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第二章 二幕 『氷炎共助』

 数分が経った。

「納得できねぇッ! スノー、なんで俺達がイリューンなんかと一緒に動かなくちゃなんねぇんだッ? えぇッ!?」

「フレイム…私情を挟まないでください。マナ・ライ様も仰っていたでしょうに。」

「…俺は別にどうだって構わねぇぜ、あぁん?」

 赤い髪。青い髪。そして、銀髪。

 机を囲い、カラフルな髪をした三人の視線が中央で火花を散らす。その様子をジョージは寝転がりながら、ぼんやりと眺めていた。

 一人はつい少し前に出会った青髪の青年スノー。

 もう一人は、その後すぐに現れた赤髪の若い男――年の頃十七、八といった風の、ワイルドな風貌をした青年の姿。

 その顔は、ジョージにも見覚えがある。以前、魔術師ギルドで会ったことがある、フレイムという名の魔術師だ。

 最後の一人は銀髪の鬼――イリューン・アレクセイ、その人である。

 綿密な計画を立てる二人を余所に、イリューンは鼻をほじりながら天井に目を這わすばかり。そんな不真面目そうな様子が、ことごとくフレイムの癪に障るらしく、

「貴様ァッ! やる気があるのかッ!」

 椅子が倒れるのも構わずに、フレイムは勢いよく立ち上がり、イリューンを怒鳴りつける。しかし、一向にイリューンが態度を改めるような事はなかった。

「…調子はどうですか?」

 ジョージの頭の横で声がした。顔を上げる。ディアーダが水を持って立っていた。

 無言でコップを受け取り、半分程それを飲み下した。軟水特有の柔らかさが喉に絡まる。

 床に飲みかけを置き、やっとのことでジョージは上体を起こした。

 ベッドに腰掛けながら、酸っぱい唾を飲み込んだ。まだ胃が回っているように感じられた。

「…どうにか…大丈夫。」

 そう言い、ジョージは息を吐いた。再びコップを手に取り、残りの水を飲みほした。


 ディアーダから話を聞くに、スノーは魔術士ギルドの副長らしい。ディアーダの直属の上司であり、マナライの信頼も厚い――優秀な男らしかった。

 もう一人のフレイムは何と、イリューンの同期だったのだという。ダバイへは、調査の手伝いという名目で派遣されたとか。

 同期故に、イリューンの奔放すぎる行動が目に余り、ギルドを信望するが為に、彼の事をどうしても許せないようだった。以前、彼がギルドでイリューンに襲いかかった時の事を覚えている。あの時の表情。まさに、憎しみが溢れんばかりの様子だった。


 ジョージは再び三人の顔を交互に見やった。先の様子が瞼の裏に浮かんだ。


 ――――


 うずくまり、吐き気と闘うジョージに近付き、スノーは言った。

「君は…コーラスの騎士ですか。どうしてこんな所にいるんです? まさか、生き残りなんですか?」

「…っ…は…ぇ…? 」

「その様子だと…何も知らない、ですか。」

 眉を顰め、スノーは呟いた。背中をゆっくりとさすり、ジョージの身体を気遣う。何気ないスノーのそんな行為が嬉しかった。

 少しばかりの間。

 ジョージが落ち着きを取り戻した後、す、と傍を離れると、スノーは言葉を続けた。

「…約二週間前、ギルドに報せが入りました。クラメシアが進行を開始したとの情報です。十年前の第二次ラキシア大戦ぐらいは君も知っているんではないですか? 我々はまさか、と思いました。そこで、コーラスへ特使として出発したんです。」

 ジョージは耳を疑った。それはある意味で最も想像したくない現実だったからだ。

 誰もが、いつかはやってくるに違いないと考えながらも、まだ来ないだろうとタカを括っていた事実。敵国が侵略を開始するであろう恐怖。

 それが現実の物となった時、我々は一体どうするだろう? ジョージは一体、どうするべきなのだろう?

 過去を思い返すように天井を見上げ、スノーは言った。

「コーラスでは騎士団が動いていました。既に領民は避難を終え、後は我々だけだ、と隊長らしき男は嘯いたんです。ギルドとしてクラメシアとの交渉を買って出た私に、あの男は言いました。ここで退くは騎士の誇りに泥を塗る。我々が倒れたならば、次は同盟のダバイに違いない。ダバイに至急、この危機を報せて欲しい、と。」

(…父だ…!)

