第四章 三幕 『白と黒』
荷馬車が走る。冷たくなり始めた風を巻き込み、荷台を揺らしながら荒野を走り続ける。
クラメシア領地を抜け、数日が経とうとしていた。ジムは日が落ちる度に胸元から白い鳩を飛ばし、情報収集に余念は無かった。
朝焼けが辺りを照らす頃、鳩が戻ってきた。その足に着けられた金管を外し、ジムは殊更に明るい声で荷台上に寝転ぶ四人へ声を掛けた。
「…仲間から伝達っす! どうやら戦争は避けられそうっすよ!」
がば、と上体を起こし、ジョージが顔を輝かせた。ジムは続けて言った。
「証拠となる暗殺者の身柄が確保されなくなったことで一時閉幕、ってとこらしいっすね。国同士の緊張は途切れてないようっすが…それでも、取り敢えずは一安心ってとこっす。」
ジムの顔を陽の光が照らした。その横顔に向け、イリューンがポツリと口にした。
「そいつぁ…逆を返しゃ、俺を追ってるって事だな。」
「…そうっすね。イリューンの兄貴はクラメシアからすれば、完全にお尋ね者っすよ。南のように、賞金首制度ならまだマシだったんすが…こっちは暗殺団が来やすからね…」
背筋が寒くなる。ディアーダとアンクルもまた上体だけを起こし、それを聞いていた。そんな二人を余所に、ジムは船頭席に座ると優しく馬の背に触れた。
蹄鉄を鳴らし、馬車はゆっくりとまた動き始める。
なだらかな道は、やがて傾斜の激しい山道へと変わっていく。徐々に薄くなる空気を感じながら、荒野を山頂目指して進んでいった。
太陽が頭上高く差し掛からんとする頃、不意にディアーダがその口を開いた。
「…バルガスは…やはり邪教と関係あるんでしょうか?」
「あるに決まってんじゃーねぇか! サブリナといい、バルガスといい…ゴードンのオヤジを襲ったのはヤツだったし、魔剣を探しているのも邪教って話じゃぁねぇかッ!」
即答でイリューンがそう返す。しかし、ディアーダは暗い顔を崩そうとせず、
「…気になるんです。サブリナは主に従う、と言ってました。バルガスも同じです。つまりそれは…あの二人が同じ目的で誰かに仕えているという事。あの二人を従える程の者がいる…その事実が恐ろしいんです。」
そう言って俯いた。尤もな意見だった。ジョージも薄々ながら感じていた事だった。同一人物かどうかは解らないが、サブリナとバルガスには何らかの目的を持つ主が居る。ハルギス復活を唱える邪教と関係している可能性とて、一様に否定はできなかった。
「…兄貴達よりも強ぇ奴等がいるなんて、信じたくないっすね。」
ジムが飄々とした声を上げた。しかし、それが軽率な一言だということを、ジムは認識していなかった。
――またも、沈黙。
凍り付いた空気の中、誰も口を開こうとはしない。
アンクルは黙って荷台で揺られている。一番真相を知っていそうな人物が、一番何も答えようとしなかった。それを誰が責められようか。ジョージは唾を呑み、時が過ぎ去るのを黙って待つしかなかった。
傾斜は、更に険しい岩肌へ変わっていった。風が冷たく、嵐の匂いを孕んでいった。
「あと二つ峠を越えた先が、竜の棲家と呼ばれる断崖絶壁じゃ。…覚悟はえぇか?」
アンクルが念を押すかのように、強い口調で問い掛けた。
イリューンは何も言わず頷いた。ジョージ、ディアーダはついていける所まで、という条件付きでそれに倣った。
「あっしは馬車を見てるっす。仲間連中にも動向を報せなくちゃならないっすしね。」
懐から小さな鳩を出し、ジムは片目を瞑ってみせる。
鳩が「ぴぃ」と一声上げて飛び立った。沿道に馬車を停め、船頭席から降りるとジムは早速、馬の世話を開始した。
アンクル、イリューン、ディアーダもまた荷台を降り、目の前にそびえる山脈に向かって歩き出す。ジョージは三人から少し遅れて動き出した。
山脈へと向かう一本道は、遂に完全な獣道へと変わり、四人の足を捕り阻む。雑草を薙ぎ倒しながら歩み続ければ、アンクルの言った通り断崖絶壁が眼前に姿を現した。
