第3話 パラダイス
──〝パラダイス〟。
今日、東京都にて先行体験が行われる世界初のフルダイブVRゲーム──その機器の仮称である。
仮とはいえ〝楽園〟と名付けられた事に発表時は不吉だなんだと一部でやや物議を醸したが、製作側は取り下げる事は無かった。
理由として、〝パラダイス〟開発者でありフルダイブ型VR機器の第一人者として世界的に名の知られる──七瀬俊史教授の遺言にあったからだ。
元々は異能力育成用と医療用として何十年も開発を続けられ、もしも成功すればノーベル医学、異能力学賞の同時受賞も夢ではなかった。
だがある時、七瀬教授は突如開発を中止した。
そして僅か数日後に世界的ゲームメーカー〝ナイアガラ社〟と契約を交わし、フルダイブ型VRゲームの開発を始めた事が界隈にて知らされる。
全くの予想外の行動に全世界から非難囂々、批評の嵐だったが、以降七瀬教授が公の場に顔を見せる事は生涯無かった。
遺言は〝パラダイス〟命名以外は第2研究所、ナイアガラ社によって完全非公開、七瀬教授に関するほとんどの真相は闇に消えた。
※ ※ ※ ※ ※
「来たわよフルダイブーー!!!!!!」
第2研究所──正確には第2研究所の所有地である第2研究棟──に辿り着いたメアリーは、子供のように無邪気にはしゃぐ。
ショッピングモールほどの広大な面積を誇る第2棟は、外ではナイアガラ社のゲーム機器やソフト、グッズ販売や仮想空間内のライブビューイングなどが設置されていた。
そしてドーム球場のような第2棟の中は既にメディアや観客が詰め寄り、中心の空中にはホログラムのディスプレイが6枚360度に見えるように起動されている。
いつもは何らかのスポーツ競技やアーティストのライブなどで使用される第2棟だが、今回はそれらを遥かに超える人々の熱量が集結しているだろう。
ただの体験会でこれほどまでの規模が展開されるのは異例でたり異常なのだが、フルダイブVRゲームだからこその盛り上がりと言えよう。
開場には150のベッドがあるだけの仮設個室が用意され、大音量の名作ゲームのBGMがさらなる興奮をかき立てる。
悠真とメアリーはまだ敷地内に入っただけで屋外にもかかわらず、そんな凄まじい熱を全方位から感じていたのだ。
「フェスじゃねぇか」
「当たり前でしょ、世界はこの時を待ってたんだから」
「お~そ~だな~」
背後から恨めしそうな声音を発する露城の突然の乱入にも、2人は特に驚きはしない。
「ズリさん……まさか自腹で……」
「おうよ、入場料5000円」
ナイアガラ社の社員や第2研究所職員とその家族、来賓、当選者とその連れ1人までは入場料無料だが、その他は基本5000円、中学生以下とナイアガラ社ゴールド会員は2500円である。
ゴールド会員になるにはナイアガラ社主催のeスポーツ大会で入賞したり、ナイアガラ社の商品を購入してポイントを溜めるなどの方法がある。
ただいずれもナイアガラ社ゲームに凄まじい情熱を注がなければならず、激務かつ様々なゲームを楽しむ露城はゴールド会員にはなれていない。
「まあでも、ハッ、5000万円よりは安いからな……」
「何で途中で鼻で笑うのよ」
「元気出してくださいよズリさん、今度メアリーさんからもらったお金で飯奢りますから」
「いやあんたが1番オーバーキルしてるからね」
悠真の本気の気遣いでさらなる精神的ダメージを受けた露城は、重い足取りで先にドーム内へと入っていった。
「……そっとしておこう」
「もう手遅れよ」
初っ端から絶望的な格の違いを見せつけた事を棚に上げ、メアリーは最低限の哀れみを持って合掌した。
クリスチャンの家系に生まれながら、信仰する神などこの世にいないと何時ぞや口にしたメアリーの哀れみに露城は気付かない。
「体験会終わったら一括で振り込んでおくわね」
「おう……一括!!??」
会場内は禁煙なのでメアリーは会場へと入る前に喫煙室に向かおうとするが、露城がいるかもしれないのでケースをポケットにしまう。
その前に空腹であることに気付き、会場外の屋台でローストビーフ丼を4人前買って水希と空緒と共に食事をとる。
晴天の下で徐々に賑わいが増してきた中での昼食というのが初めてだった悠真は、その後若鶏のからあげ丼や和牛ハンバーグ丼とがっつり食べて男子高校生の胃袋の異次元さを見せつけた。
未だかつて無いほどに機嫌の良いメアリーが全て奢ると言ったため、調子に乗った悠真は食べ過ぎて途中で動けなくなる。
メアリーも空緒も開幕前にもかかわらず最高潮の盛り上がりを見せる中、水希だけがどこか虚ろな表情だった。
波乱はまだ、始まってもいない──
※ ※ ※ ※ ※
「はぁ……お?」
昨日の大敗を未だ引きずり、喫煙室にて2本吸った後に5000円で買ったチケットの半券をタバコの箱と共にポケットへと無造作に詰め込んだ。
入場したが始まるまでまだ1時間半ほどあり、特に何か買うでも無く観客席をプラプラ歩き回る。
警視庁が誇るエリートの露城葛吏は、幼き頃よりのゲーム愛やプライベートでも日々平和を守ろうという正義感などは欠片も持たず、虚無の心には何も響かない。
そんな中、誰も来ないような会場の端にある多目的トイレから聞こえてきた声に思わず耳をかたむける。
「今ならまだ間に合います、ですから……お願いします、彼女のためにもこの体験会をやめるべきです!」
切羽詰まったような若い男の声に、くたびれたスーツ姿の小汚い中年はドア越しにさらに耳に集中力を集める。
「ですから! ……ぐっ……クソッ!!」
ガツンと革靴の底とタイルの床が強くぶつかる音が聞こえ、露城は即座にその場から離れて通路前でスマホを見るフリをする。
すぐに出てきた男はボサボサの髪にスクエア型の黒縁メガネをしており、ラフな服装の上から白衣を羽織っていた。
そして首から下げるつり下げ名札には顔写真と、名前までは見えなかったが何とか苗字を見ることには成功した。
(七瀬……妖十家か、奴らと連んでもろくな目に遭わねぇからな……)
妖十家。
遺伝子に左右されないとされる異能力だが、世界で唯一家系の各代に異能力者が絶えず誕生している10の家系。
世界中見渡しても日本の10の家系にのみという希少さと、ヨーロッパに勝るとも劣らない歴史を持つ日本異能力界のパイオニアだ。
異能力社会へと移り変わる世界にて、現代日本を世界最高の先進国へとのし上げた功労者達でもある。
ただその分裏事情も濃度が濃く、官僚や政府関係者も出来るだけ近付きたくないと思うほどだ。
露城が見かけた七瀬家は代々異能力に関する研究者であり、汚い噂などはほとんど聞かない希有な妖十家である。
特に異能力の波長を受信、解析して異能力者の情報を管理するスーパーコンピューター〝OMEGA〟開発の主導を担っていた七瀬治之は、全世界から偉大な研究者として世に知られている。
つい先日三苫家の当代を逮捕した露城としては、妖十家絡みの事件に巻き込まれたくないというのが本音だ。
(体験会中止にしようとしてたのはちと気になるな……かといって今さら誰がどうこう出来る訳じゃねぇ……)
せめて何事も無いまま、全世界の期待を裏切らない最高のショーになるように。
今の露城に出来る事は、それぐらいしか無い。




