エピローグ
年が明けて数日。
意識を取り戻した一番と葵は驚異的な回復力ですぐに退院し、高校の新学期が始まる頃には職場復帰していた。
超人しか就けない仕事をこなしていた2人なので、周囲の人間からすれば驚きはないらしい。
もちろん悠真と空緒は予想外なのでしっかり驚き、おかげでお見舞いにすら行けなかった。
秀士郎によって空緒のスマホは回収され、空緒の要望により無償で新型機の機種変更がなされた。
二条家が警察に引き渡した垓拓の雇ったハッカーは、自身の供述により〝魔女の剣〟のメンバーということが発覚する。
幾度も身辺調査をした九里ヶ崎家すら見抜けなかった正体に、妖十家全体が震撼する。
妖十家の情報が知らぬ間に抜き取られ、オリバー・グリフィスに渡っているとなれば戦争は必至。
〝最悪の魔女〟クレア=ブラッドフォルランスの復活を目論む彼らにとって、九里ヶ崎万智の存在は決して無視できないだろう。
垓拓が所有していた禁じられし異能の原典が盗み出されているため、神器を狙っているのは確実と見ていい。
三大神器に数えられる万智の巫女の力を狙い、宣戦布告をするのも時間の問題だと妖十家は最大級に警戒を強める。
ハッカーは供述の後に体内に仕込んでいた遅効性の毒により自殺、身柄拘束の直前に飲んでいたと思われる。
盤石の体制を敷いてきた妖十家が、1000年間で最も深刻な崩壊の危機に迫っていた。
※ ※ ※ ※ ※
新学期前日。
悠真の補習が終わった頃には冬休みも終盤となり、休めたのは年末年始の3日間のみ。
最終日のこの日、悠真と水希は冬休み最初で最後のデートに来ていた。
「いいのか? その辺ブラブラするだけで」
「ずっと忙しかったでしょ? だからのんびりしたいかなぁって」
「俺のため?」
「私も正月ボケが抜けてないし」
2人は九里ヶ崎区内の大きな芝生広場に来て、手を繋ぎながらのんびり歩いていた。
寒空の下だが人はそれなりにいて、家族連れで遊ぶ者も多い。
ここは総合施設の一部であり、建物内には図書館、プールやジムにカフェ、演劇や音楽を楽しめるホールなどもある。
外は広いフラワーガーデンもあるが、冬なのであまり咲いていない。
区民の憩いの場として親しまれ、デートスポットとしても申し分ない場所である。
「空緒が悠真のこと好きって聞いたときは、ホントに知らなくてビックリした」
「俺も初めて聞いたときはビックリしたな」
「でも……もしかしたら、逆だったのかなって思って、あの時私が勇気を出せなかったら」
北海道でのキスは、運命の分岐点だったのだろうか。
あれが無ければ、今頃悠真は空緒と付き合っていたのだろうか。
考える度に、名前の付けようが無い感情が胸の奥でぐるぐる回る。
「俺はそん時から、何も変わってなかった」
「え?」
「空緒は自分で自分を救った、俺はまた何も出来なかった」
「そんなことは」
「でも、水希は俺を救ってくれた」
その目は真っ直ぐ、水希だけを見つめる。
立ち止まった水希は、その視線に射抜かれるように頬を赤らめる。
「たらればの話は考えても答えは出ねぇ、俺はあの時いてくれたのが水希だったから救われたし、好きになれたんだ」
「悠真……」
「最近気付いたけど、俺はどうしようもないときに救ってくれた人のことを好きになるらしくてな」
何が起こったかも分からないまま、悲しみと罪悪感と孤独に囚われる前に救い出してくれたクレアのように。
友を失い、約束を果たせなかった後悔で自身を傷付ける前に救い出してくれた水希は、悠真にとってのヒーローだった。
「それは、私もそうだよ」
水希は生涯忘れないだろう。
妹が誘拐され、利用され、暴走し、自身すらも危険になったときに救い出してくれた悠真の姿を。
9ヶ月が経った今も、その目に鮮明に焼き付いている。
「似た者同士だな」
「だね」
周囲の誰も見ていないのを確認し、ひっそりと唇を重ねる。
このぬくもりは、どんな冬でも凍てつかない。
2人はこの日、帰宅するまで繋いだ手を離さなかった。
「準備は整ったわ」
同じ頃、イギリス某所。
9人の女を束ねるオリバー・グリフィスは、聖剣カラドボルグと禁じられし異能の原典を携えて口ずさむ。
「クレア復活の時よ」
第8章 たとえ全てが敵になったとしても fin.




