1.
自分は異世界転生をしたらしい。
死ぬ直前の記憶がある。であれば、今生きている理由は、時間停止か転移くらいだろう。
万が一に複製体なんて妄想もできるが、考える意味もない。
見覚えのない場所にいるため、これまでの知識も頼れないだろう。
仮に異世界転生という認識が勘違いだったとしても、他人にバレなければ恥ずかしくない。
「土臭い」
自分がいるのは一直線の横穴の一番奥だ。
まあ、奥と言っても、入口からの光が届くくらいの短い横穴だ。
歩き回るだけの広さも十分ある。
岩を雑にくり抜いたか、あるいは自然にできた地形のようで、触れた表面は岩らしく硬い。
とにかく、外に森が見えている時点で悪い予感しかしない。
土臭さ満点の未開の地である。
「まあ、いいや」
異世界なんて考えたのは、ここが知らない場所であるためだ。
あと、目の前には光る箱が置いてある。
抱えて運べる大きさで照明か何かだろう。
「白く光る箱ね。とにかく、触れてみるか」
――――――――――
ヤマネゴキブリ Lv.1
※※※(画像につきモザイク)
――――――――――
黒いアレが表示された。
立体映像というヤツだ。
箱に触れた手が表示を貫通している事から、画面は空中に投影されているらしい。
画面左右に三角みたいな記号は見えるが、今は表示されたゴキブリを見る。
少し茶色の混ざった黒で、動画再生されている。
動いている足を見ようと、体感的に手で操作してみると、ゴキブリの底面が見えた。
「うげ」
それぞれで動く足が気持ち悪い。少なくとも至近距離で見たいものではない。
姿勢を戻したゴキブリにも見飽きて、下の表示に目を向ける。
書かれた内容を読むと、操作項目らしい。
強化と召喚が可能であるそうだ。
その隣には性能項目がある。
耐久、攻撃、速度、器用、成長の5項目。
レーダーチャートは、最小の五角形である。
つまり、最低性能らしい。
まあ、強化だろう。
MAX連打である。
秒速16連打。
クリックゲーで鍛えた指の連打は、よそ見をしても可能である。
性能が変わるたびにゴキブリの表示が更新される。点から実寸大になるまでの表示が何度も再生される。
利用者に優しいボタン音がピコピコ鳴り続け、およそ数十秒で止まった。
――――――――――
バグローチ Lv.1
※※※
――――――――――
レベルの表記は変わらないが、名前表記が変わっている。
なお、性能項目は成長特化だった。遠目でみればレーダーチャートは、もはや五角形ではなく線だろう。
これ以上の強化はできないようで、強化のボタンが暗くなっている。
つまり、次は召喚しかない。
「はいはい、召喚、召喚」
『バグローチ』、
『バグローチ』、
『バグローチ』、
『バグローリ』……
「バグローリ?」
今の表記はバグローチになっているが、押す前はバグローリだった気が……。
まあ、召喚のボタンまで暗くなったため、今度は召喚物の方を見る。
画面から視線を外すと、目の前に少女がいた。服装は黒ゴシックで、なぜかYポーズ。
燕尾というやつなのか、尻の部分の布が二分かれになっている。
ついでに、片足があと少し上にあったなら、お菓子で有名なゴールインのポーズになっていた。危ない姿勢だ。
安全が確認されたため、少女の足元の方を見る。
本当にゴキブリが召喚されている。表示されていた物と同じ外見だ。
手を振ると、3匹のゴキブリは隅の方に逃げて行く。
「うげ」
「うげ、じゃないわよ」
正面から呼ばれて、視線を合わせる。
少女はYポーズのままである。
「いつまで、そのポーズするんだ?」
「アレを踏まないためよ。って、違う! あんた何やってんの!」
「何って、何だよ」
「DP、全部使いきったでしょ!」
DPとな。
ああ、画面端に表示されていたものだろう。強化ボタンを押すたびに数値が減っていた気がする。
「何か問題があったか?」
「大アリよ! あ、あれは、ダンジョンを広げるために溜めていたものなの! ……あたしの強化だって全然じゃない」
黒ゴス少女は隣に駆け寄ってきて、画面を操作する。
「しかも、あんな召喚物のために……他にも召喚する魔物はいたでしょうに」
なるほど、両端の三角を押すと、他の召喚物を選べたらしい。
『バグローチ』
『G・コマンダー』
『バグローチ』
『G・コマンダー』
これには気付けなかった。どうやら、俺より、少女の方が操作に慣れているらしい。
なるほど、全部で二種類あったのか。
名前の表記が違うだけで、見た目に変化が一切無い。
どうあっても、ゴキブリ一択とな。
「え……」
つぶやいた黒ゴス少女が、正面に来る。
背を見せる少女は、焦ったように手を動かして、もう反対の三角も連打している。
ピコピコ、ピコピコ。操作音がうるさい。
「もしかして! バグローリも強化できたのか」
「バグロリ言うな! あんたがアレしか召喚しないから、使いきる前に名前を似せて割りこんだのよ。なのに……」
表示されなくなっているため、バグローリの召喚は一度きりだったのだろう。
残念だが、新たな召喚も強化もできない。
「まあ、生きてりゃ、良い事あるさ」
「そうね。まだ、終わったわけでもないわよね」
バグロリは、隅のゴキブリたちを見た後に、こちらを向く。
「それでDPを増やす方法はあるのか?」
「自然増加もあるけど、生物を狩ったら増えるわよ」
放置する意外にも、生物を殺してDPが入手できるらしい。
「なるほど……、ゴキブリを使ってね-」
「……そうよ」
ゴキブリから少女へ視線を向ける。
顔を背けられた。
叩けば潰れそうなゴキブリで、他の生物は殺せそうにないな。
「でも、大丈夫。ほら、これ見て」
「なになに、G・コマンダーがどうした?」
座っているところを引っ張られて、画面を見せられる。
「G・コマンダーでゴキブリを操れるのよ!」
「ほう、そうなのか」
「そうよ!」
操る対象がゴキブリの時点で喜びは少ない。
一応、面白そうな性能ではある。
ただし、操れるなんて説明があるため、普段は操れないのだろう。先ほど、召喚したバグローチたちだって、勝手に出口方向に動いている。
同じく、召喚物であるバグロリも、好き勝手に歩いている。
「しかし……。まあ、寝るか」
「ん。まあ、そうね」
とりあえず、G・コマンダーが召喚できるまでは何もできない。
一日くらい寝れば何とかなるだろう。
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「ねえ、一緒に寝てあげよっか? 着の身着のままじゃ寒いでしょ」
「いや、やめとく。なんかゴキブリみたいな服装だから」
「はぁ? もう知らない。ドけち!」