3.赤黒の魔法少女、魔法少女ミューラー誕生
「―で、ほかに何か聞きたいことはあるかな?」
ディゼルは私に再びそう問いかけた。
まずい。さっきまで色々と聞こうと考えていたが魔法少女になった時の興奮ですべて忘れてしまった。急いで思い出さないと……!
「うーん。ちょっと待ってください。今頭の中を整理しますので。」
とりあえずそう答えてお茶を濁してみる。ヤバい。さっき何考えてたっけ。
「そうかい。まぁゆっくり考えるといいよ。」
ディゼルはぷかぷかと浮かびながら言った。
―数分ほど経過しただろうか。気まずい沈黙が流れ続けている。まずい、本当にさっき何考えていたか思い出せない。興奮しすぎてた。
流石にこれ以上待たせるのも悪い気がしてきた。他人に迷惑をかけないことを美徳とする日本人らしさ全開の気持ちでディゼルに話しかける。
「いえ、特に聞きたいことはないですね。」
さすがにこの回答は予測できなかったのか、ディゼルはぽかんとした顔をした。
確かに気持ちはわからないでもない。今のところ俺が魔法少女の説明として聞いたことはほぼ無い。現時点で聞いたことといえば本当に少女になるのかどうかということだけだ。
そんな奴に任せるのはさすがに不安になるのも無理はないな。ろくに説明聞いてないんだから。
しかし結局のところ俺は魔法少女になる方向で気持ちが動いているのだからあまり聞く意味は無いのだ。
俺の人生、この機会を逃したら次にこのような能力を手に入れられることはないだろう。ここで手持ちをすべてベットすべきだ。
と、そこまで考えたところでディゼルが口を開いた
「いや、さすがに何かもっと気になることあるでしょ?ほら、魔法少女見たことなんて無いだろうしさ、せめてもっと話だけでも聞いてくれない?あとはせめて知り合いの女の子に宣伝してくれたりするだけでもいいからさ。」
ここで俺は鋭く切り返す。
「いえ、もう聞く必要があることはないですね。」
するとディゼルはしょぼんとした顔をした。
「そうかい......じゃあ残念だけど会えたらまたどこかで。少しの間だけど話を聞いてくれてありがとうね......」
そういってどこかへ行こうとするディゼル。あれ?これちょっと勘違いされているかな?
勘違いを正すため急いでディゼルの前に立ちふさがる。
「待ってください。私が聞きたいことがないといったのは興味がないからじゃありません。魔法少女になる決心がついたからです。聞きたいことは後であなたから聞けばいいんです。」
我ながら良い返しが思いついたものだと思う。これは百点満点の解答だろうと内心誇らしく思う。これは即魔法少女コースだろうな。しかし眼前のディゼルは再び困惑した顔をした。
「えぇ!?魔法少女になるの!?」
「えぇ。私とて男です。二言はありません。」
「魔法少女らしくない言葉だね・・・・・で、でも本当に魔法少女になるの?詳しい説明とか良いの?僕としてはうれしいけど、あとで撤回とかできないよ?良いのかい?本当に良いのかい?」
さっきは火を使ってまで無理やり引き留めた割に結構慎重だな。こういうのはズバッと決まるものだと思っていたんだが。
「はい。大丈夫です。魔法少女、就任させていただきます。」
「だからさっきからなんで言い回しが魔法少女感0なの・・・・・本当に!本当に良いんだね?」
「はい、大丈夫です。」
「あのさ、せめてさ、何をするかだけでも聞いてからそういう決断はした方がいいんじゃないかい?」
「はぁ、そこまで言うのでしたら。それでは、魔法少女っていったいなにをするんですか?」
そこでディゼルが語った内容は私には理解し難い内容であったが、おおよそこんな感じであった。
この世界には我々が住む人間界という世界の他にディゼルのような魔法生物がすむ魔法界、そして悪い生物がすむ魔界という世界があるらしい。
そしてその魔界に住む生物は太古から人間界や魔法界へやってきて人間に悪い影響を及ぼしてきたそうだ。
そこで魔法界の生物は人間と協力してその魔界生物を倒すことにしたそうだ。その協力した存在こそが魔法少女であり、すなわち魔法少女の使命は魔界の生物から世界を守ることなのだそうだ。
と、ここで少し疑問に思うことがあった。
「あれ、それってなんで女の子になる必要があるんですかね?」
これは純粋に疑問に思ったことだ。さっき私も女の子になったし魔法が存在することは納得できなくもないことだし、百歩譲って魔界という世界が存在するとして、悪いことをするとしても、それを何故少女が解決したりしなければならないのだろうか?こういうのは然るべき機関が行うべきであろう。さらに言えば、何故少女の姿になる必要があるのだろうか?
