プロローグに似た何か
新人賞に向けてリハビリがてら書きたいと思ってます(こいついつもリハビリしてるとか言わないで)。
誤字脱字は最低限の注意だけ払いますがあふれてると思いますので指摘をお願いします。
あとハッピーエンドがお好きな方は閲覧注意です。私の話は基本的に誰も救われないので。
少女が歩いていた。
ゆったりとした足取りだった。
少女は笑みを浮かべていた。
自嘲するかのような皮肉じみた笑顔だった。
少女は風に揺られていた。
潮風に曝された髪は乱れ、破れた服はその役目を放棄していた。
少女は止まらない。
たとえ彼女の視界の先にあるのが、深く暗い谷への道だとしても。
そして少女は、罪を背負って身を投げる。
それが誰にとっても正解なのだと、信じて疑わずに。
◇◆◇◆◇
まずはどこから話そうか。
目の前のご老人は自身の整えられた髭を触りながら、そんなことを言う。
その目は遠くを見ているようで、今更ながらに真実に辿り着いたどり着いた私のことなどその瞳には映っていなかった。
白くなった髭と髪。それが、彼の過ごした時間を如実に物語る。
私はそれが恨めしくて、悔しくて、たまらない。
真実を明らかにしたところで、この人に痛みを与えることなどできるはずもない。
だからこの人は余裕でいられる。自分の立場が悪くなることがないと知っているから。自分が傷つくことがないと知っているから。
私は目を伏せ、黙って言葉を待つ。
それが私の仕事で、私の十字架。手を出すことは許されず、ただ聞くことしか許されない。
このご老人が何も語らないのならば、他の人から聞いた話をまとめるしかない。
コトリと紅茶を置いた彼の侍従に礼を言い、一口そのお茶を口に運ぶ。途端、体の力が抜けるような感覚を覚える。
ニタリ、と目の前のご老人が口角を上げるのが見えた。
どうやら、紅茶に何か仕込まれていたらしい。
「すまないね、やはり困るんだよ。真実なんてものは、誰も知らない方がいいんだ。この国のためにも、彼女のためにも」
そんなことを言うご老人の姿が、霞んでいく。
失敗した。
でも、ひとつ学習することはできた。
彼は何も語る気はない。真実を明らかにしようとすれば全力でそれを阻みに来る。
それが知れただけでも、儲けものというもの。
けれど、死んでしまってはどうすることも出来ないから、“継承”させてもらうことにする。
そういうわけだから、頑張ってね、次の私。今度はうまくやるんだよ。
いつかきっと、辿り着けると思うから。
それまでにどれだけの失敗を重ねるとしても、辿り着かないなんてことはないはずだから。
だからそれまで折れないでいてね。
――“私”が救われる、その時まで。
◇◆◇◆◇
はっと目が覚める。
ああ、そうか。“私”は死んだのか。あのまま目覚めることなく、きっと酷い目に遭ったのだろうが、それに気が付くこともなくそのまま安らかに眠ったのだろう。
正直言って、この感覚は苦手だ。
別の魂が無理矢理こちらにねじ込まれているのだから心地の良いものであるわけがない。
体を起こせば、腕が痺れていて、頬に違和感があった。目を擦って視界をはっきりとさせてみれば、どうやら机に突っ伏したまま眠ってしまったようだった。頬に違和感があるのは、きっと跡がついてしまったからだろう。
机についているベルを鳴らす。そうすれば、部屋の前で待機している使用人が入ってきて要件を聞いてくれる。
なかなか効率的なシステムだと思う。私は物事に集中できてプライベートな心配をする必要がなく、使用人の方は使用人の方で四六時中気を張っていなくていいからとそこそこ彼らからの評判もいい。
お呼びでしょうか、と丁寧に三回ノックをして許可を取ってから入室して来た使用人に、湯浴みをしたい旨と食事の準備をしてほしい旨を伝える。
