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第五章 二幕 『欲望の森』

 微かに頬を濡らす細い雨粒。外では霧雨が降り注いでいる。

 天を仰いだ後、続けて崖下からやって来る風を感じながら、アンクルは徐に口を開いた。

「どうやら戻ってきおったな。」

 同時に、崖下から黒い影が飛び出した。見上げればイリューンが宙を舞い、その場にゆっくりと降り立った。続いてディアーダが、最後にイリューンに抱えられたジョージが乱暴に地面に叩き降ろされた。地面に転がり両手両膝を付いたまま、ジョージは頭をシェイクされるような感覚を半ば強制的に反芻する。

「ぐ、っはぁぁぁ…も、もうちっと優しく降ろしてくれよ、なぁぁ…っ!」

「悪ぃな。男のエスコートをする趣味はねぇもんだからよ。まぁ、勘弁してくれ。」

 これっぽっちも悪いと思ってない様子でイリューンが嗤った。先程までの暗い表情とは打って変わり、いつものイリューンが其処にいた。それはジョージにとって、ある意味では安心出来るやり取りだった。

「兄貴っ! 早かったっすねッ!」

 一頻り馬の世話を終えたジムが駆け寄り、どんな冒険をしてきたのか、と目を輝かせる。アンクルがその後ろから溜息混じりに言った。

「…ふぅむ。珍しいのぅ。今までなら一日、二日は篭りきりになるところじゃがな。…やはり、友人とは必要なものじゃのう。」

「うっせぇオヤジッ! 黙ってろッ!」

 僅かながらも照れが見える。イリューンが自らの弱さを露見したのは、ひょっとすると今回が初めてかもしれなかった。

 ふと、ディアーダと目が合った。思わずジョージは苦笑いをする。ディアーダはやれやれといった表情を浮かべるばかり。その横で会話に入れず、皆の顔をぐるりと見やると、ジムは口惜しげに唾を吐いた。

「ちぇッ。…あっしもついていけばよかったっすかね?」

 ガシッと頭を鷲掴みに、バンダナ越しに髪をくしゃくしゃに撫でながら、イリューンは大声で笑った。それはどこか悲しげで、それでも悟ったような顔で、全てを吹き飛ばすかのような笑い声だった。

「…これから、どうする?」

 言い難い話だったが、先陣を切ってジョージは言った。

 戦争を収めるつもりが、クラメシアからも追われる身。ジョージならずとも先行きは不透明で、不安に駆られるのも致し方なかった。

 それは、ディアーダも同じだった。今までならばある程度の目処をつけられたものの、今度という今度ばかりは行き先さえ見えなかった。

 ジムが訝みながら首を傾げる。アンクルはまた目を瞑って舟を漕ぐばかり。

「…バルガスを追うぜ。」

 最初に切り出したのはイリューンだった。

「ば、バルガスって…クラメシアにまた戻るってのか?」

「お奨め出来ません。危険すぎます。」

「そうじゃねぇ。バルガスの野郎はもうクラメシアにはいねぇよ。」

「…どういうこった?」

「あの野郎、本当なら自分の手で俺を処刑するつもりだったんだ。けどよ、何の用事か途中で席を外しやがったのよ。」

「…妙ですね。あれほどまで……ん、……不可思議です。」

 言っては悪いと思ったのだろう。一瞬、口篭もりつつもディアーダは相槌を打った。イリューンもそれは解っているのか、自嘲じみた薄ら笑いを浮かべ、

「だが、アイツの魔力が残ってるのは感じる。あの野郎が何処へ向かったのか、何となくだが解るんだ。そこにゴードンが…ラヴェルナも居るに違いねぇ…!」

「根拠が在るのか無いのか分からん理屈じゃな。じゃが…今までもそれで戦ってきた訳じゃしのぅ。」

 いつの間に目を覚ましたのか。或いは、ずっと狸寝入りだったのか。アンクルがニヤリと笑いながらそう言った。馬車の荷台に腰掛けた状態から立ち上がり、イリューンに近付くと突然、腰から剣を抜いて対峙する。

