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アンフェア・リアリティ  作者: 東師越
第7章 全てを守ってみせる
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第17話 刃に込めし誇り

 一原仁海は、双子の妹(・・・・)としてこの世界に誕生した。


 しかし先に生まれた姉は生まれて間もなく息を引き取ってしまい、名前の無い姉の存在を仁海はしばらく知らされなかった。


 幼すぎて言っても分からないと思われたのかもしれないが、周りが何か隠していることを察せるくらいには頭が回るほど幼くはなかった。


 異能力(ディナイアル)が発現した時、姉の存在を知った。


 2つが同時に発現したので、周りは姉の分の異能力(ディナイアル)も宿しているのだと信じていた。


 当の本人も、〝猛る英雄の肉体(スーパーパワー)〟が自分のモノだと理解出来ても、片方が自分の力だとは思い切れない違和感を感じていた。


 違う誰かが、自分の中にいる感覚。


 それが姉だと思うと、とても温かくて心地よい気分になった。


 故に仁海は、姉の分も精いっぱい生きると決めた。


 姉の異能力(ディナイアル)──〝虚ろの身体(フェイク・セルフ)〟は、仁海にとって何よりも大切な宝物となった。


 誰かが奇跡と呼んだ、祝福と呼んだ。


 未だ解明されていない異能力(ディナイアル)複数保持の原理に仁海がさほど興味がない理由も、奇跡と信じているためである。


 仁海は姉と共に、一原家に尽くすと決めたのだ。






「ぐっ……!!」


「さすが009、一筋縄では行かない」


 仁海の刀とクシィの大鉈の鍔迫り合いは、ハワイ諸島全体を揺るがすほどの衝撃波を生むほどに強烈である。


 命を賭して異能力(ディナイアル)を使い、最大限の力を振り絞るクシィ。


 片や仁海は、命を賭する程でもない異能力(ディナイアル)の出力で、互角の勝負を繰り広げていた。


 とはいえ仁海も手は抜いておらず、全く同じ異能力(ディナイアル)の激突にスキの1つも与えていない。


(重い、あんな細い体のどこからこんな力が……クソッ、ガキに負けるのは屈辱だ……!!)


(もはや戻るつもりの無い覚悟、それでもここまで長く体を保てるのは……凄まじい気力)


 1秒に10回は共に刃を振り、斬り合う金属音は耳で数え切れないほどに加速していく。


 どちらかが間を取っては斬り合い、息つく間もなく動きながら針の穴を通すよりも狭い勝機を覗う。


 仁海がクシィの右足に刃を掠めたら、クシィが仁海の左足に刃を掠める。


 クシィが仁海の右手に切り傷を負わせたら、仁海がクシィの左手に切り傷を負わせる。


 同時に頬を掠め合い。

 同時に横腹に切り傷を負わせ。

 同時に血が噴き出るほどの斬撃を加える。


「はぁ、はぁ、はぁ……ッッ!!」


「はぁ、はぁ……ふぅ…………ッッ!!」


 10分は互角に斬り合う2人。


 全く譲らない意志のぶつかり合いは、果てしなく続いて終わらないかに思えた。


 しかし。


「っは……ぁ……!!」


 どんなに超越した力を持つ者とはいえ、人間であればいずれ限界は来る。


 その時が、クシィに訪れた。


「ク……ソッ…………がはっ!」


 突然崩れるように膝をつき、大量の血を口から吐く。


 全身から脂汗がドッと溢れ出し、視界もぼやけ、乱れた息が落ち着かず、胸の辺りがずっと苦しい。


 耳鳴りもある、頭もガンガンと痛む、手足が痺れて思うように動かない、寒気もして、体がもう言うことを効かなくなった。


(……限界…………か)


