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第七章 三幕 『女帝』

「二人とも。遊びはそのぐらいにしておきなさい。」

 その言葉を合図に。アレス、ゴードンが互いに凶刃を止めた。サブリナの言葉に従い、魔剣を収めるとゆっくりその場を離れた。

 三度、サブリナが天を指す。飛行船から人影が舞い降りるのが見えた。

 人影は空中で一回転。宙に静止していた暗黒刀を手に、そのまま音も無く屋根に立つ。


 ――その姿。


 腰まで届くであろう長い金髪。深い空を思わせる碧眼。身の丈はジョージよりもだいぶ低く、華奢な腰つきはあまりにも弱々しい体躯。

 黒いドレス。襟元、スカートの端々にフリルがついた服飾。身長の割に長い脚はピッタリとした黒い下履で覆われており、まるで妖精のようなシルエットを魅せている。


 少女だった。


 齢十四、五歳といった所か――目も眩む程の美しい少女。

 ジョージはあっと声を上げた。これもまた、見覚えがあった。かつて邪教の祠で見た写真。ディアーダが奪い、懐に隠した写真に映っていた人物だった。

「…ねぇ…さん…?」

 ディアーダが小さく呟いた。

 声が、肩が――身体が震えていた。

 次に絞り出された声は、待ち望んでいた魂の叫びそのものだった。

「姉さん…姉さァ――――んっっッッッ!」

「な…!」

「何ですって…!?」

「馬鹿言うな! どう見たってディアーダっ、お前よりも年下じゃねぇかッ!?」

 絶句するジョージ。呟くユミコ。イリューンが声を荒げ、尤もな突っ込みを入れた。

 しかし、ディアーダは全く答えない。それどころではない。あまりにも唐突な再会に、ディアーダはその場で両の膝を折り、ただ涙を流すしかなかった。

「――ひょっとして…ディアーダ…?」

 少女が一言、名前を呼んだ。何度も、ディアーダは細かく頷いた。

 少女はゆっくりと歩み寄った。跪くディアーダの頭に手を置き、無表情で次の言葉を口にする。それは、あまりにも衝撃的な台詞だった。

「…まだ生きていたの。…相変わらず姉離れ出来ないのね。…キモチワルイ。」

「…!?」

 的確に急所を抉り取った。精神的なダメージから、ディアーダの眼が泳いだ。呆然と空を見上げれば、そこに太陽は見えない。薄暗い飛行船の船体下部だけが広がっている。

 少女は順に、その場の全員に目を落とした。やがて、イリューンの所で動きを止め、

「…ふぅん、貴方が。…最後の竜というから、どれほどのものかと思ったけど。これじゃ、バルガスの方が強そうじゃない?」

「ンだとコラぁッ!?」

 挑発に乗るイリューンだったが、全く動けない。寒気にも似た無言のプレッシャーが、まるで喰い散らかさんと威嚇している。目の前の少女が放っているとは思えぬ程の殺気だった。

 まるでゴミでも見るような冷たい視線で一瞥し、少女は呆然とするディアーダに背を向けると、サブリナの元へと歩み寄った。手にした暗黒刀は更に長さを増していた。

「遊びは御仕舞い。サッサと行くわよ。サブリナ。」

「――御意。」

 サブリナが最敬礼を見せる。明らかに、眼前の少女が邪教を率いる首謀者に違いなかった。

「な…何故、どうして…」

 ディアーダが呟く。が、すぐにハッとし、立ち上がると怒りに燃えた目でサブリナに言い放った。

「貴様が…! 貴様等が姉さんをたぶらかしたのかッ!」

 クスクス笑いをするサブリナ。少女は冷たい視線を崩そうともせず、振り返った。

 ゆっくりと。少女が溜息混じりに呟く。冷たい、落胆の声だった。

「…操られて、洗脳でもされてこんな事をしていると…? 馬鹿すぎる。ここまでとはね。…これは全て妾の意思。それ以外の何者でもない。我が名にかけて、大帝国を築きあげる。民を殺し尽くし、殺戮の限りを尽くす。街を踏みしだき、破壊の限りを尽くす。全ては我が望みのままに。それ以外に何があろう?」

