表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/23

第三章 一幕 『合縁奇縁』

 しばらく誰も声一つ出さなかった。あまりの衝撃に、次の言葉が思い浮かばなかった。

「あれは…何だったんですか…!? あの女は、一体…っ!」

 震える声でスノーが呟く。しかし、その言葉に答える者はいない。イリューンもディアーダも、ただ口惜しさに唇を噛むばかり。誰一人切り出そうとしない状況に、このままでは埒が開かぬと、ジョージは怖ず怖ずながら口を開いた。

「…ド…、ド・ゴールの君主に魔剣を手離すように進言した占い師…としか。…で、でもあの分では邪教と何らかの繋がりが…」

 突然、ガツッ、とフレイムが足を踏み鳴らした。ビクッと身体を震わすジョージ。見れば、フレイムの額には青筋が浮かんでいる。激怒していた。

「…舐めやがって…ッ! 完全にコケにしてやがったッ! ギルドの精鋭が揃いも揃って女一人捕らえられなかったッ! ふざけやがって…ッ!」

「…テメェのせいじゃねぇ。あの武器も、あの女も普通じゃなかった。命があっただけでも儲けもんだぜ。」

 珍しく、イリューンが慰めの言葉を口にする。しかし、フレイムは修まらない。感情のままにイリューンの胸座を掴みあげ、

「イリューン、貴様ッ! 悔しくないのかッ! だから貴様というヤツはッ!」

「お、やんのか? いいぜ、こちとら同じく腹が立ってるんだ。えぇッ!?」

「――おやめなさいッ!」

 スノーが声を荒げ、言った。気持ちは皆、同じだった。言葉に出来ない程の不安に、感情の吐き出し先を求めているだけだった。

 結局、二人のやり合いはそこで終了。その後は、イリューンもフレイムも再びそっぽを向き、一切口を開こうとしなかった。

 王の生死は確認できず、それ以上どうしようもなく――五人はダバイ城を後にした。

 出来ることなど何もなかった。魔獣の存在は感じられなくなったとはいえ、内政は完全に混乱状態。もはやダバイは、国としての最低限の体制すら保てない状況。スノーは口惜しさに歯噛みし、外に出た後にもう一度、無人の城を見上げた。ジョージはそれを遠くから見つめつつ、同じように無人だったコーラス城を思い浮かべ、唇を噛みしめた。

 城内で長い時間を過ごしていたかに思えたが、時刻はまだ正午過ぎ。外に出ると太陽はまだ高く、ジリジリとした直射日光がジョージの顔に照り付ける。

 手の平で日陰を作り、ジョージは空を見上げた。ふと、その耳に獣が翼を羽ばたかせる音が聞こえた。一瞬、視界を巨大な影が横切った。

「…あれは…!? 竜…!?」

 空を舞う飛竜――ワイバーン。その背には、銀色の鎧を着た騎士達の姿。

 思わず、ジョージはハッと息を呑んだ。

(まさか…! あれが噂に聞く、ド・ゴールの竜騎士団…!?)

 コーラスにいたジョージですら、実際に目にするのは初めてだった。城塞国家ド・ゴールでは、限られた騎兵にだけ、馬の代わりに飛竜を送るという。それは、数多ある騎士団の中でも最高の栄誉であり、誉れであると聞いていた。

 ジョージもまた、いつかは空を舞う竜に乗りたいと願っていた。それ程までに、竜は憧れの存在だった。


 この世界における竜とは、伝説の竜族と良く似た姿を持つ生物である。即ち、厳密には竜の名を持つものの、竜族ではない。竜族とは、普段は神と同じ姿で生活し、翼を拡げれば羽ばたき一つで千里を駆け、あらゆる魔法を使いこなすという人智を越えた存在とされている。それに比べれば現存する竜は、単なる巨大な魔獣の一種だといえた。

 このワイバーンのように、時として竜は軍事利用されることもあった。幾つかの都市では、騎兵の変わりに竜を使用することも珍しくはなかった。

 水竜――サーペントや、火竜――ドレイクもまた、先の大戦では兵器として使われた経緯がある。特にワイバーンは、その機動力と頭の良さから多くの騎士団で珍重され、ジョージならずとも憧憬の目で見るのは当然だった。