「…試させて貰うぞ。」

 答える代わりに、イリューンはハルバードを背中から振り下ろした。

 緊張感が走った。ジョージ、ディアーダは言葉もない。アンクルの性格は何となく理解している。だから、この戦いは止めるべきではないと瞬時に解った。

「…あ、兄貴…ッ」

 ジムが思わず声を出したその瞬間――アンクルの身体が揺れる。強烈な一撃がイリューン目掛けて繰り出された。

 が、それは当たらない。まるで川の流れの如く、ゆらりとした動きでイリューンがアンクルの側面に廻る。同時に、ハルバードを薙ぎ払った。

 飛び、アンクルはそれをかわし、連続して剣激を突き出した。

 ジョージは目の錯覚かと瞼を擦る。イリューンが動く度、その身体がブレる。次の一撃に移るのがあまりに速く、微かながら体を追って残像が残った。

 翻弄するような動きにアンクルは目を瞑り、剣を胸元で構えると静止した。幾つもの幻影を引き連れながらイリューンが宙へ跳ぶ。刹那、目を見開き、アンクルがそれを迎え撃った。

 雷が鳴る。激突――! 霧雨はやがて、小雨へと変わった。

「ど、どうなった…?」

 ジョージが目を凝らした。ディアーダが指差した。その先では、お互いに自らの得物を相手の寸前で止めていた。

「…どうやら勘は取り戻したようじゃの。これならば前の様に無様な真似は晒すまいて。」

「…当ッたり前ぇだ。」

 ニヤリと笑い合う二人。降りしきる雨の中、アンクルは腰に剣を仕舞い、イリューンもまた同様にハルバードを背に担ぎ上げた。

「…まったく、元気なものですね。」

 ディアーダが溜め息を吐いた。ジムがハッとした顔で言った。

「あ、あ、兄貴達ッ! 濡れるっすよ! 早ぇところ麓に下りやしょうぜ!」

 手にした風呂敷を頭の上に、バシャバシャと飛沫を跳ね上げながらジムが駆け寄って来る。それを流し見た後、アンクルは静かに呟いた。

「…ワシはここに残る。」

 驚くジョージ。素っ気なく「そうか」と答えるイリューン。「解りました」と呟くディアーダ。ジムは風呂敷を手にしたしたままその場で固まり、

「な、何でっすか? ジィさんは行かないんすかっ!?」

 と、狼狽えた声を上げた。アンクルは頷き、柔らかい口調で答えた。

「なに、心配するでない。ついでに旧い友人にでも会ってくるかと思うたのよ。」

 イリューンは頭を一掻きし、

「余計な事は言うなよ。どうせ俺の話題が出るだろうけどよ、いい気はしねぇもんだぜ。」

 そう言って溜息を吐く。ディアーダ、ジョージもそれに続けて言った。

「そうすると、ここでお別れですか。」

「…ジィさん…」

 二人の声にアンクルは寂しげな表情を一瞬見せた後、一人一人を見つめ、先ずディアーダに向かって口を開いた。

「そこの魔術士。ディアーダとか言うたか。お前さん、理力使いとしては中々の腕前じゃが…バルガスに破れたということは奴の奥の手――断属性理力を目にしたんじゃろう? あれは命を削る禁じ手。今のままでは、お前さんの理力は通用せんじゃろうな。」

 ディアーダは渋い表情を浮かべた。バルガスとの戦いを思い返しているに違いなかった。

 アンクルは続けた。

「聞くのじゃ。断属性理力には欠点がある。揮発性理力については全て無効化するが、物理的理力は完全には打ち消せん。立ちはだかるのは理力が通じる敵ばかりではない。対抗理力を持つ敵、理力を吸収する敵、そして無効化する敵。…良く踏まえる事じゃ。どうか、イリューンの力になってやってくれ。」

