2.
横穴の外は薄暗い。
「日の出は、過ぎたか……」
夕暮れ時に一度起きたので、三度寝をする気にならない。
昼夜を過ごして、今は早朝だろう。
「おはよ」
黒ゴスロリが真横に寝転んでいる。
こいつは腕を振っても離れない。面倒な方の召喚物である。
寝転んでいた横穴を見回して、自分が異世界転生した事を思い出す。
「あー、……なんか。増えてないか?」
ゴキブリとは一日で倍に増える生物だっただろうか。バグロリが指差す横道は誰もが一度は考える疑問を解決してくれた。
まあ、ポケットの中で潰すと倍に増えると聞くし、驚くべきことでもない。
「ん? あーほんと。なんだろね」
こいつの方が詳しいはずなのに、何もしらない。
まあ、3匹増えたところで、問題が起きるわけでもない。
昨日の計画を実行せねば。
自然に増えたDPを消費して、G・コマンダーを召喚する。
また、新たにゴキブリが増えた。
G・コマンダーは召喚者が遠隔から操作できるらしい。ためしに操縦。
なお、画面に触れる間は思考で操作できる。
一人称水平360度視点と、レーダー地形探査による俯瞰視点が可能。
複数召喚できるため偵察には最高の機体だ。
ゴキブリが活動可能かを判断するために、視覚、聴覚、嗅覚などなど、複数の評価項目が存在しており、最悪な事にカサカサ音も経験できる。
自分本体の感覚と合わせて二重苦である。
「なになに?」
「待て、踏むなよ」
「えっ、わかった!」
近付こうとしたバグロリを立ち止まらせる。
その隙にG・コマンダーはロリの足元を通過、途中で黒のペチパンツを視認できた。
フリル付きらしい。
薄暗い横穴でも、輪郭を捉えられるほど夜目が効く。
昼夜の関係なく活動できるようだ。
「もう、いい?」
「おう、こっち来てくれ」
G・コマンダーの操作画面を見せる。
「へぇー。こんな感じなんだ」
ようやく周辺の探索ができる。
G・コマンダーという偵察を召喚した事で、地図機能が活用できるようになるのだ。
実際に到達した範囲しか表示されないが、地図上に印が出るため迷う心配がない。
「俺は周辺を探索してくる」
「うん、わかった」
実際にすることは、ダンジョンコアに座って操作するだけである。
最大速度は時速4キロ弱。人が歩くよりも遅い程度だ。
普段の移動は非常に遅いわけだが、ゴキブリ目線から見える景色は広大で、横穴を抜けるだけでも足場の凹凸を楽しむことができた。
外の森は植物豊富で、自然慣れしていない身としては近寄りたくない。
少し歩くだけで、服に虫やゴミが付着しそうな、とにかく、管理が行き届いていない状態だ。
人間と違って、小柄なG・コマンダーは、倒木といった障害物を気にしなくてすむ。
小さな隙間を通れるため、移動速度が遅くとも、進んでいると実感できる。
目標物が近いと素早く移動しているように感じる現象だ。
野生生物と対面した時には、全速力で隠れることになるが、ゴキブリは非力なので仕方がない。
森を進んでいると、切り株を見つけた。
古い断面だが、周囲にも同じように伐採された跡がある。
どうやら、木材を扱う生物がいるらしい。
切り株が増える方角へ、さらに進むと、森を抜けたところで集落を見つけた。
柵の中に集まった建物は、木製でボロい。
暮らしている人間も服装が地味で、麻布をまとっているだけ。個性は毛皮の種類くらいで、色が少ない。
貧相に見えるが、この辺りの生活基準は気になるため原住民を観察する。
柵を過ぎた先は隠れられる芝も少ない。
建物の元まで一直線に進み、そして、壁走り。
ゴキブリの技能にかかれば、木目に足を引っかけて壁を登るなど、たやすい。
人間にはできない動きで、木板の窓から建物内へ侵入した。
建物に床は無く、木製の家具は土の上である。
壺なんかが並んでいる生活は、便利から、ずいぶん遠いだろう。
とにかく、人間観察を続けた。
結論から言うと、暮らしたくない。
