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第2王子と男装騎士と婚約破棄

作者: 高月怜

いつもお読み頂きましてありがとうございます。

ギャグにする予定が……ギャグになりませんでした。最近、シリアスになるのが困りものです……

“またか…………”


目の前でワナワナと震える乳姉弟を前にリーディベルトは呆れた表情を向けた。本当にこの乳姉弟は自分を何だと思っているのだろうか。


“昔は可愛かったから甘やかしたのが悪かったかな”


同じ月に生まれた乳姉弟を前にして、リーディベルトがそう考えていると、ようやく自分の乳姉弟。ひいてはこの国の第2王子ユーリスが顔を上げ自分に指を突きつけながら睨み付けた。


「リーディベルト!お前は飽きもせず毎度、毎度、なぜ私から婚約者の心を奪うんだ!」


ーその言葉が放たれた瞬間。


学園のダンスホールを静寂が覆い尽くす。今まで、普通に音楽を奏でていた楽団も、笑いさざめきながらダンスを踊っていた令嬢、令息までもがピタリと動きを止める。


“本当にみんな、飽きないな”


王子の仮の婚約者が変更となる度、起こる騒動に好奇の目を向けているのを感じながら、リーディベルトが口を開こうとした瞬間。自分の隣をキープしていた令嬢の方が一歩先に進み出ると爆発した。


「まぁ!なんて、失礼な!いくらユーリス様でもお姉さまを侮辱するなんて許されませんわ」


貴族令嬢が仮にも王子である相手に向かって吐き捨てた思えない暴言にリーディベルトが遠い目をした瞬間。乳姉弟も爆発する。


「だいたい、お姉さまだとなんだと言って恥ずかしくないのか!いくらそいつが、紳士な振る舞いをしていてもだ!女で結婚なんて出来ないんだぞ!」


いつも通りのやり取りにリーディベルトは痛みを覚えて、額に手を当てる。


“本当にお前も芸がないなぁ……言葉のレパートリーを増やせ”


毎回、行われる喜劇に対して乳姉弟が馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返す言葉に内心でため息を吐いていると、ドレスを身に付けた令嬢達が待ってましたばかりに進み出してくる。


「お言葉ですが、殿下。リーディベルト様に対しての暴言を聞き逃す事出来ませんわ」


“お前達は出てくるなよ”


話がややこしくなる………と思う自分を他所に、過去に第2王子の仮婚約者の護衛騎士として傍に控えた女性達は我先にと口を開く。


「粗暴な殿方達とは違って、常に麗しいリーディベルト様は我々の癒しですわ」


「そうですわ!何かに困っているとすぐに“大丈夫ですか、私がしますから”と優しく助けて下さるリーディベルト様の格好良さを真似出来まして!」


『そうよ、そうよ』


代表して発言した令嬢を援護するように声をあげる令嬢達は皆、自分の親衛隊員だ。何故か、女性でありながら未来の乳姉弟の婚約者の護衛の騎士を勤める自分は学園に通う令嬢達の憧れらしい。だが、卒業までの間、王子と仲を深める筈の令嬢達が揃いも揃って自分の親衛隊員と化すのまでが今までの流れ。


ーそして


「もういい!」


侮辱された自分の乳姉弟が、ワナワナと怒りに震えた瞳を現在の仮婚約者に向け、こう言い放つのも……。


「お前とは婚約破棄だ!」


やはり今日も繰り返される喜劇に、リーディベルトは深いため息を吐いた。








「本当にアイツも懲りないな」


その言葉に騎士から公爵令嬢に戻ったリーディベルトは、優雅な仕草で飲んでいたカップを机に戻す。目の前に居るのは昔から決められた婚約者だ。第1王子の乳兄弟であり、自分の婚約者であるヴァインも元を辿れば親戚だ。


「もう慣れたよ。本当にユーリスのあの嫉妬深さにはため息しか出ないけどね」


未来の王子妃の護衛騎士を勤めるのは王子の乳姉弟の役目。呆れたよう言えば、肩を竦めたヴァインは“それにしても”と遠い目をした。


「それはいいが……また新たに仮婚約者を探さないといけないな」


その言葉にリーディベルトも現実逃避する。この国に生まれたからには、王族も高位貴族も国民の為に生きるしかない。この国が専制君主制から民主主義に変わって、もう数十年にもなる。国に王族、ひいてはその血が管理させるようになって長い。王家に生まれた王子には生まれた時から高位貴族の乳兄弟が与えられる。そして、互いに見張るのだ。


