第六章 一幕 『いざ東方へ』
日が昇る。
ヤーマ大樹海から出た一行は、森に沿って一路南西へと向かった。
歩き始めて二日。小高い丘の上から見下ろせば、小さな町が佇んでいる。ジムの言っていたデルフィの港町に違いない。
鼻孔を擽る潮の香り。北風が三人の顔に吹き付ける。冬になればこの一帯は雪と氷に包まれるが、季節はまだ初夏。爽やかな空気が流れていた。
抜けるような青空の下、ジョージは言った。
「先にジムが待ってるだろ。トンペイまでどう行くか…相談してみよう。」
イリューンとディアーダが共に頷いた。踵を踏み鳴らし、一行は町へと足を踏み入れた。
軋む扉、ボロボロになった木製家屋の外壁。道の端にしゃがみ込んだ老人が、ギラギラとした目を向け、辺りを行き交う若者達も目線を下に落としている。
想像以上に寂れた町だった。
元々、デルフィとはクラメシア語で辺境を意味する。この港自体、冬になれば凍結して使えなくなり、外界との接触が断絶する有様。そんな町が発展する訳もなく、人口数百人程度の波止場は、ひっそりと日々の生活を営んでいるのが実情である。
「馬はあるが…ジムは何処だ?」
町の入口に馬屋を見つけ、中を覗き込みながらイリューンが言った。重ねて、ディアーダが口を開いた。
「宿で話を聞いてみましょう。それらしき人を見ているかもしれません。」
自然と足は町の中心へと向かった。
小さいバラック小屋のような宿屋を見つけ、ジョージは入口を潜り、カウンターに近付く。奥には小太りな中年の女が座っている。恐らくこの宿の女将だろう。
見れば女は不機嫌そうな様子。滅多に客も来ないような宿では、商売をする意味さえ無いのかもしれない。不審そうな目を向け、女将はこちらに「面倒事は御免だよ」とでも言いたげな顔を見せていた。
少しばかり、声を掛けるのが躊躇われる。後ろの二人を振り返る。しかし、ただこうして突っ立っている訳にもいかない。意を決し、ジョージは尋ねた。
「え、えぇと、すいません。バンダナをした少年を見ませんでしたか? 連れなんです。」
「…あぁ、あの子? それじゃ、貴方がお兄さんかい?」
「え…あぁ、まあ、似たようなモンです。」
どんな話をしていたのか。迂濶な事は言えない、とジョージは思った。
「これを預かってるわよ。」
女将が小さな封筒を手渡す。それを開け、ジョージは文頭から読み始めた。
「なになに? …ディア兄貴。…イヤな書き出しだな。」
イリューンが頭を抱える。ディアーダがくすりと笑う。
「えぇと…なんだ? 『港に船を用意したんすが、野暮用っす。今迄なら無理もききやしたが、あっしはこれでも盗賊団の頭領。涙を飲んで部下の元へ戻るっす。また何処かで会いやしょう。しばらくのお別れっす。』…だとさ。」
「何だ? 何かあったのか?」
イリューンが小首を傾げた。ディアーダも不思議そうな様子。あれ程迄にイリューンと一緒に行動する事を切望していたジムが、どうして急に心変りをしたのだろう? 責任ある身になったからだけとは、到底思えなかった。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる三人。女将はその顔を順にぐるりと見やると、
「そうそう。あの子、連れが来たら港に行くように、って言ってたわ。」
そう言って、窓から覗く漁船の帆を指差した。
なるほど、とイリューンが頷いた。行きましょう、とディアーダが真っ先に宿のドアを開けて出ていった。ジョージも二人の後を追った。
宿から埠頭までは緩やかな坂道。歩いて数分程で、幾つもの船舶が停泊する港に辿り着く。
海に反射する陽光がギラつく。手で目元に影を作りながら、一行は辺りを見渡した。