 直感だが、すぐにジョージはそう思った。

 おかしな話だが、スノーの言葉を聞き、ジョージは逆に安心した。

 あの父が負ける筈がない。戦が起きているなどという噂話もない。ならば――あの未知のバケモノにやられた訳でなければ、きっと何処かで生きているに違いない。

 ジョージはそう信じた。気休めにしかならない事は承知の上だった。もし本当にクラメシアが侵略を開始し、局地的な戦になっていたならば生死はおろか、国の存亡すら怪しい。

 だが、少なくともコーラスに攻め込まれた形跡はなかった。だからこそ、ジョージはそこに一縷の望みを繋ぐ事が出来たのだ。

「…あ…あの…!」

 やっとの事でジョージは口を開いた。

「街の人は…何処へ?」

「それは解りません。我々がコーラスに着いた時には既に騎士団しかいませんでした。場所を聞けるような状況ではなかったし、聞いて答えてくれるとも思えなかったですしね。しかし、いきなり国民の避難を開始するとは、随分と思い切った行為とも思いますが…」

 ジョージもそれは考えていた。いかに隣国クラメシアが進行してきたとはいえ、過去、城下町全域の人間が避難したことなど一度もない。ひょっとすると、それが戦時下というものなのかもしれないが、国同士の大がかりな戦を経験したことのないジョージにとって、それが常識なのかどうかはさっぱり解らなかった。

 ガックリと肩を落とすジョージに、スノーは優しく語り掛けた。

「気を落とすことはありません。あの男は優秀な騎士でした。きっと皆、無事ですよ。」

 何気ない励ましだった。しかし、今のジョージにとって、それはあまりにもありがたい言葉だった。

「…で、スノーよぅ。この街の、コレは一体何なんだ?」

 イリューンが横槍を入れた。絶妙なタイミングだった。

 スノーは右の指で眼鏡を掛け直す仕草を見せ、

「…ダバイは…クラメシアとは違う脅威に晒されていました。」

 そう呟いた。と、同時に。土を蹴る音。反射的にその方向へ全員が顔を向けた。

 玄関口に赤い髪の男が立っていた。男は怒気を孕んだ声で言った。

「…どうしてここにイリューンがいやがる…ッ!?」

「五月蠅そうなヤツが立ってやがんな。…えぇ、フレイム?」

 フレイムの顔が痙攣する。反射的に足を踏み出し、その身体が前のめりになった瞬間、スノーはそれを制し、高らかに声を挙げた。

「――フレイム、今日のところは収めなさい。」

 冷たい視線がフレイムを貫いた。フレイムは唇の端を噛み、ぐ、と次の言葉を飲み込んだ。

「…で、なんだってんだ?」

 ふん、と鼻で息を吐き、イリューンは話の先を促した。スノーはそれに頷き、手近な椅子を手繰り寄せると腰掛ける。イリューン、フレイムにも座るよう、無言のまま目で促した。

 会話から取り残され、ジョージは部屋の端にあったベッドに横になる。三人の会話を横目に、大きく溜息を吐くしかない。

 一方、イリューンとフレイムは同時に舌打ちをしつつ、用意された椅子に腰を下ろした。

 それを見計らって、スノーはゆっくりと口を開いた。

「私がこの街に着いた時には、既にこの有り様でした。遙か昔、私が訪ねた頃、ダバイの街には活気が溢れていたものですが…今は皆、家に閉じ籠もり、かつての面影はありません。こんな魔獣は見たことがない。噂に聞く異界の生物としか思えません。」

「…邪教か?」

「わかりません。今まで私達は彼らの活動を注視してきましたが…せいぜい自らの体を触媒に、悪魔を呼び出すぐらいが関の山でした。…こんな事は、あり得ない…!」

 スノーはそう言い、口惜しげに奥歯を噛み締めた。


 ラキシア大陸における、原生魔獣との戦いは多岐に渡る。

 野性の昆虫は、どれも巨大で開拓民の脅威であったし、野に棲む獣もまた凶悪な捕食者だ。

 辺境では未だ知能を持たぬ蛮族や、亜人種である豚人間オーク、森の邪悪な妖精コボルド共が幅を効かせ、廃屋や夜の闇にはこの世に未練を残す死者が理力によって実体化したり、遺体に憑依して襲いかかる。

