第7話 空っぽの日常
4月21日、午前2時37分。
壁に掛けられた時計の秒針が正確に刻む度に、暗い部屋で寂しさを感じる。
眠れない。
ご飯も喉を通さなかったし、シャワーを浴びる気にもなれなかった。
あれだけの事があって、疲労だって自分でも分からないくらいに溜まっているはずなのに。
結局、一瞬たりとも眠る事は出来なかった。
※ ※ ※ ※ ※
九里ヶ崎区及び周辺区に厳戒態勢が敷かれ、襲撃犯の逮捕まで第5研究所は一時閉鎖となった。
玲成水玖の捜索は九里ヶ崎区、周辺区、東京29区、東京都全域と日に日に範囲を拡大させながら、警視庁や自衛隊の捜索隊が派遣された。
襲撃犯が根城にしていそうなエリアはくまなく捜索されたが、5日が経った今でも手がかり1つ掴めなかった。
小中学校は休校となったが、九里ヶ崎区教育委員会の判断により高校の休校は避けられた。
理由は高校の生徒達による反発であり、今や教育委員会よりも力を持つ生徒会が代表して正式に抗議したためであった。
生徒達もこれに賛成し、交渉の結果、夏休みに予定されていた補修扱いとなり、生徒教員問わず通勤通学の義務は無しとした。
単位に影響が無いため、安全のために登校を拒む者達も少なくは無かった。
それでも全学年のA組は全員出席、悠真も何かをしていないと落ち着かないためにその後も毎日登校した。
水希は、やはり来ることは無かった。
※ ※ ※ ※ ※
「──であるからして、第二次世界大戦と冷戦時代の裏にはこのIウイルスの研究合戦がアメリカとソ連の二国間にあったという説が」
4月26日。
明日で水玖が連れ去られて1週間が経つが、未だ手がかりすらも掴めていない。
警視庁や自衛隊よりも地域に詳しい九里ヶ崎高校の生徒会や委員会も放課後にボランティアで捜索を始め、九里ヶ崎区内の空気はさらに張り詰められていく。
生徒会や委員会は全員が異能力者であるため、東京都もボランティア活動を正式に認めている。
悠真も単独で動いてはいるが、当事者であるために監視もあるため自由には動けない。
こんなにも時間が経てば、既に国外に逃亡していても何ら不思議では無い。
授業は当然耳に入らないが、教室には教師含めて2人しかいないためすぐに聞いていない事がバレる。
元野球部で甲子園にも出場した事のある元背番号10番が放つチョークのストレートを、悠真は教科書をバリアにして防いた。
「気持ちは分かるが学校来てんなら聞きなさい」
「部屋だと考え込んで眠れないので先生の心地良い声が俺に眠気を誘って」
「死ね」
「仮にも教師が生徒に言う言葉じゃないですよね」
「ならちゃんと聞……チッ」
授業終了を告げるチャイムに舌打ちをする教師は、板書を消さずに残したまま教室を出て行く。
(……帰るか)
きっとノート書けてないから残しておこう、という先生の不器用な思いやりに気付けない鈍感悠真は、さっさと荷物を纏めてそそくさと教室を出た。
「……マジか」
いつか夢見た、靴箱を開けると手紙が入っているという光景が悠真の目の前に広がっていた。
心がいっぱいいっぱいの現状では思うほどよリアクションは取れず、しかし驚いているのは事実のため、くまが出来た目を見開かせている。
一旦靴を履き直してから手紙を手に取り、ドクンドクンと心臓を跳ね上げながら封筒を開ける。
そしてそこに記されていた文章は──
〝拝啓、嶋内悠真殿
大事な話があるから裏門に来て下さい。
来てくれるまでずっと待っています。〟
「……マジか」
その一言しか出てこなかった。
書いた者の名前はどこにも記されていなかったが、この小さくて読みやすいボールペン字は女子であると確信した。
行くしか無い。
こんな現状だからこそ、不安な今だからこそ、勇気を出して想いを打ち明けようと頑張ってくれたのかもしれない。
研究所の人くらいしか友達もいないのに、学校には友達0なのに、リア充になってしまう。いや2080年にリア充は普通に死語だ。
確かに科学技術の進歩は遅くはなったが、過去の人々が1度は夢見た科学技術くらいはある。
配達はドローンだし、電車やバスなどの公共交通機関からトラクターなどの農業機械まで無人だし、数ヶ月後には世界初のフルダイブ型VRMMO機器も完成すると云われている。
それでもやはり手書きの手紙というのは、デジタルとはまた違った温もりや想いの伝わり方がある。