 自ら決めたこととはいえ、辛いものは辛い。


 結局命を賭しても命令に応えられず、強大な敵を前に何も出来なかったが、やり切ったとは思う。


 このまま殺されても、文句は言わない。


 ひと思いにやってくれと、クシィは懇願するように仁海を見る。




「立ちなさい」




 何故か、その言葉はハッキリと聞こえた。


 それにもはや弱り果てて何も出来なくなったこの体で、立つことなど出来ない。


「聞こえなかったのか、立てと言っている」


 またハッキリと聞こえた。


 しかし無理なものは無理だ、もう鉈を握る手に感覚が無くなった。


 どうして刀を構えたまま振るわないのか、そんなところで余計な慈悲など何も嬉しくない。


「甘えるな、命を賭した程度で苦しむな、たとえ外れた道でも、その覚悟と意志があるなら最期まで貫き通せ」


 馬鹿にするな。


 ガキに何が分かる。


 分かった気になって、恵まれた社会で生まれ育ったクソガキが、説教垂れてんじゃねぇ。


「誇りを見失うな、心まで衰弱するな、お前を見てきた人々に敬意を払い、お前自身を作り上げた全てに感謝し、お前が全ての恩を返せたと心から思えるまで、諦めるな」


 不思議と、体に力が入る。


 動かなかったはずの手が、いつの間にか鉈を握り直している。


 震えも止まり、痛みが消え、立ち上がろうとしていた。


「何に生きる、何のために刃を振るう、思い出せ……お前が何のためにその命を使うのか」


「はぁ……はぁ……はぁ…………我が主君への……っ…………忠誠の、ために!!」


「良い、その心意気、私が受ける……いざ尋常に」


 癪に障るが、感謝しないとな。


 斬り合ってる途中で頭が真っ白になって、何のために戦うとか誰のために戦うとか、そういうのが抜け落ちていた。


 思い出させてくれたこと、ありがとう。


 アタシのこの鉈は、主君エイブラハム・レイノルズの栄光のため。


 そして、アタシがアタシらしく戦うために。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおらああああッッッッ!!!!!!」


「はあああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!」


 共に、この日最大の威力。


 刀と鉈の鋭い刃が火花を散らしながら激突し、2人の中心の地面がクレーター状に凹むほどの衝撃波が生まれた。


 両者1歩も退かず、ただこの一瞬に己の誇りをかけて。


 やがて、決着の時は訪れる。


「はあああああああああああッッ!!!!」


 一閃。


 仁海の刀が大鉈の刀身を叩き壊し、その先にいるクシィごと斬り伏せる。


 左肩から腰の右側にかけて、鮮やかで美しい斬撃を加えてみせた。


 敗北したクシィは仰向けに倒れ、今際の際にほんの僅かだけ微笑みを浮かべる。


 そして、1人の戦士が息を引き取った。











 血を振り払い、刀を鞘に収めると尻もちをつく。


 最後の一撃で出し尽くした仁海は両腕の骨が粉砕し、両足の腱も切れてしまっていた。


 妖十家の戦闘員なのでこの程度の痛みは訳ないが、反省だらけの戦いに悔しさを滲ませて眉をひそめる。


「未熟……」


 やがて分身が50万人の大軍を殲滅し、ハワイ諸島の結界は解かれる。


 動けない仁海はすぐに執事に救援要請をし、程なくして妖十家の医療部隊のヘリに回収された。


 島から出てもなお、彼女は見えなくなるまで島の方を見続けた。


 1人の戦士の冥福を祝い、敬意を払うために。




   ※ ※ ※ ※ ※




 時は少し遡り、東京。


 正午のおよそ30分前に、蘭堂薫は1人でとあるマンションに来ていた。


 エントランス手前のタッチパネルで部屋番号をタップし、インターホンを押す。


『はい』


「空緒さんですか? 薫です」


『……どうしたの?』


「少しお渡ししたいモノがあって、すぐに帰りますので」


『分かった』


 するとエントランスに入るドアが開き、薫はそこを通過してエレベーターに乗り込む。


 目的の階に着くと、真っ直ぐ空緒の自宅がある部屋の前まで歩き、再びインターホンを押す。


 空緒はすぐにドアを開け、薫を中に入れてドアを閉める。


 薫は、約1ヶ月ぶりに空緒と再会した。


「突然すみません」


「それで、話って?」


 この時渡した物が、後に大きな波乱を起こすきっかけになるとは2人も思わなかった。

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