2.雲を増やす空
流石に男子高校生で魔法少女名乗るのは厳しいでしょ。
魔法少女についてそこまで詳しいわけではないがそれだけはわかる。
というか魔法少女になるって何なんだよ。魔法少女っぽいフリフリのコスプレするとか割と冗談じゃないんだが。
とりあえず返事はしておくべきだと考えたので目の前の真っ赤な珍獣に返答しておく。
「いや、流石に俺男ですし魔法少女は厳しいんじゃないですかね?」
この指摘に対して目の前の犬は驚くべき言葉を返す。
「あー、やっぱりそうだよね。そこは気になっちゃうよねぇ。でも大丈夫!男の子であっても女の子として扱えば女の子になる。世の中そういう風にできてるもんなんだよ。」
……めちゃくちゃ気持ち悪いこと言ってきたよこいつ。
誤魔化しきれるとでも思っているのだろうか。
正直こんな奴とあんまり会話したくないなぁ。周りの人に同類だと思われても嫌だし。
そこで周囲を振り返って気づく。あれ、周りの人、俺を避けてないか?
なんだか俺が向くと目を避けられてる気がする。
そこで先ほどの言葉がフラッシュバックする。「君、僕のことが見えてるよね?」
……ひょっとして、こいつって周りから見えない生物なのでは?
「あの、すいません。ひょっとしてあなたって周りの人に見えない感じですか……?」
目の前の生物が当然といった調子で返してくる。
「うん?そりゃそうだよ。僕は魔法少女の素質がある人にしか見えないよ。まぁそれがつまり君が魔法少女としての高い素質を持っていることの証拠であるのだけどね。」
……つまり俺は何もない虚空で延々と話し続けていたという訳か。
それは……引かれるな。なんだかとことんツイてないな俺……。
こういう意味不明な勧誘はさっさと逃げるに限るな。このまま続けて知り合いに見られたらいやだし。
「あっそうなんですか。それじゃあ私はここらで失礼します。」
そういって先を急ごうとすると赤い犬はこちらを追いかけてくる
「いや、あのさ、話だけでもいいからさ、ね、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからさ!」
歩く速度を早くしながら答える。
「いや、もうほんと大丈夫なんで。はい。大丈夫です。」
しかし追ってくる生物は諦める素振りがない。段々と速度を上げてきて再び声をかけてくる。
「いや、これはもうほんと君のためになるやつだから!ね?ほんと話だけでも聞いてよ!」
かまわず歩き続ける。するとしびれを切らしたのか後ろの生物が大声を出した。
「おい!まてやゴラァ!」
その瞬間。あと一歩という距離のところに炎が上がる。危なかった。殺す気かよ。
「ふぅ。ようやく立ち止まってくれたね。それじゃあ話の続きをしようか。」
そう言って再び目の前に回り込んでくる。
そこで気づいた。今こいつは火を出していたよな。ということは魔法少女というのは悪趣味なコスプレをするという訳ではなく、ひょっとして本当に魔法を使える超常の存在である魔法少女になれるということではないのか?