下から吹き上げる生暖かい風。それを見下ろすと、体の芯から来るような震えに包まれる。
「その崖下が、竜の棲家よ。」
アンクルの言葉に振り向くジョージ。嘘だろ、と顔が語っていた。しかし、背中から迷いの無い掛け声が轟いた。
「…っしゃあッ! 行くぜッ!」
振り返る間も無く、イリューンは崖から飛び降りていた。追って、崖っぷちまで走ったディアーダだったが、そこでピタリと静止する。ゆっくりと振り返る。ジョージに向かって手招きをする。首を傾げるジョージに、ディアーダは言った。
「…浮遊理力を掛けます。…要らないんですか?」
ジョージは驚いた。今まで一度たりとも、呪文をかけてくれた事など無かったのに。どういう風の吹き回しなのか。訝るジョージを前に、ディアーダは構わず呪文を唱え始めた。
「…鳥よ、羽よ。我が身に降りて空を味方に付けよ――『Skylark』…」
掌が向けられ、幻想的な光がその身を包み込んだ。身体が浮き上がる感覚。羽が舞うかの如く、瞬間、ジョージの五体は風に揺られる程に軽くなっていた。
「いくらなんでも、ここから落ちたら死にますから。」
ディアーダはそう言い、そっぽを向いた。今までは死なないと思ったから、呪文をかけなかったというのか。背中を向けたまま、ディアーダはポツリと、
「…借りは返しましたよ。」
そう呟き、すぐさま崖から飛び降りた。
後にはジョージとアンクルだけが残された。唖然としつつ、事の成り行きを見守るばかりだったジョージに、アンクルは言った。
「ワシはここでお前さんらが戻るのを待つことにするわい。年寄りにはちとキツイでな。」
よいしょ、と掛け声を一つ。アンクルはその場に座り込んだ。行くのだろ、と無言でアンクルが語っていた。
頷き、ジョージはディアーダの後を追い、躊躇いつつも崖から飛び降りる。
体を包む光が拡散し、ゆっくりとジョージは切り立つ断崖を落下していった。
岩肌は刃物のように逆立ち、侵入者を引き裂くべく露出する。そこを垂直に落ちながら、ジョージは真下――眼下に深い横穴があることに気が付く。先に降りたディアーダが横穴の入り口に立ち、ジョージに向かって手招きをしていた。
目的地なのか? 追ってジョージもそこに降り立った。ディアーダはそれを確認した後、無言のまま横穴を先に進んでいく。随分先を行ってしまったのか、イリューンの姿はまだ一向に見えない。
沸き上がる不安を押し殺しながら、ジョージもまた後について歩を進めた。
洞窟の先から風が吹いてくるのが感じられた。先が空洞になっているのだろう。やがて辺りが殊更に明るく、開けた場所に二人は出た。
四方を崖に囲まれた広場。足元には四季おりおりの花が咲き乱れ、広場の奥には巨大な石造りの建物が見える。あれこそが、伝説に聞く竜の神殿なのだろうか。
ジョージがそんなことを思った瞬間、前を歩くディアーダが突然ピタリと足を止めた。
「…来ます」
「…ぅわぁぁぁあああッ!」
なにが、と聞き返す間も無く、イリューンが神殿の入口から勢いよくぶっ飛ばされてきた。
土煙を上げ、ジョージの目の前でバウンド。イリューンは激しくその場を転げ、やがてジョージの目の前数メートルの場所でようやく止まる。
「何度言えば解るというか! ええ加減にせぇよ、イリューン!」
嗄れた怒鳴り声と同時に、声の主が姿を現した。
――白、白、白。
白髪、白い肌。身に着けた服も白く、靴も、手にした杖も――そして、顎に蓄えた長い髭すらも白い老人がそこに立っていた。
老人はゆっくりと此方に向かって歩いて来る。眼光だけが爛々と紅く、その様は白い悪魔と形容するに相応しいほどの迫力を秘めている。
倒れ込んだ体勢から跳ね起き、がば、と顔を上げるとイリューンが悪態を吐いた。
「…てめぇ…! その顔、覚えてるぜ…! 遠い記憶で、黒いオッサンとやり合っていやがったが、てめぇが俺の記憶を奪いやがったんだな? だから、返せって言ってるだけじゃねぇかッ! えぇッ、コノヤロウッ!?」
