第13話 許してほしいんですよ
「今日はまだ1本も吸ってないんですね」
「あ? ああ……そうだな」
同日、午前10時。
各事件や事故の捜査を部下達に上手く分配して任せ、露城は直接教育中の新人と2人で警視庁内にて待機していた。
緑茶を淹れて露城の机に置いた新人──片山琉穂は、期待のホープとして異能力捜査一課に配属された。
「本当なんですか? 球技大会で何か起きるって」
「確定じゃねぇけど、ほぼ確実だ」
露城は同じ一課では唯一片山にだけ、球技大会で事件が起きるだろうという話をしていた。
何も起きず空回りならばそれが最善なのだが、それは無いだろう。
いつもなら仕事前に必ず1本吸う露城が、この日はまだ1本も吸っていない。それだけ緊迫した状況なのだと片山は察する。
何が起きてどう動くのか分かっていたら普段通り吸うが、今のようにビジョンが見えない場合は煙が邪魔になるそうだ。
「あ、球技大会始まりましたね」
球技大会の様子は、関東ローカル局にて生中継される。
平日の日中にもかかわらず視聴率はかなり良く、下手に動く事は出来ないとみて良いだろう。
あえてこの球技大会を選んだ理由もあるだろうが、情報と情報が繋がらないせいで思考が全く読めない。
「お手並み拝見と行こうか」
※ ※ ※ ※ ※
ルールは基本的に高校サッカーと同じ。球技大会用特別ルールとして──
選手の入れ替え人数は無制限。
1試合30分ハーフの60分間。
同点の場合は延長戦は無く、PK戦となる。
ハーフタイムは10分。そして──
──異能力の使用が許可されている。
「……マジか」
当然ケガのリスクは高くなるが、試合続行不可能となるほどのケガを負わない限りファールの笛は鳴らない。
厳しいルールと批判も無くは無いが、そのルールが毎年変わることが無い理由は1つ。
九里高の生徒は相手に大ケガを負わせるほど異能力が制御出来ていない訳では無いからである。
「予想はしてたけど……ここまでか……」
午前11時12分、1年生第1試合終了。
〝A組 14─0 B組〟
B組は大差こそあるだろうが、基本戦術を理解して連携を取れば勝利は見えてくるだろうという算段だった。
だがそんな努力をいとも容易く粉砕する、A組の圧倒的な個の力。
B組はA組の猛攻を防げなかっただけでなく、敵陣にボールを上げる事すら出来ずに終始ディフェンスに回らざるを得ない状況に陥った。
サッカーという概念を捻じ曲げるだけのA組は、基準値を超えたエリート8人を1人も出場させずに圧勝したのだった。
前代未聞では無いにしろ、ここまで圧倒的な差を叩き出したのはここ10年で初めてであり、観客やスカウトも驚きを隠せなかった。
「俺たちって……こんなに弱かったのか……?」
「そんなバカな……あの8人抜きでこれはいくら何でも……」
ドーピングを疑う者もいたが、もしそうならば九里高が見逃すはずが無い。
ラフプレーをしたのかと思う者もいるだろうが、A組のファールは後半のハンド1つのみであり、審判に見えないように工作もしていない。
つまりA組の純粋かつ本気でもない力を前に、同い年のB組は絶望的な大敗を喫したのだ。
「何だよそれ……勝てるわけがねぇ……」
そしてB組の誰もが、当然のようにやる気や士気を著しく低下させる。
息を切らしてグラウンド上の人工芝で仰向けに寝そべるB組の生徒に、A組の1人の生徒が歩み寄る。
試合前に挑発し、それに乗りかけた2人だ。
「教えてくれよ、一体どんな練習をしたらここまで雑魚に成り下がれるんだ?」
「てめぇ……」
「頑張ってどうにかなるんならやってみろよ、A組とB組が僅差だとでも思ってたのか?」
「っ……の野郎!!」
B組の生徒がついにキレて、A組の生徒の胸ぐらを掴んで睨み付ける。
「どうした? 来いよ」
「言われなくてもやってやるよ!!」
「やめなさい2人共!!」
間一髪で主審の男が割って入ったおかげで大ごとは起きなかったが、一触即発の悪い空気がB組に流れ込んできたのは否めない。
「正々堂々やったんだからキレないでほしいな、ケガでもしたらどうするんだよ」
「クソ……クソッッ!!!」
A組の誰も、不正などせずにルールに則ったフェアプレーで勝利を収めた。
何も言い返せずに悔しさや怒りを露わにしたB組の生徒は、声を荒げて強く地面を踏み込んだ。
※ ※ ※ ※ ※
「動きは無かったのか」
『全くね』
試合後、悠真は廊下のロッカールームの近くの壁に背もたれ、スマホで勇翔、メアリー、黒サンタと通話をしていた。
『悠真、あなたはいつ試合に出る予定なの?』
「最後だろうな」
『何時からかしら』
「第2試合が1時からだから……2時半くらいか」
『もしかしたらそこを狙っているかもしれないわ、試合に出ているタイミングで狙撃とか』
試合中はいくら悠真でもずっとは蘭堂を警戒出来ない、そのスキを突いてくる可能性は十分にあり得る。
「けどそんな安易な事するか? だとしたら俺らを甘く見過ぎだろ」
『やっぱり有力なのはアクーニャランドと同様に誰かを狙って取り引きだろうね、経歴不明でも立場は女子高生だから、九里ヶ崎を三苫ほど自在に駆使できるとは思えないよ』
「そもそも他人を雇うってのが女子高生離れしてんだけどな……」
『水玖の警戒はエースが何とかすると期待して、悠真は水希の方も見ていなさいよ』
「分かってる」
そしてメアリーと黒サンタは通話を切り、悠真も切ろうとした瞬間に『あの』と勇翔が呼びかける。
「何だ」
『……もし、蘭堂薫がどんな手を使ってでも悠真さんを殺そうとしても……捕らえた時には、許してあげてくれませんか』
勇翔の慈悲がどういった意味合いを持つのかは分からないが、悠真は数秒考えて答えを出した。
「それは蘭堂次第だ、俺だけを狙って俺を殺そうってんなら、捕らえた時には多分許してる……けどアクーニャランドみてぇに誰かを巻き込んだら、分からねぇ」
自分だけならともかく、誰かが巻き込まれる事は許せないという信念は端から見れば狂気とすら思えるだろう。
悠真はそういう時に迷わず誰かを助ける事を選択出来る。それは〝最愛〟がそうだったからだ。
『それでも許してほしいんです、じゃないと憎しみの連載は途絶えない』
どうやら勇翔にはそうそうたる意志があるのだろうと、ブレない言葉の重みで察した悠真。
「……善処する、けど保障は出来ねぇからそん時はお前が俺をぶん殴ってくれ」
そん時とは、悠真が怒り狂い蘭堂を絶対に許す事は無いと熱くなった時だ。
保障など無くても、善処してくれるだけで目頭が熱くなる勇翔はスマホを持っていない方の腕で両目を押さえた。
『はい! よろしくお願いします!』
そして勇翔は通話を切り、スタンドに座りながら前方にある、蘭堂薫がいる九里ヶ崎総合体育館の方に視線を向けた。
「もう何回目か忘れたけど、俺は絶対に諦めないよ──
──今度こそ、必ず救ってみせる」