「あら! …まさかイリューン!?」
聞き覚えのあるお姉声。嫌な予感が全力で背中を駆け抜けた。
振り返れば、そこには想像通りの顔があった。黒々とした筋肉質の体付き、スキンヘッドに厳つい顔立ちの大男。言うまでもなく、アドンだった。
「っげぇ!? アドン!?」
「げぇ、とは何よ。失礼ね。でも、まさかこんな所で会うとは思ってもいなかったわ。」
「俺だって思ってねぇよ! な、何でオメェがここに?」
イリューンが訊く。顔を見合わせ、ジョージとディアーダが同時に目を泳がせる。
アドン率いる船団薔薇族は、クラメシア港に停泊していた筈。となれば、イリューンに掛かった反逆者の容疑についても聞いている筈だ。
どうなるか、と一瞬の緊張が走った。しかし、アドンの答えは単純なものだった。
「…イリューン、あんたまた何かやらかしたでしょ? アタシ達にも来たのよ。テロリストを運んで来たのは貴様らか、ってね。でもアタシ達は商船団。ご禁制品を運んだならまだしも、そんな人は知らない、って言い返したわ。それで…」
「あぁ…何となく、その後は解るわ。俺を庇って、クラメシア港を追ん出されたってんだろ? オメェらにとっちゃ大事な取引港だったろうに…スマねぇ。」
「…話が早いわね? いや、まぁ大体その通りなんだけど…イリューン、アナタ何か変わった?」
アドンが首を傾げる。今までのイリューンとは何かが違う、とでも言いたげな様子だった。
「…いや?」
「そう? …ならいいけど。」
アドンはそこまで言い、頬杖をつくように片手を顎の下に置くと、訝んだ顔を見せる。
続けて、思い出したようにディアーダが言った。
「ところで、二日程前にバンダナをした少年が来ませんでしたか?」
アドンは目を見開き、
「あぁ! あのカワイイ子ね! 来たわよ。船を探しているみたいだったから、前金で予約を受けたんだけど…何だかソワソワしていたわね。アタシが一緒の寝室にしましょ、って言ったら、別の一団と合流するからって断られちゃったわ。全く、ウブなんだから…ウフ。」
(原因はお前かァ―――ッ!?)
ジョージは心の中で強烈な突っ込みを入れながら、あくまでも照れているだけと思い込んでいるアドンにある種の戦慄を覚えていた。
ディアーダもまた、深い溜め息を吐く。イリューンは顔に縦線を走らせながら、辛うじて言葉を呑み込み、アドンに話を切り出した。
「…その少年、連れでな。船を出して欲しかったのは俺達なんだ。」
「あら! なんて奇遇なの? やっぱりアタシとイリューンには運命があるのね!?」
「違ぇって! だから、必要以上に近付くなって! まぁ、ここまで来たら変な縁があるのかもしんねぇけどよ。実は…」
そこでイリューンはジョージを振り返った。ジョージは促されるように言葉を繋いだ。
「実は、トンペイに行って欲しいんだ。」
「あの東の? いいけど…でもあの国、何にも無いわよ? イリューンは亡命でしょうけど、騎士様にとっては退屈じゃない?」
「誰が亡命だ、おい!?」
「…まぁ、観光に行く訳じゃないからな。…お願いするよ。」
正直な気持ちとしては遠慮したかったが、イリューンはある意味お尋ね者である。普通の客船には乗せてもらえないだろう。ジムもそれが解っていたからこそ、何でも屋の武装商船を頼ったに違いなかった。
「そういえばイリューン、あんたがいない間に新人が増えたのよ。後で紹介するわね!」
「お手柔らかにな…」
はしゃぐアドン。暗い顔のイリューン。そして、呆れ顔のジョージとディアーダ。
船は静かに波止場で揺れる。それから出航はすぐだった。
――――
波間に揺れる帆船。船室に荷物を置き、ジョージはベッドに腰掛けた。