そう、人のロマンとはどれだけの年数が経とうとそうそう変わりはしないのだ。
※ ※ ※ ※ ※
「んじゃ行くか」
「──」
おかしい。絶対におかしい。
中々本気なダッシュで裏門に駆け付けたが、待っている女子は影も形も無かった。
その代わりに、立って裏門に背もたれながらタバコを吸っていた、背広の上からコートを肩に掛けた男が悠真を見つけると手を上げる。
時代遅れ極まりない刑事──露城葛吏は黒塗りの燃費が悪くガソリン臭い高級車にエンジンをかけ、悠真を助手席に乗せて学校を出発した。
「絶対ラブレターかと思ってたのに」
「ラブレター風に書いたら来てくれるかなぁ~と思って」
「思春期真っ盛りの健康男児の心を弄ぶんじゃねぇ!!」
タバコ臭い車内にはさぞ渋い曲が流れているのだろうと雰囲気的に思ったが、実際に流れている曲は速すぎて歌詞が聞き取れないボカロ曲だった。
「古いな……60、70年前の曲ばっかりじゃねぇか……」
車に取り付けられたミュージック専用ディスプレイには、曲のタイトル、歌手、リリース時の西暦が記されてある。
「いいだろ、生まれる前の曲ばっかりだけど、親父がめちゃくちゃ好きだったから俺も自然とな」
「知らねぇ曲ばっかりだし」
「名曲揃いだろ! 例えば今流れてる曲作った奴は本名でプロデビューしてとんでもねぇヒット曲出したからな!?」
「知らねぇよ」
「なんだっけなタイトル……柑橘系の果物の名前だったような……」
「今俺どこに誘拐されてんの?」
「自分で乗ってたじゃねぇか……」
ところどころで見慣れた道が見え、寮の近所であることは間違いなかった。
だがその後5分近く車を走らせて、住んでいる寮からはそこそこ離れた場所に来ていた。
「ここだ」
白を基調としたマンションの前に車を停め、手紙をビリビリに破って車内を汚した悠真と、結局歌手の名前が出てこなかった露城が外に出た。
「思ったけど、ガソリンスタンドって東京にあんの?」
「29区外にはちょいちょいあるぞ、俺は東京都からガソリンスタンドが消滅するまでこの愛車に乗り続ける」
どちらかと言えば警察とは真反対の位置にいるような人が乗ってそうな厳つい車にボタン1つでロックをかけ、悠真と露城はマンションのエントランスに入っていく。
「何だよここ」
「女性専用学生寮だ」
「俺は犯罪の片棒を担ぎたく無いんだが」
「それ現役の刑事に言ったらシャレになんねぇからな」
九里ヶ崎区内には幾つもの学生寮があり、どの学校も指定区域内ならば自由に住む寮を選べる。
悠真は東京都に用意された部屋に住んでいるため選ぶ楽しみを知らないが、多分学生としてはワクワクするんだろうな~とは何となく想像出来た。
自分の住む寮よりセキュリティが固そうだと一目で分かるエントランスの、入って右側の窓にコンコンとノックする露城。
出て来たおばちゃんに警察手帳を見せ、1分ほど話し込むと、露城は「行くぞ」と一言述べ、おばちゃんを含めた3人でエレベーターに乗る。
「ホントに大丈夫なの刑事さん? あたしゃ犯罪の片棒を担ぎたく無いんだけど」
「何でそう軽いノリで現職警察官にそんな事言えんのあんたら?」
「さあ」
特に説明されないまま、悠真は最後尾で4階の廊下を歩く。
そして立ち止まった403号室のドアの横にある表札には、はっきりと「玲成水希・水玖」と記されていた。
「……刑事さん、何で」
悠真の言葉を詰まらせるようなタイミングでインターホンを押す管理人のおばちゃん。
何度か鳴らしても結局出ず、「水希ちゃーん! いたら返事してー!」とノックをしながら言ってみるがやはり出ない。
「……ホントに開けていいの?」
「さっきも言ったろ、絶対に玲成水希本人に確認してもらわなきゃなんねぇ書類があるって、ちゃんと確認した瞬間をこの目で見なきゃなんねぇんだよ」
やや職権乱用な感じがする悠真だが特に何も言わず、露城はおばちゃんから受け取ったカードキーで玄関のロックを解除した。
「着替え中ならごめんよ」
ガチャリと開けた玄関をそーっと開くと、想像だにしなかった衝撃の光景が目に焼き付いた。
「おい!! 大丈夫か!!??」
──玄関前で、水希はぐったりとして倒れていた。
「水希ちゃん!!」
「すぐに救急車呼べ!!」
「あ、はい!!」
悠真が連絡してから数分後には救急車が来て、おばちゃんは一緒に救急車に乗り込み、悠真は露城と共に車で救急車を追いかけた。