それだけ言えば心得たと言わんばかりに部屋から退出し、そさくさと慌ただしく準備している音が聞こえてきた。その中に混じって聞こえる笑い声は、線の入った私の顔のことをあの使用人が仲間に伝えたのだろう。その笑い声、聞こえているからな。
鏡で自分の姿を確認してみれば、貴族の令嬢としては失格のような髪の荒れ具合に、頬には鱗のように服の繊維の跡が刻まれていた。
これは笑いたくなるなと思いながら、軽く櫛で自分の髪を解き、梳かしていく。
自分で軽く支度を終えれば、仕事の早い使用人が湯浴みの準備が出来たと伝えに来た。
魔導の使い手を雇ってよかったと思うのはこういうときである。普通ならば温めるのに時間がかかる事柄を、ものの数秒、ものの数分で終わらせてくれるのである。重宝しない方が無理というものだ。
だがそれも、悪さをしなければ、の話ではあるのだが。
衣類を脱ぎ、使用人を待機させてバスルームへ入った途端、その仕掛けに気付いてしまう。気付いてしまったものは仕方ない。優秀な魔導士だったが、これで契約打ち切りである。希望者がそれなりにいるからといって我儘を言って変えてもらうというのは問題だが、さすがにこれはいけない。
浴槽に浸かった瞬間に体に麻痺毒が回って溺死するような仕掛けを作る魔導士に、この家のお抱え魔導士は務まらない。
大体、リサーチ不足にもほどがある。
私には毒物の耐性があるということぐらい、少し叩けば埃のように出てくるというのに。その程度のことすら調べる努力もしない者も、この家にはやはり必要ないだろう。
少し体がピリピリする刺激を受けながらお湯にゆったりと浸かり、何でもないことを考える。
もうすぐ出ると声をかけてみれば、しかし扉の向こう側からの返答はなかった。いつもなら何かしら返答があるため、少しばかり不安に陥る。しかし、このまま裸で考えていたところで埒が明かないので、そっと扉を開けて顔を覗かせてみれば――血の海。
とっさに半歩下がったのが功を奏したのだろう。目の前に逆袈裟に振られた剣が見えた。左目が真っ赤に染まり、少しばかり痛みを感じるような気がするものの、命があるだけマシだ。生きていることに比べれば些事でしかない。父が見れば、顔に傷をつけるなと何度も言っているだろうと叱責してくるぐらいのことはしそうだけれども。
体の動きが鈍い。なんでだ。当たり前だ。さっきまで麻痺毒の入った湯に浸かっていたんだ。
耐性があるとは言えども、万全に動ける方がどうかしてる。
とりあえずバスルームに籠城しようかと思い、扉を閉める。それはそれで面倒なので、やはり蹴破って開けることにした。力任せに蹴りを扉に叩き込めば、扉を開けようとして来ていたらしく、鈍い音がして良い手応えがある。
襲撃者が扉に埋もれている間に、改めて辺りを見回してみることにする。
扉の前に控えていた使用人はみな事切れているようだ。そこそこ腕の立つ者たちを雇っていたつもりだったが、やはりプロの殺し屋に殺し屋らしく殺されるのはさすがに分が悪かったか。
あ、まずい、眠くなってきた。また誰かの魂が私の中に混ざり合いに来ているのだろうか。
最近は頻度が多いな、なんて思っていると、いつの間にか扉の下から這い出た魔導士君が既に剣を振り終えていた。
眠気で私がふらふらしていたおかげで――実際には左目の負傷で平衡感覚に問題が生じている部分も少なからずあるとは思うのだが――あらぬところを振ることとなった剣は誰かさんの右腕を宙に舞わせた。
すっごく痛い。また腕が飛んだ。
まあいいさ。くっつければいいだけ。今までだってそうして来たし、何も問題はないはず。
睡魔が早く眠りやがれと口悪く罵ってきているようで、目が閉じそうになるが、生憎私がこのまま眠ってしまえば永遠に目覚められない可能性があまりにも高すぎるので、必要な処置だけはしておくことにしよう。
「――――!!」
ごめん、聞こえない。
たぶん頭ももう正常に動いてないんだと思う。眠くて眠くてたまんないや。
首筋を刃物が掠めた気がする。じゃあ、そこに君の体があったりする?