ちょうど目線の高さには丸い窓があり、そこからは抜けるような青い空が見える。カモメが飛んでいる。ゆったりとした船旅だった。
少しの時間をおき、食堂室へとジョージは向かった。昼食の時間である。
待ちきれなかったのか、既にイリューンとディアーダは席に着いていた。目の前には幾つかの食器が置かれており、食事の準備が出来ていた。
「ちょっといいかしら?」
不意に、アドンの声が聞こえてきた。ん、とイリューンが顔を上げた。
ドアを開け、姿を現した彼の後ろには三人の船員が並んでいる。どうやら彼らが噂の新人らしい。アドンはいつもの調子で目配せると、相変わらずのお姉言葉で切り出した。
「イリューン、紹介したいって言ってたのはこの子達よ。新しく武装商船に入団した新入りってワケ。ほら、自己紹介しなさいっ!」
アドンに促され、一人づつ船員が前に出た。緊張した様子で身体を硬直させながら、三人はそれぞれに口を開き始めた。
「お、おぅすッ! じ、自分はメッキー・ウルスラっス! よ、ヨロシクっス!」
「俺の名はタキ・コーンウォール! イリューンさんの事は、噂には聞いてましたッ!」
「お初ですッ! ジワラ・カシュア! お見知り置きをッ!」
左からスキンヘッドの男、坊っちゃん刈りの筋肉質、そして角刈りの男。
スキンヘッドの男――メッキーは早速顔を上げ、イリューンを尊敬の眼差しで見つめた。
「俺ら、イリューンさんには憧れてたんっス!」
続いて坊っちゃん刈りの男――タキが口を開く。
「あの収穫祭の時の雄姿! 目の裏に浮かぶようっスよ!」
最後に角刈りの男――ジワラが言った。
「それで俺ら、この団に入ったんス!」
イリューンはといえば、何とも言えない微妙な顔をしていた。それはそうだろう。筋肉ダルマが目の前に四体。しかも、全員が羨望の眼差しと、歪んだ愛を向けているのである。
(…なんか、イリューンはこんなんばっかしだな。…ぷ…くっくっ)
思わずジョージは吹き出しそうになってしまった。ギリギリ堪えたものの、それでも顔がにやけるのは隠しきれず、やはりイリューンには睨まれる事になった。
ディアーダもまた微笑を浮かべていた。「何をおめぇら笑ってやがるんだ」とイリューンが突っ込みを入れる。「笑っていませんよ」とディアーダが即座に返す。
そんな穏やかな空気の中。突如、凄まじい衝撃が船全体を激しく揺らした。
船体が斜めになるほどの横揺れに、机が一気にスライドする。船壁にぶち当たり、上に置かれていた食器が次々と床に落ちると、陶器の砕ける澄んだ音を出した。
ジャーン、ジャーンと銅鑼が鳴る。襲撃の合図。アドンが、らしくない声で叫んだ。
「何事だッ! 報告しやがれぇッ!」
遅れて、船員の一人が食堂室に雪崩れ込んできた。震える声で、食堂全体に響き渡る声で船員は言い放った。
「せ、せ、船長ッ! う、う、『海の主』だッ!」
「――何だとぉッ!?」
慌ててイリューンが飛び出した。後を追うようにアドンが、そしてディアーダ、三人の新入りも甲板へ走り出す。
ジョージは敢えて、部屋を出なかった。
(…君子危うきに近づかず…ってヤツかね。)
静かになった食堂の中、ジョージはホッと一息を吐いた。
しかし、それも束の間。またも激しい横揺れが船全体に襲い掛かった。窓ガラスにヒビが走る。それを目の当たりにし、さしものジョージも居ても立ってもいられず、結局は皆を追って食堂を走り出た。
甲板では、集まった船員達が大声を上げていた。波、飛沫、そして恐怖に負けた悲痛な声が轟いていた。
「アドンッ! 面舵一杯だッ!」
「解ってるわよぉッ! イリューンっ!」
真後ろの船長室からアドンの胴間声。
甲板が傾き、ジョージは危うく海面に落ちそうになる。
「…ひ、ひいぃぃっ!」