 希望を打ち砕く台詞の数々。もはやディアーダは言葉も無い。

 サブリナが高らかに声を上げた。

「控えるがいい! ここにおわすはクラメシア帝国皇帝レミーナ・アムルド・エントラーダ様なるぞ! 頭が高い! アッハハハハ!」

 全員が眼を剥いた。

 クラメシア帝国の皇帝アムルドは、齢六十を数える老紳士の筈。その姿を実際に見た者は少ないが、少なくともディアーダはギルドの歴史書からそう習っていた。また、謁見が認められるケースは極端に稀だったものの、ジョージもまた父アレスからそう聞いていた。

 だが、眼前の少女は――それらの話からは似ても似つかない。どう考えても、この少女がクラメシアの皇帝アムルドとは考えられない。

「…馬鹿な! ちょっと待っ…」

「ディ、ディアーダ! 皇帝って…お前の姉さんが皇帝って!?」

「ちょっと待てって言ってるでしょうッ!」

 狼狽するジョージにディアーダが噛み付く。そのあまりの剣幕に、ジョージは思わず押し黙るしかなかった。

「姉さんが…姉さんがクラメシアの皇帝…? …何故、何故…何故だぁぁぁァァッッ!」

 それは、絶叫だった。語尾は掠れ、最後は既に涙声だった。ここまで感情を露にしたディアーダは初めてだった。

 少女はしかし、表情一つ変えようともせず。

 まるで陶器。人形のような美しさがそこにあった。

「…冗談じゃねぇぞ。このままじゃ魔剣が全て奪われちまう。俺の直感だがヤバい。何となくだがヤバいと身体が告げてやがる…ッ!」

 誰だってそう思ってる、とジョージは心の中で呟いた。だが、今回ばかりは笑い事では済まされない。

 ジョージは立ち尽くすアレスに目を向ける。そして力の限り叫び続けた。

「…父上! 父上ェぇぇッッ!」

「………」

 アレスは答えない。仮面の力だろうか――完全に、父の意思は押さえられていた。

「レミーナ…とか言いやがったな? テメェ、何を考えてやがる。何の為にバルガスを配下にし、ゴードンのオヤジを…ジョージの親父までも操ってやがる! クラメシア帝国は一体ぇ何を企んでやがる!?」

 イリューンが投げ付けた言葉の数々。無礼なそれが余程小気味良かったのか、少女はその仏頂面をクスと綻ばせ、楽しげに語り始めた。

「…帝国は私の手足。ゴードンとアレスは必要だから創った人形。まさか、貴方も妾と人形遊びがしたいとでも? 生憎、マッチョには興味がないんだけど。」

「遊びだぁ? …この野郎…! 人間を…人間を何だと思ってやがる!」

「人間、ね。…そうね。貴方、そう、そこのひ弱そうな貴方。」

 突如指差され、ジョージは狼狽えた。憎むべき敵の首領。だが、その姿からは微塵もそれは想像できなかった。

 レミーナと呼ばれた少女は言った。

「貴方、花を部屋に飾ったことは? 野に咲く華を蹂躙し、枝を切り、自分の部屋に飾るの。花からすれば堪った物じゃないわね。突然、首を切り落とされてその遺体を存分に鑑賞される。ただそこに咲いていただけで。」

「…何の…話だ?」

 花を表すジェスチャーをしながら声も無しに笑う少女。首を傾げるジョージ。言っている意味が分からない。少女は続ける。

「仮に動物とお話が出来たとする。あぁ、友達だな、って思うでしょう。でも、犬はレストランに入れられるかしら。一緒の席で食事を出来るかしら。」

「何が言いたい…!」

 小首を傾げる少女に苛ついた声を出し、今度はイリューンが威嚇した。少女はくす、と残虐そうに微笑んだ。

「…まだ解らない? 凡そ人間から遠い貴方…最後の竜である貴方なら、よっぽど解ると思ったんだけど。…つまり、そういう事。妾にとって人間とはその程度。楽しいから殺す。美しいから殺す。それだけなの。…解る?」