その言葉に、白き老人は益々表情を強張らせ、無言のままに掌を突き出すと吼えた。
「何度繰り返しても解らんようなヤツは、このホワイト・ブラン・ドラグーンが全てを水泡に帰してやる! 覚悟せい、無礼者ッ!」
同時に――突如、イリューンの身体が炎に包まれた。呪文を唱えた形跡もなく、いきなりその身が燃え上がった。
反射的にその場で転がり、イリューンは身を包む業火を消さんとのたうち回る。ディアーダは駆け寄り、すぐさま抵抗呪文を唱え始めた。
「出よ氷雪の守護者! 来たりて熱を妨げよ! 『Sphenisciformes』!」
ディアーダの掌から青白い光が拡散する。それは燃え上がるイリューンの身体に降り注ぎ、一瞬にして炎は水蒸気となって消え去った。
「…人の魔術師か。珍しいの、こんな所にやって来るとは。…じゃが、その程度では…」
白き老人が言い終える前に、ディアーダは次の呪文を唱え終えていた。
「――舞え、光刃! 『Firefly』ッ!」
刹那、何枚もの光の刃がディアーダの回りに浮かび上がった。空間を切り裂き、ホワイトと名乗る老人目掛けて襲い掛かった。
が、次の瞬間――ホワイトが一睨みするや、それは次々と破裂する。激突する瞬間、見えない壁にでもぶつかったかの如く、数々の光の刃は弾けて消えた。
「け、結界…障壁!? …詠唱もせずに!?」
目を見開き、ディアーダが声を振り絞る。放たれたディアーダの理力は尽くその手前で弾き返される。ディアーダの攻撃呪文が通用しない。
ホワイトが再び掌を向けた。否や、今度は氷の塊がイリューンを取り囲み、炸裂した。
またも、呪文を唱えた形跡は無かった。吹き飛ばされ、イリューンは咳と胃液と血を吐き出す。さしものディアーダも、それが普通でない事に気が付いた。
「…こ、これは理力じゃない…! 魔法!? ま、まさか…魔法だというんですか!?」
その言葉に答えず、無言のまま悪鬼の如く距離を詰めるホワイト。倒れ込むイリューンにとどめを刺すつもりか、その身は殺気に満ち溢れていた。
ジョージは居ても立ってもいられなかった。むざむざイリューンを殺させる訳にはいかなかった。目の前の悪意に、何とか対抗しなければと必死に唾を呑んだ。
「…や、や、やめろぉぉぉっ!」
気が付けば、ジョージはホワイトとイリューンの間に飛び出していた。ディアーダが最初に驚いた顔を――続けて、青い顔を見せて立ち竦んだ。
勿論、それはジョージも同じだった。何故そんな行動を取ったのか、自分でも理解出来ていなかった。口の中はカラカラに渇き、足元はカタカタと震え続けている。それを知ってか知らずか、眼光鋭くホワイトは怒気を孕んだ声で一喝した。
「なんじゃ、貴様は! そこを退けい! 退かねば、貴様ごと吹き飛ばすぞ!」
その言葉だけで、ジョージは腰を抜かしそうになった。しかし、その場から逃げようとは思わなかった。何故か、今までならば必ず湧いたであろう気持ちが、この時だけは全く浮かんでは来なかった。
城では誰もが騎士団長の息子という目でしか見なかった。騎士団の部下達は父の七光りで得たモノだった。目上の者にはいつも遠慮ばかりしていた。思えば家族ですら、こんなにも長く顔を付き合わせ、喜怒哀楽を共にした事は無かった。
だからこそ――
「…ど、退くわけには…! な、仲間を放っておけるかぁぁッッ!」
歯を食いしばり、頭を振った。反射的に叫んでいた。それはジョージが初めて口にした台詞。意識せずに飛び出した、正直な言葉に他ならなかった。
それを聞き、ホワイトは一瞬、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を見せた。ポカンと大口を開け、ジョージの台詞を反芻した。
やがて、老人は堪らぬとばかりに大声で笑い出した。
「…ふ、ふぁっはっはっはっは! こ、こいつは…なんという事じゃ!」
何が可笑しいというのか。さっぱり解らぬまま、ディアーダもジョージも緊張だけは崩さなかった。イリューンは傷付き倒れている。今襲われたなら、一巻の終わりに違いない。