悲鳴の直後、水飛沫を頭から被った。ずぶ濡れになりながらも、なんとか欄干伝いに船首方向へと向かった。そこでジョージが目にしたのは、まさしく修羅場そのものだった。
船団薔薇族のフィギュア・ヘッド――力瘤を作る男の彫像。その上に、イリューンが立っていた。三人の新入りはそれぞれに銛を構え、波間を駆ける巨大な影に投げ付けた。
襲い来る影にディアーダが呪文を唱えた。
「来れ雷の王、刃となりて散りて駆けよ! 『Electricus』ッ!」
激しい光が頭上に掲げたディアーダの掌の上でスパークする。次の瞬間、空と海との間に閃光が走り、幾つもの稲妻が柱となって水面を貫いた。
が、影はそれを物ともしない。ディアーダが驚き、声を上げる。
「馬鹿な…! 雷撃の理力が…レジストされる!?」
次の瞬間、水面が盛り上がった。巨大な背鰭が海面に姿を見せ、やがて影は遂にその全身を海上に現した。
身の丈、三十メートルはあろうかという――巨大な鮫。
その片目には痛々しい傷。かつてイリューンが撃退したはずの化物だった。
跳ねた巨体が海面に落ち、激しい水柱が立ち上がった。またも、船が衝突によって横揺れを繰り替えした。
「ひ、ひぃいッ! じょ、冗談じゃぁねぇッ!」
ジワラが叫び、甲板上に腰を抜かした。
「か、勝てる訳ねぇっ! に、逃げるべきだぜ…ッ!」
タキの弱音が聞こえてくる。
「で、でけぇ…! …ま、マジかよ…ッ!」
メッキーが涙ぐみながらそう言った。
――が、その時。凄まじい怒声が辺り一面に響き渡った。
「ばっかやろぉおッ! やる前から呑まれてるんじゃねぇッ! いいかッ!? 負けたら負けなんだよッ! まともに勝てなけりゃあ力を合わせるんだッ! てめぇら何で武装商船団に入った!? 何の為にッ! 強くなる為じゃぁねぇのかッ!」
言うや、イリューンは海原へ高々と跳んだ。海面スレスレでその身体は鳥のように宙を舞い、一直線に海の主に向かって突進した。
力強く言い放った言葉。そして有言実行の勇気有る態度。それが、新入り三人組の心に火を付けた。闘志がみるみるうちに沸き上がっていくのが、誰の目にも感じられた。
ディアーダが走り、船首上で再び呪文を唱え始める。
「来れ神々の衣! その身に纏いて我が身を守れ! 『Hermitcrab』ッ!」
掌に集まった理力の光が舞い上がり、光の鎧となって全船員達の身に宿り始めた。腰元で両の拳を握り締め、感極まったメッキーが叫んだ。
「…ち、力が湧いてくる…! やってやる…やってやらぁっ! …よぉしッ! イリューンさんだけに、良いところを持って行かせるわけにゃいかねぇぜぇッ!」
「わかってらぁッ! 俺達も援護するぞッ!」
合いの手を入れ、ジワラは大砲の射出台に向かうと、次々と砲弾を打ち出した。メッキーも負けじと隣の射出台に座り、イリューンの援護射撃を開始した。
「イリューンさんに続くぞ! みんなあッ!」
「うおぉぉぉぉおおおッッッッ!」
タキの声に合わせ、船員達が雄叫びを上げた。すぐさま全員が走り出し、次々と海へ飛び込み始めた。幾つもの水柱が上がる。凄まじいスピードで暴れ回る海の主に怯む事なく、タキを先頭に船員達は死に物狂いで至近距離から銛を投げ付けた。
「ほっほ――ッ! 思ったよりやるじゃぁねぇか、アイツらッ!」
宙を舞いながら、イリューンが歓声を上げる。そうとなれば、イリューンも黙ってはいられない。猛スピードで泳ぐ海の主を前に、自分が標的になるべく挑発を繰り返した。
「さぁッ! テメェの目を潰した野郎がここにいるぜ…! 来やがれ化物ォォッ!」
甲板の片隅でジョージはそれを見つめていた。胸に熱いものが込み上げていた。
(こいつらは…! こいつらは誇りを持っている…! 俺は…俺はどうだ!?)