 コツ、コツと踵の鳴る音が耳障りだった。勿体を付けたようにレミーナは言った。

「もう一つ。…五月蠅いのよ。寝掛けに蚊トンボが耳元を飛び回るのがね。良かろうと悪かろうと、そんな蚊トンボは潰すに限るでしょう?」

「…そんな…! あの、あの優しかった姉さんが…何で、何でこんな事に…!」

 ガックリと膝を折り、ディアーダは愕然と変わり果てた姉の姿を見つめた。

 繋ぐ言葉があるはずもない。

 飛来する絶望感。だが、イリューンは――この男だけは折れていなかった。

「バカ野郎! 誰が相手だろうが…売られたケンカは買うモンだ。ディアーダ、オメェには悪いがここで魔剣を奪われる訳にゃいかねぇ。舐められっぱなしでいられるかぁッ!」

 バン、と強く足を踏み鳴らし、イリューンが真一文字にハルバードを構えた。

 噴き出すような闘気。危機を脱したジョージとユミコは遠目でそれを見つめる。ディアーダは交互に互いを見回した。

 レミーナが斜に構え、呟いた。

「…よしたほうがいいわ、竜よ。貴方が実力の違いを一番知っている筈。どうしても、というなら仕方がないけれど。」

「寝言は寝てから言えよお嬢様…! 俺は相手が女子供でも容赦しねぇ。ここでテメェをぶっ倒しゃあ、全て万事解決よ!」

 イリューンらしい答えだった。そしてそれは恐らく正しく――同時に、不可能な答えでもあった。

 屋根が軋んだ音を立てた。衝撃音は一つ。気が付けばイリューンは宙を舞っていた。

 レミーナの額に向けて刃を降り下ろす。そこには躊躇いなど微塵も無い。確実に叩き潰すつもりだった。

 が、当たらない。そこにいたはずのレミーナの姿がない。有り得るはずもないのだが、イリューンは完全に敵を見失っていた。

 ハッとする。外から見ているジョージからは良く分かった。イリューンの一撃に合わせ、彼女は最小限の動きでそれをかわしたのだ。

 ギリリ、と奥歯を噛み締めた。振り返りざま、イリューンはハルバードを振り回した。

 返す刀で足を狙う――当たらない。

 斜めから袈裟――当たらない。

 トン、と軽くレミーナが距離を取る。残像を残す動きでイリューンが追う。余裕たっぷりの表情で、つまらなさげにレミーナは欠伸をしてのけた。

「何が退屈だ、このアマぁッ!」

 イリューンの怒声。ハルバードが突き出された。ドレスの際を貫かんと切っ先が伸びた。

 が、突如。真横から飛来した光弾によって、それは弾き飛ばされた。

 腕が痺れる。鉄の転がる音が響く。ハルバードが屋根上を滑った。イリューンが信じられぬといった顔をそちらに向けた。

 ジョージは絶句した。ユミコはそんなジョージの肩口に手を置き、ぎゅっと鎧の端を握り締めた。その身は小さく震えていた。

「…弟らしい事の…一つでも見せてくれるのかしら?」

 レミーナが呟く。イリューンが歯噛みしつつ吐き捨てた。

「なんでだ…! 何故だ、ディアーダぁッ!?」

「…それ以上、姉さんに刃を向けさせはしません。例えそれが誰であったとしても。」

 掌を向けたディアーダが近付く。理力が満ち溢れている。反して、その顔には哀しみが張り付いていた。

「ディアーダっ! お、お前…何をしてるのか解ってるのか!?」

「………ッ!」

 ジョージが声を上げた。ユミコは口元を手で隠し、出てくる声を押し殺した。

 しかし、ディアーダは唇を噛むと、言った。

「…解っています。しかし、私にとって姉は全て。例え世界と引換にしたとしても…! 申し訳ありませんが、私は姉さんにつくしかないんです!」

 掌を勢い良く突き出した。呪文を唱え始めた。それは別離の別れ詩でもあった。

「――浄化されよ…『Salamander』ッ!」

 炎が幾つもディアーダの頭上で閃いた。躍るように、火蜥蜴がイリューンに向かって襲い掛かった。それを右へ、左へと避けながら、イリューンは転がったハルバードを手にせんと屋根上を走った。