残っている左腕を思いっきり前に突き出してみれば、手応えがあったような気がした。目の前に紅が舞ったから、多分正解。
死んでなくても、動けなくなってくれてるとありがたいな。
そんなことを考えながら、私の体も血の海に倒れ込んでいく。
あ、そういえばご飯用意してもらったのに、食べてない。お腹、空いたな……。
◇◆◇◆◇
おかーさんとおとーさんがけんかしてる。
なんだかよくわからないけど、けんかしてたの。
なんでけんかしてたのか、うーんと、たしか、シンケンっていうものでもめてるんだって。
おねーさん、むずかしいカオしてるよ?
え、おかーさんとおとーさんのどっちかとあえなくなっちゃうかもしれないの? それはヤだな。ぜったいイヤ。
どっちかにしなきゃいけないってなったらどっちにするって、おねーさんのいじわる……。
それならおとーさんのほうかな。いつもやさしいし、いろんなことおしえてくれるから。おかーさんにいっちゃダメっていわれてるヒミツのこともあるんだよ。
どんなことって、うーん、おかーさんにいわなければいいのかな。うん、たぶんそうだよね。
あのね、からだがポカポカするの。さいしょはへんなかんじだったんだけど、いまはとってもポカポカして、しあわせなきもちになるの。
そうそう、おねーさんのいうとおり。それでねそれでね、って、おねーさんどーしたの、すごいカオこわいよ。
え、おとーさんのほうはやめたほうがいい? なんで、なんでそんなこというの? せっかくえらんだのにー。ぶーぶー。
いけないことだから、ってなにが? おとーさんとのナイショのこと? でも、おとーさんはみんなやってるっていってたよ。え、おねーさんのところはやってなかったの。そうなんだ。じゃあ、おとーさんがウソついてるのかな。
そーいえば、おねーさん、ここにははいっちゃいけないんだよ。なんでも、マジョっていうのがでるんだって。よくわからないんだけど、わるいことしてたらしくて、それでこのとけーだい? ってところにふーいんされたんだって。
わるいマジョにえーきょーをうけて、わるいこになっちゃうからダメなんだって。
そんなことないのに、なんでそんなこといわれてるんだろうね。
あれ? 何でここにいるんだっけ。ここには来ちゃダメだってわかってたじゃない。
魔女と話しているのを見られて、自分も異端者だと断じられて、それで、それで……!
ほら、見られた。火炙りだっけ? 犯されたんだっけ? その両方だっけ?
失敗した。せっかく継承したのに、失敗した!
何回でもやるしかない。何回でも間違えて、何回でも失敗して、それでも最後に行きつくことが出来れば、きっと。
“私”は救われる、はずなんだ。
今がどんなに苦しくて、何回ひどい目にあわされようとも。
それまで、ほんとに“私”は耐えられるの? 心が壊れずにいられるの?
それでも信じるしかない。それ以外に道はないもの。
だからお願い。また“継承”するから、頑張って、耐えてね。
“私”が救われれば、あなたも解放されるんだから。それまでの辛抱だから。それまでの付き合いなんだから、いいでしょう? いいよね? いいに決まってる。
ああ、熱いっ! やめてよ! 私を燃やさないで……。よりにもよって意識があるまま焼かなくてもいいじゃないっ。誰か、誰か! 誰か助けて!
◇◆◇◆◇
意識が覚醒する。
また何かが入ってきたような違和感。いつまで経っても慣れることのない、この感覚。それに加えて今回は体がべたべたした何かにくっついているようである。
それはそうとして、どうやら私は誰かの記憶の保管庫のような役割を果たしてしまっているようだ。それで恐らくは一人の人の時間遡行を、ってもう集中できない! うっとおしいなこのべたべた!
