第1話 他愛ないスクールライフ
「──であるからして、今からちょうど60年前に蔓延したIウイルスと異能力には何かしらの因果関係があると思われ──」
4月19日。
教室の最後列で窓側という、教壇から最も遠く視覚に入れづらい位置。
横6列縦5列、計30の定員から外れたイレギュラーな31個目の席で微睡むのは、1年B組としてはやはりイレギュラーな存在。
嶋内悠真、18歳。
10年間消息不明だった少年は東京都の助けもあり、この春から高校生活を始める事が出来た。
麗らかな春の温もりに抗えず寝息を立て始めたこの少年は、〝最愛〟との別れからもう1年が経った今は1人で学生寮で暮らしている。
※ ※ ※ ※ ※
東京都立九里ヶ崎高等学校。
ここは世界に7校、内日本に2校ある異能力者専門育成機関であり、協会と東京都が共同出資をする巨大な高校だ。
敷地は東京29区の第28区──九里ヶ崎区にあり、この学校のために在る九里ヶ崎区には、異能力の研究所が公的民間問わず建ち並んでいる。
異能力者はそれぞれの力の種類により、あらゆる産業で重宝される人材のために各国が国を挙げて惜しみない投資が継続している。
Iウイルス蔓延以降の崩壊した世界経済を協会の保有資産で立て直し、また深刻な食料不足や様々な場面での人手不足を比較的低コストで待ったをかけられたため、裏で細々と暗躍していた組織は実質世界の実権を握る位置にまで来ていた。
日本は現在東京を中心とした関東各都市。大阪を中心とした関西各都市。名古屋を中心とした中部各都市。福岡を中心とした九州各都市。札幌を中心とした北海道東北各都市に人口が一極集中している。
消滅した市町村は開墾され各地に大規模農場、牧場が造られ、漁獲量は減少するも食料自給率を飛躍的に向上させた。
これら全てに異能力者は無くてはならない存在となり、これにより急速な科学の進化は止まった。そのため2080年現在もスマートフォンが人々の間で普及していた。
異能力者となれば将来は安泰とされる現代社会において、懸念されているのが異能力による犯罪件数の増加。
これまで、世界の裏で常に異能力者を監視していた協会が表舞台に立った事により、以前ほど張り詰められていない監視の目を掻い潜る連中が増加し、各世界で深刻な問題となっていた。
日本では警視庁や各道府県警に異能力捜査課と、対異能力特殊急撃部隊〝D─SAT〟を設立し対策を講じている。
上げたらキリが無いが、とにかくどの分野においても異能力は重要視されており、九里ヶ崎高校(略して九里高)は約50年間で就職率ナンバーワンをキープしている。
しかし異能力者は基本的にマイノリティな存在のため、九里高が定める一学年の定員の50人は常に割れていた。
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「ええではここの問題を……あー……嶋内君」
「グゴオオオ……」
微睡むどころかガッツリ熟睡し始めていた悠真のイビキが、やや騒がしかった教室が急に静かになった事で教室中に響き渡る。
当てられたくないために必死にほぼ誰も先生と目を合わせずに大人しくなった結果、丸眼鏡がよく似合う中年男性の教師は夢の中の悠真を発見することが出来た。
全員の注目を浴びても伏せた顔が上がる気配が無く、悠真の前の席に座る女子生徒が机を揺らす。
「ちょっと、起きろって」
前髪無しのショートボブが特徴の女子生徒──玲成 水希はそれでも起きない悠真にしびれを切らし、机の足を上げて強引に顔と机を引き剥がした。
「ぶぬおっ!!??」
手が間に合わず鼻と歯を強打して両手で押さえる悠真は、割と危険行為に走った水希を睨み付ける。
「痛ぇな何すんだよ!!」
「あんたが起きないのが悪いんでしょ!? さっさと問題に答えなさいよ!!」