 返事の代わりにディアーダは小さく頷いた。よせやい、とイリューンが照れ臭そうに手で顔を隠す。気にせず、次にアンクルは傍に立つジョージへと目を移した。

「…ジョージ。お前さんは自分が思うておる程は弱くはない。お前さんには見極める力がある。何が正しいか、何が間違っているのか。心の命じるままに生きるんじゃ。」

 ジョージは何も返せなかった。

 アンクルの言葉で救われた。アンクルの御陰で迷いが消えた。言い尽くせない程の感謝の気持ちがあった。それが突然の別れに、ただ戸惑う事しか出来なかった。

 呆然とするジムにアンクルは笑い掛け、

「小僧、色々助かったぞ。御主が居たからこそイリューンを助け出せた。礼を言う。」

「…そ、そんなことないっすよ! 兄貴達の為っすからっ!」

 元々感動しやすい質なのか、ジムは半ば涙ぐみながらそう返した。そんな彼に、アンクルはただただ頭を下げるばかりだった。

 最後に、アンクルはイリューンの顔を見つめ、素っ気なく言った。

「…イリューン、お前には何も言うことはない。」

「ちょ、何だよそれ!?」

「なんじゃ、何か言うて欲しかったのか?」

「そ、そういう訳じゃねぇけどよ…!」

「かっかっか! まぁ、冗談じゃ。イリューン…御主はバルガスとの因縁を晴らさねばならん。数百年に及ぶ戦いの歴史、竜族ならではじゃな。…が、もう解っておろう? あやつを救えるのは…御主しかおらんでな。」

「…言われるまでもねぇ。俺は…俺にはまだ、何が出来るかは解らねぇ。だけどよ、最大限努力してやらぁ。世話になったな、オヤジ。」

 アンクルは頷いた。そして崖下を覗き込み、声高に言い放った。

「四人とも、生きてまた会おうぞ。その時は極上のクラメシア茶を馳走するでな。年寄りの楽しみ、奪ってくれるなよ! …では、さらばじゃ!」

 否や、アンクルは迷い無く目の前の崖下へと飛び降りた。あっという間だった。

 思い返す限りだが、アンクルは理力を使えない筈。まさか、とジョージが崖まで駆け寄ると、いつの間にかロープが崖の途中にある突き出した岩肌に結び付けられていた。

「…はは…さっすが…イリューンの師匠だわ。」

 ジョージが呟く。イリューンはバツが悪そうに苦笑いをする。ディアーダはくす、と鼻で嗤い、ジムは照れ笑いを浮かべた。今更ながら、まさしく嵐のような老人だった。頭の天辺からずぶ濡れになりつつ、ジョージもまた釣られて声を上げて笑うのだった。

 そうこうしている内にも、雨足は徐々に強まっていった。崖下へ消えたアンクルの姿に後ろ髪を引かれつつも、四人は意を決し、次なる目的地へ向かうべく馬車の荷台に乗り込んだ。

 バンダナを解き、小雨に濡れた髪を掻き上げ、船頭席に腰掛けるジムが号令を打つ。

「これ以上、酷くなる前に行くっすよ! 兄貴、どっちへ向かえばいいっすか!?」

「…バルガスの念を微かだが感じる。…幾つかの場所に意志が残っている。…西だ。先ずはこのまま真っ直ぐ西に向かってくれ!」

「――了解っす!」

 同時に手綱が鳴った。嘶きを上げ、馬車は勢いよく走り出した。雨降りしきるキーエンス山脈を下りながら、ジョージは心の中でアンクルの言葉を繰り返すのだった。

(心の命じるままに…か。まぁ、そうするしかねぇんだけど、な。)

 途中、岩室を見つけた一行は雨宿りをし、濡れた体を拭った。馬の世話をし、馬車の荷台を拭き、暖を取って一昼夜を過ごした。

 翌日。良く晴れた空の下、キーエンス山脈麓へと馬車は一路下る。

 イリューンの言葉に従うなら、西にバルガスの気配を感じるらしい。しかし、その先は獣道すらない深く暗き森――ヤーマ大樹海だ。


 ヤーマ大樹海は、クラメシア帝国初代皇帝アブダラが、ハルギスの力を手にした暗黒騎士ウルグルに恋人を奪われた伝説の地である。アブダラは手にした真実の鏡によってウルグルの邪気を祓い、深い森の奥で遂に彼の首を刎ねる事に成功した。しかし、ウルグルの呪いはヤーマの森を覆い、人の踏み入れぬ土地に変わってしまったという。

