第四章 一幕 『三銃士』
「………が、……ところに…、どうし………?」
声が聞こえる。呟き声。風の鳴く音。ヒンヤリとした岩の感触が肌に触れる。
「…でも……、…が……良かった。………なら………!」
暗闇の中を手探りで進む感覚。意識は宙を舞い、確かな物は何もない。耳に届くは、聞き覚えのある少年の声。ジョージの眼前に、ぼんやりとした光が感じられた。
徐々に、ゆっくりとその瞼が開かれる。最初に意識に飛び込んで来たのは、バンダナで髪を束ね、顔を泥で汚したまだあどけなさの残る少年の姿だった。
「…ん、お……お前は確か……?」
「――お、気が付いたようっすね!」
少年が笑う。記憶の片隅にあるその姿。イリューンを慕っていた盗賊――
「覚えてやすか? あっしっす! ジム・ホプキンスっすよ! まさかこんな所で兄貴の知り合いに会うなんて…偶然ってのはあるもんっすね。」
「お、俺は…みんなは…ッ!?」
がば、と上体を起こし、反射的にそう言ってジョージはジムに詰め寄った。しかし、ジムにもそれは解らないらしく、首を左右に振りながら、
「そ、それはこっちが聞きたいくらいっす。あの人民消失事件が、どうもクラメシアの仕業だって聞いて、あっしはこんな所まで潜り込んだんでさ。残念ながらドジ踏んじまいやして、こんな所に流されちまったんすけどね。」
ズキン、と体中が痛む。聞きながら、ジョージは体の所々を擦った。幸いにして、骨にも内臓にも異常は無いようだったが、それでも打撲痛と筋肉痛は酷かった。
目の前のジムから目を逸らし、辺りの様子を見回してみる。冷たい岩石。暗い洞穴。岩肌に掘られた小さな居室にいるようだった。在るものといえば質素な机、今にも壊れそうな椅子。そして鍛冶にでも使うのだろう、小さな溶鉱炉のみ。ベッドすらそこにはなかった。
どかっ、とジョージはその場に胡座をかいた。そして、そのまま地面に拳を打ち付けると、
「…何にも…! 何にも出来なかった…! ちっくしょぉぉ…っ!」
正直な気持ちが、そのまま口を突いて出た。舐めていた。今までもどうにかなった、今度もどうにかなるのでは、と軽く見ていた。その結果がこの有様。命が助かったのを喜ぶべきなのだろうが、とてもジョージはそんな気分にはなれなかった。
後悔。悔恨。慚愧の念。様々な感情が浮かんでは消えていく。かつて、戦場から逃げ出した時に感じた絶望感とは全く違った。
口惜しかった。ただただ、情けなくて、許せなくて。感情を抑えきれず、いつの間にかジョージは涙ぐんでいた。
掛ける言葉も見あたらず、ジムは眉を顰めながら立ち尽くした。何が起きたのかも解らぬまま首を傾げ、ジョージが落ち着くのを待つしかなかった。
と、その時。嗄れた声が響き渡った。
「…ふむ、気が付きおったか。…今時、帝国に逆らうとは、根性があるのか…只の馬鹿か。どちらじゃのぅ?」
咄嗟に浮かんだ涙をぐいと拭い、声のした方向を振り返ると、そこには薄赤髪の老人が立っていた。ボロを纏った筋骨粒々の体。細長い耳。伸ばした髭は、腹にまで届きそうな程の長さ。その姿を見て、洞穴で一生を過ごすという種族――ドワーフだと、ジョージは瞬時に理解した。
ラキシア大陸における人類とは、大きく分けて二種類存在する。
一つは平人種。我々と同じく、人科ホモサピエンスに属する通称人間である。
そしてもう一つは亜人種と呼ばれる種族。ドワーフ、エルフ等の種族だ。
彼らは基本的に平人種とは違い、寿命が著しく長い。平均年齢としては、ドワーフで八百歳、エルフで五百歳程度と言われている。
彼らは一様に人間嫌いな事で知られるが、唯一ドワーフ族のみは、太古の昔から平人種と共に歩んできた歴史を持ち、友好的な人種として有名だった。
ドワーフの老人は歩み寄り、その場に座るジョージに訊いた。
「見れば随分落ち込んでおるようじゃが、どうしたんじゃ? 何があった? 最近は流刑人が少ないんで、国の状況が掴めんのよ。良かったら聞かせてくれんかのぅ?」