 ギラつく太陽の下を、悠々とワイバーンが旋回する。右回転、左回転。幾匹もの竜は、それぞれ自由に大空を舞う。

 ふと、その中にジョージは見知った顔を見つけた。

 白髪の老騎士。年輪の如く刻まれた皺が、歴戦の勇士であることを物語る。銀の鎧に刻まれた百合の勲章は隊長の証。

 その姿は忘れもしない。ド・ゴールの武闘会前夜、パーティ会場でイリューンと諍いを起こしたあの人物。

 イリューンもまたそれに気付いたらしく、驚きに目を見開き、大声を挙げた。

「…お、おめぇは…、ジジィッ!?」

 その声に反応したのか。それとも、最初からそのつもりだったのか。空高く、ワイバーンの背上に立ち上がり、大気をも震わすように老騎士は声高に叫んだ。

「開口一番、年寄扱いか小僧っ! 左様! ド・ゴール騎士団長ジェイムズ・ロシュフォールが参ったわ! ここで会ったが百年目――決着をつけてくれる! 其処に直れぃ小僧っ!」

 言葉と同時に、周りの騎士達がワイバーン上で立ち上がる。そして、徐に懐からラッパを取り出すと、


 ぱぱらぱぱらぱっぱら〜♪


 緊張感のない突撃ラッパの音。ジェイムズの乗るワイバーンが旋回し、一匹だけが群から離れて飛んで来た。

「いくぞ小僧ッ! ドラゴン・ナイト――ジェイムズ・ロシュフォールの剣技、受けるがいいッ! 騎士の誇りを傷付けた報いを受けるのじゃぁッ!」

 次の瞬間、ワイバーンがイリューン目掛けて急降下。手にしたサーベルを振りかざしながら、ジェイムズがイリューンの傍を猛スピードで駆け抜けた。

 突風が吹く。同時に、鮮血が吹き上がった。イリューンの二の腕から夥しい出血。再び空中で旋回すると、またもジェイムズは襲い掛かった。

 慌ててハルバードを構えるも間に合わない。ワイバーンの鈎爪が繰り出される。イリューンの身体にブチ当たる。鉄の焦げる臭い。金属音、そして火花!

 弾き飛ばされ――砂埃を巻き上げながら宙を舞い、イリューンが城壁に激突した。

「がはっ…!」

 ミスリル銀の鎧のおかげで、致命傷は避けられた。しかし、背中を走る衝撃に、一息に空気を吐き出し、イリューンは思わず虚空に目を這わす。

 二転、三転。ワイバーンが空を躍る。竜が咆吼する。ジェイムズはサーベルを胸元で振り、構え、手綱を振って一直線に突進した。

 立ち上がるイリューン。しかし、その足はおぼつかない。ふらつきながらもようやくハルバードを構えたが、瞬間――剣風が吹き荒れる。

 腕、脚、肩。鎧の隙間を狙い、交錯する一瞬にジェイムズは連続で斬り付けた。そのままワイバーンは急上昇、宙で一回転。再度、イリューンを頭上から急襲する!

 凄まじい殺気に、スノー、フレイムが顔を見合わせた。手出しするべきか、とお互い目でサインを送り合った。しかし、相手がド・ゴールの竜騎士団とあれば、ギルドの人間が下手に手出しをする訳にもいかない。

 騎士団は現代でいうところの警察組織である。その組織が一個人を特定して追っているのならば、それは犯罪に関係している場合が殆どだ。つまり、イリューンが悪事を犯し、騎士団に追われている可能性が否定できない。また、その可能性はとてつもなく高いとスノー、フレイムが判断したのも致し方なかった。

 フレイムは頷き、巻き込まれないように急いで距離を取った。スノーもまたそれを追った。二人の様子に状況を察したのか、ディアーダもまた急いでイリューンの側から離れた。

 お約束通り、ジョージだけが逃げ遅れた。ポツンとその場に取り残された。周りが蜘蛛の子を散らすように逃げる最中、呆然と辺りを見渡すジョージの後ろにイリューンは背を丸めつつ転がり込み、

「…わりぃな、ジョージッ!」

 勝機、とばかりにイリューンはジョージのケツを蹴り上げた!