 事実、調査隊が幾度もこの深い森に踏み込んだが、何れも戻っては来なかった。以来、帝国はこの森を恐れ、何人たりとも足を踏み入れようとはしなくなった。ある意味では、邪教に最も縁深い土地だとも噂される場所だった。


「あ、兄貴…! こっから先はもう樹海っす。ま…マジで行くんすか!?」

 ジムが怯えた声を出す。無理もない。走る馬車の前には既に暗い森が広がっており、光さえ届かない様子だった。

 イリューンは真剣な面持ちでジムに訊いた。

「…これ以上は馬車じゃ無理だな。ジム、ここから一番近い町は何処だ?」

「森を南からぐるりと廻った対岸にデルフィの港町がありやす。そこまでなら徒歩で三日、馬車で一日ってとこっすかね…」

「良し。ならジム、オメェはデルフィに行ってくれ。」

 途端、素っ頓狂な声でジムが喰って掛かった。

「あ、兄貴ッ!? ま、またおいてけぼりっすか!? ひでぇっすよ!」

 しかしイリューンは眉を潜めつつ言った。

「いいか、オメェが馬車を扱わねぇと困る。誰かがやらなきゃいけねぇんだ。戻れねぇ可能性だってありやがる。解るだろ?」

「わ…解るっす…けどっ!」

「…頼む。」

 深々と頭を下げる。ジョージは驚いた。あのイリューンが、と言葉を無くした。ディアーダが心を読んだかのようにポツリと呟いた。

「…珍しい、というよりは必然、ですね。」

「何で…だ?」

「馬車を置いたままにしたなら、我々の居場所はすぐに知れるでしょう。彼の首はクラメシア暗殺団が狙っています。部外者を危険に晒すわけにもいかないですし。」

「あ…」

 凄まじい体験の数々に追われ、すっかり失念していたが、追われる立場なのは云わずもがなだった。まさかイリューンがそこまで気を利かせられるとは思ってもみず、ジョージは感心した目でイリューンを見る。しかし、すぐに別の疑問が涌き上がった。

「…ん? ちょっと待て。お、俺だって部外者だぞ!?」

「最後まで付き合うのでは?」

「こ、言葉には文ってもんが…えぇい…くそっ、解ってるよ! どうせやる事も無いんだしな…! ただし、ヤバけりゃ俺は逃げるからな!?」

「そうですね。それで良いのではないですか?」

 ディアーダは微笑んでいた。言いつつもジョージは本気でそう思っていない。そんな真意を感じ取りでもしたのか、柔らかい表情を浮かべるばかりだった。

 そんなやり取りを余所に、さしものジムも兄貴と慕う男に頭を下げられては言い返す事も出来ず――やがて渋々と了承すると、馬車の船頭席へ戻りながらジムは言った。

「仕方ないっす。デルフィで待ってるっす。絶対に戻って来るっすよ!?」

「…すまねぇ。頼んだぜ。」

 ジムは片手を挙げ、挨拶をした。そして、すぐにその場から馬車を走らせ、地平線の彼方へと消えて行った。風に舞う土埃。背中には深いジャングル。道無き道に向き直ると、単身イリューンはそこに一歩を踏み入れた。

