第13話 本物の異能力者の戦い
「〝すまない、我が息子よ〟」
「〝何を謝る事があるのよ、どうせいつかは来るんだし、あたしも別に嫌じゃないし〟」
左腕につながった点滴が一定のリズムでポツン、ポツンと落ちていく。
しわしわで痩せ細った顔には生気が無く、仰向けのまま天井を見つめるばかりで自力で起き上がるだけの力は残されていない。
小さな宗教を力でのし上げ、今や協会から常時目をつけられるほどの勢力を手にする立役者となった世界最高峰の異能力者とて、老いには勝てないらしい。
その老いに唯一勝利した女も、この1年後に最も愛した少年の手によって遙か彼方へと旅立っていった。
かつての威厳も萎れてしまった老人は、弱った自身の前でも心配する気が微塵もなく飄々とする息子に最期の言葉を伝えるべく、掠れた声を喉から捻り出す。
「〝全ては……我らが敬愛なるクレア様の、ために……〟」
「〝そして、クレア教の永久の繁栄のために〟」
この僅か数分後に心電図の電子音は伸び、上下のあった線が真っ直ぐに変形する。
父の死に涙を流す事無く、終始微かな笑顔を見せていた息子のブラウンの瞳が緑色に変わった瞬間、右手で目を覆いながら高らかに笑った。
あたかもその瞬間を待ち望んでいたかのように、やがて狂気染みてきた高笑いで感情が高ぶったせいか緑の瞳が輝き出し、部屋中に亀裂が生じる。
全くその予兆はなかったが、壁も床も花瓶もベッドも、そして目の前でたった今逝った遺体も切断されるほどに大きな亀裂が走る。
お構いなしにひとしきり笑った後、徐々に平静を取り戻した男は胸ポケットにある教団のマークの刺繍に手をかざし、宣言するように言葉を放つ。
「軽い、やはりあの方の愛が無ければ、400年の歴史も埃程度に軽い……あたしが、あたしだけがあの方の愛を、寵愛を独り占めに──」
※ ※ ※ ※ ※
「という訳で、お前を殺すわ嶋内悠真」
自己紹介してからいきなり殺害宣言をされる流れはギャグか何かと勘違いしそうだが、高級感溢れるリビングダイニングはとてもそんな雰囲気ではない。
この家のどこにも外が人が入れる道は無い。玄関も窓も全て施錠されているのを熊切は確認済みである。
ならば換気口や排水管などを通ってきたかと言われたら、具体的な根拠は無くともそうでは無い事は明らかだった。
前触れ無く突然現れたという事は、かなりの遠距離から瞬間移動のような方法で来たのはほぼ間違いない。
だが奇妙なのは、この家に取り付けられた異能力波長を観測する機器が作動していない事だ。
一番ら協会の人間と、悠真ら特別に認可が下りて登録された者以外の異能力者が近付けば、波長をセンサーが感知して屋内で警報器が発動する装置がこの家に仕掛けられている。
その網を掻い潜る事はほとんど不可能なはずだが、この欧州人──オリバー・グリフィスは難なく突破してしまった。
「まあ~~~殺すって言っても命を取る訳じゃ無いわ、2度と目覚めなくなるだけでちゃんと生きてるから」
「つまり、あなたは我々に対して攻撃手段を執るという事でいいんですね」
悠真は怯えて震える水玖を突っ立ったまま抱きしめ、水希をオリバーに近付けまいと背後に移動させる。
その前で正式なメイド服姿の熊切がアサシンナイフを片手に、鋭い目付きでオリバーを睨み付けていた。
「それは被害妄想が過ぎるわよ女、日本人なら口下手な私の意志も察してくれると思ったのだけれども」
「あいにく、勘の良い私でも敵意むき出しで部屋に土足で上がり込んできたお前の今の言葉が、攻撃の意思がないと思い込めるほどおもてなし精神に富んでないので」
「残念、地味なくせに可愛くも無いなんてモテないんでしょうね」
「クソ野郎にモテても嬉しくないな」
純白の天板がどごんっ!! と鈍い音を立てて凹み、穴が空く。
白スーツの上から白マントを羽織る奇抜な格好の男は、テーブルを破壊するほどに強烈な踏み込みをかけた1歩目を踏み出す。
白い手袋の効果なのかオリバーの手の効果なのか、詳しい事は不明だがその右手の手刀とアサシンナイフが激突した際に金属がぶつかり合うが如き音と火花が散った。
「頑丈なナイフだこと」
熊切が動かなかったのはオリバーに追い着けずに動けなかったのではなく、悠真達の護衛が最優先のため動かなかったのだ。