 しかし、それらを人々――とりわけ、騎士団と魔術師ギルドは次々と駆逐していった。

 現在では魔獣や死霊、亜人種の類いは辺境でしか見られなくなった。

 が、にもかかわらず。スノーは未だかつてないほどの戦慄を感じていた。見えない魔獣など、前代未聞の存在だったのである。


「ここであなた方に出会ったのは偶然でした。私はこの魔獣発生の原因を探るべく、ダバイ城へ潜入しようとしていたんです。…後から派遣された、このフレイムと共に。」

 スノーのその言葉に、イリューンが未だ敵意の眼をしたフレイムに視線を移した。それを敢えてつい、と逸らし、フレイムは吐き捨てるように言った。

「…情報によりゃ数週間前だ。…ダバイ城にクラメシア軍が謁見を求めた時から、王の身辺警護をする騎士団はおろか、従者の姿さえ見えなくなり――あの獣が現れたらしい。街の中にはクラメシアが原因だと信じる者が大多数だ。…確かめねばなるまい…!」

「偶然ながら…イリューン、それにディアーダ。あなた方にもこの騒ぎの原因を探っていただきたい。…そう考えているんですが、如何ですか?」

「――なッ!?」

 フレイムは、カッと目を見開いた。爆発一秒前の顔だった。


 ――――


 そして、冒頭のやり取りへと話は戻る。

 フレイムは烈火の如く怒り、未だスノーに納得行かぬと訴え続ける。イリューンは相変わらず、つまらなそうにそれを聞き流している。スノーは困り果てた顔。ディアーダはジョージの横で溜息を吐くばかりだった。

「…ディアーダ、お前も同じギルドの人間なんだろ…?」

「そう、ともいいますね。」

 暗に止めなくていいのか、と言ったつもりだったが、ディアーダはいつもの冷たい口調。自分のこと、家族のこと以外は全く興味がない、この男らしい返答だった。

 呆れ顔のジョージを見やりつつ、ディアーダは続けた。

「私はスノー副長直属の部下ですが、フレイム士官とは反りが合いませんでしたから。…もう一人とは、在任中にはお会いしておりませんしね。」

 それを聞き、ああ成る程、とジョージは一人納得した。しかし、だからといって三人の言い争いが収まる筈もなく――結局、更に数分が費やされることとなった。


 最終的にフレイムはスノーの説得に折れ、城に潜入してから別行動を取る事を条件に納得した。スノーはそれでも合点がいかぬようだったが、それが三人の落とし所だった。

 頭の後ろで手を組んだまま、イリューンが訊いた。

「…んでよ。目処は立っているのか?」

「えぇ。この状況では無駄かもしれませんが…まずは王の無事を確認せねばなりません。正面門で第一派が敵の攻撃を引きつけ、その隙に袖口より第二派が城に潜入し、王の間まで一息に踏み込みます。」

「つまり…俺の役目は何が来ようと、叩き潰してのけること、ってか。」

「…そうです。昼の間ならば、土に付く跡や気配から魔獣に対処できますが――夜になれば、もはや手の打ち様がありません。行くならば今、この時しかない。元々はフレイム一人にこの役目をさせるつもりでしたが…イリューン、貴方がいれば心強い。」

「なぁるほどな。ま、任せときな。片っ端からぶった斬ってやるぜ。」

 ドン、と握った拳で胸を叩き、イリューンは頼もしげに笑った。フレイムはそれを忌々しげに見やり、

「単純なヤツだ。…言っとくがなッ! 俺の足を引っ張ったら承知しねぇぞ…!?」

 そんな憎まれ口を叩きつつ、先に立ち上がった。そして、玄関横の壁にもたれ掛かると、腕を組んで目を瞑った。

 一瞥し、イリューンは鼻を鳴らす。

「へっ…どっちが…ッ!」

 吐き捨てるように言い、イリューンは頭を掻きながらそれに続いて席を立った。

 そんな二人にスノーは「やれやれ」と溜息を吐いた。ふと、傍のディアーダに目を移し、

「ディアーダ、貴方にも前線に出ていただくことになりますが…よろしいですね?」

「……はい、副長。」

 意外にも素直な返答だった。いかなディアーダとはいえ、やはり上官には逆らえないのだろうか。

(…いや、違う。)

 不意にジョージは気が付いた。端正なディアーダの顔に変わりはない。しかし、目に見えぬ憎しみが、べったりとその表情の裏に張り付いているかのようだった。

 邪教と関わりがある何か――家族の行方なのか、故郷の存亡か。それがディアーダの旅の目的であろうことは、何となく理解していた。だから今、ディアーダがスノーの命令に従うのも、それが一番の理由なのだ、と容易に想像出来た。

