第15話 辿り着いたのは
数分前、屋外競技場女性用トイレ。
用を足し終えて手を洗っていた水希の隣に、1人の生徒が立って手を洗い始める。
赤いユニフォームなのでA組だ。
洗い終えた手を拭こうとポケットからハンカチを取り出そうとするが、ユニフォームに入れ忘れていたためぶら下げたままハンドドライヤーに向かう。
その時、隣にいたA組生徒が未使用のハンカチを水希に差し出した。
「いいんですか?」
「それ使うの嫌そうだったから」
水希はハンドドライヤーを使った後も微妙に濡れているのが嫌で、極力ハンカチを使うことを心掛けていた。
「ありがとうございます、後で洗って返しますね」
「いいよあげる」
「でも……」
A組生徒は洗い終えた手を振った後、鏡を見ながら髪を整え始める。
「あんたが玲成水希だね」
「……どうして私の名前を」
ユニフォームにはどこにも名前が記されておらず、特に目立つ存在でも無かったので名前を呼ばれて驚く水希。
「ううん、それだけ聞きたかったから」
そしてA組生徒がもう片方のポケットからもう1つのハンカチを取り出した直後、A組生徒は水希の背後に瞬間移動した。
「え……」
水希が気付いた頃にはハンカチで口と鼻を覆われ、そして眠るように気を失った。
「……玲成水希、確保しました」
『よし、合流だ』
「はい」
誰かと通話した後に、A組生徒は水希のボディーチェックをし、ヘアピンを怪しみ外して床に放り捨てた。
その他何も無い事を確認し、水希を背負って瞬間移動を使い、競技場の外を出た。
※ ※ ※ ※ ※
「あれ、A組……何か足りなくねぇか?」
「ホントだ、あの8人……3人いないね」
「てことは勝てるか俺達!?」
「それは無いだろ、あの内の1人でも出たら勝ち目ねぇって」
悠真と水希を欠いたB組は、A組のベンチを覗きながらそんな話をしていた。
直後──遠くの方で爆発が起き、その衝撃や音が屋外競技場にまで感じるほど迫ってくる。
「うおっ! 何だよ今の!?」
「2ヶ所で起きたぞ……」
「テロか!? どっかの組織か!?」
動揺はA組やスタンド席からも見られ、審判団は一時中断の合図を送って生徒達は屋内へと戻っていった。
当然悠真と勇翔もこの爆発に気付き、メアリー達の身を案じて一瞬振り返ったが、今は止まるべきではないと再び足を動かす。
何よりあの爆発で、メアリーも黒サンタも死ぬ事は無いだろうという根拠無き確信を持っていた。
悠真は勇翔の指示に従いながら、水希や蘭堂がいると思われる場所へと走っていく。
※ ※ ※ ※ ※
「っ……大丈夫?」
爆発直前、危機を察知したボディーガードは咄嗟にメアリーを抱きしめて背を空に向け、盾としての役割を果たした。
常人ならば死に至る衝撃だったが、ボディーガードは吹っ飛ばされて重傷ながら意識を保ち、メアリーの言葉を受け取った。
イギリス人の両者は当然英語で会話が交わされている。
「こちらは……問題ありません……」
「分かった大ありね、手当ては出来ないけど待っててくれるかしら?」
「それが命令……ならば……」
「ありがとう」
メアリーは何としても応急処置のために連れて行きたかったが、状況が状況なので割り切り、ギターケースを担ぎ直して車に乗り込む。
使命を全うしたボディーガードのファインプレーのおかげで無傷だったメアリーは、ハンドルを握って悠真達の後を追っていく。
「うっ……」
黒サンタも同じく、爆発直前にボディーガードに庇われたため無傷で目を開ける。
メアリーに付いていた者と同様に重傷を負ったボディーガードはかろうじて意識を保っており、呼吸も荒くなっていた。
「待っててください! 今助けを……」
「それより……優先すべき……命がある……」
困っている人を見捨てられるほど肝の据わった黒サンタではないが、ここで最善の選択とはボディーガードを見捨てる事だともすぐに理解する。
「……けど……困っているのにそんなことは」
「私は、困ってなど……いない」
「っ……すまない」
歯を食いしばって感情を押し殺し、黒サンタは白のハイブリッドレンタカーに乗り込む。
最後にちらっとボディーガードの様子を見たが、すぐに前を向いてアクセスを踏み込み、悠真達の元へ車を走らせていく。
※ ※ ※ ※ ※
「……ここか」
九里ヶ崎区のどの会場からもかなり離れた位置にある、10階建ての廃ビル。
窓ガラスも無い外観は近日中にも解体されると思われる廃れ具合で、中にも人が行き交っていた形跡などは見られない。
売人やマフィアなどが仕事をするために使ったり、不良グループや半グレ集団が拠点にしたりも可能な立地と存在感の薄さ。
最初に辿り着いたのは勇翔。屋外競技場を出てからまだ5分も経っていない。
車で飛ばしてもおよそ10分はかかりそうな位置だが、勇翔は異能力を駆使して最速で辿り着いたのだ。
(多分悠真さんが来るのはあと30分以上かかるか、どちらかの車で拾ってくれてるとありがたいんだけど)
一刻も早い悠真の到着を願いながら、勇翔は1人で廃ビルの中へ入っていった。
廃ビルとはいえ強度や耐震機能は他のビルとまだ変わらない、そしてまだ電気も通っている。
立体地図を見る限り、水希がいるのは間違いなく屋上だろう。
昼間にもかかわらず冷たく暗い雰囲気を醸し出す1階、そして2階を上り、3階に来てようやく人と出会った。
「どこの階層も同じ構造なのに、あえて待機に3階を選んだ理由を聞いてもいいのかな?」
「嶋内悠真はいないのか」
質問に答えるつもりは無いらしい、3階に深い意味は無いと見た勇翔はため息をつき、アクーニャランドで男から奪い取った拳銃を向ける。
「死にたくないなら通してほしいな、まだ高校生なんだし」
「そんな玩具で俺を倒せるとでも?」
銃口を向けられても恐怖感1つ覚えず余裕ぶる男子高校生は、ニタリと不気味な笑みを浮かべて目を見開いていた。
一見すると狂人の印象を抱かせる男子高校生に対して、勇翔は躊躇なく3発の銃弾を発射した。
3発とも顔を狙う。食らえば命は無いに等しいその攻撃に対して、男子高校生は1歩も動かなかった。
「へぇ、取っちゃうんだ」
表情も一切崩さず、男子高校生は右手の人差し指から小指までの指の間で3つの銃弾を挟んで受け止めている。
「見えたのか」
「割と荒削りな動きだったけど、多分俺でなきゃ見逃しちゃうね、何故なら──」
拳銃は効かないと分かってホルダーにしまうと、男子高校生は右腕を凄まじい速度で振り下ろして弾丸を投げ返す。
速度は銃弾に匹敵すると思われたが、煽る意味合いも込めて勇翔も同じく指の間に挟んで受け止める神業をやってのけた。
「──からくりは違うけど、俺も同じ事出来るし」
互いに笑みを浮かべながら、勇翔は弾丸を床に落として構えを見せる男子高校生に指鉄砲を向ける。
「来やがれ」
「行かないよ、お前には」