しかし、ホワイトはそうしなかった。心底愉快なのか含み笑いすら堪えようともせず、本当に楽しそうに三人をぐるりと見るや哄笑した。
「まさか、イリューン! 貴様に仲間が出来るとはのう! 意外じゃったわ…千年の永きに渡って、こんなにも愉快な気分にさせられたのは久しぶりじゃ! うぁっははははは!」
「……?」
イリューンがやっとの事で立ち上がり眉を顰めた。ジョージは未だ足を震わせながらイリューンの前から動けなかった。ディアーダはいつでも呪文を唱えられるよう、両手を前に突き出したままホワイトを睨め付けていた。
そんな三人に構わず、しかし、さっきまでと打って変わり上機嫌な様子で、ホワイトは自分から話を切り出した。
「…どうやら、少しは今までと違う展開になりそうじゃな。…イリューンよ。御主、本当に記憶を取り戻したいのか? それが、どんなに辛い現実を見る事だとしても?」
「当ッたり前ェよ! バルガスなんぞに舐められたままでいられるかッ!」
即答だった。傷付いた体を引き摺り、イリューンは真剣な表情でそう訴えた。ホワイトはそんな彼を下から上まで舐めるように見やり、ディアーダとジョージを交互に見据え、
「…ええじゃろう。しかし勘違いをするでないぞ。今回は貴様に仲間がいたからこそ…それに免じてということを、重々承知しておくんじゃな。」
「……? …ま、解ったぜ。やってくれるなら一も二もねぇ。で、どうやって俺の記憶を戻すってぇんだ?」
きっと、何も解っていない。そう誰もが思ったものの、誰も口には出さなかった。ホワイトは溜め息を吐き、ゆっくりと掌をイリューンに向かって差し出した。
その目が輝く。向けられた掌から光の矢が放たれ、音もなくイリューンの額を貫いた。
そのまま前のめりに倒れ込むイリューン。驚き、目を見開くジョージとディアーダ。二人に向けても、同じ光の矢が打ち放たれた。
瞬き程の一瞬! まるで、頭の真ん中を熱い棒が串刺しにしたような感覚。三者三様、両手で穿たれた額を押さえながら、激痛にもんどり打つ。
俯せになったまま、イリューンはピクリとも動かない。膝を付き、ディアーダはその場に崩れ落ちる。霞んでいくジョージの目の前を、ホワイトがゆっくりと通り過ぎていった。
遠くで呟く声が聞こえる。それは憂いのある、寂しげな言葉だった。
「…これが最後のチャンスじゃろうな。…これでバルガスを救えぬのなら…あとはワシがやるしかあるまいて…」
フラッシュする視界は瞬間、完全に弾け飛んだ。ジョージの脳裏に光る道が浮かび上がった。ド・ゴールで、君主の脳裏にダイブした時と全く同じ感覚だった。
光と闇とが交錯し、やがて三人は記憶の底へと旅立っていった。
――――
気が付けば、そこは荒野。見覚えのある風景だが、建物は一つとして見えない。
空は高く、澄み渡る空気はあまりにも爽やかだった。穏やかな風に草花が揺れる。まるでウェーブするかの如く、緑の絨毯はさざめいた。
「よう、こんな所にいたのか。」
突然、声を掛けられた。ジョージはその方向を振り向こうとするが、身体が言うことを聞こうとしない。そうこうしているうちに、自らの体から聞き覚えのある声が放たれる。
「親父はどうしてる?」
その時初めてジョージは気が付いた。ジョージは、イリューンの中にいた。目の前の風景は、遥か過去のクラメシアの姿だった。
「ホワイトの親父か? 相変わらず茶ばっかり飲んでるよ。お前はどうする? 今日は俺の親父も戻って来るし、夕方はメシでも喰うか?」
振り返る。眼前に現れたのは、あの男――短く切り揃えられた銀髪に黒い鎧を身に付けた屈強な戦士の姿。
「そうだな、バルガス。」
イリューンはそう言い、バルガスと二の腕をぶつけ合った。ニヤリとバルガスが笑う。釣られてイリューンもまた微笑んだ。
(…バ…!? バルガスと仲が…!? 何なんだ…!? 何なんだ、この記憶は!?)