「お、おいっ! 一人で行くなよっ!」

「私にも…邪教を追わねばならない理由があります。一人では行かせられません。」

「…ちっ。…大概、テメェらも馬鹿ばっかだな。」

「それはお前が言うなぁっ!」

 ジョージの突っ込みにイリューンは軽く笑顔を洩らす。ディアーダは何故か照れ臭そうに頭を軽く一掻きする。気合いを入れる為か、胸元で拳を掌に打ち付け、

「ッしゃあっ! 行くぜッ!」

「おうッ!」

「…はい。」

 イリューンの掛け声を合図に、三人はヤーマ大樹海へと踏み込んだ。ジャングルの野鳥が高い声で鳴く。森はただ黙って侵入者を飲み込む。そこに遠慮などある筈もない。

 先頭に立つイリューンが低い雑草を掻き分け進む。足元を濃緑の苔が滑らせ、木々は行く手を何度も遮った。

 体のあちこちを棘や虫に刺され、引っ掻き傷を作り、ジョージは忌々しげに沸き上がる額の汗を二の腕で拭った。

 天を見上げる。あまりにも深い森。空すら、生い茂る葉に隠されて見えなかった。

 見たこともない虫が辺りを飛び交っている。ディアーダが体にまとわりつく植物の種を叩き落としながら疲れた顔で先を見た。

「…こっちの方向なんですか?」

「そうだ。だが、どのぐらい行けばいいかは解らねぇ。…方角は間違いねぇんだが。」

「か、勘弁してくれよなぁ…」

 ジョージがぼやいたその瞬間、イリューンがまるで鼻の抜けたような声を出す。

「あれ…は?」

 声に釣られてその先に視線を移せば、木々の合間――暗い樹海の奥に白い壁。

「…なんだ…ありゃ…?」

「どう見ても怪しいですね。」

 近付くにつれ、建物の全容は明らかとなった。壁の目前数十メートル、建物の周囲はまるで剪定されたかのように植物が避けている。ぐるりと辺りを見回せば、それは洋館だった。しかし、明らかに普通ではないと一目で解った。

 それは、窓が一つも無いという事。入口はあれど、日光を取り入れる為の窓が全く存在しない建物だった。

「…どうやら、これ、ですか。」

「あぁ。この館だな。…バルガスの気配を感じやがる。…気ぃ抜くんじゃねぇぞ。」

 イリューンは真剣そのものだった。明らかに、記憶を取り戻す前のイリューンとは違った顔だった。バルガスの力に脅威を感じているのか、その額には冷や汗が流れた。

「とはいえ、入口は一ヶ所…どうする?」

 ジョージの問いに、イリューンはすぐさま口を開いた。

「決まってんだろ。…こうすんだよ!」

 言うや、背中からハルバードを振り被り、入口と思わしき木戸目がけて叩き付けた。

 木の砕ける音。鳥が数羽、激突音に驚き飛び立つ。

 ジョージはポカンと口を開けるばかり。変わってない。少しは思慮深くなったかと思っていたが、イリューンはやはりイリューンだった。

「…おまっ! …絶対これ、気付かれただろ!? おいっ!?」

「構わねぇさ。どちらにしろ罠なら、このぐれぇ豪快にやったほうがイイべ?」

「…そりゃ…そうかもだが…!」

「まぁ、敵さんが出て来ないだけ、致死性の罠ではなさそうですけどね。」

 ディアーダの言葉を聞き、ジョージは無理に自分を納得させた。このやり取りも馴れたものだった。

 腰から剣を抜き、真っ正面で構えながら、恐る恐る吹き飛んだ入口に近付くジョージ。黒い穴がポッカリと開いている。

 ジリジリと中を覗き込みながら、ゆっくりと一歩を踏み出す。その背中を突き飛ばし、

「…早く行けって。」

 と、イリューンはジョージを押し退けて大股で足を進ませた。

「…ちょ、ちょっとは警戒しろぉッ!」

 たたらを踏みながら、ジョージは慌ててイリューンの後を追い掛けた。ディアーダはいつも通り、無言で二人の後ろについていった。

 館の中は予測していたよりも広く、窓が無いにしては明るかった。ホールになったその場には赤い絨毯が敷かれている。壁面には理力によると思わしき照明の数々。

「…これは…」

 ディアーダが感嘆の声を上げる。

「こんな森の中に…! 理力照明が整備されている建物だなんて…」

「エレミアでしか見たことねぇぞ、こんなもん…」

 イリューンが見回しながら呟いた。

 大気中に散らばる理力を使用した半永久機関の照明は、ほんの数年前に開発されたばかりの代物である。最初にそれを取り入れたエレミア以外の街は、そのコスト高から導入を見送っているのが現状。従って、こんな森の中にそれが整っているのは、それだけで技術力、組織力、財力があることを表していた。

「…とにかく、進もう。」

 ジョージが先を促す。イリューン、ディアーダはそれに頷いた。

 正面ホールから二手に階段が伸びていた。上階にも部屋があるようだが、下からでは影になって見えない。真っ先に駆け上るイリューンを追い、ジョージとディアーダも二階へ向かう。その先に待ち受けるものを、三人は知る由もなかった。


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