第4話 交錯
「待っててね!」
「おう」
さすがに女性用トイレには入れないので、トイレの入り口近くで立って待つ悠真。
まださっきの照れが残っている悠真は、あの大胆な行動に移った理由を聞こうとスマホを取り出し、メッセージを送る。
「ん?」
ピコーン、とスマホの着信音が聞こえて取り出すと、無料メッセージアプリの〝ワンメッセージ〟──略して〝ワンメセ〟──で悠真からメッセージが送られてきた。
〝さっきのあれ何だったんだよ、体の調子悪いのか?〟
「違う!!」
と思わずスマホに向かって叫んだが当然伝わらず、視線を向けてきた周りの人々に頭を下げて深呼吸をした。
そして食べるのを再開すると思いきや、テーブルに右頬をつけて項垂れ始める。
「も~~~、何でこんななの私……」
あの日から、ふとした瞬間に悠真の顔を思い浮かべるようになった。
何も出来ないのに、水玖がいるという謎の確信だけで第5研究所へ、全身に激痛を伴いながら向かったあの日。
結局エレベーター前で動けなくなり、座るのもやっとだった所に悠真が来てくれたあの日。
何があっても守らないといけなかった水玖を守りきれずに責めていた自分を、心を助けてくれたあの日。
誰も手を差し伸べられなかった水玖を抱きしめて、救ってくれたあの日。
思えば水希は、悠真の事を詳しくは知らない。
最悪の魔女、クレア=ブラッドフォルランスを殺したという噂。18歳ながら高校1年生というワケあり。隣の席。
それ以外はほぼよく知らない。悠真がどんな人生を送ってきて何が好きで何に興味があるのか、些細な事は何も。
でも、どんなに危険が伴っても自分を助けに来てくれた。そんなバカさと無鉄砲さと優しい心を持っている。
ただそれだけなのに、なのにどうしてこんなにも──
「分かんないよ」
※ ※ ※ ※ ※
「おっ」
しばらく経って水希からの返信が届き、手慣れた指さばきでメッセージを開く。
〝分かんない〟
「何だそりゃ……」
悠真としては思わぬ答えだったので驚いたが、これ以上問い詰めても答えは出て来ないだろうし、無粋なのでやめた。
賑わいが途切れない店内を見渡し、たまには非日常を味わうのも悪くないと微笑む。
もうすぐ水玖が見たがっていた昼のパレードがあるらしく、時計を見てからトイレの入り口を覗いてみる。
「遅いなぁ水玖ちゃん、まあ女子は男と比べて遅くて当たり前か」
事情とかは何も知らないが、悠真の中では女という種族は用を足すのが長いという謎のイメージがある。
一緒に暮らしていたクレアは特に遅い印象はなかったが、月に数日そんな日があったので勝手にイメージが着いた。
「……クレアとも行きたかったな」
クレア=ブラッドフォルランス。
最強にして最凶にして最狂の異能力者は、最悪の魔女と呼ばれて人々から恐れられていた。
だが悠真にはそんな極悪染みたイメージは無い、いつでも冷静で、明るくお茶目な面もあり、自分を大切に育ててくれた優しい人という印象が強い。
その全ては、悠真の両手に宿った不老不死のクレアに死をもたらす異能力を欲したためだと知っているが、悠真にとってそんなことはどうでもよかった。
両親やクラスメイトを殺してしまった憎いこの手に触れ、悠真が故意にした訳では無いと信じて抱きしめてくれた。
たとえ形が誘拐だったとしても、どこか冷たい場所に預けられて体を弄られるよりは全然良かった。
クレアを殺した事により変化──進化と呼ぶべきだろう──した悠真の異能力は左手にのみ残り、クレア曰く最強の異能力となったらしい。
あの日以来発動させていない……否、出来ないでいるが、この力があれば水希や水玖のように救いを求める人々を助けられる。
全ては無理でも、よりたくさんの人々を──
「見ててくれよな」
左手を握りしめ、今は亡き〝最愛〟を想って口ずさむ。
「……にしても遅いな水玖ちゃん」
パレードは今にも始まりそうだったが、水玖が出てくる気配は未だ無いままだ。
※ ※ ※ ※ ※
数分前、女性用トイレの個室内。
用を足し終えた水玖は手のひらをかざして流し、鍵を開けて出ようとした瞬間──
「ん──!!??」
音もなく突如個室内に現れた男が、水玖の背後から手に持つハンカチで口を押さえて抱きしめる。
大声を出そうとした水玖だったが、ハンカチに何かを染み込ませていたのかすぐに気を失ってしまう。
「よし、後は……っひひひ」
力が入らなくなった水玖を肩に担いだ男は、不敵な笑みを浮かべながら迅速にトイレの壁をすり抜けていった。
※ ※ ※ ※ ※
「どこだ~……くっそ~広すぎて捜しきれないなぁ……」
同じ頃、ベンチに倒れていた男はホログラムを見ながら、誰かを捜しにパーク中を歩き回っていた。
あまりにもゴールが遠いせいですぐに疲れが溜まり、足が棒になって道のど真ん中でしゃがみ込んだ。
パレードが間もなく始まるので人はやや少なかったが、それでも十分邪魔になっている。
「そもそもホントにここにいるのかも怪しいし、やっぱアレ壊れてたんじゃないのか~? …………あ?」
ため息をついて疲れていますアピールをする男がふと顔を上げると、眠る女児を担ぐ男の姿を見た。
一見すればあまり不自然ではないが、監視カメラでも気にしてるのか上の方をチラチラ伺い、挙動不審な様子にも思えた。
「……ほーう」
それを見た男は目の色が変わり、立ち上がってパレードの行われる場所から離れていく男を追いかけていく。
※ ※ ※ ※ ※
「……さすがにおかしい」
遠くの方から賑やかな音楽が聞こえてきた。水玖が見たがっていたパレードは既に始まっている。
だが未だ戻ってこない。
水希からもまだなのかといった内容のメッセージをもらっているが、そうだという返信しか出来ない。
「っ……すまねぇ水玖ちゃん」
最後の手段と取っていたが、これ以上動かずにいると手遅れになるかもしれない。
悠真はスマホを操作し、水玖の髪留めに装着されているGPSの探知を始めた。
(動いてる、いつの間に出て……いや仮にそうだとしても、何でパレードから離れていくんだ……クソっ!!)
表情を険しくした悠真はスマホを持ったまま、GPSを頼りに水玖が向かっていく場所へと駆け出していった。
(水玖ちゃんは絶対に出てきていない、出てきたなら声をかけるなり知らせるに決まっている──
──だとしたらトイレ……騒ぎになってないから個室内だろうか、に直接入って出られる〝異能力者〟が攫ったのか──
──だとしたら三苫の残党? ズリさん達の目を掻い潜れるって事はかなりヤバい相手か……けど水希を行かせる訳にはいかねぇ……)
悠真は水希に連絡をする事なく、1人で向かう事を決めた。
また水希を危険な目に合わせる訳にはいかないし、水玖の事を言えば何がなんでも着いてくるので今回は伏せることにした。
ちょうどパレードに気を取られていたため、店から走って出て行く悠真の様子を水希に見られる事無く、冷静さを保ちながら走っていく。
「今助けてやる、絶対に」
※ ※ ※ ※ ※
「動いたか、嶋内悠真」
東京都のどこか。しかしアクーニャランドではないどこか。
暗くて多くのビジョンが並ぶ部屋、そこに映されていたのはアクーニャランドの監視カメラの映像だろうか。
走り出した悠真を見つけ、女はニタリと笑ってそう言った。
「じゃあね、クソ野郎」