「あ、あの…お、俺…いや、イリューン…じゃなくて、連れは…っ!」
「…イリューン、じゃと…? お前さん、まさかあやつを知っとるのか?」
ドワーフの老人は驚いた顔を見せ、そう聞き返す。怪訝そうな顔を見せるジョージに老人は続けて言った。
「ワシの名はアンクル・ナノグリム。…イリューンの育ての親じゃ。」
驚きの台詞が飛び出した。ジョージは思わず「えぇ?」と声を上げた。その横で、ジムもまた驚嘆した顔を見せた。
「な、なんだよ…兄貴の知り合いばっかりじゃねぇか!?」
ジムの顔をチラリと見やり、アンクルは再び口を開いた。
「これが、あやつの言うておった『導き』というヤツかの。反逆者として流刑にされた者同士が知り合いとは、な。」
「る、流刑…? こ、ここは一体…!?」
「クラメシアの北に数十キロ。地図にも載らぬ、失われた島じゃよ。元々はワシらドワーフ一族が住んでおったんじゃが、数年前からは帝国のゴミ捨て場扱いよ。迷惑な事じゃて。」
言いながら、溜息を吐くアンクル。状況がある程度飲み込めた。同時に、ジョージの目の前が一瞬真っ暗になった。端的に言えば、罪人扱いされたのだ。
しかし、何故自分だけなのか? 貴族として生きてきた自分が、否応なしに島流しにされただけでも充分ショックな出来事だったが、今はそれよりも知りたいことが山積みだった。
「…で…で! イリューンは…っ!? ディアーダは此処には来てないのかっ!?」
立ち上がり、ジョージはアンクルに詰め寄った。
どうしても二人の様子が気になった。何とか無事を確認したかった。頭の中では仕方がないことだと――あの状況下では、他に何も出来なかったことも解っている。それでも、ジョージは自分を責めずにはいられなかった。その気持ちが、荒い口調に表れているようだった。
しかし、アンクルは首を左右に振り、
「流れて来たのは、お前さんだけじゃった。運がよかったんかの。胸元の外交官証があったからこそ、流刑で済んだんじゃろうて。尤も、そこの盗人が見つけて来なければ、お前さんも今頃は海の藻屑じゃったかもしれんがの。」
それを聞き、ジョージは胸元の勲章に目を落とす。偶然だったかも知れないが、これが自分を救ってくれたのかと、ジョージは今更ながらスノーに感謝をした。
アンクルは話を続けた。
「まぁ、イリューンがここに来たとしても、ワシの事は朧気にしか覚えておらんじゃろう。大分前に造ってやったミスリルメイルも、相当痛んでいる事じゃろうしな。」
ジョージはふと気になった。アンクルの言葉から察するに、彼はイリューンの過去を――失われた過去を知っている。ともすれば、あのバルガスとの関係すら、解るかもしれない。
一瞬、躊躇する。それを訊いていいものか。聞いたなら、後戻り出来なくなるのではないか。他人事に、興味本位で首を突っ込むのか。しかし、ここまで来たならば知っておきたかった。意を決し、ジョージは遂にその言葉を口にした。
「育ての親って事は…イリューンの過去を知ってるんですね…? …教えてください。イリューンは何故、記憶を失ったんです? 何故、魔剣を求めてるんです? そして…バルガスという男との間に、何があったっていうんですか?」
暫し目を見開いたまま、ジョージを見つめていたアンクルだったが、やがて、事情を呑み込めずオロオロし続けるジムに、近くに寄るよう手招きをしてみせた。
頭の上に「?」を浮かべつつ、ジムはアンクルの傍へと走り寄る。その耳に口を寄せ、アンクルは小さく何事かを囁いた。
首を傾げるジョージ。ジムは胸元をドンと叩き、「まかせとけっ!」と言うと、勢いよく部屋を出ていった。
見計らったように、アンクルはジョージを振り返ると、
「…何から話すべきかの。ドワーフ族の寿命は長いが、流石にワシも全てを知っているわけではないんでな。…長い話になるぞ?」
ガタン、と端に置かれた椅子を手繰り寄せ、アンクルはそれに腰掛けた。ジョージはそれを見つめつつ、眼で先を促した。