そう考えるとこれは今まで待ち望んでいた千載一遇のチャンスなのかもしれない。
いままで持たざるものであった俺が運命的な出会いをして超常の異能を行使できるようになる。これはまさしく憧れていたアニメや漫画のような展開ではないか。
これを断るという考えはないな。
とはいえこれ以上道で話して変人扱いされたくはないな。
「え、えぇ。よろしくお願いします。立ち話もなんですし、そこの先の公園でゆっくり話しませんか?」
「おっ、話だけでも聞いてくれるようだね。いいよ。それじゃあそこの公園に行こうか。」
そう言って俺とこの火を使える犬は移動を開始した。
いつも通っている隣町へと向かう道の途中には公園がある。その公園で話をしようと考えたのだ。通勤時間であるとはいえ駅のない御治町の通学時間は通常の町の通学時間よりも若干早く、そのためこの時間ではまだ公園で遊ぶような子供はいない。誰もいない公園であれば不審者と呼ばれる道理はない。そこで公園で話を進めようと考えたのだ。
いつも通りの道を通って公園へと向かう。さっきまで何もないところで会話していたせいか周りの人からやや距離を感じるがこの際気にしないことにした。
ふと空を眺めると、これまでしばらく曇一つない晴れであったのに、今ではかなり雲が出てきてしまっている。
「まいったなぁ……傘持ってきてないよ……。天気予報では晴れって言ってたのになぁ。」
そのような独り言をつぶやきながら赤い犬を伴って公園へと向かった。
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公園にたどり着くとまっすぐそのまま木陰にあるベンチへと向かった。長話になりそうな気がしたからであるし、なにより木陰なら少し人目につきづらいかなと思ったからだ。
ベンチに座るとついてきた赤い犬はふわふわと丁度俺の目のあたりの位置に浮かんでいた。
ここまで歩いてくる中で確信した。こいつが使っている力は何かしらのトリックではなく魔法という超常の力の産物であると。そうでなければここまでスムーズに移動できるのはおかしいからだ。
こういうのは誘った方から口を開くのが礼儀かなと考えこちらから口を開く。
「どうも初めまして。三浦村重です。」
眼前の犬がそれに応えるように口を開く。
「これは丁寧にありがとう。どうも、火の魔法生物のディゼルです。それで、何か聞きたいことは有るのかな?」
ほう、ディゼルという名前なのか。火の魔法生物というからにはほかの属性も存在したりするのかな?そこはかとなく気になるな。後で聞いておこう。
とりあえず今は魔法少女に関することを聞いておこうかな。
口を開きディゼルに問いかける。
「あの、魔法少女になるって具体的にどういうことなんですかね?」
「なるほど。たしかにそれはもっともな問いだね。先ほどは少々焦っていたようだ。」
自省するような話し方でディゼルは語る。
「魔法少女っていうのはその名の通り魔法を使う少女になるっていうことだね。」
……それで終わり?
もうちょっと何か説明有っても良いでしょ。っと、あれ、よく考えれば重要なこと聞いてなかったな。
「私、男なんですけど魔法少女になれるものなんですかね?」
その当然の問いかけにディゼルは自信満々に答えた。
「もちろん。さっきも言ったように女の子として扱えば女の子になる。よのなかそういうものだよ。」
「いやそういう気持ち悪い意味じゃなくてですね。こう、物理的に女の子になれるものかなっていう。生憎私には女装の趣味というのは無いんですよね。特に少女のコスプレとかきついです……。」
ディゼルはようやく聞いていることの意味が分かったようで「なるほど!」といった顔で―まぁ、犬の顔だから本当にそうなのかはよくわからないけど―答えた。
「あぁ、そういうことね。なるほど。確かにそこは気になるよね。うん。大丈夫だよ。魔法で女の子の姿になれるから。まぁ、魔力を使っちゃうから女の子以外が変身すると若干効率悪いんだけどね。」
ほぅ。魔法で女の子の姿になれるのか。それはすごいな。
……うん。本当にすごいな。正直今までは力が欲しいだけだったけど真剣にちょっと気になってきたな。
「あの、女の子になれるっていうことは、女の子になれるってことですかね?」
ディゼルが困惑した顔で答えた。
「えっ、あぁ、うん。そうだよ。女の子になるっていうことだよ。」
……テンパって無意味な質問をしてしまった。気を付けなくては。あれ?そういえばなんで俺に声かけたんだろう。女の子の方が効率良いんだよね?
「なるほど。ありがとうございます。ところで少女の方が効率良いなら少女に声かけたほうがいいんじゃないですかね?」
するとディゼルはややバツが悪そうな顔をして言った。
「あー、それね。うん、まぁ、その、ねぇ?まぁ、なんというか、今の子たちは夢がないっていうか、ねぇ?」
あー。なるほど。この雰囲気を見るに断られたんだな。ただ何となく今までの対応を見るにこの珍生物の勧誘方法も悪かった気がする。
友達と遊んでる最中にいきなり声かけられてその遊んでた友達から
「何もないところに話しかけてるけどどうしたの?」
って言われたらそりゃあ無視するだろうなぁ。
ん?それじゃあ結構魔法少女ってどのくらいの数いるのかな?全員がこんな感じだったら少なそうな気もするけどどうなんだろう?