そう思って体を起こそうとすれば、右腕の所在不明と床に転がる何かに乗り上げたせいで体が再度床に叩きつけられた。
ああ、そうだった。こんな状態で眠ったんだった。辺りを見回せば、そこに広がるのは四つの死体と血の海。言うまでもなく大惨事である。
足は機能するので、腕をほとんど使わずに立ち上がってみる。成功した。足場が悪すぎて滑って転んでしまいそうなものだが、案外どうにでもなりそう。
死体を再確認してみれば、私のお気に入りと、あの私の顔の跡を大声で笑っていた生意気な子と、多分今日から入った新人の子と、暗殺者だった魔導士の人だ。
三つの死体はきれいに首を落とされて不思議そうな顔のまま死んでいるが、魔導士のだけは左胸にまん丸の穴が開いていた。
左腕に目を落とせば、容疑者は黙ってその身を魔導士の血で濡らしているだけだった。その左腕の持ち主たる私に喋る元気がないのだから――そもそも左腕は言葉を話すようなものではないはずなので――何かを語ることはあり得ないのだ。
さて、問題は後処理と、右腕だ。ぐるりと部屋を見回せば、すぐ近くに発見することが出来た。どう保管しておこうかと考えたが、結論が登場をさぼってしまったので、使用人の服を少し破って、もとい拝借をして、骨折してるように結んでそれっぽくぶら下げておくことにした。
窓の外を見てみれば、空が朱く染まっている。それを見れば時間がたったことはわかるのだが、そもそもどれぐらいの時間に湯浴みをしたのか見ていなかったので、どれだけの時間が血の海での睡眠に使用されたのかは計ることが出来ない。
そんなことを考えていた折である。
ばんっと乱雑にこの待機所の部屋の扉が開かれ、少しふっくらとしたお腹を持つ男が入ってきた。男はその部屋の惨状を見るや否や眉を寄せ、そしてすぐに状況を察したのか、側にいた侍従に新しい魔導士の手配と清掃の指示を持を出した。
この無能そうな顔とやることの正確さのギャップがなかなかに面白いわけでもないこの男が、何を隠そう、私の父なのである。
「まったくお前は、嫁の貰い手がいなくなるぞ?」
もういないですよ、父上。まったく冗談が上手い。
そう返してみれば、至ってまともな顔で頭を抱えた。ため息までついている。こりゃあ重症だ。そう思っているのだろう。残念ながら父上、私も同意見。
こんな異常な環境下で過ごしているうちに、少し感性がズレてきているのは感じているけれども、やっぱり父の後ろで悲鳴を上げかけている使用人を見るに、もしかしたらこのズレは矯正が必要なレベルなのかもしれないと我ながら思った。
いつの間にか治癒士が来ていて、私の腕の再結合に入った。その間はただ黙ってじっと座っているしかない。
そんな静かな私を見ながら、父上は思い出したように言った。
「お前、飯を作らせておいてそれを無駄にしたらしいな。襲撃に遭っていたとはいえ、食べ物を粗末にする者に飯を食う権利はない。よって今日のお前は飯抜きだ」
そんな。なんてことを。こんなにお腹が空いているのに、食べられないだなんて。
そりゃあ命かご飯かって言われたら、命を即決するとは思うけど。だからってこういう仕打ちはあんまりだと思う。
そろそろ爵位の簒奪でも考えるか。いや、爵位なんて持ったら今の非じゃなく狙われるはず。
ならやっぱり、今のぐらいがちょうどいいのか。いや、ちょうどいいって感覚はおかしいかもしれない。本当ならそういうことは未然に防ぐべき。屋敷に入られた時点で基本的にはアウト、直接私に危害を加えることが出来ているというのはベリーバッドなのでは。
血を流しすぎた私の意識は、そこでふっと落ちていく。
あ、そうだ。お願いだから父上か治癒士さん、私を寝床まで運んで行ってください。もう固い机や床は勘弁なので。
そんなことを考えながら、私は意識を手放した。
物語はハイスピードで進む、しかし残酷描写も目白押し。
この話だけで十分ひどい目に遭っていますが、まだまだ物語は序盤です。聖母の如き眼差しで主人公を見守ってあげてください。