第8話 クレアの意志
「すまねぇな退院早々」
「……いや……まあでも……俺が必要ってのはなんとなく分かった」
動悸のような鼓動は中々収まらず、何度も深呼吸をして心身共に落ち着かせようとする。
たとえ憶測だろうと、所々の根拠があったり辻褄が合うなどして現実味を帯びる露城の説明はゾッとした。
クレア・ブラッドフォルランスの復活。
あの日確かに悠真の手によって死んだ魔女、その復活というのは倫理観など以前に人の出来る域を超えている。
「復活っつっても、死人を生き返らせるのは無理だろうな」
「なら、どうやって」
「奴らがコピーした体験者の異能力を埋め込む入れ物、それをあの魔女として復活っつー表現をしてるんだろうよ」
オリジナルのクレアがいなくなったなら、代わりの誰かを同程度のスペックに底上げしてクレアと名乗らせたらいい。
どこまでも憶測の域を出ない露城の言葉であり、悠真は真面目に受け取ろうとはしなかった。
「妄想が過ぎるぞおっさん……そんなバカバカしい事やろうなんて奴が、いてたまるかよ!」
握りしめた紙とペンをテーブルに叩き付け、壮大なフィクションを真顔で語る露城に大きな声を立てて意見する。
「お前曰く、クレア・ブラッドフォルランスは死ぬことを望んでたんだったな、そんでお前がその望みを叶えた、証拠はねぇけどな」
「そうだ、異能力鑑定も何回も受けた、俺がホラ吹きじゃねぇのは分かってるはずだ」
「仮にそうだとして、その魔女が死を望んでると知ってた奴がどれだけいる?」
「っ……」
正しく言えば、クレアは悠真の手によって死ぬことを望んでいた。
たとえ宇宙が消失しても死なないと思われた彼女が最後に縋ったのは、自身を殺す事に特化した異能力の存在だ。
その異能力者たる悠真と共に過ごし、確実に自身を殺せるだけの力を付けるために10年の時を共に過ごしてきた。
魔女狩りとして現れた元008が死に際にやってみせたように他にも殺す方法はあっただろう、不死は異能力なのだから異能力で何とか出来るはずだと。
ただクレアは、悠真を心の底から愛してしまった。悠真以外の誰かに殺されること最も望まない事の1つとなっていた。
友でも無く、家族でも無く、恋慕でも無い、だけど確かな絆で築き上げられた〝最愛〟の形。
それを悠真以外の誰かが知っているはずなど、無いと間違えようも無く断言出来よう。
「クレア・ブラッドフォルランスの影響力は国家レベルとすら云われてた、動く事がねぇから噂の域は出なかったがな、だからその死を受け入れられねぇ輩は少なからず存在した」
「だとしても、何で復活させようとするのか分からない」
「俺は酒とタバコとゲームがこの世から消えたら生きていけねぇ、理屈は同じだ」
人は何かに寄り掛かっていなければ生きてはいけない。
こだわり、趣味趣向、依存、崇拝、etc…。
クレアという存在は多くの人々の心の拠り所となるその一部に数えられるほどに、名前や伝説の影響力が強くなりすぎた。
クレアの死を望んでいた者がいたと同時に、クレアが永遠に生きることを望んでいた者もいたということだ。
「お前には分からなくても俺には分かる、考え方に賛同は出来ねぇが理解は出来る、ただそのために150人の意識を奪って会場全体を巻き込んだ奴らは許せねぇ」
「……確かに、俺はどうしても他から見るクレアってのが分かんねぇ、だから今の俺はどういう気持ちなのか俺にも分かんねぇ──
──多分クレアの気持ちを冒涜した犯人に怒ってるだろうし、その程度でクレアのコピーなんて造れねぇって上から目線でもある──
──だから俺は確かめたい、そいつらに会って、話して、このモヤモヤを振り払いたい……」
「……そうか、まあ奴らもお前に会いたいだろうよ、どういう感情かはさておき」
望み薄ながら、クレアの意志を伝えたら納得してくれる可能性も無くは無い。
犯人が本当に露城の憶測通り〝魔女の剣〟ならば、悠真は果たしてどのような行動を起こすのだろうか。
迷いと悩みが混濁したまま、悠真の願いを露城は受け止めると頷いた。
「あの、1ついいですか?」
「なんだ?」
ここまで全くと言っていいほど会話の参加が出来ずにいた水希が、ようやく挙手をして露城に質問する。
「その憶測なんですけど、ホントに刑事さんだけの考察ですか?」
もはやそれ以外に無いだろうというほどに詳しい憶測を語ってきたが、露城1人がここまで推理したとは考えにくい。
クレア教は日本じゃ馴染みが薄く、調べ上げたとしてもいち刑事が捜査もほぼ無しにというのは無理がある。
「そりゃな、世界中の異能力事情に詳しくて、単独での行動範囲も広くて、暇さえあれば愛娘へのプレゼントを何にするか考えてる親バカの知恵も借りたよ」
「っ……そ、そうですか……」
明言こそしなかったが、ニヤける露城の表情や口ぶりで父だと理解した愛娘は目を逸らしてはにかむ。
この日はこれで一旦解散となり、行動計画などは後日立てる事となった。
露城が悠真宅を出た後、高校生の男女が2人きりという気まずい事この上ない状況となる。
普段は大して気になりはしない悠真ですら、さっきのベタすぎるハプニングと昨日のすれ違いでどう話題を切り出せばいいのか分からず彷徨っている。
手で手を弄ったり目が泳いだりして落ち着かない悠真に対し、水希は昨日と同じく俯いて悠真と目を合わさない。
「……昨日はごめん」
1分近く経とうかという静寂を終わらせたのは、意外にも水希の言葉からだった。
「え、お、おう……」
「それから、ありがとう……」
親友もまた意識が戻らなかった事もあり上手く寝つけず、目覚めても落ち着く事はなかった。
それでも一時の感情の高ぶりで何もかもがどうでも良くなってしまい、結果悠真を下手すれば命の危機に陥らせかけた事を猛省する。
激しく醜かったであろうあの時の自分を、あらゆる手を駆使しても最後まで見捨てる事はなかった悠真には頭が上がらない。
「そりゃあ、あの時逃げる気が無かったお前にキレかけたけど、それだけ思い詰めさせるような事をした俺も悪かったし、それに結果的に何ともなくてよかったしな」
「……ありがとう」
「それから、釘舘? だっけか、そいつも助けねぇとな」
「でも今回は、相手が悪いよ……いくら悠真でも」
「重ね重ね悪いと思ってるけど、今回は俺の私情が1番強い……釘舘達がついでって訳じゃ無くて、クレアの事で俺が行かねぇ訳にはいかねぇんだ」
その目は今まで見たどんな目よりも強く、どんな時よりも情熱に駆られた真っ直ぐな目だった。
またしても付け入る隙など無く、役立たずの自分は無事を祈るしか無いのだと水希は複雑な心境である。
「……そっか」
それは諦めや共感とも違う、悠真のクレアに対する姿勢に尊敬と応援の意を込めた微笑みだった。
1日振りの笑顔に、1番驚いていたのは水希本人である。
※ ※ ※ ※ ※
同日、どこかの施設内。
白衣を着る2人の男が、緑色の液体に満たされたカプセル内で眠る少女を見ながら会話する。
「順調か?」
「1つを除けばですが」
「それは問題ない、向こうから勝手に来てくれる」
「だといいんですが、教団の目的はこっちよりもそっちの方が優先されそうですよ」
「来ないならこちらから行くまでだ──
──嶋内悠真の命は、我々が奪う」