「なるほど。大変なんですね。それだと魔法少女って結構少ないんですかね?」
「いや、そういうわけではないよ。光の魔法少女はなんか妙に多いしね。やっぱり最近は光が人気なのかな……。他の属性は何故か契約があまりとれないし、とれても光の魔法少女の魔法見るとあっちが良いって言われたりして契約解消されたりするんだよね……。」
世知辛いな……。あと光属性っていうのが有るんだな。なるほど。おっと、話が本題からずれてきた気がするな。戻さないと。
「なるほど。そうなんですか。ところで、女の子になれるって話なんですけど。」
「いや、魔法少女ね。魔法少女。そこ大事だから。」
「あぁ、そうです。魔法少女です。それって体験できたりするんですかね?」
するとディゼルはきょとんとした顔をした。
「えぇ?なりたいの?女の子?そういう感じなの?普通あんまり女の子になりたくないって反応されるんだけど。LGBTってやつかね?」
「いや、そういうわけではないです。というかLGBTって知ってるんですね……。」
結構いろいろなこと知ってるのかもしれない、このワンコ。
「まぁとりあえず体験だけしてみる?」
「あっはい。お願いします。」
ディセルは指をくるくるとして、そして、こちらに突然指を向けた。
「ホイ!」
ボフン!
気味のいい軽い爆発音が鳴ったと思うと、視界が白い煙で包まれた。自分の身体も見えなくなるくらい濃い煙だ。
しばらくして煙が晴れてくると、先ほど見ていた位置よりも視点がかなり低くなっていた。もしやと思い自分の手や足を見ると、いつもよりも華奢で色素が薄くなっていた。驚いて思わず声を上げたが、その声も聴きなれたいつもの声ではなく聴き慣れない知らない女の子の声であった。
「一応魔法少女に見た目だけでもなった訳だけど、気分はどうかな?」
会ってまだ一時間も経っていないだろうに随分と聴き慣れたディゼルの声が聞こえる。
そうか、俺、本当に魔法少女になったのか。どんな感じなんだろうか。もともとの見た目があまり良くなかったからあまり期待はしていないが、それでも期待する気持ちがないと言えば嘘になってしまう。
さっそくスマホを取り出してカメラで自分の写真を撮ることにする。と、スマホを起動したところで現在の時刻が目に映る。
ああ、学校は完全に遅刻だな。すっかり忘れてたけど、今登校中なんだった・・・・・・
ややテンションが下がりつつもスマホのインカメでさっそく自分をのぞいてみる。
―本当に女の子になってた
我ながらかなりの美少女だぞ、この子。小学4年生くらいだろうか?確かに魔法少女といえるような外見年齢になっている。
髪は元の黒に赤色がグラデーションのようにかかっている。そして衣装は黒いワンピースの上に紅のローブといった衣装だ。
なんかワンピースの上にローブって少し変だな。って、今まで服装に興味なかった俺がこんなこと思うなんて。やっぱ美少女の外見は偉大だな。
そこへディゼルから声が聞こえてくる。
「どうかな、女の子になった感想は。」
「いやぁ、これ思ってたよりいいですね。面の悪い男の私から対局の存在である美少女になれるっていうのは感動がありますね」
するとディゼルはフンッと鼻を鳴らして答える。
「当然だよ。魔法少女はその人のもとの顔をベースにして最大限の美少女になるようになってるからね。」
……それ、俺は男だからいいけど女の子は顏変わってたらショックだろうな……
そのときは身元がばれないための変装とか言って誤魔化すのかな?
そこにディゼルが話しかける。
「体験は終わったしこんなものでいいかな。」
再びボフン!という爆発音が鳴ってシンデレラの時間は終わりを告げる。
そして再び俺は男に戻った。
胸の中には先ほどまでの興奮と、それを取り除かれた寂寥感が残る。
そんなことを知りもしないディゼルは再び俺に向かって話しかけてきた。
「で、ほかに何か聞きたいことはあるかな?」
見上げる空には、次々と雲が集まってきていた。
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