第19話 命の咆哮
怖い。
漠然とした感情は、2人に存在しなかった。
環境や関わった人々は違えど、常識の埒外で生きてきた両者にとってそれは著しく欠如した感情であり、必要無かった感情だった。
痛い。
体にも心にも、介入する余地の無かったモノ。
きっと刻み込まれてはいるのだろうが、まともに感じられるほど鈍くなり、やがて過去へ置き去りにしてしまった。
苦しい。
無い。
辛い。
無い。
悲しい。
無い。
無い、無い無い無い。
──だから、怖くて仕方ない。
──だから、楽しくて仕方ない。
やがて気付いたのは、己自身が恐ろしく強くて危うい存在であること。
誰に相談しても共感されない悩みを抱え、ただひたすら勝利のために進んできたこと。
ずっと、1人だったこと。
けど今は違う。
目の前の男は、目の前の女は、歪で真っ直ぐな絆によって繋がっている。
そんな気がして、楽しくてたまらない。
命を取り合うこの高揚感、血湧き肉躍る興奮、荒ぶり滾る本能。
理性の瑕疵に光を見出し、頭のネジが弾け飛んだ同士の殺意が混ざり合い、溶かし爆ぜる暴力の饗宴。
さあ、行こう。
この先遠く、その先遙か遠く。
後悔をぶち壊すだけの殴り合いを。
「はああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
閃くレイピアの刺突。
紙一重で回避した秀也のカウンターパンチが、マチルダの額に直撃するも彼女は怯まない。
高速で繰り広げられる戦闘は風を呼び寄せ、互いに血潮を飛ばしながら意地と意地がぶつかり合う。
既に戦闘は1時間を超え、露城達の作戦も既に佳境を迎えている頃だろうか。
両者共に最高戦力の足止めとしては既に達成していると言えるが、もはや2人の思考には作戦は半分ほど抜けている。
(〝くっ、やはり異能力は見破られているか、効果が薄くなっている……手からのレーザービームも避ける以外の攻略法は、やはり切り落とすしか無い〟)
(爆発の仕組みはオートと手動の両方、あらかじめポイントを指定しても咄嗟にも出せる、発動もどちらも、恐ろしく汎用性が高い──
──けど選択肢があるって事は選択する僅かなスキも出来る、弱点が無く見せられる巧さがあるけどボクは騙せない)
八郎丸の化け物とシュヴェルトライテ。
その単語を聞いただけであらゆる人類が震え上がるほど、圧倒的強者の群れのさらに逸脱した強さを誇る2人。
疲労によるパフォーマンスの低下は共にあり、それでも力や速度を維持出来ているのは研ぎ澄まされた気力によるモノだ。
いわゆるゾーンに入って既に数十分、据わる目と広がる視野にうるさい心臓の鼓動、これら全てがたまらなくワクワクさせるのだ。
「はあッ!!」
加速するレイピアを秀也は既に見極め、姿勢を落として躱すと切っ先は髪を擦り、両足でマチルダの右腕を絞めて引きずり込む。
「っぐ……」
骨を折るまではいかずとも、鳴ってはならない音はしたため間違いなく大きなダメージを与えられたに違いない。
コンクリートの地面が凹むほどの威力で叩きつけ、背中を強打して怯む薄鈍色の瞳に人差し指を向ける。
「なっ……」
それを待っていたと言わんばかりの笑みを見せたマチルダはレイピアを繰り出し、秀也の人差し指から右肘に至るまで深く突き刺した。
「ぐおぁっ!?」
「〝それは見飽きた〟」
すぐに腕から刀身を抜き、柄の端から端で弧を描くナックルガードでみぞおちに殴り付ける。
続く蹴りをバク転で回避した秀也は、血を流す機能しなくなった右腕をだらんとさせつつ、戦意は依然として失せていない。
「〝まだ立つか、その痛みでまだ〟」
「〝痛み……? 知らないな、美味しいのかそれ?〟」
光線を繰り出そうと左手を出そうとした瞬間、相変わらずのスピードで懐に入ったマチルダが膝で秀也の左腕をへし折る。
