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12.



 事務員に並んで待っていた孫弟子が、自身の師匠を見つける。


「……お、お師匠さま」


 ここ数年の連絡を経ったことも責められず、過去の呼び方にも慣れない。

 わずかに下げた視線で、口元の動きを待った。


「この後、博物学者の方に寄る。お前も来るんだ」

「はい!」


 来賓室での話し合いも終わると、組合を離れて通りの人混みに加わった。


「お師匠さま、ごめんなさい」

「何をだ?」


 孫弟子は、鞄にある組合からの預かり物を気にしながら歩く。


「無断で去ったのに、今になって頼ってしまって」

「そうだな。書き置き一つで去った弟子と、こんな地方で再会するとは」


 若者から同年代まで多くの教え子を抱えた身であり、指導の中では学問を諦めてしまう者も見ている。


「四年近くか、……まあ、これまでの中では一番遅かったな」


 相談のために弟子が訪れることもしばしばあり、話し相手には事足りる。


 それでも、老人にとって孫弟子の存在は大きかった。

 多くの弟子が独立して現役を名乗れなくなる時期に現れた。特に指導を詰め込んだ相手でもある。


 並行で指導していた者たちの教育も終わると中央に留まる理由も失せ、貴族の子の指導役として立ち回ると決めて、遠方の地へ赴いた。

 そんな中の再会だった。


「もうすぐ馬車だ……。乗り込んだ後で直接向かった感想を聞かせてくれ」


 歩くのは短い間だけ、停留場所に着くと待機させた馬車に乗り込む。


 隣り合って座る。

 領主から借りた馬車は乗合のそれとは格別であり、座った姿勢で長く運ばれても疲れさせない。

 孫弟子は内装を見回し、乗り心地を確信した頃には当初の話が持ち出された。


「さて、調査経緯を話せるか?」

「避難した村人の依頼による調査でした。ここより西部の森、入って丸一日ほどの距離にある地域に向かい、虫の大量発生の真偽を得る。話によると、夜中に一軒の家からあふれ出したということです」


 話の続きを求めて、師匠が頷く。


「私が訪れるまで、およそ六日の経過。その時点で、村は完全に虫で埋もれていました。……地面は何層にも虫が重なり、踏む足がくるぶしまで埋まる。建物や畑を含めて全てが虫の背に隠され、囲む柵を越えた周辺の森でも虫の影響が出ていました」

「なるほど」

「森の途中にも広がりを見せていたので、概算ですが、確認時点の個体数は、千のその数千倍はいたとみています」

「数百万か……」


 そこから数日経った現在、どれほど数が増加しているのか。

 教え子も老人も、楽観的な予想はしない。


 加えて、教え子が師匠を頼った理由も、生態への疑問からではない。


「……虫についてはどうだった?」

「硬さも特段硬いわけではなく、子供が踏み潰せるほどです。ただ移動の瞬発力があるため、群れの数匹は潰せても個々の処理は難しそうでした」


 事態の収束にどれだけ自分たちが関われるのか。

 加減を判断してもらうために、老人へ敵の情報を伝える。


「増殖については、どうも食事が関わっていそうです」

「どう見た?」

「彼らにとって、森の環境は特に飽食になるようです。見境なく貪る。草葉に限らず登る樹皮も削られ、村の木造建築も老朽化と違った破損が見られました」


 説明の終わりを感じて、老人は自身の髭に触れた。


「興味深い。糧になるかは疑わしいが、生息域が広がるほど脅威は増すか」

「環境の選り好みは少ないかもしれません。ただ、共食いも見られたので、密集限界はあるかと」

「たしか、死骸や糞食になると寿命も縮む、だったか。……これ以上は、専門に聞く方が確実だろう」


 手紙に加えて、言葉の表現も受け取る。


「地を這う虫、気軽に飛び回らないだけ幸いというわけか。夜に見つけたなら外部が発生源の可能性もあるかもしれんな」


 思考を終えた老人が教え子へ視線を向ける。

 変わらない癖を見て、教え子が今の話題を閉める。


 夜だとしても、大量の虫が入り込むなら家屋での発見にはなりにくい。

 意図的な犯行を疑っておくことに損はないのだろう。


「これから向かうと言いましたが、この都市にも、古い付き合いの人がいたのですか?」

「いや、ここを訪れてからの仲だ。領主が学問に厚い人で、定期的に交流会が行われる。分野を問わず学者連中が集まる。機会に恵まれただけだな」


 教え子自身では敵わない。

 長年の功績は、本人の知識以上に権威を与える。領主に招待されるだけでも、師匠がひと握りの人材である証明だろう。


 馬車は止まり、住宅街の一軒に訪れる。


 庭師に呼びかけ門をくぐると、案内されるまま本宅へと進む。

 玄関に入ると、案内役は庭師から室内の使用人に取って代わり、客室でも待たされないまま、家主の到着が知らされた。


 こちらが立ち上がると直後に扉は開く。

 使用人は無駄なく扉を操り、後には部屋の隅に下がった。


「これは、ファルケン殿」

「カービー殿。在宅とは、ありがたい」

「なに、私の活動範囲はもっぱら家の中ですよ」


 現れたのは、四十周りの男性だ。体型は細身を保っており、厚い編みもの衣装と髪型が丸い輪郭を印象付けている。


「ところで、そちらのお嬢さんは?」

「又弟子というやつだ。実地の調査を行った者で、この機会に顔見せできればと思ってな」

「それは嬉しい。聞いてもらえるなら、こちらも歓迎しますよ」


 学者の視線を見て、礼をする。


「二―アです。よろしくお願いします」

「うん。興味があれば、私の標本集でも見ていかれるといい」


 学者にならって、女性が満面の笑みを作る。


「虫嫌いは少ないか」

「今の時代、土を触らず生きていけますから。虫と聞いて叫ばれないだけ、肩身も広くなりましたよ」


 言うまま困り顔になった学者は肩を上げてみせた。


「……正直、又弟子がうらやましいです。弟子の二人も、連れてくるのは毎回標本や検体ばかり、妻や子ができたなんて身内話を聞かせてくれてもいいと思いますけどね」

「それは中々。いまどき研究熱心な者も数少ないのでは?」

「弟子には感謝しております。こう、暇さえあれば庭の彩りを足しに来ますから。庭の整備は学者の命なんて言われましてね。庭師を雇ったのもそれがきっかけです。……外歩きをするには、どうも腰が重くて、やはり衰えを感じますね」

「私の方も馬車がなければ、街も動けませんよ」


 見た目、ひと回りは違いそうな年齢だが、老人同士という名目で笑い合う。

 横から覗く教え子は実感できない話題に声を出さない。


「……それで、この後、見せてもらえるのですか?」

「直前に、組合から受け取ってきた」

「それは上々、観察室は地下の方にありますが、どうです?」

「もちろん、ご相伴に預かろう」


 師匠に続いて、その教え子も歩く。

 家主に案内されるまま客室を出た。



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