「…君はどうします? 見た所、イリューンやディアーダとも面識があるようですが…」

 唐突に。スノーが落ち着いた声でそう尋ねた。残されたのはジョージ一人。初めは自分のことと理解できず、左右を見回した後、自らを指さして首を傾げた。当然、スノーは首を縦に振ってそれを肯定した。

 正直な気持ち、この家に閉じ籠もり、嵐が過ぎ去るのを待ちたかった。ただひたすらに恐怖から逃れたかった。しかし、それがあまりにも危険なのは誰よりも理解していた。

 追わない訳にはいかない。この場所に留まれば、あの見えない魔獣に襲われるのは時間の問題に違いない。

 ジョージは悩んだ。考え、恐れ――思い返す度に、吐き気がぶり返す程の痛みが胃の奥を走り抜けた。しかし、時間が経つにつれ、いざとなれば四人を生贄に逃げればいい、とドス黒い打算も浮かび上がる。

(…最後に生き残れば、それが正義、だろ? そもそも直接、俺に関係ないし…イリューンとディアーダは放って置いたって、どうにかするだろうし、な…)

 いつものジョージの、いつも通りの考えだった。

「い…行きます…っ! だ、ダバイへは使者として来た身、謁見せずしては…!」

 嘘半分、本当半分の苦しい詭弁だった。一瞬、ジョージは身構えた。しかし、スノーは敢えてそれには突っ込まず、そっとジョージに頷いた。

 それが賢明、とでも言いたかったのかもしれない。危険であることは承知しながら、より危険な状況に置かれることを良しとしない――スノーという人間をこれ以上ない程よく表した態度だった。

 良い人だ、とジョージは思わず感動した。同時に、心の中でニヤリとほくそ笑んだ。

 勿論、スノーはそんなジョージの悪意など知る由もなく――ベッドから立ち上がる彼に、優しく手を差し伸べるのだった。


 先ずフレイム。続いてイリューン、スノー。そしてディアーダ。

 ふらつく身体に鞭打ち、最後にジョージが玄関口へと足を踏み出した。

 外の空気を大きく吸い込む。熱気。砂漠特有の乾燥した風。焼き付けるような陽光が容赦なく五人に襲い掛かる。

 ジリジリと照り付ける強烈な陽射しに、ジョージは思わず手の平で影を作った。

「油断しないでください。…奴等はどこから来るか、解りませんから。」

 先頭を歩くスノーが呟いた。フレイムもまた、すぐさま動けるようその身に緊張感を漂わせた。

 一方、イリューンは背中のハルバードに手を掛けたまま、悠々と道のド真ん中を歩く。その後ろをディアーダ、ジョージが追い掛ける。

 辺りの様子を伺うべく、全員が声一つ発しなかった。髪の毛一本の動きですら見逃さない――緊張感が満ち、呼吸することさえ苦しかった。

 風の音だけが辺りに響く。ドアの軋む音。鎧の擦れる音がやけに耳について喧しい。

 堪えきれず、背中越しにジョージはイリューンに話し掛けた。

「ま…まぁ、イリューン、お前なら…いかに相手が見えなかろうが関係ないよな…?」

「……まぁな。」

 返ってきたのは一言だけ。イリューンはそれ以上、何も話そうとしなかった。大胆不敵に見えるイリューンだったが、見ればその額には汗が滲んでいる。勿論、暑さからだけではない。真剣な表情が、並々ならぬ状況だと黙して語っていた。

 すべからくジョージは黙り込んだ。

 解っていたが、改めてとんでもないことになった、と思った。

 今までとは比較にならない程の危機が、その身に迫っていた。選択ミスが死を運んできたとて、何もおかしくはなかった。

 ジョージはただひたすら神に祈った。全て夢であってくれ、と脳内で連呼した。

 が、魔獣との決戦は、すぐそこまで迫っている。獣の足音がジョージの耳にも聞こえてきた。砂を蹴り、幾匹もの殺気が屋根を越え、遙か彼方から襲い来るのが解った。

 やがて人の物ではない――凶悪な咆吼が轟いた。

「来やがったな…ッ!」

 イリューンがハルバードを真一文字に構えた。隣を歩くフレイムもまた、掌を眼前にかざし精神を集中させた。

「ち…! やってやるッ! …魔術師ギルドにその名ありと謳われた炎の理力、今こそ見せてやるッ! スノー、ディアーダッ! それに…そこの騎士さんよ、頼んだぞッ!」

 緊張に唾を呑み込んだ。既に、ジョージは泣きそうだった。

 遂に、戦いの幕は切って落とされた。見えない悪意は今まさに五人を取り囲み、喰い散らかそうと呻り声を挙げた。

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