ジョージがそう思うと同時に場面は暗転。気が付けば、巨大な神殿内と思しき場所にジョージは立っていた。
「…おぃおぃ、正気かよ…!?」
口から、イリューンの呟く声。その言葉には怒りが感じられる。
目の前を踵を鳴らしながら男が歩き、悟ったような冷静な声を上げた。
「…ハルギスの復活。それは普通に考えるならば最悪だろう。イリューン、まさしく貴様の言う通りだ。…くくく…」
見れば、黒ずくめの男だった。黒い鎧、黒い服、黒髪、黒い目。ジョージの胸に激流の如き感情が流れ込んで来る。どうやらイリューンは、この男をあまり好きではないようだった。
「普通に考えなくたってヤベェだろぅが。何寝惚けてやがんだ、カイゼルさんよ。えぇ?」
カイゼルと呼ばれたその男は、笑いながらイリューンの周りを廻った。その様が、イリューンには癪に障って仕方がなかった。
「それで、ハルギスを封じた魔剣をどうしようというのだ?」
神殿の奥から聞き覚えのある嗄れ声。白い老人――ホワイトがその場に姿を現した。
「長老か…」
カイゼルはそう呟き、そちらを向いた。同時に、やや演説掛かった調子で両手を大きく拡げると、高らかに言い放った。
「…ハルギスを呼び出したのは他の誰でもない、俺だ。その力を分割して封じたのも俺。ならばそれを使うのも俺だろう? あの力には利用価値がある。分割した魔剣の力を見たか。あれこそがハルギスだ。地上は相も変わらず人間などという下らない存在が蔓延り、我ら竜族は此処にいる四竜が最後となった。ならば、我らが人を支配するべきではないか? どちらが地上を統べるに相応しいか、思い知らせてやるべきではないか!」
恍惚とした顔。明らかに、カイゼルは自分の言葉に酔っていた。狂気さえ孕んだ目で自らの理想を蕩々と語るその様は、ジョージからすれば恐るべき悪魔にしか見えなかった。
ホワイトは長い溜め息を吐く。そして、失望の念を隠せずに言い放った。
「…貴様は…まだ解らんのか! 貴様のその欲望が全てを終わらせたのじゃぞ! たかだか竜が人の上に立ったとて、そこに何の意味があろうか!」
「流石は長老。素晴らしい御意見だ。しかし、我が一子は協力すると言ってくれているのだがね。」
驚き、ホワイトは目を見開いた。続けて、白かったその顔が怒りに紅く染まった。
「貴様は…ッ!」
「…親父は間違ってねぇと思うんだけどな、長老?」
場にそぐわぬ明るい声。振り向けば、いつの間にかバルガスがそこに立っていた。
「ば…バルガス、オメェ!?」
イリューンが素っ頓狂な声を上げた。ゆっくりと、バルガスはカイゼルの傍へと歩み寄り、
「俺は賛成だ。元々、この世は竜族の物だったんだろう? なら、それは取り戻すべきだ。何処かおかしいと思うか? イリューン?」
イリューンは言葉も無い。遂に怒りが頂点に達したか、ホワイトが激昂し叫んだ。
「愚か者がッ! 世界を滅ぼし、残すは我等だけとなって、それでもまだ貴様らは戦おうと言うのか!」
「…イリューン。貴様はどうする? 俺達と来るか――それとも、そこの老いぼれと朽ち果てるか。竜族の未来は二つに一つだ。…決めるのは今しかないぞ?」
カイゼルが手をゆっくりと差し伸べた。イリューンの眼前で、ホワイトとカイゼルが睨み合った。バルガスはその後ろで神妙な顔を見せていた。
ジョージは見ていた。イリューンの目を通し、一部始終を見つめていた。
何故、イリューンはカイゼルを――バルガスの、そして自らの父を殺したというのか。何故、自ら記憶を失おうと考えたのか。
全てが今、始まろうとしている。謎は、解き明かされようとしていた。