あくまで攻撃手段はとらず、オリバーの攻撃を全て受けて切り抜けようと考えていた。
しかし一撃目のぶつかり合いで、攻撃手段を執らない事は終わりの無い戦闘だと確信した。
熊切も、そしてオリバーも、その一撃のみで己と相手が互角の能力を持ち合わせている厄介な相手だと認識したのだ。
「レイアウトは気に入っていたのですが」
あまり激しい動きは出来ない服姿のため、熊切はスカート丈を太ももの中間辺りまで短く引き千切り、ひたすら笑みを浮かべる男の攻撃を受け止める。
2人の速度は本当に現実なのかと世界を疑うほどに速く、速く、速く、そしてさらに加速していく。
1秒間にいったい何回の金属がぶつかり合う音が聞こえてきているのか、冷静な状態でも数える事すら極めて困難なスピードが展開されていた。
これで異能力を使用していない事が本当に疑わしく思え、普段の退屈すら覚える日常とは次元の違う世界が3人の目の前で繰り広げられていた。
悠真達は知る。知ってしまう。
戦闘を行う本物の異能力者は、異能力を使わずとも絶対的な強さを誇る
(何なのよこの女、しつこいわね)
(007は伊達じゃない、この速度についていくので精一杯か……)
オリバーは空間を広く立体的に駆使して熊切に迫るため、リビングやキッチンの家具は破壊されてそこら中に散らばっていく。
熊切の凄さはこれらの破片1つたりとも悠真達に飛び散らせずに、全て受け止めた上で常軌を逸する速度での戦闘を実現させているのだ。
やがてオリバーはアサシンナイフの刃に互角の硬度の手刀だけでなく、大きくて重い椅子や硬い家具を投げたり蹴り飛ばすなど工夫を凝らしてくる。
激しい動作か必要とされる攻撃の回避や護衛も難なくこなし、悠真達に傷ひとつもつけずに動き回る熊切は息1つ乱していなかった。
未だ異能力の手の内を見せてこないトップランカーのオリバー相手に、先に手の内を見せるというリスクは負いたくない。
おそらくはあの怪奇的な移動が正体とは思われるが、絶やさない笑みや底が計り知れない不気味さにより警戒を怠る事など出来ない。
張り詰めた緊張の弦がいつ切れてもおかしくない極限の集中力の中、3分以上経っても2人の速度は上がる一方だ。
完全に蚊帳の外となった悠真達は下手に動かない事をアイコンタクトだけで決めた。そもそもこの状況下では動けるはずもないが。
しかし護りながらという負担を背負う熊切についに綻びが見え、針の穴ほどのスキを見逃さなかったオリバーはさらにニタリと笑う。
足がほんの一瞬だけもつれた熊切にキッチンから拾った包丁を4本投げつけ、明らかな殺意と共に鋭く輝く刃は確実に殺しにかかった。
「ぐっ……」
小さすぎてほとんど誰も気付けないようなミスを犯したせいで逼迫した状況へと急転直下した熊切は、やむを得ないと腹を括って力を込めた。
──刹那、目と鼻の先まで迫った包丁の刃が空中で静止した。
「ほほう、や~~~っと手の内見せてくれたわね」
包丁と同じく、常人離れした戦闘もピタリと止まった。
依然としてオリバーを睨み付け続ける熊切の瞳は紫紺に輝き、包丁も同じく淡い紫紺の光を纏っており、その光が消えると包丁は垂直に床に落ちる。
内1本がフローリング床に真っ直ぐ突き刺さり、足がもつれてバランスを再び取るために片膝を付いていた熊切はオリバーから目を離すこと無く立ち上がる。
「……よく見たらその目、あんたもしかして有名人?」
何かを思いだしたオリバーは思わせぶりな聞き方で熊切に問い、はぁとため息をついた彼女は目の前の空気をアサシンナイフで振り払って答えた。
「私は国際連合異能力協会日本支部特殊工作部、熊切飛鳥です」
「クマキリ……なるほど、通りでさっきの連中の誰よりも歯応えがあるのね」
すると熊切はどこからかアサシンナイフをさらに5本取り出し、その5本を先ほどの包丁のように空中へ浮遊させる。
ショートボブの黒髪の毛先もふわふわと浮き、全身が淡い紫紺の光に纏われた熊切を前にオリバーは全身の鳥肌を立たせた。
「クマキリ・アスカ、間違いないわ……008──あなた、日本で3番目に強い異能力者ね」
「さあ、どうでしょうか」