アンクルは言葉を選ぶように、語彙を区切りながら語り始めた。それはあたかも、語り部が物語を紡ぎ出すかのようだった。
「…伝説の…竜族を知っておるか?」
「御伽…話、程度なら。」
「信じられぬかもしれんが。」
一旦、そこで息を置く。アンクル自身、話すか話さまいかを悩んでいるようだった。やがて、言い聞かせるようにゆっくりと、アンクルは次の言葉を切り出した。
「…イリューンはその末裔じゃ。…数千年の昔、邪神ハルギスとの戦いを起こした竜族――聞いた事があろう?」
聞いた瞬間、ポカンと口を開け、ジョージは呆然とした。言葉も無かった。まさか竜族などという、眉唾な話が出てくるとは思ってもいなかった。
からかわれているのか、と無言で訴えるジョージ。しかし、アンクルの表情は真剣そのもの。冗談を言っているような空気など欠片程も感じられなかった。アンクルは続けた。
「冗談じゃと思うとるのか? …まぁ、無理もないのぅ。じゃが、事実じゃ。あやつの本名はイリューン・ノア・ドラグーン。…正真正銘、黒き竜の息子じゃよ。」
「…ノア、ドラグーン…? ちょ、ちょっとまて! そ、それって…バルガスも!?」
「――左様。バルガスは、イリューンと同じく黒き竜の子。世界に残されし四竜が一。尤も、バルガス自身は兄弟という事実を知らぬがの。」
眉を顰めるジョージ。アンクルの言うことが本当ならば――いや、この場で嘘を言うメリットなど何もない。ならば、イリューンもバルガスも伝説の竜族だというのか。
アンクルは右の眉をピクリと動かし、心を読んだかのように言った。
「…その分じゃと、お前さんがここに流されたのは、やはりバルガスと関係があるようじゃな。あやつは、イリューンと因縁があるからのぅ。…竜族は、無限の命を持っておる。首を落とされるか、体を滅されぬ限り何度でも転生し、次の世代に『記憶』を繋いでいく。ワシが初めてイリューンに出会ったのは大凡五百年前じゃったが、知り得る限り四度、イリューンはバルガスと戦っておる。今のところ、イリューンの全勝じゃったがな。」
ジョージは息を呑んだ。それ程までに戦い続けているバルガスの事を、何故イリューンが忘れているのか。何故、そんなにもバルガスはイリューンを憎んでいるのか。
ずい、と体を乗り出すジョージ。それを手で制し、
「慌てるでない。…バルガスがイリューンを憎むのは、親の仇だからじゃ。こればっかりは、ワシも実際に見たわけではなく、当人から聞いた話でしかないがの。」
大きく息を吐き出す。記憶を思い返しているのか――目を瞑り天を仰ぎつつ、アンクルは再びゆっくりと口を開いた。
「…数千年という昔、竜族は邪神との戦いの末、四匹しか生き残らず…黒き竜はその責めを負い、同族の長老である白き竜によって滅ぼされた。その黒き竜こそがバルガスの――そしてイリューンの父じゃ。イリューンは言っておった。自分が父を止めた、と。バルガスが恨むのも当然の事だ、と。」
「それで…何故、記憶を…?」
「…考えもつくまい? イリューンなりの罪滅ぼしだったんじゃろうな。竜族の力を封印し、人となることで罪の償いをするつもりじゃったらしいわ。皮肉な事に、その気持ちすら完全に忘れてしまっておるようじゃがの。」
「…よく、解らない。…親を殺した、仇だといったって…数千年も前の事だろうに…」
「バルガスはそうは思っとらんよ。転生の度、記憶の継承が行われる。生まれ変わる度、親を殺される記憶が蘇るんじゃ。…いたたまれぬ事じゃて。」
アンクルは立ち上がり、壁際の棚からカップを取り出した。そして、
「ドワーフ特製のクラメシア茶はどうかな?」
と、話の腰を折り、ジョージに聞いた。
ジョージは小さく頷く。見計らい、傍に置いてあったティーポットから茶を注ぎ、アンクルはそれをジョージへと手渡した。
ちび、と舌に熱い液体をつけながら、再びジョージは問い掛ける。
「…何故、イリューンは自分の父を…殺したんです…?」
