第17話 カーチェイス・イン・ザ・シティ
恐るべき体幹で、法定速度を余裕で超過しているワンボックスカーの上で平然と立つ。
捨て駒扱いされたことにキレているメアリーは、車を囲むように併走する左右のバイク達に目をつける。
「いい武器ね」
まずは運転席側に迫る3台のバイク。
暴走族さながらの荒々しいエンジン音や罵詈雑言などはなく、何かに取り憑かれたように虎視眈々と車を狙っている。
メアリーはその内2台のバイクに乗る者の手を正確に狙い撃ち、乗っていた男達はバランスを崩してスリップした。
「うおおおおッッ!?」
「ぐあっ!!」
さらにスリップしたバイクに巻き込まれた後続のもう1台のバイクが倒れ、一気にバイクの軍団を約3分の1まで減らす。
「よっ、と」
運転席側に迫るバイクは残り1台、メアリーは敢えて拳銃を使わずにドライバーの頭を蹴り飛ばした。
「ぬおっ!?」
「これ貰ってくわ」
そしてこのドライバーの男が持っていた鉄の棍棒を奪い取り、跳躍して再びワンボックスカーの上に戻る。
ジャンプのはずみでバイクは転け、ドライバーも地面に投げ出されていた。
(どうもあっさり行き過ぎるわ、何かが……)
手応えの感じない状況を訝しむメアリーは、ワンボックスカーの後方で投げ出された4人のドライバーの行方を知る。
4人は追跡してくる宅配便のトラックに磁石のように吸い寄せられ、荷台の中に入っていくと再びバイクに乗って向かってくる。
「っ、何それ」
明らかに怪しい2トントラックに銃口を向け、残弾の全てをフロントガラスに撃ち込む。
しかし弾丸はトラックを覆う紫色に淡く光る結界のようなシールドに阻まれ、ダメージを与える事は出来ない。
「厄介そうな異能力ね」
「大丈夫ですか!?」
「問題ないわ、何とかしてみせる」
悠真の気遣いを受け流し、メアリーは鉄の棍棒を握り締めて今度は助手席側に迫るバイクに飛び移る。
ずっしりと重い鉄の棍棒を軽々と振り回し、ドライバーのヘルメット目掛けて打撃を加える。
対するドライバーも同じく鉄の棍棒で受け止めようとするが、バイクを運転しながらという不安定な足場では受けきれない。
「ぐおおっ!!」
男は為す術無くぶっ飛ばされ、バイクは火花を散らしながら街路樹に突っ込んでいった。
衝突の直前に後方のバイクに飛び移ったメアリーは、同じく鉄の棍棒をドライバーに向けて凄まじい膂力で振り抜く。
「調子に乗んな!」
「お互い様でしょ」
足場の不安定さは同じはずなのに、否、むしろバイクの前方に降り立つメアリーの方が不安定なはずなのに。
まるで固い地面と同じくらい力強く踏み込み、片手で拳銃を構えるドライバーを薙ぎ払う。
そして正面のトラックに視線を向けた、瞬間。
「ッ!!」
助手席の窓からマシンガンを構えられており、躊躇なくメアリーに向けて放たれる。
たまらず跳躍しながら後退したメアリーは、再びワンボックスカーの上に戻ってきてしまった。
しなやかな肉体と無駄のない洗練された動きでどうにか弾に当たらずに済んだのは、流石元エリートだと感嘆せざるを得ない。
(あのトラックをどうにかしないと、いつまで経ってもジリ貧のまま……)
遠距離から狙っても異能力のシールドに阻まれ、近付けばマシンガンを撃たれ、止まればバイクのドライバーから狙われる。
さらにトラックが無事なままでは、どれだけバイクとドライバーを倒して離脱させても、トラックに吸い寄せられて何度も新たなバイクに乗ってかかってくる。
息は切れていないが、このままでは十中八九メアリーが先に力尽きるだろう。
(これだと私1人じゃ限界がある……どうする、ああ言った手前、2人に協力は求められない……)
万事休すと思われたメアリーは、四方から来る銃撃を躱しながら思考し続ける。
だがこの拮抗状態は、思わぬ形で崩れ落ちた。
「何だ……?」
「おいあれ……まさか」
バイクに乗る男達が異変を察知し、トラックの背後から迫る何台もの車両に気付いた。
「……あれは!」
直接その目で見るのは初めてだった。
しかしメアリーは、あの男が誰よりも頼りになる事を世界で1番分かっているつもりである。
〝D─SAT〟。
警視庁が組織する、対異能力特殊急撃部隊の通称だ。
そしてこの組織を取り仕切る男は、異能力捜査一課長と兼任している優秀な中年男。
「コラコラガキ共、大人をあんまりからかってんじゃねぇぞー」
露城葛吏。
ボサボサの髪とくたびれたスーツがよく似合う、一途な愛に生きている男の名だ。
「……悠真が通報したの?」
「というか、ズリさんに直接なんですけどね」
メアリーが応戦している中、悠真は自分に出来ることは何かと模索し、頼れる者に助けを借りるという手を打つ。
そこで頼ったのが、警察ではなく露城個人だった。
今は隠密行動をしている身のため、事情を分かってくれた上で来てくれそうな者を選んだのだ。
悠真の通報から恐るべきスピードで到着したのは、メアリーがピンチという決め言葉があったからだろうか。
「あのトラックを押さえるぞ」
『あとの2台の車両は既に制圧しました、ですが……』
「もぬけの殻か」
『気を付けてください、隊長』
「了解だ、行くぞ」
特型警備車の助手席に座る露城は、無線で部下達と迅速な連携を取って準備を進める。
他の部隊がバイク等に対応する中、露城が乗る車両で待機する内の1人の隊員が後ろの扉を開き、車両の上に上がる。
「準備完了」
『うし、開けゴマだ』
車両の上に上がった隊員からの報告を聞き、露城は運転手を務める隊員に合図を送る。
「了解」
運転手はハンドルを握ったまま異能力を発動させ、青色に光る眼をトラックの荷台の扉に向ける。
瞬間、固く閉ざされていたトラックの扉が解錠され、バン! と勢いよく開いた。
「突撃」
『了解』
次いで車両の上にいる隊員に合図を送り、隊員は異能力による瞬間移動で荷台の中に突入した。
荷台の内部はガランとしており、物が全く置いていない中で2人の女が隊員を凝視している。
「2名確認、異能力波の反応あり、それぞれ2パターンが混同しています」
『異能力者が異能力に洗脳されてるパターンね、やれやれ』
〝D─SAT〟が異能力者と対峙した際、相手が洗脳状態である場合は正当防衛による殺害行為は認められていない。
意思能力が無い精神状態のため、罪に問われる可能性が低い故である。
その法を利用する黒幕に舌打ちする露城だったが、心配は無用だった。
『隊長、2人の保護は私が1人で行います』
「人数が多いと問題あるのか?」
『多いほどこちらが不利になる異能力と見受けられます』
「そうか……なら任せる」
『了解』
やけに自信ありげに語ってきたせいで、露城は勢いで任せてしまった。
「なあ、大丈夫だよな?」
不安げな露城に、運転手の隊員は笑みを浮かべながら「大丈夫です」と答えてトラックの荷台を見る。
「あいつは、ウチで1番強いですから」