百人もいない集落で、食料は森での狩りと畑の収穫物から得ているのは分かる。
保存加工はしているみたいだが、調理技術は残念だ。
焼くか煮るか、保存食でさえ干物。常温保存である。
食事の野性味も、少しの間は飽きないだろう。
問題なのは住処だ。
大体の家が、仕切りの無い1部屋である。
つまり、トイレが外。
集落の端にポツンと置かれた箱の中で用を足す。
水洗便器も無い、穴だ。
使い捨てとはいえ、葉っぱで尻を拭くのは肌に悪そうだし、G・コマンダーに搭載された臭いセンサーが強く示してた。
強く臭いらしい。
想像してほしい、汚れた服を着た男がわざわざ穴の上で座ると思うか。
せめて、森で育っている木に放出すればいいのに、柵の外まで歩くのが面倒なのか箱の側面に汚れを残していく。
なお、男女共有。全員が排泄物臭いことが確定した。
当然、感覚共有はオフにしている。
寝る時の布団は薄い布で、ベッドもなく地面に布を広げて寝転ぶ。
歯みがきは先端を潰した木片を使うが、汚れた道具が置いてあるのは一部の家だけ。歯みがきの習慣は広がっていない。
男女の区別をするだけの髪型や服装で、残る個性は体格差くらいだった。
G・コマンダーを自動帰還モードにして、手動操作をやめる。
人間ということで観察してみたが、飽きてしまった。
「ため息ついて、どしたの?」
「人間観察に飽きた」
「へー」
雑な返事をするバグロリが、果実のようなものを食べていた。
奪う。
「あー! 私が取ってきたのに!」
「俺、主人。お前、召喚物」
かじる。
薄味だが、甘い。
「自由にしたっていいでしょ。この二日間も一度も話しかけてくれなかったじゃん」
人間の集落を二日も観察していたらしい。
一日の生活を見ろうとしたら、そうなる。
夜中もG・コマンダーの操作練習で楽しんでいたから、時間も気にしていなかった。
「つか、空腹にならないのは変だな」
「あんた、ダンジョンマスターなんだから、当然でしょ。飲食しなくてもいいよね」
そんなものか。
こらちの手元にある果実を奪い取ろうとバグロリが手を伸ばす。
身長が高い方が勝つに決まっている。
馬鹿正直に正面からきたバグロリの顔をつかむ。
「ぐぬぬ!」
両腕を振って、暴れてくる。
「お前もいらんだろ」
「味覚はあ、る、の、よ! 楽しみくらい欲しいじゃない!」
諦めたバグロリは、元の位置に戻って、他の果実を取ってきた。
「それに、私に食べさせると、良い事があるのよ」
「なに?」
隣に座ると、木の実をかじる。
汁が飛んできた。
「Dポイント欲しいんでしょ?」
「これ以上、ゴキブリ増やしたいと思うか?」
「ちがうわよ! 見てなさい」
ダンジョンコアとか呼ばれた箱に、バグロリが触れる。
自分たちのいる地面が一瞬にして、コンクリートを広げたような床になった。
「便利だな」
「でしょ! DPがあれば快適な環境を整えられるの」
平坦な床は、土や岩より汚れを気にしなくてすむ。
「もっとDPがあれば、家具や照明なんかも設置できるわよ」
先ほどまで見た人間の集落より、良い暮らしが期待できる。
食料だけなんとかしないといけないようだが、森なら色々見つかるだろう。
DPには使い道が多いようだ。こんな説明を聞けるなら、ゴキブリよりもバグロリを優先すべきだった。
「だから、これからは私に食べものをみつぎなさい」
森にも獣がいるため、食料を集めるにも対策を考えておくべきだな。
バグロリが取ってこれたとしても、次も安全とは限らない。
「俺も食うからな」
「当たり前でしょ。1人食べるなんて、さみしいじゃない」
暮らしを改善するために、G・コマンダーで森を探索する必要がでてきた。
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「果実、1種類しかないから飽きたな」
「……うん」
「置いておこうか」
「そうね」