「…それは、わからん。が、イリューンが罪の意識に苛まれておったのは事実じゃ。黒き竜の意志が残っていたのか、毎夜の如く声が聞こえると、苦しんでおった。」
「…魔剣…ですか。魔剣を集めろ、って…」
「うむ。聞くところに依れば、黒き竜は破壊神を封じた後もそう言っとったらしい。…集める事で何が起きるかはワシにも解らん。一説には、封じられたハルギスが復活するとか、大いなる力が得られるとか聞くが…何れにせよ眉唾じゃ。黒き竜が何を目的としてハルギスを封じた魔剣を集めようとしていたかは、今となっては謎のままじゃ。」
そこまで話すと、アンクルは自らも注いだ茶に手を付けた。長い話は一段落。言葉が止まり、ジョージはふぅ、と長い溜息を吐いた。
あまりにも現実離れしすぎた話に、実感が湧かなかった。
イリューン、バルガスは共に竜族の末裔。そして、お互いに黒竜の息子。片方は親の仇を取る為に――そしてもう片方は仇を『取られてやる』為に、記憶を封印したというのだ。
ハッとし、ジョージは顔を上げた。そして、アンクルに聞いた。
「伝説の竜族…ってことは、二人とも巨大な竜の姿になれるって事なのか?」
「…らしいの。じゃが、実際にその姿を見た者はおらん。聞いた話でしかないが、竜族は真の姿を見せる事を恥だと思うとるそうじゃ。もし見せたとしたなら…それは死の間際か、余程の状況になった時だけじゃろう。時に、力を開放して戦う姿は理力に包まれ、伝説のままに見えるようじゃがな。」
ジョージの脳裏に、魔剣の炎を纏い、その身を竜の姿に思わせたバルガスが浮かんだ。それはまさに伝説の竜族に相応しい姿だった。
ぐい、とアンクルは手にした茶を飲み干すと、カップを傍の机に置く。
暫しの沈黙。やがて、アンクルはポツリと言った。
「…察するに、再びイリューンとバルガスが出会した、という事じゃろ? 先日、反逆者を捕らえ、断首刑にするという噂を聞いたばかりじゃ。イリューンに間違いあるまい?」
「だ……! 断首!?」
「皇帝陛下を暗殺しようとする、ギルドを語ったコーラス同盟軍とかいうお触れじゃよ。第三次ラキシア大戦の開幕になるのでは、と専らの噂じゃわい。」
「じょ…ッ!」
冗談じゃないと言い掛け、立ち上がった所で、目の前の老人を怒鳴り付けてもどうにもならない事に気が付いた。口篭るジョージを前に、アンクルは頭を掻きつつ言った。
「……助けに、いかんのか?」
「…そ、それは…!」
正論だった。ジョージは俯くしかない。第三次ラキシア大戦の開幕がイリューンの生死に掛かっている。それを止められるのは、今この場にいる自分しかいないのも解る。
だが――
「…か、簡単に言うけどジィさん…ッ! どうやって!? ここから数十キロ離れたクラメシアまでどうやって! いや、行けたとして、俺一人で厳重な警備の敷かれた中を救出!? …む、無理だッ! 出来っこないッ!」
ふむ、とアンクルは頷いた。そして、ゆっくりと立ち上がり、ポツリと訊いた。
「…そうやって、今までもずっと逃げて来たわけか。」
「なっ…!」
絶句し、ジョージは立ち尽くした。答えられなかった。核心をついた言葉に胸を抉られ、ジョージはそれ以上、何も返せなかった。再び、アンクルが口を開いた。
「ワシも長いこと…色んな人間を見てきたからのう。お前さんがどういう人間なのか、どんな考えで今まで歩いてきたかは、何となく解る。じゃがの…お前さん、後悔しとるじゃろ? 自分がやってきたことを後悔し、何とか変えたいと思うとる。…違うか?」
言葉も無い。アンクルはそっと歩み寄り、ジョージの眼前に立った。
「…お前さん、何を恐れとる? 死か? それとも、傷付くことか? 今ここで死ぬわけにいかん理由でもあるのか?」
「……し、死にたくないのは、誰だっ…」
そこまでジョージが口にした瞬間、アンクルの拳が弧を描いた。横っ面を思いっ切り殴り飛ばされ、ジョージは部屋の端まで吹き飛んだ。回転し、埃と土塊まみれになり、鼻血が勢いよく流れ出した。
「……!?…っ」