生まれながらにして、騎士の道を決定付けられていたジョージにとって、生きることとは道に従うことでしかなかった。だからこそ、何故皆が必死になって闘うか、それは理解の範疇を越えていた。ただ自分だけが助かればいいと、それだけを考える毎日だった。
――だが、今は違う。
何かをしたいと思っていた。自分に出来ることはないかと考えさせる程の力が、熱意が、エネルギーとなってジョージの身体を駆け巡った。
ジョージは辺りをしきりに見回した。巨大魚用の射出銛が目に付いた。これを引ければ、勝てぬまでも一矢報いることは出来るかもしれない。
走り、射出銛の弦を掴むと、ジョージは力の限りそれを引く。ものの数秒で手の皮が破れ、うっすらとそこに血を滲ませた。しかし、ジョージは諦めなかった。
昔ならば、真っ先に逃げる事しか考えなかっただろう。だが、長い長い旅路の中で、逃げるよりも強い気持ちがジョージの心に芽生えていた。
(…せ、船員に出来て、俺に出来ない筈があるかぁぁあっ!)
それは、激しい感情。
目的があって騎士になった訳じゃない。けれど、ここで逃げたら、その騎士の称号すら投げ捨てる気がして――ジョージはただ負けじと、射出銛を引き続けた。
勢い、戻る力に負け吹き飛ばされ、ジョージはたたらを踏んですっ転んだ。が、同時にガチン、と鉄の組み合わさるような音が耳の奥に響いた。
顔を上げる。弦は引き絞られていた。
「…って…! や、やった! ひ、引けたッ! こ、これでッ!」
位置を調整する。射出銛を左右に動かし、狙いを定めチャンスを待つ。
遠くでイリューンが旋回するのが見える。空を舞い、海の主の意識を船から逸らすべく画策している。緊張感に汗が滲んだ。ジョージは照準を覗いたまま、固唾を呑み込んだ。
メッキー、ジワラの援護射撃が水柱を上げる。たまらず、海の主が海面上に姿を現す。間髪入れず、タキを先頭にした船員達が銛を投げ付けた。
左回転、イリューンが海の主の背中にハルバードを突き立てる。青白い巨体に銛が次々と突き刺さっていく。
瞬間、海の主の動きが止まった。見れば、ディアーダが呪文を唱え終えた所だった。
「…動きを封じよ! 『Dionaea』!」
無数の紐状になった理力が、海の主の躰を捕らえた。苦しげに藻掻く海の主だが、その場から動けない。
絶好のチャンス、この時を除いて打つタイミングは無い。
ジョージは軽く息を呑む。時が長く、長く感じられる。緩やかな時間の中、ジョージは射出銛の横にあるレバーを引いた。ガキン、と鉄が外れる音が響き、金具が弾けるや身の丈を越す黒く巨大な鉄の矢が風を切って飛んだ。
コンマ五秒――否、一秒か――!
ズドォォッッッッッ!
強烈な手応えがあった。鉄が肉に突き刺さる鈍い音。そしてほぼ同時に、
【ギャオオオォォォオオオオオッッッ!】
空気を、そして海をも震わす程の雄叫び声。
波間に消える巨体。そして突然、静かになる。
海原に赤く海の主の血が広がる。それっきり、巨体は上がって来なかった。
「…やった…? やったぞ! うおぉぉぉッ!」
「俺達が海の主を退けた!? イぃぃヤァッほぉーッ!」
「俺達だってやれば出来るんだァッ!」
メッキー、タキ、ジワラの三人が次々と歓声を上げた。ヘナヘナと腰から崩れ落ちながら、ジョージはやれやれ、と額の汗を拭った。
「調子、いいよなぁ…まるで自分達だけでやっつけたみたいだぜ…」
溜め息を吐きながらも、ジョージは悪い気はしていなかった。海の男達と協力した事、ディアーダの理力があった事、そしてイリューンが陽動してくれた事の全てが、力を合わせた結果として海の主を退けたのだと誇らしかった。
船はやがて、小さな島国へと進路を向ける。
極東の国で何が待ち受けるのか。不安な気持ちはあれど、ジョージは握り拳を作り、遙か水平線の彼方へと目をやった。
青い空は変わらず、海と空との境が無くなってしまうかのようで。それはまるで、ジョージの気持ちを代弁するかのように雄大な景観だった。