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10.



「もう終わりだ」

「そんな……、嘘よ」


 平和が保たれたのは数日。

 これまで気付けなかっただけで、以前から平和だったのだろう。


 だが、それも今日で終わりだ。


「私だって、警戒してたのに……」


 物音に目覚めた時、バグロリが隣で眠っていた。


 では、どうして室内に音が鳴るのか。

 あわてて起き上がり戸棚の元に向かうと、室内を走るゴキブリを見つけてしまった。


 最近では地上の生物も見かけなくなっていた。最後の希望であった野鳥の可能性もなくなり、過ぎ去る姿を横目に、依然カツカツ音を立てる戸棚を閉めた。


 戸締りを忘れたバグロリの責任ではない。

 少なくとも、家は地面から浮かせてあったし、入口も踏み石を渡る必要があるためゴキブリの足では侵入できないはずだったのだ。


 そう思って向かった家の外で現状を知った。


 信じていた虫除け草の効果が失われたらしい。

 近くを見れば壁にもゴキブリが伝っており、周囲の地面はゴキブリ色に染まっていた。


 これでは空き地も埋まる。いくら草を嫌がろうと大群の勢いには敵わない。押し出された末に草の結界を超えたのだ。

 虫除け草の姿も見えないため、単に食用だと判断されたかもしれない。


 室内に戻ると、手作りの空容器を抱くバグロリがいた。

 木から削りだした特製の筒は、本人が時間をかけて作成していた。完成時の喜びも激しければ、落ち込み具合も相応だろう。


 中に詰めていた木の実も、丹念に厳選したものだ。虫入りを省き、天日で乾燥させた。途中のつまみ食いで半端な内容量になっても、本人は大切に扱っていた。

 手伝わされた分、苦労も分かる。


 ゴキブリの個体数は加速度的に増えている。

 そばに寄らなければいいという考えでは足りないのだろう。ダンジョン本体から地図を参照すると、当然ながら自分が暮らす一帯もゴキブリ表示に埋もれていた。


「どこかで消費しないとな」

「でも、どうするの?」

「そのための追跡だろ……」


 光る立方体を示すと、定位置というように隣に座り込む。

 床は硬いため、そのうち敷物でも設置した方がいいかもしれない。


 この前に襲った集落で再び人を見かけるようになり。二度目の来訪には数体のG・コマンダーを待機させて追跡を試みたのだ。


 そして、その結果は地図の表示に表れている。


 これまで進出していなかった地域が地図に更新されている。

 G・コマンダーの視界奥には、人工的な建造物が見えているのだ。


「次はここを攻める」

「え……、遠すぎない?」


 バグロリの指摘は正しい。

 以前の襲撃で注意すべき要点を覚えていたのだろう。


 今度の襲撃は前回のようにはいかない。次の襲撃先は平原の奥、森に囲まれた集落と違い、ゴキブリの大群を隠す場所もないのだ。

 幸い、G・コマンダーの操作に遅延は生じないようだが、襲撃前に存在を視認されてしまうのは確実だ。


 という話も、あくまで通常の襲撃であったならという仮定である。


 ダンジョンを日々操作して、ゴキブリの個体数や生息範囲を確認してきた。

 大量になるのは予期できたことであり、次に求めるのも戦果ではない。


 ゴキブリの大量消費先だ。


 自分たちが暮らす森は滅びつつある。

 生態系の崩壊、これまで森を維持してきた循環が行われないため、遠くない内に森は変質する。


 ゴキブリは食欲のままに森を荒らす。植生は乱れ、動物たちまで消えた後、欠けた役割を担うものもいないのだ。


 地面の柔らかな部分を掘り返すゴキブリが、一体何をしているのか見当もつかない。同胞の死骸さえ新たな養分に変える。そんな連中が森の景色を残すはずもないのだ。


 減らさなければ、自分たちの暮らしはない。ゴキブリにおびえたまま、一生閉じこもるしかなくなる。


「正面衝突させる」

「え……」

「そうでもしなければ、あの数は減らせない」


 遠方に放ったところで勝手に増殖されてしまうだけ。

 だから、この機会に減らさせてもらう。


「でも、せっかく奥に入り込んでいるんだから、奇襲できない?」

「え? ……あ」


 G・コマンダーが人間を追跡した結果。全域までは表示されていないが、都市の地形を確認できる。

 そんな地図に表示されたものは、自分たちが生み出したゴキブリたちだ。


 初めて訪れる地域であり、G・コマンダーにも誘導させていない。

 それでも勝手に動き回った個体が、都市の内部に侵入していたらしい。


 加えて、数も多い。

 建物を避けているのか各所の群れは直線的な形に並び、網目状に分布する。

 

 こんなものが道の上を歩いていれば、住民が発見しないわけがない。

 いや、まさか……。


「……これは、下水路なのか」


 住民が生活する下で、既にゴキブリが増殖している。

 最初に侵入したのは少数のはずだ。都市の地下に定住するようになり、いつしか数が増えたのだろう。


「そうだな。押し負けそうな時は奇襲させるべきかもしれない」

「やったー」


 外から襲撃すれば、主戦場は都市の外になる。

 敵勢力が強ければ、ゴキブリを減らせる以外に痛い反撃を受けるかもしれない。相手を勢いづけないためにも都市内部に混乱の種を置くのは悪くない案だ。


 最悪、攻め落としてしまってもいい。


 別に都市の戦力だけが頼りではない。

 川はある。進めば海も見つかるはずなのだ。自分たちの手でゴキブリを潰すのは手間だが、海に投げ落とすなら楽に処分できる。埋葬もいらない。


「方針も決まったし、策を考えるぞ」

「うん、今度は私も動かしていい?」

「むしろ、手伝ってほしいくらいだ」


 指揮といってもG・コマンダーを直進させるくらいである。

 とはいえ、攻める位置だけでも決めておけば、当日が楽になる。


 単純だが作業量は多い。

 G・コマンダーの小さな誘導範囲で、森を埋め尽くすゴキブリを扱いきらなければならない。

 たとえ数百匹の誘導でも、バグロリの協力は助かる。


「今度は昼間だから、寝過ごす心配もないな」

「ひどい! 忘れようとしてたのに」


 バグロリの頭突きを止める。

 捕まえた頭をこちらに密着させて、突進の構えを作らせないようにする。


「頼むぞ」

「……うん」


 心配事は増えた。

 以降に見つかる地域も、先にゴキブリが行きついているのだろう。


 自分たちが放った増殖ゴキブリがいないとすれば、海を超えた場所くらいだろう。


 船や飛行機はあるのだろうか。

 運搬物資に紛れ込むような真似はしないでほしいものだ。




~~~




「また木の実を探しに行くか……」

「でも、近くは食い尽くされているし、安全を確認するにはゴキブリを送るしかないんだよね?」


「……」

「えーと、もしかして?」

「……元より、手詰まりだな」

「そんなぁ」



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