 どかぁっ!


「ぐわっ! …って、え? え、えぇえ!?」

 勢い、吹き飛び――気が付けば、ジョージの眼前にワイバーンの巨大な顎が迫ってくる!

「え、ちょ、うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 驚き、逃げようとするも間に合わず。ジョージは猛スピードでワイバーンと正面衝突。凄まじい勢いで吹き飛ばされ、まるでゴム鞠のように宙を舞った。

(…な、んで…! いっつも…俺、ばっかりぃぃぃ…っ!)

 狙っていた者と見当違いの人間にブチ当たり、痛みと方向感覚の喪失からワイバーンは大パニックに陥った。制御が出来ず、ジェイムズは慌てて手綱を引き、混乱を落ち着かせようと必死になる。

「なっ、し、しっかりせんかっ! あの小僧めッ! くそッ!」

 当然、その隙を逃すようなイリューンではない。低空飛行を繰り返すワイバーンに飛び乗り、尻尾から背中まで走り抜ける。慌てふためくジェイムズが脂汗を流した。

「…お、おのれぇぇっっ!」

 咄嗟にジェイムズは手綱を手放し、手にしたサーベルを横に斬り払った。

 イリューンが跳んだ。ジェイムズの凶刃を寸ででかわし――開いた顔面に向かって、思いっ切り跳び蹴りをぶちかました!


 ――ぐ――わっしゃぁぁぁぁんっっっ!


 衝撃音! 鼻に踵がめり込む鈍い音!

 派手な横回転をし、ジェイムズはワイバーンの背からもんどり打って落下した。そのまま地面に激突し、水風船を割ったような鼻血を流すと、老騎士はそれっきり動かなくなった。

 主を失ったワイバーンがそのまま空に舞い上がった。悲しげな雄叫びを上げながら、何度も宙を旋回した。それを見上げつつ、

「…へっ、それみたことか。」

 鼻っ柱を擦り、イリューンは吐き捨てるように呟いた。

 すぐさま、今まで待機していた他のワイバーンが次々と舞い降り、背に乗った竜騎士達が慌てて倒れ込むジェイムズに駆け寄ってくる。

「――ジェ、ジェイムズ様ぁッ!?」

「し、しっかりしてくださいっ」

「た、担架をっ! 早く担架をっ!」

 何処かで見たようなやり取りが繰り返された。それを見つめつつ、イリューンは不躾に竜騎士達に問い質した。

「…まったく、会うなりいきなり襲ってくるたぁ元気なジジィだぜ。…おう、おめぇら! 他に何か用事なんだろう? 何しに来やがった!?」

 勝ち誇るイリューンに一瞬、苦虫を噛み潰したような顔を見せ、その内の一人が真剣な面持ちで答えた。

「…我々は、ド・ゴール君主トマス様の命により、ダバイ再建と対クラメシア防衛戦を張る為に派遣された尖兵隊だ。」

「…ってて…く、クラメシア防衛…っ!? そ、それじゃ、まさか…!」

 痛む腰をさすり、頭を振り、やっとの事で立ち上がったジョージは、その言葉に驚きを隠せなかった。防衛戦、尖兵隊。つまりそれは、戦争の勃発を意味していた。

 竜騎士は続けた。

「トマス君主は此度のコーラス、ダバイの人民消失を、邪教とクラメシアによる共闘事件と断定した。即ち、第三次ラキシア侵略とみなしたという事だ。いたずらにクラメシアとの戦闘に入る予定はないが、南ラキシアはコーラスによる統治がされてこその平穏。近日中には政治的決断が下されるだろう。降伏か、それとも徹底抗戦か。それまでは我々がダバイに駐留する事になる。異存は?」