それに対するディゼルの解答は実にシンプルであった。
「いや、なんか人間を魔法に使えるようにすると何故か女の子になっちゃうんだよね。」
・・・なるほど。確かに女の子になっちゃうんじゃ仕方ないな。そういうものだと納得するしかないか。
しかし先ほどの口ぶりからするとどうも基本的には魔法少女の勧誘は少女に対して行っているようだ。どうせ女の子になるんだったら気にしないでいいのではとも思う。
それに対する回答もまたシンプルであった。
「いや君もさっき魔法少女になるの嫌がってたじゃないか・・・・・やっぱり男の人は女の子になるのは嫌がるんだよね。それに僕達としてもおっさんを魔法少女にするのはさすがにいろいろと気が引けるんだよね・・・・・」
なるほど。確かに女の子になろうとはなかなか思わないかもしれない。それにたしかに自分の父親が魔法少女になってたりしたらきっついな・・・・・
まあ、魔法少女が何をするかは大体わかった。人助けは嫌いではないしやってみようかな。そう思って私はディゼルに声をかける。
「魔法少女が何をするかは大体わかりました。人助けは嫌いではないし引き受けますよ。」
「そうかい?ならさっそく僕たちと契約しようか。僕たち4人の魔法生物と。」
「はい。・・・・って、え?4人?なんか多くありません?あなただけじゃないんですか?」
どうみても目の前にいるのはディゼル1人だ。それなのに4人と契約とはどういうことだろうか?
私の疑問に対してディゼルが口を開く。
「言ってなかったかい?僕たちと契約と。最近魔法少女は光属性ばっかりが人気でね、土、風、火、水の4属性は肩身が狭いんだよ。そこで4人と契約した君に活躍してもらえば一気に魔法界での評価はうなぎのぼりだと思うんだよね。よろしくお願いするよ。」
なるほど。つまり自分たちの所属する個々の団体の立場が危ういから協力することで一定の存在感を出そうということか。人間界の政党がよくやる手に似ているな。
そう考えると目の前の犬みたいなのがいっぱいいるであろうメルヘンな魔法界っていうのも案外世知辛いものである。
そんなことをしみじみと考えていると、ようやく先ほど何を聞こうとしていたのか思い出した。そうだ。属性だ。属性って何なんだろうか。
しかしさらに考えると、どうせ魔法少女になって活動すればいずれ分かることである。今ここでどうしても聞くことではないな。ここは流れを重視して余計なことは言わないでおこう。正直先ほどから天気がどんどん曇ってきたので早いところ済ませたい、という気持ちがなくはない。
そんなことを考えているうちにディゼルが再びしゃべり始めた。
「それじゃあ納得できたようだしさっそく魔法少女になろうか。さっき4人と言ったけど契約するのは代表の僕1人とだけだから緊張しないで大丈夫だよ。」
そう言ってディゼルが急に真っ赤に輝き始めた。そして私の頭に手を伸ばすと、4色の光がディゼルの触れたところから体へと流れてきた。
暗雲に包まれた空に対して、地上からのその輝きは一段と眩しいものであった。
「契約は完了したよ。これからよろしくね。」
こうして私の魔法少女生活が始まったのである。
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斯くして魔法少女となった三浦村重。そこに早速ディゼルが話しかける。
「魔法少女になった気分はどうかな?」
「・・・正直まだ実感がわきませんね。まだ見た目も変わってないわけですし。」
「それもそうだね。そのうち仕事の時が来るからその時また聞くことにしようかな。」
自分の仕事を終えた安堵感からかディゼルの機嫌はすこぶる良い。その上機嫌な様子のまま三浦へとディゼルは問いかける。
「そういえば、せっかく魔法少女になったんだし、名前何にするか決めないかい?」
三浦はやや訝しんだ顔で問いかける。
「名前ですか?」
「そう、名前。魔法少女は自分の名前を本名ではなく別の名前を使うことも多いからね。」
すると三浦は困った顔をしながら答える。
「そう言われましてもなかなかすぐには思いつかないんですよね・・・・・」
そこで待ってましたとばかりに得意げな顔のディゼルが答える。
「そう言うとおもっていたよ。そこで僕が今まで温めてきた魔法少女の名前が有るんだけどどうかな?」
やや不安そうな顔で三浦がディゼルへと問いかける。
「・・・・・一応聞いておきますけどどんな名前ですか?」
ディゼルは得意満面の顔で答えた。
「ヴァルバトスっていうのはどうかな?」
「あっ却下でお願いします。」
きらきらとした目で言い放つディゼルに対して三浦が即答する。
「なんですかヴァルバトスって・・・・・毎回そんな痛い名前名乗る方の気持ちになってくださいよ・・・・・」
ディゼルが不快気に眉を顰める。明らかに自分のアイディアが即決で否定されて不機嫌である。
「それなら何が良いっていうのさ。君が思いつかないっていうからせっかく秘蔵のアイディアを出してあげたっていうのにさ。」
三浦はやや考えた顔をする。
―2分ほど経過したであろうか。突如として何かひらめいたような顔をした。そして満面の笑みで言った。
「ミューラーってのはどうですかね?」
ディゼルが困惑した顔で質問する。
「・・・・・一応聞いておくけど、なんでそんな名前にしたの?」
三浦はしたり顔をしてその問いかけに答える。
「いや、さっき名乗りましたけど、私の苗字三浦っていうんですよ。」
「・・・・・まさかひょっとして」
「ええ、三浦だからミューラーです。ウィットに富んでて良いでしょう。」
ディゼルはとても残念なものを見るような目を三浦へと向けつつ諦めたように言った。
「・・・・・まあ、君がそれでいいと思うならそれでいいよ・・・・・いやになったらいつでも名前変えていいからね・・・・・」
ディゼルの残念な目を向けられても三浦は得意満面だ。
「じゃあこれから魔法少女として活動するときは魔法少女ミューラーって名乗りますよ。」
―この瞬間、4人の魔法生物と契約せし赤と黒の魔法少女、ミューラーが誕生したのである。
8/31 大幅に変更しました。