「――痛いか。これが…こんなもんが、怖いんか? 痛みは一瞬。じゃが、お前さんが心に負った痛みは、こんなもんではないじゃろう? それで本当にいいんか?」
アンクルは背を向けた。そして最後に、
「…それでもやはり立ち上がれぬのなら、そこで泣いておるがいい。後悔を背負いながら、死ぬその時までの。…人は死ぬ。誰しも…ワシとて同じじゃ。じゃからこそ、後悔の無いように生きたがるんじゃないのか? お前さんがどう思うておるかは解らんが、だからこそ騎士は死に場所を探す――そういうもんではないんかのぅ?」
そう言い、そのままアンクルは部屋を出ていった。静寂が訪れる。独り残され、ジョージはその場に踞ると、いつしか嗚咽を漏らしていた。
涙が止まらなかった。アンクルの言葉が深く、深く突き刺さった。
確かに、自分は何度も後悔していた。それが偏に命惜しさからだったということも、重々承知していることだった。
だからこそ、痛かった。自分が動いてどうにかなるとは思えない。しかし、何もしないまま、最初から諦めるのはまた後悔を作ることになる。
命は惜しい。死にたくない。
何度も、その気持ちがジョージの心に浮かび上がっては消えた。膝を抱えたまま、葛藤が続いた。だが、それでもジョージは涙を拭い、遂に立ち上がった。
(…どちらにしろ…このままじゃ、戦争になる…! そうなれば、俺だって生きていられない。…それどころか、ただ戦争の火種を作っただけじゃないか…!)
心の中で強く言い放った。死ぬかもしれない。けれども、死ぬよりも辛い事は存在する。逃げて、逃げて、ただその先にあった辛い思い出が脳裏に蘇ってきた。
『もう二度と、あんな惨めな真似はしない――したくない…!』
ジョージは決意し、アンクルの消えたドアに向かうと、それを勢いよく押し開ける。そこはまたゴツゴツとした岩肌。ちょうど、ドーム状になった洞穴内の空間に入り口があったらしく、目の前には暗い穴蔵が続いていた。
扉のすぐ傍の岩壁に寄り掛かり、アンクルが立っていた。ジョージが出てくるのを、そこで待ち構えていたようだった。
「…吹っ切れたようじゃな。ワシもいくぞ。息子同然の男が処刑されるのを、ただ呆然と見ている訳にもいくまいて…のぅ?」
そう言い、アンクルはニヤリと笑った。胸の奥が熱くなる。感動とも感激とも違う、表現しきれない思いが心の底から沸き上がるのをジョージは感じていた。
同時に、洞穴の奥からジムの声が響き渡った。
「ジィさぁぁぁぁんっっ! 用意できたっすよぉぉっ!」
声のした方向に顔を向ければ、ジムが狭い道を駆けて来るのが見える。その後ろには数人の屈強な男達の姿。皆、ジムと同じく髪をバンダナで束ね、腰には短刀、ベルトには鍵破りの道具がぶら下がっている。それは、どこからどう見ても盗賊団の様相だった。
「…な、なななな!?」
慌てふためくジョージを余所に、男達が次々と勇ましい言葉を発し始めた。
「お頭ッ! 用意できやしたぜッ!」
「お頭の兄弟分、あっし達で救い出しやしょうッ!」
「相手にとって不足はありやせんぜッ!」
狼狽しながら、辺りを二度、三度と見回し、ジョージは単純な疑問を投げ掛けた。
「…ど、どういうこった? お頭って…?」
その問いに「待ってました」とばかりにくるりとその場で一回転。ジムは指をビシッと立てて鼻っ柱を擦ると、自慢気に切り出した。
「へっへ! 親父が引退したんでさ。先週より、盗賊団ビビデ・バビデの三代目お頭に就任っすよ! こんな事もあろうかと、定時連絡を欠かさなかったのが幸いしたっす。もう島の周りには、脱出用の偽装商船が停泊してるっすからね!」
ジョージは目を丸くし、もう一度、マジマジとアンクルの顔を見た。返事の代わりにアンクルは片目を瞑り、親指を立てて返す。成る程。全ては計画通りという事だった。
(…これなら…、これならいけるかもしれない…!)
ジョージは唾を呑み、思わず両の拳に力を込めた。イリューンを、そしてディアーダを救うべく、一世一代の大救出劇が始まろうとしていた。