 ジョージは後ろに立つディアーダを振り返った。思わず顔を見合わせる。互いの脳裏に、ド・ゴールでダイブした時の記憶が思い起こされた。

 君主は国の存亡、国家の宝よりも自分の命を優先するタイプの人間だった。だからこそ騎士の言葉の裏に、最悪の結論が見え隠れしてならなかった。

 ――しかし。

「…異存はありません。私はギルドより派遣された巡礼者ディアーダ。この動きを総責任者マナ・ライにお伝えします。如何に。」

 言い知れぬ不安感に、しばし言い淀んだディアーダだったが、それでもそう答えるしかない。いつもの調子で一歩前に出ると、恭しく頭を下げる。すぐさまそれに続け、スノーが言葉を付け加えた。

「査察官スノー及びフレイムもまた同意です。ド・ゴール竜騎士団に敬礼――!」

 フレイム、スノーの二人が揃って掌を胸元で水平に構えた。ギルド最敬礼の仕草。それを見て目の前の竜騎士は頷き、他の竜騎士達は未だ気絶しているジェイムズに肩を貸しながら、揃ってワイバーンの背に騎乗した。

 やがて羽音と砂埃を舞い上げ、竜騎士団はダバイ城の向こうへと小さくなっていく。

 後には五人だけが残された。しばらく皆、一様に黙り込んでいたが、やがて、

「…イリューン、ディアーダ。それに…ジョージ、とか言いましたか。我々はこのまま早急にエレミアへ帰還し、事の経緯を伝えねばなりませんが…あなた方は如何しますか?」

「へッ! やっとイリューンの顔を見なくて済むんで、せいせいすらぁな。」

 スノー、フレイムが続けざまにそう切り出した。どうやら、二人はここまでのようだった。

「…俺は…手掛かりが途絶えちまったしな。どうすべか…」

 口惜しげな表情のイリューン。ここからどうしたらいいのか。先が見えない状況にイリューンは思わず歯噛みし、忌々しそうに唾を吐く。

 勿論、それはジョージも同じだった。成り行きからダバイまでやってきたが、次に打つ一手は皆目検討付かず。先行きの不安と生活の行き詰まりに胃が痛くなりそうだった。

 すると、唐突に――ディアーダが言った。


「クラメシアに行こうと思います。」


「く、クラメシア!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げるジョージ。スノー、フレイムも何を言い出すんだ、といった顔。が、変わらぬ様子でディアーダは繰り返した。力強い言葉だった。

「ここまで大掛かりに邪教と関わりあいを持つ国は存在しません。しかし…クラメシアの侵攻、それに邪教の動き…余りにもタイミングが良すぎます。危険な賭けですが、クラメシア帝国皇帝アムルドに直接謁見を交渉してみます。」

 ディアーダは敢えて言わなかったが、それが事の確信に触れるであろうことはジョージも理解していた。トマス君主とサブリナとのやり取りは、非合法のダイブで入手した情報。決して人には言えない事実。しかし、それがあったからこそ、ディアーダの言葉にはこれ以上ないほどの信憑性があった。

「クラメシア、か。昔、南洋で暗殺集団とやり合ったのと、武闘会で闘ったぐらいしか接点はねぇが…確かに、今はそれしかねぇわな。」

 イリューンもそれに同意した。一方、ジョージはといえば――実のところ、あまり乗り気ではなかった。

(まてまてまて…! クラメシアだって!? コーラス侵攻の可能性があるような国だぞ!? 下手したら捕虜として捕らわれるか、処刑される可能性だって…! で、でもどうする? ここでこうしてたって、何処にも行き場所なんか…! く、くそぉぉぉ…っ)

 ここまでコンマ二秒。悩み、苦しみ、それでも最終的にジョージが出した結論は、ディアーダとイリューンについていくしかない、という事だった。

 選択肢は無かった。国を失い、帰る場所のないジョージにとって、最後の手段は国を再建すること。クラメシアへ行き、真相を知り得れば戦争を回避できるやもしれぬ。そうなれば、再び貴族生活も――英雄の道さえ夢ではない。

「――お、…俺は…えぇい、くっそぉっ! 行くっ! 俺も行くよっ!」

 三人の意見は苦しくも合致した。スノーはそれを見て深く溜息を吐き、

「…解りました。しかし、未だ戦争には至らずとも、間違いなく国交状況は最悪です。ディアーダよ。ギルド特待生の特権を最大限に使いなさい。それと、ジョージ。貴方はコーラスの騎士という事は隠した方が良いでしょう。これを差し上げます。」