 横っ飛び、転がった武器に手を伸ばす。だが、それを掴んだところで動きが止まった。鎧が屋根に凍り付いていた。いつのまに唱えたというのか、氷の呪文がイリューンの身体を縫い止めていた。

「…ってンめェ…ッ!?」

「氷縛――『Penguin』…! 貴方に見せていない理力はまだ幾つもある。全てを使います。姉さんを守る為ならば、私は鬼にも悪魔にでもなれる…!」

 バリバリと身体を引き剥がし、何とか次の攻撃を逃れようとイリューンが藻掻く。レミーナは退屈そうに伸びをすると、

「…ディアーダ。貴方がどうしても、というのなら…五分で仕留めなさい。それ以上は待たないからね。」

 それだけを呟き、暗黒刀を手にしたまま、飛行船へと跳んだ。

 凄まじい跳躍力。否、理力を使っているのか。いずれにせよ、レミーナは一瞬でその姿を消した。

 今の今まで傍で沈黙を守っていたサブリナが高らかに嗤う。

「いいザマねぇ、竜よ。信じていた仲間と戦う羽目になり。そして、全てはここで終わる。弟君も此方へ汲みされるのならば、それはそれは重畳。アッハハハハ!」

 サブリナが手を挙げ、両隣のアレス、ゴードンに命令をした。

「笑え。」

『はははははははははは!』

 まるで人形のような、感情の伴わない哄笑だった。それを聞くだけで、ジョージの心臓は握り潰されそうな程の痛みを感じた。

 す、とサブリナがもう一度手を挙げる。ピタリ、と二人の笑いは止まった。

「…私達も上で見物させていただくわ。頑張って、弟君――そして、イリューン。フフ」

 含み笑いをするその様が苛立たしい。イリューンはギリリと歯軋りをする。

 サブリナが三度、手を挙げる。ゴードン、アレスの姿が風景に溶け込む。転移理力だった。

 二人の姿が消えると同時に、サブリナの姿もまた、徐々に風景に溶け込んでいった。それをバックにディアーダが詠唱を続けていた。絶体絶命だった。

「――『Manta−Ray』ッ!」

 横っ面から突然、光の布がイリューンに覆い被さった。ユミコが法術を唱えたのだ。

 理力によって氷が蒸発し、イリューンの身体が自由になる。転がり、腰を低くしてすぐさまハルバードを構えた。慌ててジョージはその側へと駆け寄った。

 頭上には飛行船。目の前にはディアーダ。そして、それと対峙するはイリューン、ジョージ、ユミコの三人である。

 異常な状況だった。何故、仲間同士で戦わねばならないのか。何故、長い旅を共にしてきた友とここで対峙しなければならないというのか。

 ジョージは叫んだ。

「き、気をしっかりしろぉッ! ディアーダ! お前がここで…どうしてここで俺達と、イリューンと戦わなくちゃなんねぇんだぁッ!?」

「ディアーダ…さん…! しっかりしてください! 私には何があったのか…どうしてあの人がお姉さんなのか、何も解らない。…でも、でも…こんなの変です!」

 ユミコがジョージに続き、首を振って訴える。

 しかし、ディアーダは獲物を狙う鷹のような眼を崩そうとはしなかった。

 イリューンがずい、と二人を下がらせ前に出る。そして、言った。

「…無駄だ。コイツはマジだ。ケンカを売ってやがるんだよ。俺は言ったな? 相手が誰であろうと、ケンカを売ってきたら買うまでだ、ってな。…やってやるよ。覚悟は出来てンだろうなァ――えぇ? ディアーダぁァッ!?」

「――望む…所です。」

 小さく呟くその様は、金髪の悪魔。

 一触即発。間に漂う空気すら、張り詰めた糸のように感じられた。


 『理力使い』最強の魔術師と『竜族』最強の戦士との決戦が――始まろうとしていた。


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