市民プールの目的は
「ふぁぁ」
一学期の終業式まで、あと数日。
今日ものんびりとした日々を終えた明日夏は、家に帰るでもなく、特に意味もなく、唯一冷房の効いている生徒会室でくつろいでいた。
「なぁ、明日夏」
本来の生徒会室の利用者である、副会長の海斗が話しかけてきた。
「ん、なぁに?」
「今の明日夏って、男で女装しているんじゃなくて、本物の女になったって、本当か?」
「うぐぁっ」
明日夏はそのまま机に突っ伏して、おでこをぶつけた。
「そ、それをどこで……」
「はっはっは。英治に聞いた」
「うううっっ」
明日夏は恨みがましい視線を生徒会長の英治に向ける。
そんな明日夏の視線に、英治はしれっと答えた。
「ああ。私から話しましたよ。計画に協力してもらうため必要なので」
「それより、その身体もう少しどうにかならなかったのか?」
海斗が英治との会話をさえぎって、明日夏の身体を見て言った。
その「どうにか」の意味を悟って、明日夏はむぅっと頬を膨らませる。
「……これ以上子供っぽくなるつもりないから」
ただでさえ、男のときからコンプレックスだったのに。海斗の理想になったら、それこそ小学生に逆戻りだ。
「まさか、本当に女の子かどうか、証拠を見せろ、とは言わないよね?」
「いや別に。毛の生えた体に興味ないし」
相変わらずの幼女趣味っぷりで、明日夏は引いてしまった。
怖いので、実は生えていないことは黙っておく。
「つまりそういうことです。彼なら明日夏くんの秘密を話しても身の安全は保障されますし。もう一つは、夏休み明けの文化祭での協力を仰ぎたかったからです」
「文化祭で? 何するの? まさかまたミスコン……」
「まぁミスコンをやるやらないは置いといて、英治の計画ってのは、スイーツ祭りをしようってこと。大々的に宣伝して、明日夏をその身体にした、謎の女性をおびき出そうって話だ」
「おおーっ」
明日夏は思わず感動して声を上げた。確かに全国のスイーツ店を捜して歩きまわるより、呼び込んだ方が楽だし、効果ありそうだ。
彼らの目的は、明日夏の身体を戻すためではなく、別にあるのは分かっているけれど、これは明日夏にとってもありがたい話だった。
「ただし、副会長としてその案に協力するために、一つだけ明日夏に条件がある」
海斗が重々しい口調で言った。
「何?」
明日夏は少し警戒しつつ聞き返す。
そんな明日夏に向け、海斗はさわやかに笑って告げた。
「英治とも行ったんだろ。一日デート。てことで俺とも頼む。場所は市民プールで」
☆☆☆
というわけで市民プールである。
ウォータースライダーも流れるプールもなく、幼児用の膝ぐらいまでのプールと、ごく普通の長方形のプールがあるだけである。
それでも近所の小学生の姿は見えた。もちろん、これが海斗の狙いなのは考えるまでもなかった。
「……仮に彼女を、こんなところにデートで連れて行ったら、文句言われそうだけど」
「あはは。悪いな。次はまともなデートっぽくしてやるから」
「次、無いし! そもそもデートしたいわけじゃないからっ!」
「それじゃ着替えるか……って、明日夏は、女子更衣室を使うのか?」
「う、うん。そりゃ、まぁ……」
「そっか。本物の女子だもんな。ま、変な目で回りを見て、怪しまれないよう気を付けろよ」
一般の男子なら、女子更衣室に潜入できる明日夏のことをうらやむのが普通だが、海斗の場合は幼女しか興味がないのでその点はスルーされた。
だが一般的に、市民プールを使用するのは大人より子供。それはむしろ海斗にとってはドストライクなわけで。
海斗がそれに気づいて面倒なことを言い出す前に、明日夏は女子更衣室へと逃げ込んだ。
明日夏が着替えを終えて更衣室から出てくると、海斗が詰め寄ってきた。
どうやら、女子更衣室を使用している年齢層に気づいたようだ。
「おい、どうだった? 誰か中にいたか?」
「だれもいなかった」
明日夏は面倒なのでそれだけ答えた。
実際は海斗のドストライクっぽい女の子たちがいたのだが、すぽんと身体を覆うタオルを付けていたので、裸は見えなかった。
むしろいつも更衣室で一人で着替えているため、素っ裸になって着替えることしか知らない明日夏の方が、彼女たちの前で裸になって着替えなくてはならなくて、恥ずかしい思いをした。今度、彩芽に女の子の水着の着替え方も教えてもらおうと決意した。
明日夏の答えに海斗は、がっかりしたようはほっとしたような分かり難い反応を示した後、ようやく明日夏の水着姿に言及した。
「しかし、市民プールでもスク水なのか」
「むしろ市民プールだからじゃない? どっちみち他の水着持ってないし」
「うーむ。やはりスク水はJSまでだな」
「……いちおう『彼女』役のぼくの水着姿を見て、そう言うかなぁ」
可愛いと言われても困るけど、露骨にダメ出しされるのも微妙な心境である。
とはいえ、彼氏彼女っぽく、きゃっきゃうふふするつもりもないので、明日夏はさっさとプールに入った。日差しが暑いし。
水の中は、冷たくて気持ちいい。学校のプールは室内なので外の気温は一定だけれど、ここは屋外のプールなので、よりプールの有難さを感じる。
一方で海斗は、「彼女」をほったらかしで、幼女たち見ている。幸せそうだ。
「まぁぼくとしてものんびりしていればいいだけだから楽だけど」
最近暑い日が続いているので、水に浸かっていれば涼しい。
なんて感じでぷかぷか浮いていると、突然ちょっと年上っぽい男性に声をかけられた。
「ねーねー、彼女」
「……はい?」
「そうそう。君」
これはもしかしてナンパ?
ぱっと見た限り、彼の連れは見当たらない。市民プールに大学生くらいの男が一人で来ているって、海斗といい勝負なくらい怪しい。
「あ、さっきまで監視員してたけど、交代になったんで」
明日夏の心境に気づいたのか、男が説明した。
なるほど。それなら納得だ。
――って、だからといって、ナンパが良いわけじゃないし!
「あー。悪いんだけど、俺のカノジョなんで」
さてどうやって断ろうかと明日夏が悩んでいると、海斗が現れて、さらりと明日夏の肩を抱きながら言った。
自称監視員のバイトの男は、自分と海斗の容姿を比べて諦めてくれたようだ。海斗は何だかんだで、イケメンなのだ。残念だけど。
「はっはっは。まさかナンパされるとはな。大丈夫だったか」
「べつに平気だし。それよりそっちはどうなの」
「ああ」
海斗はきらりと笑っていた。
「いくらカノジョ連れでも。そのカノジョほったらかしでちっちゃい子ばかり見ていたら、さすがに不審がられた」
「そりゃそうだ」
「ところでさっきの奴は何だったんだ?」
「んー。監視員のバイト上がりって言っていたけど」
明日夏がそう説明するやいなや、海斗の瞳が変わった。
「そ・れ・か!」
「……はいはい」
こうして、海斗はさっそくバイトに応募するため、市民プールデートはお開きになった。
明日夏としてはもう少しくらいプールに浸かっていたかったので、ちょっと残念だったけど。
その後。
ちなみに海斗のバイトは、高校生だからと言うことで断られたという。