 ジョージに手渡されたそれは、金で縁取られたギルドの勲章だった。スノーは言った。

「…外交官証です。これがあれば非戦闘地域における身の安全は保証されるでしょう。お気をつけなさい。」

 棚からぼた餅とは、まさにこの事。ジョージは思わず顔が綻びそうになるのを堪え、有り難くそれを受け取った。早速、胸元の紋章を隠すように取り付ける。意外と似合うな、などとジョージは身の程もわきまえず自画自賛した。

「…スノー、そろそろギルドへの連絡の時間だ。先、行ってるからな。」

 そんなやり取りに、フレイムは「付き合ってられない」とばかりに背を向け、さっさと歩き始めた。スノーもまたそれを見て小さく礼をし、後を追った。やがて、二人はダバイ港の方角へと消えていった。

「恐らくはギルドの定期船が沖合に停泊中なんでしょう。…さて、私達はどうしますか。」

「…何も考えてなかったのかよっ!?」

「まぁ、いつものこった。どうにかなるわな。」

 そう言ってイリューンは高笑いをした。顔を手で覆い、ジョージは深い溜息を吐いた。久しぶりに頭の痛くなるやり取りだった。

 と、その時だった。

「あらぁ? そこにいるのって…? …もしかして、イリューンじゃなぁい?」

 背中から聞こえる、野太いお姉言葉。聞き覚えのある――いや、一度聞いたなら、二度と忘れないであろう特徴的な声。

「…ま、まさか…」

「ひょ、ひょっとして、その声は…!」

「――?」

 三人はそっと振り返った。そこには、予想通りの顔があった。

「…やぁっぱり! イリューン、イリューンね! ンフ!」

「あ、あ、あ、」

「アドンッ!? な、何でここにっ!?」

 凄い筋肉をした浅黒い禿頭の大男が、クネクネと揺れながら歩み寄る様は、どんな魔獣よりも恐ろしい。ジョージは恐怖に目を見開き、ディアーダはポカンと口を開けたまま固まっている。イリューンはといえば、ガタガタと足が震えていた。武者震いでは無いようだった。

 三人の様子に、首を傾げながらアドンは言った。

「……? ま、いいわ。実はね、ギルド・マスター直々に船団薔薇族に商談が入ったのよ。査察団の為に船を出して欲しいって。こんな栄誉な事はないわ! 何でも、危険海域での運搬だから武装船団でないと駄目とかでね。…ひょっとしてイリューン? まさか、あなた達が査察団なの?」

 その説明で合点がいった。それにしても、マナ・ライは何処まで見通していたのか。こうなることまで解っていたのか、それともスノー、フレイムを含めての配慮だったのか。

 解らないことばかりだったが、今は素直に助かったと思った。ただ、欲を言うならばもう少しまともなところに頼んで欲しかった。

「そ、それで、アドン…さん? 私達は、クラメシアに向かいたいんですが…」

 ディアーダが及び腰でそう聞いた。初めて見る変態だ。無理もない。

 アドンは、「小僧には興味ないわ」といった表情を露骨に浮かべ、

「――…あぁ、そう。クラメシアね。イリューン、あんたもそうなの?」

「あ、あぁ。行きたいんだが…」

「…わかったわ。イリューンの頼みなら仕方ないわね。ウフ。船はもう港に岸寄せしてあるから、後で来てくれれば案内するわ。それじゃ!」

 そう言って、何故かディアーダをギラリと睨み付けると、アドンは手を振り去っていった。ディアーダは顔に縦線を走らせ、口元を引き吊らせると呟いた。

「……何か、私…悪いことをしたんでしょうか……」

「…気にするな。俺も、気にしない事にする。」

「…うん、見なかったことに…」

 三者三様、アドンの姿、態度に恐れを抱いているのは間違いなかった。

 しばらくして港へ足を向けたものの、その歩みは何故かとても遅く――皆の心の内を表しているようで、ジョージはそれだけでとても気が重かった。

 徐々に、砂漠の帝国は夕闇に包まれようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