではない。普通は数が減っていくものだが、気付かぬ内に数が増している。
「ひぃ!」
バグロリが小さく悲鳴を上げる。
腕を振った後には、小豆みたいな塊が部屋の隅に転がっていった。
これまで見た果実の種とは異なる外見だった。
どうやら、その果実の種だけ特別な成長をしていたようだ。植えれば果実の種類も増えるかもしれない。嘘でも、そう信じたい。
「自然に増えるDPだと少ないな」
「やっぱり、生物を狩るべきよね」
ゴキブリもゴキブリだ。
食べ物を探すのも面倒なのか、こちらの隙を突いて、溜めた食料に群がってくる。
G・コマンダーのように部屋の端に留まれないものなのか。
外見こそ同じだが、中身はまったく違う。
飲食も排泄もしない。まさにアイドルだ。
今度、布で磨いてあげよう。
体表の油が落ちると駄目なんて話を聞くけど、軽く水洗いするくらいは大丈夫だろう。
「生物か……」
DPを増やすために生物を殺すと言うが、そこらの虫を踏み潰してもDPは増えない。
おそらく、生み出したゴキブリたちで殺す必要があるのだ。
「性能が半端なんだよなー」
成長性に特化させたおかげで、ゴキブリに大した攻撃力は無い。
果実の皮を地道に食い破るような生物が、まともに戦闘できるはずがないのだ。精々が残飯喰らいだろう。
はたして、攻撃力が高いゴキブリは存在するのか。
あごが小さすぎて、表面の肉をかじる程度だろう。踏み潰されて終わり。
突進するにも質量が足りない。
嫌われているだけで、殺される恐怖などない。
単なる邪魔者なのだ。
「生物を殺せばDPが得られるんだよな?」
「ええ、そうよ」
病原菌や汚れで比べるなら、清潔な部類だったはずだ。
恐怖に思うのは人間くらいで、それすら絶対ではない。
見知った種類と別物らしいが、焼いて食べる地域もあると聞いた。
ふと、壁に黒点を見つけた時や、棚の小物へと手を伸ばした瞬間に飛び出してくる姿には驚く。
夜にベッドで寝ている時、カサカサ音で目が覚める。照明を付けて音を探すと、壁際の家具に張り付いていたり、床にひっくり返っていたりする。
そんな地味な恐怖だ。
寝耳に寄ってくる蚊のような存在だ。
何でも食べて、確かインクなんかも食べる。
睡眠時に口が開いたままだと口内の水分を求めて寄ってくる、とかもどこかで聞いた。
「夜だな」
「へ?」
「明日の夜に集落を襲う。今日の内に準備しよう」
ゴキブリの移動速度を考えると、人間の集落を襲うには昼出発でも遅いくらいだ。
「わわ、わかったわ! 手伝うから何でも言って!」
「とにかく、今は餌を食わせるんだ」
「へ?」
「良く知らんが、一夜で増えるんだろ。今のうちに餌を与えれば、明日にもまた増える。増えるだけ戦力になるなら、餌を与えるんだ! ほら、行け」
バグロリを外の方へ、押し出す。
ゴキブリの食べかけを手元に隠す姿は見たくない。
少ないのも駄目だが、餌の分だけ増えてもらうのも困る。
果実の山が丸々ゴキブリに換算されてしまえば、今の空間は足の踏み場もなくなるだろう。
娯楽のために食料は要る。だが、寝る間に増殖されても困る。
早く消費する先を見つけなければ。
軽く追い出しても帰ってくるため終わりがないのだ。
「踏み潰すと増えるって言われているからな……」
そう言うと、バグロリが足を持ち上げようとした。
アホだ。
「……え? でも襲いにいくなら増えた方が良いんだよね?」
「そこらの幼虫とかじゃないんだぞ、変に潰すと、羽根とか硬い骨格の砕けた破片と色が混ざって、砂利の混ざったガムみたいになる」
「ひえぇ、……あ」
床を一直線に滑走した点Gが靴の下に消えた。
そして音を聞いた。
「今日は、近づくのやめようか」
「ま、待って。……ほら、私ね。足が震えているからさ」
頷かず、笑顔だけ返しておく。
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「これは、本格的な対処が必要だ」
「……ねぇ、靴、洗ってきたよ」
「とにかく、椅子に座って足を見せてみろ」
「……ゴキブリ嫌い」
「俺もだ」