1.晴天に迫る暗雲
関東沿岸部に位置する人口2万人ほどのとある小さな町、その名は御治町。周囲は小高い山に囲まれており、また南部は海に面している。そのような立地であるため別荘地としてやや人気が高い。しかしそのような少しの人気のため開発が進まずやや不便を強いられている。
そのような土地の、とある4月のことである。町に咲く桜は既にその咲き乱れた花びらを落とし、早くも緑に染まりつつある。
世間の入学シーズンや入社シーズンというものは終わりを迎えつつあり、世間はすっかり平常運転に戻りつつある。
御治町に駅はない。また小学校と中学校は存在するものの高校と大学は存在しないため御治町で育った子は必然的にバスに乗って隣町へ移動し、そこから駅で電車に乗って各々の目的地へ向かうことになる。
そのため御治町と隣町とを繋ぐいわば町の大動脈ともいうべきバスはラッシュ時に非常に混む。それはもう足の踏み場もないほど混んでしまうのである。
そのようなラッシュを嫌って、また少しでもお小遣いを浮かすために隣町の駅へと坂を越え川を越え向かうものも少なくない。
三浦村重もその一人である。彼は御治町の生まれではなく隣の県の出身である。もっとも幼いころに御治町に引っ越してきたため彼にその当時の記憶はなく、完全に御治町になじんでいるのだが。
彼はいつものように学ランを着て御治町と隣町とを繋ぐ坂を上っている。着ている学ランはところどころがまだピンとしており、彼がその学ランを着始めてまだ日が浅いことを如実に語っている。
それもそのはず、彼は今年高校に入学したばかりの高校一年生だ。御治町の中学校は山の上にあるため徒歩での移動は慣れているようであるが、電車に間に合うために早く起きる生活には慣れていないようでその顔には疲労の色が見える。
未だ高校生活には慣れきっていない、しかしながら高校の登下校には慣れつつある。そのような時期であった。
天は晴れ渡るように澄み渡り、一つの雲も見えないまさしく快晴である。
前日の天気も同様に晴れであり、明日も同様に晴れの予定であった。しばらく前の週までは曇りが続き春の嵐と呼ばれていたが、今ではそのような天気はどこへいったのか、すっかり晴れが続く毎日である。
この晴天はしばらく続くと予定されており、そのためこの日雨が降るであろうと心配するものは少なくともこの町には誰一人としていなかった。
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「どうしてあんなに遠い高校を選んじゃったかなぁ......」
入学以来、いや合格して以来念仏のように吐き続けた言葉を今日もまた口にする。口にしたところで何も意味がないことはわかっているのだがそれでも口に出さずにはいられないからだ。
そもそも原因は志望校を突然変えてしまったことだろうな、と考える。元々受験勉強を本格的に始める前までは家から30分で着くもっと近くの高校を志望校にしていたはずだ。というかこのあたりだとそこくらいしか合格できるとこがなかったし。
それが本格的に受験勉強を始めたところ思ったより成績が伸びて「ちょっと上を目指してみるか」なんて考えたのが運の尽きだった気はする。
そこから偏差値が少し高い代わりに家から電車とバスで合計2時間くらいかかる今の学校に志望校を変えた。合格するために必死で勉強して、確かに合格したときはすごくうれしかった。だけどよくよく考えれば通学で片道2時間はさすがにバカだった気がする。
おまけに中学校の友達は全くそこに進学してないから高校に入って速攻でボッチになったし。
......考えれば考えるほど学校行くのが嫌になってきたな。なんでこんなに苦労してわざわざボッチになりにいかなくちゃいけないんだ。そもそもあの学校地元の人間で固まりすぎだろ!
「はぁ......最近独り言、というか考えに耽るのが増えてきた気がするな.....やっぱり一人だからかな......」
せっかくの高校生になってまでどうしてこう独り言をつぶやき続けなければならないのか。なんだかすごく哀しくなってきた。
「空はこんなに晴れているのに、どうして俺の生活は曇っているのだろう。あっ、ブルーって意味では俺の気持ちと一緒か。」
再び独り言を吐いてしまう。やっぱり俺、疲れてるのかな。
そのような一人芝居をしつつも歩を進める。現在の時刻的には全然電車に間に合いそうではあるが油断は禁物だ。以前ゆっくり歩いていたせいで電車に遅れてしまったことがある。
しかし俺って高校生になっても何にも変わらないな。中学生の時は高校生ってすごい大人に見えたし、少しくらいは何か変わるかなって思っていたけど正直言って特に何も変わっていない。変わったのはただでさえ少ない友達がさらに少なくなって、代わりに通学距離が伸びたくらいだ。
どうやら俺はアニメや漫画のような劇的な生活は送れそうにない。
「なんか一生こんな感じで未練を吐きながら後悔して生きていきそうな気がするなぁ、俺。」
そんなことをつぶやいたとき、ふと前を見るとおかしな光景が広がっていた。赤い、というよりも紅の色をした犬、あの犬種はスピッツというのだったか?とにかくそんな見た目の犬のような生き物がふわふわと俺の目のあたりの高さで浮いているのである。
......さすがに疲れすぎてるな。浮いてる真っ赤な犬が見える......。友達ができないストレスとかでちょっとおかしくなっちゃったのかな?いくら何でもおかしいでしょ。
しばらく目をつぶり、目のマッサージをして、再び正面を見る。
......まだみえるんだけど。いったいなんなんだこれは。
と、こちらの視線に反応したのか真紅の犬がこちらに視線を向けようとする。やばい、急いでそらさないと。なんか変な宗教の勧誘かもしれない。
急いで顔を横にそらす。
……さすがに大丈夫かな。再び正面を向く。
すると眼前が先ほどの通学路から一転、真っ赤に染まった。
「うぉっ!」
流石に声を上げてしまった。
「君、僕のことが見えてるよね?」
眼前の真紅の獣が話しかけてきている。
「え、えぇ。まぁ、なんというか、見えていますけど。」
しどろもどろになりながらなんとか声を絞り出した。
すると眼前の赤い犬がしゃべりだした。
「それはよかった。ねえ君、魔法少女に興味はないかい?」
......いったい何を言い出すんだこいつは。いや、犬がしゃべり始める時点で相当頭はフリーズしていたんだが、いったいこいつは何を言ってるんだ?
ひょっとして趣味を語り合える存在が欲しいとか?いや、そもそもなんでこの犬は魔法少女とかそういう存在を知っているんだ?いやこれはそもそもしゃべりだす犬を前にしたら無意味な疑問か?いや……
しばらく思考の海に潜っていると再び声が聞こえた。
「いや、無視はひどくないかい?こっちは君に質問してるっていうのに。質問くらい答えたらどうなのかな?」
どうやら怒らせてしまったらしい。とりあえず質問には答えておくか。
「ああ、すいません。えぇっと、魔法少女ですか。まぁ、興味はなくはないですね。」
すると眼前の赤い犬がどうやって言葉を発しているのかは不明であるが再び口を開く。
「そうかい。なら話は早い。君、魔法少女にならないかい?」
いったいこいつは何を言っているんだろうか。男子高校生に魔法少女とはこれまたおかしな。
ふと見ると、一日晴天とされていたはずの空に大きな雲が現れたのが見えた。
初投稿です。よろしくお願いします!
8/22 大幅に編集しました。