ほとんど音を立てずに駆ける技術もさながら、人体の壊し方を熟知している一連の動作に鳥肌が立つ。
ほぼ同時にレイピアで太ももを突き刺して機動性を奪ってから、機関銃の如き速度で秀也の首から下に穴という穴を刺し空ける。
「がはっ……はぁ……はぁ……」
内臓もやられ、立っていることが不自然な秀也はそれでもニヤリと口を上げた。
「〝痒い痒い〟」
「〝その覚悟、敬意を表する〟」
トドメの一撃に細い剣は、人間の弱点の1つである眼球の左側へ突き進み──
──角膜を突き破る直前、目から放たれた白い光線が、マチルダのレイピアと右親指と右耳を焼失させる。
「っ!?」
「あっぶね、練習してて正解だった……サンキューお祖父さん」
反動で後ずさり、壁にもたれかかる血みどろの青年は何とか動く左手の指を震えながら動かし、苦悶の表情を浮かべるマチルダに再び光線を浴びせた。
高密度なエネルギーがあらゆる物体を蒸発させる光線は一直線に、回避がワンテンポ遅れたマチルダの左足の膝から下を焼き切る。
「うぐっ……!!」
「〝爆発は使えねぇか、発動は考えるより単純じゃなさそうだな〟」
近くならともかく、離れた位置を爆発させるにはその空間を把握して認識すべく計算をしなければならない。
女のマチルダにはこれがやや不利で、今やほとんどオートとラグ無い速度で空間処理を行い、爆発を起こす事は出来るほど訓練は積んでいる。
だが正常でも間に合うか五分五分の中、激痛に耐えながらという状況では最速の計算は行えなかった。
そのため回避を選択したが、ここで迷わなければマチルダは左足を半分失わず、即座の反撃に打って出られたかもしれない。
知識も技術も驚異的なマチルダの弱点、一般的なら大学生の年齢であるが故の経験の浅さがここで仇となってしまった。
互いに満身創痍、共に死は近い。
壁を血で塗りたくるように背を擦って座り込む秀也が先か、レイピアを失い異能力も不明確なマチルダが先か。
雌雄が決する、最後の一撃──
シュヴェルトライテの爆発。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
八郎丸秀也の爆発。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
命の咆哮、鍔迫り合う意地、懸けるプライド。
巻き上がる粉塵により視界は遮られ、崩れかける地下空間で立ち上がる影は1つだけ。
「〝……勝った〟」
勝利宣言。
湧き上がる喜びも、晴れやかな達成感も、快い気持ちも、その胸の内には欠片も存在しない。
立ち上がるのに数分をかけた勝者は敗者の亡骸の前に崩れ落ち、僅かに開く光無き眼を閉ざして目を閉じる。
手を組み、安らかな眠りを願って葬る姿を端から見れば滑稽に見えるだろうか。
殺し合っていた2人は勝者と敗者になり、敗者の旅路を案ずる勝者の願いが、見ている者がいたならどんな感情を孕ませただろうか。
覚束ない片足で立ち上がり、手を壁についてこのコンクリートの部屋を後にする。
彼女は──マチルダ・バーリは、八郎丸秀也の亡骸を見送り、最後の力を振り絞って進んでいく。
(〝ビームを防ぐ爆発と殺す爆発、ビームを撃つタイミングが遅れていたら、2つの爆発を出せるも無く、私は死んでいた〟)
これまでの戦闘が秀也を鈍らせ、刹那にも満たない遅れを生み出した結果、マチルダの炸裂させた攻撃が秀也の命に手を届かせた。
無駄では無かった長時間の戦闘、運も実力も全てが一枚上を行っていたマチルダの妥当かつ奇跡の勝利は、決して軽くなど無い。
(〝これほどの戦闘は二度と無い……何もかもを捨てても闘いに身を投じられたあの感覚を、私は一生忘れない……〟)
そう誓ったマチルダは、地下の部屋を出た瞬間に意識を失い冷たい床に伏した。