「おうおう答えてやるよ、答えてやるから表出ろ」
「何と勘違いしてんのよ寝ぼけ過ぎよ!! 私の黒板を指す指が見えないの!?」
紺のブレザーとズボンに水色のワイシャツ、その2つの色をストライプにしたネクタイを着けている悠真と、紺のブレザーとスカートに水色のワイシャツ、そしてその2色をストライプにした蝶ネクタイを着けている水希との、眼の飛ばし合い。
入学してまだ2週間も経っていないが、2人の授業中のこの光景は既に4回目である。
最初は特にアクションを見せなかったクラスの者達も、次第に面白がるようになり様々な言葉が飛び交う。
「いいぞやっちまえ玲成ー!」
「やられたらやり返せー!」
「おっぱいデカっ!」
「ああ!? 誰だ今のセクハラ発言!!」
主に水希に対する言葉が、2人のクラス内での信頼性が比較出来てしまうため、残酷な現実に頭を抱える悠真。
ちなみにさっきのセクハラ発言は水希の隣に座る女子生徒からである。
「……いや……授業中なんだけど……」
※ ※ ※ ※ ※
授業を止めたバツとして、1階職員室に置いてある全校生徒分のノートを6階の準備室へと運ぶように言われた悠真と水希。
「面倒くせぇなぁ……」
「黙ってて主犯」
当然この半分巻き添えを食らったこの状況は悠真が寝ていた事が100%悪いのだが、すぐに喧嘩越しになる自分も反省し無ければと一向に改善されない強気な姿勢の自分と向き合う。
設備も資金も充実しているのにエレベーターの無いこの校舎の愚痴をこぼしながら、ダルそうに階段を上がる2人。
そして準備室に運び終わった後、一旦休憩を取るために2人は準備室で一服を始めた。
「あー眠っ」
「いや起きたばかりじゃない、春だからってそんなにずっと眠いのはもはや病気なんじゃ……」
「やっぱ睡眠1日3時間じゃ足りねぇな」
「当たり前でしょ!?」
普段どんだけ荒んだ生活してるんだよ、と突っ込みたくなったが、それだとプライベートを知ろうとする気持ち悪い奴と思われかねないので堪えた。
「……あのさ」
そんなことよりも、この男に聞きたい事は山ほどある。力が特別強い訳では無くとも1人の異能力者として。
「──クレア=ブラッドフォルランスを殺したって、あれ本当なの?」
眠気が一気に覚めた悠真は両目を開き、表情をガラリと変える。
タブーでは無いが、連日テレビやネットで騒がれていた人物であった故にどうしても聞きたい。聞いてみたかった。
「──間違いねぇよ」
想定通りの答えが帰ってきた。
きっと本当だからこそそんな確信を持てるのだろうけど、証拠が無い以上は悠真が殺した事にはならない。
最悪の魔女に誘拐監禁されていた。特例で18歳にして1年生から高校生となった。
ちょっとした有名人の悠真は、中々返答の無い水希を見つめている。
「……あ、ああ! 私用事があるんだった! じゃあ帰るね!」
気まずい雰囲気にしたつもりは無いが、少しばかり〝最愛〟を思い出してそんな風な声色と雰囲気を出してしまったらしい。
スマホを見て慌てていたので本当に用事がありそうだったが、何とも言えない雰囲気のまま水希は急いで準備室の扉を開けて出て行った。
「……俺も帰るか」
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あの後1階に下りた悠真は丸眼鏡が似合う中年男性教師とバッタリ遭遇。ついでと言われて幾つかの雑用をし始めた。
ちょっとした不幸を嘆きつつも、明日は週末だし遊びに出掛けようかとワクワク感を無理矢理作り出す友達0人の18歳の高校1年生。
校門を抜けて徒歩3分の場所にある1Kの学生寮に帰宅し、エントランスでポストを確認すると1通の見慣れない手紙が届いていた。
達筆な手書きで書かれた自身の名前を見つつ、誰から来たのか封筒の裏を見た。
「──異能力協会本部?」