ーその血が薄まらないように


リーディベルトの仕えるユーリスもそれは分かっている筈だ。ユーリスの乳姉弟として、自分が傍に居るのはただの決まりではないと。


“いい加減、ユーリスも受け入れればいいのに”


自分達が裕福に暮らせるのは義務を果たすからだ。あの学園の中に居る人間も、その血を辿れば王族に繋がる。濃くなり過ぎず、薄くなり過ぎないように。その血を守る為に守られた箱庭の中で恋することは果たして幸せなのだろうか。


「あの学園の中に、ユーリスの婚約者になれそうなのは残っていたかな………」


そう呟く婚約者の言葉に、リーディベルトは曖昧に口角を上げた。









ーよく人は運命だと口にする。


「ユーリス」


学園の休み時間。木の下に座った乳姉弟を見つけた自分が声をかければ、警戒したようにこちらを見上げるのが分かる。


「何か用か?」


そのあからさまに険の籠った言い方にリーディベルトは笑ってしまう。


「婚約者がいなくなって落ち込んでるのか?」


男装にあった言葉使いで話しかけるようになって、もう何年が経つのだろう。生まれてくる性別だけは人間には決められず、自分とユーリスは珍しい異性の乳姉弟だ。その為、将来自分の兄が彼の側近となる。


「……別に落ち込んでなどいない」


「なら、良かった」


そう言いながら、ユーリスの隣に腰を下ろすと同じように空を見上げる。遠くで予鈴の音がなったのを無視する。周りから他の生徒がいなくなってもただ、並んで空を見上げるだけ。どれぐらいそうしていただろうか……。先に沈黙に耐えられなかったのは乳姉弟の方だった。


「………怒らないのか?」


“ポツリ”と響いた言葉にリーディベルトは苦笑する。


「どうせ陛下にも王妃様にも怒られただろ?私ぐらいお前の味方でいてやらないと可哀想だろ」


そう言ってやれば、ユーリスは目を見張った後、自棄になったように叫ぶ。


「ああそうだよ!父上にも母上にも兄上にも大目玉を食らったさ!ついでに言うならリーテックにもな」


兄の名前まで含まれていた事に“やっぱりな”と思いながらもリーディベルトは昔から変わらない相手に肩を竦める。


「……いい加減、諦めろよ。ユーリス。運命なんて信じたって苦しいだけだろ?」


自分の言葉を聞いたユーリスが唇を噛みしめ、握りしめた拳を震わせるのが視界の端に入った。しばらくして聞こえてきたのは苦しげな独白。


「…………何が王子だ。好きな相手との結婚も許されないなんて間違ってる」


その言葉にリーディベルトは曖昧に笑う。まだ何も分からない頃に誓った約束は果たされる事は決してない。そんな夢を見る事すら出来ない現実が自分とユーリスの間には横たわっている。本来なら、公爵令嬢として通学する筈の学園で自分が男装しているのはそれが理由だ。もちろん自分も公爵家の令嬢として小さい頃はユーリスの前でもドレスを着ていた。


それが許されなくなったのはあの日から。


『リーディと結婚する』


“無邪気に好きだと言えたのは、私達が何も知らない愚かな子供だったから”


乳姉弟として、ユーリスと共に育ち。淡い恋心を抱いた自分達が両親の前で口にした時から全ては始まった。顔色を変えた両親達にいつしかユーリスの前では令嬢ではなく、騎士と振る舞うよう言明された。その日から自分達の恋心が叶う事がないのを自分は知っている。その後、すぐに決められた婚約者がそれを物語ってい。暫くの間、目を閉じていた自分は諦めたようにユーリスに視線を移す。


「………………それが私達の義務だろう?」


血を守る為だけに、課せられた義務を果たす事が自分達の役割なのだから。曖昧な微笑みを向ければ、ユーリスもまた悔しげに俯いた。叶わない恋心ほど、悲しいことがないと自分達は知っている。そんな乳姉弟の姿を見ながら、リーディベルトはわざと明るい声をあげる。


「安心しろ。ちゃんと最後まで見届けてやるから」


彼と結婚して、家族になる事は出来なくても一番傍で幸せになる姿を見る事だけは出来る。


ーだから


「次の仮婚約者には、少しぐらい紳士に振る舞ってもらえませんかね?王子様」


その言葉に泣きそうな顔をする乳姉弟の頭をリーディベルトは乱暴に小突くのだった。



その数日後……新たに決まった乳姉弟の仮婚約者の前で、リーディベルトは恭しく騎士の礼を取る。


「始めまして、お嬢様。本日から護衛騎士を勤めるリーディベルトです。よろしくお願いいたします」

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